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【ピッコマで】石投げ令嬢〜婚約破棄してる王子を気絶させたら、王弟殿下が婿入りすることになった〜【タテヨミコミック配信中】  作者: みねバイヤーン(石投げ令嬢ピッコマでタテヨミコミック配信中)
【第五部】石投げ領主と子どもの遊び場

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164.やっぱり肉が好き


 ラウルは、オヴァインにズバリと聞いた。


「もしそなたが気にしないならば、子どもら全員に別名を授けたいと思うが、どうだ?」


 オヴァインは虚をつかれたように、目を瞬いた。


「それは、光栄なことでございます。よろしいのですか?」

「うむ、素晴らしい領地を見せてもらった礼だ」

「ありがたき幸せにございます」


 オヴァインはうやうやしく跪く。王子から名をもらえるなど、普通はないことである。


 ラウルは、「名をつけるに当たって、全員と少しずつ話をしたい」そう言って、ひとりずつと面会することになった。


 ニは男だ。体が弱く、寝込みがちということで、執事伝いで丁重に断ってきた。ラウルは強引に部屋を訪れる。


「すまぬな、寝ているところを。いや、よい。そのまま寝ていてくれ」


 ラウルはすまなそうに言う。ニは、身の置きどころがないように、ベッドの上で居心地悪そうにしている。


「イチから話を聞いてな。帆船のことを。それで、皆から話を聞きたいと思ったのだ。名をつけるには、そなたの好きなことなどを聞く必要がある。ざっくばらんに話してくれ」


 無茶苦茶言ってるなー、ラウル。隣で聞いているハリソンは思った。突然、王子が部屋に押しかけて、ざっくばらんに話せる強者はいないだろ。



「殿下、私はなんの役にも立たない半病人です。どうか、私ではなく、他の者にお時間をお使いください」


 ニは切羽詰まった表情で言葉を絞り出し、頭を下げた。


「なぜそのように謙遜する。イチに聞いたぞ、この領地に飢え死にする者が出ないのは、そなたの考案した仕組みのおかげだと」


 あ、という顔でニがラウルを見る。


「日雇いで一日働けば暮らせるように、最低の賃金を決めたのだろう? 贅沢はできなくとも、それなりに生きられるようになったそうではないか」


 どういう顔をすればいいのか分からない、そんな風にニは身じろぎする。


「そなた、日雇いの者に、毎日何を食べているか聞いて回ったそうだな。青白い顔をしたフラフラの領主の息子が聞き取りにきたと、話題になっていたそうだぞ」


「それは、たまに見る日雇いの者たちがあまりに痩せ細っていたので」


「うむ、それでそなた、雇い主たちに言ったそうだな。毎日肉を食べているあなた方と違って、彼らは月に一度も肉を食べられないのだ。せめて、週に一度は肉を食べられる賃金を払ってやれ、と」


「は、はい。ゴミをあさって食べているという話を聞いて、カッとなりまして」


「それで、最低賃金を話し合って決めたのだな。素晴らしいではないか。ニのふたつ名をな、『肉食の聖者』にしてはどうかと思ってな。ニだけに」


 ブフッ ハリソンが吹き出した。


 ニはボーッとしながら口を開いた。


「私はあまり肉は食べないのですが」

「そうか。ではもっと肉を食べるといいぞ。そうすれば強くなるかもしれぬ」

「あ、はい」

「では、異論はないようなので、そなたの別名は『肉食の聖者』ということで」

「あ、はい」


 あ、断らないんだ。ハリソンは笑わないように必死でこらえる。



 この話はジワジワと領地に浸透した。肉屋たちは、肉食の聖者の言葉に共感し、週に一度、細切れ肉などを安く売り出すようになる。週に一度の肉の日は、貧しい者たちの生活に活力を与えた。


 ニは、領民たちから親しみを込めて、肉食さんと呼ばれるようになった。肉はあまり食べなかった、肉食さんは、少しずつ食べる肉の量を増やし、徐々に元気になってきている。



***



 ヨアヒムと側近たちは、ゴンザーラ領出身の狩人たちと共に、森に狩りに出ている。


「弓も槍も使わないとは。本当に石だけで狩るのだな」


 ヨアヒムも、もちろん石投げはできるようになっている。しかし、石で狩りをするのは初めてだ。


「猟犬に獲物を追わせて、馬上から弓で仕留める狩りしかしたことがない」

「草原なら馬に乗る方がいいですけどね。森では歩くか、木の上で待ち伏せする方が早いですよ」

「私は木には登れない」

「ああ、それは……」


 ヨアヒムは、哀れみを込めた目で見られた気がして、居心地が悪くなった。木に登れないというのは、それほど情けないことなのだろうか。ヨアヒムは、今までの自分の常識がグラグラと揺れるのを感じる。


