175.孤独な子どもたち
家の地下室の中には、哀れな森の子どもたちが八人。目隠しされ、腕と足を縛られている、少年少女たち。イシパは切れて、外で縛られて転がっている男たちを踏みつけた。
「お前ら、さっさと吐け。どこからさらって来た。親はどこだ」
「さらってません。落ちてるのを拾っただけです」
男たちはイシパの足から逃れようと、必死で転げ回る。
「何をふざけたことを。子どもが落ちているわけがあるか」
森の子どもたちを介抱していたクルトが言う。
「イシパ、どうも本当らしい」
森の子どもたちは、水やパンを少しずつ食べながら、口々に言う。
「すごく前にさらわれたの。どこかの家にずっと閉じ込められてて」
「子作りできる年頃になったら、もっと高く売れるからって。割とちゃんと扱われてたの」
「でも、森の子どもは縁起が悪いからって、捨てることになったっぽくて」
「目隠しされて運ばれて、どこかで捨てられた」
「みんなで森を歩いてるときに、今度はこの人たちにつかまって」
「ひどすぎる」
ニーナがワナワナと震えた。
「君たち、家がどこか覚えてる?」
十代の子どもたちだったので、みなよく覚えていた。砂漠や海の中の島、奇岩石の里、温泉地など、様々だ。
「アッテルマン帝国の色んなところだな。分かった。ヒルダ陛下に連絡して、対応方法を仰ごう。一商会で解決できる問題ではない」
デイヴィッドは手紙を書き、ヒルダの元に鳥便を送った。
「とりあえず、今日はこの家で休んで、明日は一番近い街に行こう。君たちを故郷に送り届けるにしても、国からなんらかの手当てや護衛が出るはずだから」
帰れると聞いて、子どもたちは抱き合って喜んだ。
「それにしても、さらったヤツを見つけ出して、踏んづけてやらないと。気がすまない」
イシパがドシンドシンと足踏みをしている。イシパが足を踏み鳴らすたびに、馬や人が跳ねた。
さらった誰かは、ペチャンコになるだろう。
***
ミュリエルは悩んでいる。最近、孤児が増えたのだ。いつどこからともなく、子どもたちがヴェルニュスに来る。
とりあえず、空いている家に男女別で入ってもらい、大人たちが数人ついて面倒を見ている。
何に困っているかというと、割とスレた子たちが多いのだ。苦労したのだろう。大人を全く信用していない。どこから来たのか、親はどこなのか。聞いても答えない。
田舎でのびのび育ってきたミュリエル。故郷の子どもたちは、割と単純でまっすぐな性格が多い。ひねくれた子は、腕力でギュッと言わせて、従えていた。一緒に駆け回り、真っ先に大物を狩り、分け前を与える。腕力と肉。田舎ではそれでたいていの問題は片づく。
「いっそ首根っこをつかまえて、グルグル振り回してやろうか」
とても領主とは思えない発言をしている。
「妊娠中だから、重いものを持つのはやめておこうか」
アルフレッドもあんまりである。
手をこまねいているうちに、とんでもないことが起こった。銀器を盗んで逃げ出そうとした少年が出たのだ。もちろん、犬たちがデーンと乗って、すぐ止めた。
「くっそー、犬をどかしてくれー。あんた、聖女なんだろう。銀器のひとつぐらい、いいじゃねえか」
少年が憎々しげにミュリエルをにらみつける。
ミュリエルは仕方なく、秘技を使うことにする。クルミをバリン、片手で粉々にした。
パラパラパラ クルミのかけらを地面に落とす。
「私は聖女じゃない。領主だ。領主は領民のためにある。領民でない者が、領地のモノを盗んだ。許せない」
「なんだよ、殺す気か。聖女のくせに」
「ぬすっとたけだけしいとは、このことだな。お前には極刑をくらわす」
ミュリエルは空に向かって叫んだ。「シロー」忠実なフクロウはすぐに飛んできて、ミュリエルの思いを汲み取る。
ガシッと少年をつかまえると、領地の上を悠々と旋回した。
「ギエエエエエーーー、たすけてーーー。ごめんんんなさあああい。もうしませーん」
シロは降りて来て、ドサッと少年を落とす。少年はエグエグ泣いている。
「あんたが大人を憎むのは勝手だ。ひどいことをされたんだろう。でも、ここで生きていきたいなら、態度を改めろ。税金を払えない、態度の悪い、ぬすっとはいらない。きっちり働くなら置いてやる。どうする」
ミュリエルは厳しい口調で言った。
「働く。働きます。許してください。ここに置いてください」
少年の心は粉々に砕けた。犬とフクロウを使える、すさまじい腕力を持つ女領主。心優しい聖女と聞いて、なめていた。大人しく言うことをきかないと、やられるー。少年は、自分とミュリエルの力の差をやっと理解した。
その日から、孤児たちは従順になった。明日は我が身。フクロウより、服従だ。
「私はまだあなたたちを信じられない。あなたたちも、まだ私を信じられないはずだ。私はあなたたちにも、いい領主であろうと努める。少しずつお互いの信頼を増やしていこう。まずは、しっかり働いて、ごはんを食べて、よく寝る。いいね」
ミュリエルは厳しい表情で孤児たちに話す。孤児たちは静かに聞いて、コクリと頷いた。
「残念だけど、私はあなたたちの母親にはなれない。でも、困ったときに助けられる存在ではありたいと思う。寂しいと思うけど、そこはのみこんでほしい」
あまり年の変わらないミュリエルに、悲しそうに言われて、孤児たちはうつむいた。誰にも必要とされない、捨てられた私たち。
「親にはなれないけど、ちょっと小うるさい、近所のおじさんとおばさん。そんな感じなら、なってもらえると思う」
見守っていた領民たちが、ニコッと笑ってウンウンと頷く。
「いつか、ここの地で、誰か愛する人を見つければいい。その人と、家族になって、子どもを持てばいい。どう?」
「親がいない私たちが、ちゃんと親になれるかな」
ひとりの女の子が小声で言った。
「それは分からない。私ももうすぐ子どもが産まれる。すごくすごく怖い。いい母になれるのか、正しく育てられるのか。不安でいっぱい。でも、アルやみんなが助けてくれる。だからきっと、なんとかやっていける。そう思う」
アルフレッドがミュリエルの手を優しく握った。
「小さな領地だもん。みんなで助け合って、子供を育てればいいんじゃないかな。どう?」
「うん。それならできるかも」
少女はオズオズと笑顔を見せた。
クタクタになるまで働いて、おいしいごはんを食べる。たまに温泉にも入れて、遊技場で遊ぶこともできる。夜は暖かい家の中、柔らかいベッドで眠れる。もう誰かに殴られたり、誰かのモノを盗む必要はない。
お母さんとお父さんはいないけど、優しい近所の人があれこれ世話を焼いてくる。悪いことをすると、ドヤされる。
愛を失った子どもたち。少しずつ新しい愛に包まれていった。