188.小さな恋の物語
ヴェルニュスには猫がたくさんいる。ネズミ対策で、猫は大事にされているのだ。猫たちはのびのびと、好き勝手に暮らしている。基本的にツーンでたまにデレる猫たち。ただし、ミュリエルのことは主として、一目置いている。
「お、またネズミとってきたの。エライねえ」
猫たちは、ネズミをとると、ネズミのしっぽだけミュリエルに見せにくる。定期的に報告して、できる猫だと認めてもらいたいのかもしれない。
ミュリエルにひとしきりヨシヨシされると、務めは果たしましたよーと言った感じでまた巡回に行く。
そんな猫が、少しソワソワした様子でミュリエルのところにやってきた。ミュリエルの足元に、くわえていたものをそっと置く。
「ツバメとっちゃったの? うちの鳥便の子ではないみたいだけど。食べたいなら、ダメとは言えないけども」
ツバメはまだビクビク動いている。猫は不満そうに、なーと鳴いた。鼻で少しツバメをつつく。ツバメの背中に何かある。ミュリエルはしゃがみこんで、ツバメをよく見た。
「何これ、人形?」
くったりとした小さな女の子。ミュリエルの親指ぐらいだ。小さな女の子はプルプル震えている。
「わっ、妖精? 妖精っているんだ。初めて見た」
小さな女の子が、チラリとミュリエルを見上げると、何か言った。小さすぎて何も聞こえない。ミュリエルは小さな女の子を手の平に乗せ、耳を近づけた。
「私は親指姫です。お母さんのところから、カエルにさらわれたの。お母さんのところに帰りたい」
「そうなの、それは大変だったね。お母さんはどこにいるの」
親指姫は一生懸命説明する。
「へえー、お母さんは人間なの。子どもが欲しいって祈ったら、あなたがチューリップの中から出てきたんだ。不思議だね。じゃあ、お母さん心配してるよね」
親指姫は悲しそうにうつむく。
「カエルから逃げて、野ネズミに助けられて、モグラの嫁にされそうになったのか。そこをツバメに助けられたのね。てことは、ツバメはお母さんの場所を知らないのかあ。どうしようかなー」
ミュリエルはツバメをもう片方の手の平に乗せる。
「とりあえず、あなたたちは少し休みなよ。何か食べて、ゆっくり寝て。それから考えようね」
ミュリエルは猫をたっぷり褒めてから、ダイヴァのところに行った。
「まあ、なんてかわいらしい」
親指姫は辺りにいた女性たちに大人気。皆に世話をやかれた後、そら豆のベッドでスヤスヤと眠りにつく。ツバメも親指姫の隣で羽を休めた。
元気になった親指姫は、大人気だ。女の子たちに、うっとりと見つめられている。
「はい、みんな見るだけね。撫でくりまわすと、ケガしちゃうからね。お触り厳禁でーす」
ミュリエルはビシッと女の子たちに言い聞かせる。女の子たちは、生きて動けるお人形のような親指姫を、大事に見守った。
そこにひとり、ハアハアと興奮の色を隠せない男性が。
「お、お嬢ちゃん。この服を着てみてくれないか」
フワフワとしたお姫様のようなドレスを差し出すヨハン。ちょっと危ない目つきに、女の子たちはささっと親指姫を取り囲んだ。
「はっ、いや、そんな。ヨコシマな気持ちは一切ない。ただ、人形の服を作る時の参考にしたくて」
ああ、そういうことね。その場の緊張した空気がゆるまる。
「もう、ヨハンたら。とんだ変態かと思ったよ」
女性たちに背中をどつかれるヨハン。ヨハンは赤くなったり青くなったり、モゴモゴ言い訳している。
女の子たちに隠されて、ドレスに着替えた親指姫は、照れながら前に出てきた。
「こんなカワイイ服、初めて」
皆に手を叩かれ、クルリと回る親指姫。フワッとドレスがゆらめいた。
「そ、それで。どうかな、着心地は」
ヨハンは必死の形相だ。
「ふんふん、なるほど。ちょっと重いと。そうだよなあ、もっと軽い布にしないとダメか。いや、でも人形用なら軽くするより耐久性か。うーん」
ヨハンは親指姫を上から下までじっくり眺める。
「色んな服を作ってみるから、また着て感想を教えてくれないかな。もちろん全部あげるから」
「はい。ありがとうございます」
ヨハンはせっせと服を作る。なるべく軽く柔らかい布。極細の糸で、できる限り縫い目を小さくする。小さな服だ、少し間違えるとダメになる。女の子たちがこぞって協力する。
「ははあ、子どもたちの指は小さいから。細かく縫うのが上手だな。助かるよ」
親指姫は、ヴェルニュス一番の衣装持ちになった。
ミュリエルは、アルフレッドとパッパと一緒に地図を見ている。
「カエルにさらわれて、魚に助けられて川をくだったんだって。そのあと森の中でネズミと暮らして、モグラと結婚させられかけて。ツバメに乗ってここまで来たんだって」
「川と森は至る所にあるから、それだけでは探せないな」
アルフレッドは地図上の川と森を示していく。
「商隊の者たちに、聞き取りはさせますが。難題ですな」
パッパは難しい顔をしている。
「ツバメが森の場所を覚えていればいいのだが。そこから近い川の上流に行き、集落を探せばいい」
「そっか。親指姫に言って、ツバメに聞いてもらうね」
ミュリエルが元気に立ち上がったとき、猫の集団が呼びにきた。なにやら、ニャーニャー言っている。
「なんだろう。ついてきてほしいみたいだね」
猫に案内されて、領地内を流れる川まで行くと、猫が川沿いで円陣を組んでいる。ミュリエルが近づくと、猫がさっと後ろにさがった。
猫たちの前には、木のお椀に乗った小さな男の子。針を構えてギッとミュリエルをにらみ、キーキー言っている。
「ごめん、聞こえない。なんてー?」
ミュリエルはそろそろと近づいた。すかさず猫が、小さな男の子の手から針をはね飛ばす。
「ああー、このっ、猫めー」
「こんにちは。私は領主のミュリエル・ゴンザーラ。あなたは親指姫の家族かな?」
猫に向かって威嚇していた小さな男の子は、ミュリエルの言葉にさっと片膝をつく。
「ご領主様でいらしたか。それは失礼つかまつった。拙者は親指小僧と申す。見聞を広めるために、修行の旅に出ております。ここで修行させていただけませぬか」
「いいよー。なんか、ラウルみたいだね。親指姫もいるから、仲良くしてね」
女の子の肩に乗った親指姫が、親指小僧を見て手をふる。
ガガーン 親指小僧は雷に打たれたように硬直する。
「な、なんと麗しい姫。拙者と結婚してください」
「はっや」
ミュリエルは思わずつぶやいた。いくらなんでも、会った瞬間の求婚はどうなのか。
「はい」
親指姫は頬を赤らめて了承する。
「えっ、正気?」
ミュリエルは親指姫を二度見する。
「だって、同じ大きさの男の子と会ったのは初めてで」
「そんな安直な。ふたりとも、もう少し落ち着いて」
ミュリエルは、親指小僧の入ったお椀を持ち上げ城に戻る。きっちりと親指小僧の人となりを調べなくては。ミュリエルは使命感に燃えた。勢いで、簡単に結婚に流れるふたりを諌めなくては。
王子に石を投げて気絶させ、猪から王弟を守ったミュリエル。ノリと勢いで生きている。自分のことを棚に上げすぎである。