「大丈夫ですよ、殿下。一週間ぐらい毎日練習すれば、登れるようになりますから」


 慌てて慰めてくる狩人たち。すごいな、王族にこんな距離感で接する民がいるとは。ヨアヒムは少しおもしろくなってきた。


「殿下、もし本気で狩りをするなら、髪は短い方がいいですよ。枝に引っかかる。それに、万一、密猟者と戦うことになったら、髪をつかまれると最悪ですから」


「あ、ああ。そうか、分かった」


 側近たちがハラハラして見ているが、ヨアヒムは気にならない。面と向かって、髪を切れと言われるなんて。


「そうだなあ。皆さん、狩りができる歩き方じゃないですね。足音が大きすぎる。これでは獲物がみんな逃げてしまう」


 狩人たちはヒソヒソと相談し始めた。ヨアヒムたちは、申し訳ない気持ちになる。


「殿下たちは、俺とここで待っていてください。他のヤツらがここに獲物を追い込みます」


 狩人たちは、足音ひとつ立てずに、あっという間に森の中に消えた。


 ただ、ひたすら待つだけの時間が過ぎる。ヨアヒムは、隣の狩人を見ながら、なるべく気配を殺すように努めた。王家の影とは異なる気配の消し方だな、ヨアヒムは思った。影は静だが、狩人は動だ。野生の獣が自然とそこにある、森に生きている、そんな雰囲気なのだ。


 どのように暮らせばこうなるのか。ヨアヒムは狩人を観察する。誇示するような、これ見よがしの筋肉ではない。細身だがしなやかな肉体は、どこまでも、いくらでも走れそうな、無尽蔵の力を秘めているように見える。


 狩人の気配が変わった。静に。まるで木のよう。ヨアヒムは息を止めた。


 狩人に合図され、ヨアヒムは石を構える。茶色の大きな生き物が、ヨアヒムの前を通り過ぎる。ヨアヒムは夢中で石を投げる。当たった。確かにその感触を手に感じる。


「弱い」


 狩人は言い、続けざまに石を投げる。


 ドウッ 美しい角を生やした雄鹿が倒れた。


「殿下、とどめを」

「え?」

「首を切ってください」


 狩人はヨアヒムの腰の短剣を見る。


「あ、ああ」

「切る前に祈ります。一緒に祈ってください」


 狩人は鹿の前に跪き、手を合わせる。


「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。今日の恵みを感謝いたします」


 ヨアヒムは、狩人の後に続いて祈ったあと、震える手で鹿の首を切る。赤い血がドクドクと流れ、ヨアヒムの手を染める。温かい生き物は、ビクビクと震えながら、徐々に動きを止めた。


 ヨアヒムは、はっと息を吐く。続いて深く吸う。呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、息がうまくできない。


 狩人たちは、手早く血の上に土をかけると、雄鹿を担いだ。


「本当は殿下が担ぐべきなんですけど。服が汚れてしまいますから、今日は俺が」


 ヨアヒムは、自分の着ている、上質な狩猟服を見る。狩人たちは、いつも通りの普段着だ。硬そうな布、つぎはぎの当たった肘、すりきれた裾。ヨアヒムは、なんだか息が苦しくなる。


「殿下は、解体をしたことはありますか?」

「いや、ない」

「ああ……」


 やっぱり、そんな男たちの声が聞こえた気がした。


「教えてくれるか?」

「ええ、もちろんです。自分が狩った獲物は、自分で解体して、好きな女に肉を贈ると惚れられますよ」

「ははは。王都に戻るまでに、狩りも解体もできるようになる」


 ヨアヒムは、笑った。大きな声で笑うと、息がしやすくなった。


「狩りと解体が気軽にできるような服がいるな」

「探しておきますよ」


 狩人はニヤッと笑う。ヨアヒムは、狩人との距離が少し縮まった気がした。まだまだ学ぶことが目白押しだ。ヨアヒムは、次こそは自分の力で仕留める、そう誓った。

 



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― 新着の感想 ―
ローストビーフならぬロースト鹿が美味しいですよ。 口に入るまで、野菜もお肉も手間暇かかりますよね。 ありがたく頂戴しなければ!
[一言] 鹿肉はおいしかったです ヨアヒムがんばれ
[良い点] ラウルはいいツッコミがいてよかったね…と毎回思います。割と天然ボケなので。キラキラ王子様が真顔で肉食の聖人とか言い出したらなにいってんの?とは突っ込めまい… [一言] 確かに自分で採った肉…
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