174.お祭り騒ぎ
デイヴィッドたちは、春の祭りを楽しんでいる。行く先々で、さまざまな祭りがあるのだ。
ある小さな村では、春祭りでは大きなカブを引っこ抜く競争をするという。
「伝説のカブがあるんですよ。昔々、おじいさんが大切に育てた大きなカブ。家族総出で抜いて、おいしく食べて、幸せになりました。そういうカブです」
村長が案内してくれた先には、巨大なカブが少し顔をのぞかせている。土から出ている部分だけでも大人が何人も乗れそうだ。
「伝説では、おじいさん、おばあさん、孫娘、犬ねこネズミで引っこぬいたらしいです。ですので、六人で抜けた家族には、村の宝をあげることになっとります。とはいえ、今までどの家族も成功したことはないんですけども」
ふぉっふぉっふぉっと村長は楽しげに笑った。
「抜けなかったら、腐らせてしまうのでは? もったいないですね」
「そうなんです。だから最後には村人全員で、やっとの思いで抜くんです。手が真っ赤になって、痛いのなんの。甘くてうまいカブなので、十分報われますが」
デイヴィッドたちが見守る中、次々と家族が挑戦する。屈強な男たちだけで挑む家族もいるが、大きなカブはびくともしない。
「今年もやっぱり無理かー」
「じゃあ、全員で抜きますか」
男たちが腕まくりしてカブに近寄ってくる。村長がそっと押し止めた。
「デイヴィッドさんたちも、ぜひやってみてください」
デイヴィッドたちの目が一瞬、イシパに集まる。
「いや、私はやめておこう。ズル過ぎるだろう」
イシパは後退りする。
「なんの、かわいいお嬢さんが何をおっしゃいますやら。さあ、どうぞどうぞ」
「いや、そういうわけにも、ほら。あのね、ちょっと、聞いてー」
村長は割と強引だった。大都会からきた、有名なサイフリッド商会の面々に、楽しんでもらいたい。グイグイとイシパをカブのところに誘導する。
「では、イシパは小指だけということで」
デイヴィッドは妥協する。結果は目に見えているが、場をシラケさせるのもよくないだろう。
デイヴィッド、イシパの小指、クルト、ジェイムズ、ニーナ、リーン。六人がカブの茎を持つ。
「いざっ」
デイヴィッドの掛け声で、皆はすこーしだけ力を入れる。イシパは全く力を加えていない。小指で触っただけ。
スッポーン 大きなカブが抜けました。
ギャー 村人たちは大騒ぎ。
「ごめん、力は入れなかったのだが」イシパは気まずそうに下を向いた。
しょんぼりしているイシパに、ポカーンとしていた村長がハッと我にかえる。
「いやいやいや、うつむかないでください。皆の手の皮を救っていただいて、ありがとうございます」
「うーん、これはアレだろう? 村人全員で抜くことで、結束を高める儀式だろう? 台無しにして悪かった」
「いえいえ、新しい伝説を作ってくださって嬉しいです。さあ、皆でカブを食べましょう。カブのスープが絶品なんですよ」
村人たちがサクサクとカブを切って、いくつもの鍋でコトコトと煮込んでいく。ほんのり甘くて、ホクホクしたカブのスープ。イシパの顔にも笑顔が戻る。
村長はガチョウを連れてきた。
「村に伝わる宝です。昔々、金のたまごを産んだと言われている、ガチョウの何代目かです。この子は金のたまごを産んだことはありませんが」
デイヴィッドはさすがに断る。
「よそ者が、そんな大事なガチョウをもらうわけにはいかない」
「約束ですから。どうぞ、お願いします、お受け取りください」
「では、もし金のたまごが産まれたら、こちらに届けますよ」
デイヴィッドと村長はお互い遠慮しながら、そういうことで落ち着いた。リーンが金のガチョウを受け取り、フワフワさに笑顔を見せた。
次の街では、皆が狂ったように踊っている。リーンはニーナにギュッと抱きついた。
「これはなんだ。酔っているのか?」
踊り疲れて座り込んでいる街の男に、デイヴィッドが尋ねる。
「ああ、赤い靴の呪いを鎮めるための祭りなんだよ」
男が、踊りの中心に置かれている赤い靴を指差す。
「呪いとは?」
「昔々、孤児の女の子が、引き取ってくれたおばあさんの言いつけを聞かずに、街で赤い靴を買ったんだよ。その靴を履いて葬式に出たり、教会に行ったり、好き勝手してな。そしたら靴が踊り始めて、女の子はずっと踊り続けて」
男が声をひそめる。
「最後には斧で足を切り落としましたとさ」
ニーナはとっさに、リーンの耳を両手で押さえた。リーンは聞こえなかったようで、ビックリした目でニーナを見る。
「それはまた、残酷な話だ。楽しみを知らずに育った少女が、たったひとつ、赤い靴を望んだぐらいで」
イシパが眉をひそめ、ニーナがコクコクと頷く。
「少し見てやろう」
イシパはたくみに群衆をかき分けながら、台の上に置かれている赤い靴の前まで進む。
「ふむ。人の中にある欲望を、増幅させる呪いがかかっているな。弱めておこうか」
イシパはそっと、人差し指で赤い靴をつつく。
ホワッ 黒い煙が赤い靴からたちのぼり、空に消えていった。
「うん、もう大丈夫だ。踊り狂わなくてもいい。適度に、楽しく踊るぐらいで十分だぞ」
「うぇーい」
街の人たちから、歓声が上がる。
「聖女様だ」
「巫女様だ」
「いや、巨人だから」
「またまたー」
イシパは、踊り狂うことにすっかり嫌気がさしていた人たちから、崇めたてられる。
街の者たちから、お礼にと、一匹のネコを渡された。足先が白く、靴下を履いているかのような、黒ネコ。
「長靴を履いたネコ、という天才ネコの子孫と言われています」
「はあ」
イシパの腕の中にちんまりと収まった、黒ネコ。居心地よさそうに、ぐっすりと眠ってしまった。
ガチョウと黒ネコが増えた一行は、のんびりと進む。
「あっちに、森の子どもがたくさんいる気がする」
イシパに導かれ、森の中にひっそりとたたずむ一軒家にたどり着いた。そうっと、ジェイムズが様子を伺う。
いかにも悪そうな男たちが、うへうへと酒盛りをしている。
「もうかるぜーい」
「あんだけの森の子どもを売ったら、しばらく遊び暮らせるな」
ゲハハハハ 聞くに耐えない下品な笑い声。
ニーナは慌ててリーンを抱きしめる。
ブチ切れそうなイシパを、そっとデイヴィッドが止めた。
「待って、イシパ。クロたちが、あいつらを家から追い出してくれるって。そしたら、森の子どもたちを安全に助け出せる」
ジェイムズがクロの首に手を置いて、イシパを見た。
デイヴィッド、クルト、ニーナ、リーンは後方に。イシパとジェイムズと護衛たちは家の扉の外で待機する。
クロは窓の外にドーンと構えた。クロの上に馬が乗り、馬の上に黒ネコが乗り、黒ネコの上にガチョウが乗った。
「ワンワンヒヒーンニャーガー」
動物たちは一斉に大声で鳴いた。得体の知れない巨大な何か。窓の外にいる、異形のモノに、悪い男たちは恐慌状態に陥った。
泡を食って飛び出る男たちを、ジェイムズとイシパがどんどん叩きのめし、護衛たちが縛り上げる。
プリッ ガチョウが金のたまごを産んだ。
もう、何がなんだか。しっちゃかめっちゃかである。