18.聞きたいことなら山ほどある
ロバートはマシューを質問攻めにする。
「殿下とミュリエルを除く同行者は何名でしょう?」
「十名です。馬車は五台。馬は十四頭です」
「ふたり一部屋でもよろしければ、全員この屋敷内に泊まっていただけますな」
「ありがとうございます」
マシューはにこやかにお礼を言う。とりあえず野営は免れたようだ。
「殿下のお食事はどのような物をご用意すればよろしいでしょうか?」
「皆さんと同じで結構ですよ」
「こちらのパンは茶色いライ麦パンが主で、酸っぱいですが大丈夫ですか?」
「はい」
「肉は焼いて塩をふって肉汁をかけただけですが……」
「大丈夫です」
「朝はパンと牛乳、昼はパンとスープ、夜はパンとスープと肉と酒。そんな感じですが」
「問題ありません」
ほーっとロバートは息を吐いた。
「信じられないと思いますが……。殿下はこの地にとけ込みたいと、本気で思っていらっしゃいます。それは同行した私たちも同じです。ぜひ、今まで通りにしてください」
マシューが真剣な目で伝える。ふと思い出したように加えた。
「ただ、靴は履くと思いますが」
「もちろん、もちろんですとも」
***
「ずっと座りっぱなしで疲れただろう。一時間ほどここで休憩しよう。少し散歩でもしないかい?」
アルフレッドはミュリエルの手を握った。
見晴らしのいい平原だ。ここなら何か近づいてきたらすぐに分かる。ミュリエルは警戒を解いて、アルフレッドと足並みを揃える。
「ミリーのことを知りたいな」
「うん?」
ミュリエルが不思議そうにアルフレッドを見る。
「好きな色は?」
「好きな色……。緑かな」
「ミリーの瞳の色だね」
「そう。それに、森の色」
アルフレッドはゆっくり歩きながら、風にそよぐ草を眺める。
「好きな動物は?」
「食べるなら魔牛が好きだけど」
「……どんな味?」
「普通の牛をもっと濃厚にして歯ごたえがある感じ。ずっと噛まないと飲み込めないんだけど……。でも噛んでるうちに旨味が出てくるの」
「そうか、食べてみたいな」
「滅多に現れないけど、出たら食べさせてあげる。でも、アゴが疲れるかも」
アルフレッドはニコリと微笑んだ。
「食べない動物は何が好き?」
「動物はなんでも好きだけど。うーん、犬かなあ。狩りのときは犬がいると何かと便利だよね」
「ふふ、なるほど」
「好きな季節はいつ?」
「冬以外かな。冬は狩りができないから」
「そう。領地の冬は厳しいんだよね?」
「うん。ずっと雪だよ。だから、今ぐらいの時期から冬ごもりの支度で忙しくなる」
アルフレッドの歩みがやや遅くなる。
「……そうか、悪い時期に来てしまっただろうか」
「大丈夫、みんな慣れてるから。それに……」
ミュリエルはクスクスと笑う。
「それに?」
「来客はいつだって大歓迎。行商人以外ほとんど誰も来ないからね」
「そうか」
「たまに旅人が来ると大騒ぎだよ」
「新しい話が聞けるから?」
「それもあるし。なんとかそのまま領地に居着いてもらいたいからね。新しい血が必要だから」
「なるほど」
「この人たちも、すごく狙われると思うけど……。みんな都会的でカッコイイし」
ミュリエルは周りの護衛を見る。
「そうか……。それは確かにそうなるね。出会いがないんだね」
「うん。王都に行けるのは私の家族だけだもん」
ミュリエルが少し顔をくもらせる。
「血が濃くなりすぎると良くないから。なるべく新しい人に来てもらわないと」
「そうだね」
***
エンダーレ公爵家の一室で、父と娘が話し合う。
「ルイーゼ、本当にいいのか?」
「はい。わたくしはヨアヒム殿下をお支えしたいと思っております」
ルイーゼは凪いだ湖のような穏やかな目でエンダーレ公爵を見る。
「そうか。お前がそういうなら、異論はないが。例の男爵令嬢はどうする? 王家はお前の意向に最大限合わせると仰っている」
「魅了の魔力さえ封じていただければ、特に処罰は求めません」
「なぜだ? 北の修道院に送ればいいではないか」
エンダーレ公爵はいぶかしそうに問う。
「いえ、今まで通り、学園に通わせてください」
「それでは、お前の気が休まらんだろう」
「お父様、もしあの男爵令嬢を追放したら、わたくしは一生負け犬のままです。学園の生徒はわたくしを憐れみの目で見るでしょう」
「それは……」
「権力を使って恋敵を追いやり、殿下を無理に縛りつけているとウワサされるでしょう」
「うむ、まあ、確かに……」
「ところが、わたくしが男爵令嬢に登園を許せば、わたくしは慈悲深い聖女と呼ばれるでしょう」
ルイーゼは聖母のような微笑みを浮かべる。
「そして、その女が学園にいるにもかかわらず、殿下の寵愛がわたくしに注がれれば……」
「お前の評価は揺るぎないものとなる……か。ルイーゼ、いつからそのように策謀ができるようになったのだ」
「あら、生まれつきではないでしょうか。だって、お父様の娘ですもの」
「ルイーゼ、私はお前が誇らしいぞ」
「ほほほほ。ありがとうございます」
ルイーゼは艶然と笑った。
「大丈夫ですわ。わたくしと殿下はうまくやっていけます。それに、以前のとりすました殿下より、今のずぶ濡れの子犬みたいなヨアヒム殿下の方が、よほどかわいらしいですわ」
ルイーゼの顔に浮かぶナニカを、エンダーレ公爵は見なかったことにした。妻の瞳にたまに浮かぶナニカと似ているような……。エンダーレ公爵は、女の秘密はそのままにしておくことが、家庭円満の秘訣とよく理解している。