表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

168/305

167.浮かれる夫


 ヒルダたちに盛大に見送られ、デイヴィッドたちはアッテルマン帝国の帝都を離れた。色んな街や村に寄っては商品を売る。良いものがあれば仕入れもする。


 デイヴィッドは街を歩きながら、目を輝かせて商品をじっくりと品定めする。デイヴィッドは、金属製の装身具を取り扱っている小さな店で足を止めた。


 デイヴィッドは金細工の繊細な櫛を手に取る。持ち手のところが、可憐な花の透かし彫り。花にはいくつか小さな宝石も埋め込まれている。


「これをいただこう、素晴らしい細工だ」


 デイヴィッドの言葉に、細工師は顔をほころばせる。


「ありがとうございます。実は、揃いの手鏡もあるのです」


 櫛よりも、もっと細かな細工が施された手鏡。蝶と花がキラキラしている。


「いいな。他にもあるかい?」


 細工師は喜びで顔を紅潮させて、次々と木箱を運んでくる。今まではほとんど売れなかった、お高い品々。昔、若気のいたりで、自分の趣味に走りすぎた、細工の細かすぎる装身具。文字通り、お蔵入りしていた。


 デイヴィッドは繊細な手つきで、飾り櫛を持ち、色んな角度から見ては箱に収める。細工師はソワソワしながら判定を待つ。


 デイヴィッドの前に大量の木箱が積み上がる。デイヴィッドはかすかに微笑んだ。


「全ていただこう」

「はえ?」


 細工師はぴょんっと飛び上がって、すっとんきょうな声を出した。


「妻への贈り物にする」

「えっ」


 今度はイシパが叫んだ。


「こんなにたくさん、もらっても困る」


 途端にデイヴィッドの顔がくもった。イシパは慌ててデイヴィッドの肩を両手でつかみ、ガクガク揺らす。


「私たち、今は旅の途中じゃないか。こんなに装身具持ち歩くわけにいかないだろ。もちろん気持ちは嬉しい。ありがとう」


 デイヴィッドの顔がゆるんだ。


「そう言われてみれば、そうだったな」


 細工師は歓喜から絶望に落とされて、呆然としている。え、全部買ってくれるってのは、やっぱりなかったことに? え?


「では、ヴェルニュスに送っておこう。どこかの港で送ればいい。イシパが気に入らないものは、王都で売ればいいし」


 え、もしかして、やっぱり買ってもらえる感じ? 細工師の心は大海原で翻弄される小舟のよう。細工師は固唾を飲んで、夫婦の会話の行方を見守る。


「そしたら、最初に選んだ、櫛と手鏡をもらおう。あとは、売ってくれ」

「分かった」


 デイヴィッドは少しがっかりしたようだ。商会の従業員が、そっとデイヴィッドに忠言する。


「デイヴィッドさん。会長も旅の先々でミランダさんへのお土産を買って、買いすぎと怒られていました。その土地で最高の品をひとつ、ふたつ。贈り物はそれぐらいがいいと思います」


 イシパはうんうんと頷いている。


「これから色んな街に行くのに、その度に荷馬車いっぱいの贈り物を買われても困る。この櫛と手鏡で十分だ。ありがとう、デイヴィッド」


「妻に贈り物をするということに、ずっと憧れていたんだ。では、その場所でひとつかふたつを厳選するよ」


 従業員はアツアツの夫婦をよそに、支払いと荷積みを始める。細工師は突然手に入った大金に、腰を抜かしてヘナヘナと座り込んだ。サイフリッド商会は、いつもニコニコ現金払いを基本としている。


「急に大金を持つと危ないかもしれないですね。今、うちの品を購入されますか? 銀や金、宝石もあります」


「お、お願いします。せっかくなので、もっと高価な細工物を作ってみます」


 細工師は、今受け取ったお金を、その場で使う。いくばくかのお金が、また従業員の手に戻った。


「では、また商会の誰かが新しい品を購入しにきます。好きなものを作ってください」

「ええ、本当ですか?」

「デイヴィッドさんの目にとまったということは、売れるということです。おめでとうございます。自信を持って、創作に励んでください」

「はひぃぃ」


 細工師はピーンと姿勢を正して、真っ赤になった。これは夢か、いや夢じゃない。うわー。どうしよー。



 その様子をこっそり見ていた他の商会は、大至急で本社に遣いを出した。


『サイフリッド商会の次男坊が結婚! 妻は普通の顔の強そうな女性。次男は散財しまくる模様。大至急、女性向けの高級品を用意して、アッテルマン帝国の主要の街に送ってください』


 そして、細工師の店の商品は、他の商会に買われ、すっからかんになった。



 細工師は突然降って湧いた幸運に恐ろしくてたまらない。街の顔役に相談し、お金を預かってもらい、見回りも増やしてもらうことになった。


 顔役の助言で、街で一番大きい食事処に、他の細工師や商売人を招待し、宴会をした。


「幸運は皆に分け与えた方がいい。でないと嫉妬でつぶされる」


 細工師は、顔役の助けを借りながら、他の職人と共同のものづくりを始め、儲けを配分していった。できた顔役がいてよかったのだ。デイヴィッド、浮かれすぎだ、気をつけろ。ひとりの細工師の人生を壊すところだったぞ。



***



 その頃ヴェルニュスでは、アルフレッドがミュリエルの足をマッサージしている。


「最近、寝てるときに足がつるんだよね。そんなこと今まで一度もなかったのに」


 寝てるときに、うーんと伸びをして、寝返りを打とうとすると、ピキーンと足がつるのだ。何度叫んでアルフレッドを起こしてしまったことか。


 ナディアの指示により、お風呂でよく温まり、豆やナッツ類を食べることになった。ミュリエルはクルミをほおばりながら、はあっとため息を吐いた。


「妊娠って不思議なことがいっぱいだ」


 アルフレッドはかいがいしくミュリエルの世話を焼く。ダイヴァからこっそり報告を受けたのだ。最愛のミュリエルが初めての出産に怯えているなんて。産まれたあとは、赤ちゃんにばかり集中せず、妻を労らわなければ。


 アルフレッドは、今まで以上にミュリエルを大事にしようと固く誓った。こと出産に関していうと、男は全くの無力である。妻と子の無事をただ祈るしかない。ミュリエルのがんばりと、ナディアを始めとした助産師の力頼みである。


 アルフレッドは熱心に聖典を読み、頻繁に祈った。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アル様めっちゃ良い旦那様。 こむら返りがおこったとき、妊婦って本当に無力。 夜中に嫌がらず足を伸ばしてくれる旦那様が居ないと、おちおち寝返りもうてない。 アル様のおかげで安心して寝られます…
[良い点] 妻に目がくらんてひさびさの失態! でも、幸せです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