160.こじらせ
「ひゃっはー、イイ男がいるぜー」
「おい、お前たち、ちょっと顔かしな」
突然、森の中から数人の男たちが飛び出してきた。ラウルたち一行はポカーンとしている。犬もコラーも、チラっと男たちを見て、すぐ横を向いてアクビをした。
「おじさんたち、すっごい震えてるけど、大丈夫?」
ハリソンが心配そうに声をかけた。ボロボロの服を着た貧相な男たち。必死で棒を構えて威嚇しているが、棒の先がプルプル震えている。
「お腹が減っておるのか? パンを食べるか? 魚もあるぞ。卵もあるぞ」
ラウルが優しい声を出す。
「うああああーーん、お願いしまーす」
男たちは泣きながらむさぼり食った。ラウルは辛抱強く話を聞く。
「ふむ、急に魔物が現れて、村の女と子どもたちがさらわれたのか」
「へ、へえ。恐ろしい妖気を放つ黒いグニャグニャした何かなんでやす」
「助けに行ったら、イイ男を連れてきたら、みんな返してくれるって」
「それで、旅人が通るのをずっと待ってて」
「食べるものも無くなって」
男たちがグシグシ泣きながら、必死で言い募る。ラウルたちは顔を見合わせた。
「イイ男……。一番顔がキレイなのはラウルだね」
「十二歳はイイ男という枠に入るであろうか。イヴァンとガイの方が無難では」
ハリソンとラウルは腕組みをして考える。
「とにかく行ってみようではないか。無理だと思えば撤収して考えよう」
ラウルの言葉にイヴァンとガイは渋々頷く。
「犬とコラーが不穏な雰囲気になったら、すぐに逃げましょう」
「分かった。よろしく頼んだぞ」
ラウルは犬とコラーに頼む。犬もコラーもボヘーッとしているので、今のところ大丈夫そうだ。
男たちに案内され、ラウルたちは森の奥にある洞窟の前まで来た。犬とコラーの様子を見て、ラウルはいけると判断した。
「たのもー、少年と中年のイイ男が来たぞ。村人たちを返してくれぬか」
しばらくして、びょうびょうとした声が響く。
「年下はもうイヤじゃー」
「うむ、振られてしもうた」
ラウルは首を振りながら小さくこぼす。
「たくましい大人の男がふたりおるぞ。剣聖と護衛だ。腕利きだ」
イヴァンとガイは、強くカッコよく見えるように、剣を抜き、すきのない構えを見せる。
「中へ入ってまいれ」
「村人と交換だ」
ラウルは一歩も引かない。
しばらくすると、女や子どもたちがゾロゾロと出てくる。皆、ゲッソリしているが、自力で歩けるようだ。男たちはヨロヨロと駆け寄ると、女房と子どもを抱えてオイオイ泣く。
「俺が行ってくる」
ガイが決死の覚悟で中に入って行った。ラウルは心配そうにガイの背中を見つめる。
「あの、助けに来てくれて、ありがとうございます」
「もう、大変でした」
「話が長くて」
女たちは辛そうに眉と口を下げる。
「ん? 痛い目には合わされておらぬのか?」
「耳と心は痛いですけど、体は大丈夫です」
女たちは、はあーっとため息を吐く。
「気持ちは分かるし、かわいそうだなーって思うけど、ねー」
「引きずりすぎ」
「こじらせすぎ」
「話ながすぎ」
びょうーと風が吹いた。
「聞こえておるぞー」
ヒッ 女は青ざめ、子どもたちはワーンと泣いた。
「あのオバサン、怖いー」
「こらっ、しっ」
「誰じゃー、オバサンと言った悪い子は誰じゃー」
黒いグニャグニャしたものが、ブワッと飛び出してくる。ハリソンはすかさず、真珠を投げつける。
ギャー グニャグニャは、断末魔をあげると、小さな狐になって地面に落ちた。
「狐だ。かわいい」
「本当か? わらわはカワイイか?」
「うむ、大変かわいらしい」
狐は照れて、クネクネする。
「そなた、いくつじゃ」
「十二歳だ。ラグザル王国第一王子のラウル・ラグザルだ」
「ギャー、年下の皇子ー」
コーン 小さくひと声鳴いて、狐は気絶した。
「また、俺の出番なかった」
洞窟から走って出てきたガイが、ガックリと地面に膝をつく。
寝ている狐を横目で見ながら、皆で焚き火を囲む。犬とコラーが狩ってきた鹿の肉を食べながら、ラウルは根気よく女たちから話を聞いた。
「なんかよく分からんのですけど」
「昔、若い恋人がいたんだって」
「光の君って呼ばれる美形の王子様らしい」
女たちは肉をガツガツ食べながら説明する。
「男も若いうちは、年上のキレイなお姉さんが好きじゃないですかー」
「でも、キレイなお姉さんが、こぎれいなオバサンになったらねえ」
「結局若い女に行っちゃうよねえ」
「う」
村の男たちは一斉にあらぬ方向に目をそらす。
「しかも、その光の君? 正妻がいたらしいの」
「最低じゃね」
「クソ野郎だな」
「う」
男たちは地面の石を無意味にほじくる。
「ツンツンしてさ、可愛げがないからさ」
「捨てないでって素直に言えなかったらしいのよね」
「だからって、正妻と他の愛人を次々呪い殺さんでも」
「可愛さ余って憎さ百倍らしいですわ」
話を聞いて、男たちは青ざめた。思ってたより、ドロドロだった。
「やりすぎて、その土地の神さまに怒られたんだって」
「そんで、気づいたら狐になってここにいたんだって」
「でもまだ、キレイな男が好きなんだって」
「でも、もう、年下はイヤじゃー」
起き上がった狐がウジウジ泣き始めた。
「今度は、わらわだけを愛してくれる、年上の男がよいのじゃー」
狐は丸い涙をポロポロ流す。ラウルは狐を優しく撫でてあげる。
「うむ、うってつけの男を知っておるぞ」
「まことか?」
ラウルはウルウルと見上げてくる狐に重々しく頷く。おもむろに銀の釣り竿を取り出すと、ビュッと振った。
ヒューーン 糸はどこまでもどこまでも伸びていく。
「泉にひとりで長年暮らしておる、釣り竿拾いの精霊がおる。お似合いだと思う」
え、そうかな! 押しつけじゃない? イヴァンとガイは固まるが、賢明にも言葉には出さなかった。
「この糸をたどって行けば、良き男に出会えるであろう」
「分かった。行ってみる。そなた、何か望みはあるか?」
狐の問いかけに、ラウルはうーんと考えた。
「村人たちに怖い思いをさせた詫びとして、これからは村人たちを守ってやってほしい」
「分かった。そしたら、釣り竿はここに置いていてくれぬか? そうすれば行ったりきたりできる」
「うむ、よいぞ」
狐はクルリと宙返りをすると、たおやかな美しい女性に変わる。袖の長い不思議で優美な衣。艶やかな黒髪が、扇のように足元の地面にまで広がっている。
ほえー 村人たちは目を丸くして見惚れる。
「ありがとう。では行ってくる。そなたらが女で苦労せぬよう、加護を授けてやろう」
えいっ 断る間もなく、何かキラキラしたものが、そこにいる全員に降りかかる。
げえー、これ大丈夫なヤツー? 声なき声が皆の心を通り過ぎる。
「大丈夫じゃ。多分」
全く安心できない言葉を残し、狐は糸をたどって飛び去った。
「余は、ただひとりの妻を、生涯愛そうと思う」
ラウルの言葉に、女たち全員が拍手した。