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158.父と子と


 ジェイムズは人生初の旅を満喫している。正確に言えば、ヴェルニュスまで旅したが、あれは移動だし、家族と一緒だった。家族から離れて、つい最近知り合った人たちと、別の国に行くのだ。ジェイムズは空に向かって高々と両手を突き上げる。


「自由だーーー」


 ジェイムズは海に向かって叫び、クロが一緒に遠吠えする。


「そんなに不自由だったのか?」


 デイヴィッドが苦笑しながら聞く。


「いやー、まあね。ほら僕、次期領主だから。領主の仕事覚えなきゃいけない。二年後には王都に行って、いい嫁を見つけて来なきゃいけない。死なないように気をつけなきゃいけない。大変だよ」


「そうか、ご両親が許してくれてよかったな」


「デイヴィッドさんの家族のおかげ。腕輪の石が売れるようになった。父さんの使用料で儲かってる。僕たちの労働力がなくても、領地が回るようになった。だから、今のうちに旅に出て色々見てこいって」


 ジェイムズはしっかりデイヴィッドの手を握ってお礼を言う。


「いや、ミリー様とロバート殿のおかげで、サイフリッド商会も売上が伸びている。こちらこそありがとう。それと、一緒に長旅をするんだから、お互い呼び捨てにしよう」


「はーい」


 ジェイムズの叫び声を聞いて、港の男たちが近づいてきた。


「あ、クロじゃん。お、あのときの、にいちゃん」

「本当だ。クロ、また来たのか。魚食うか?」

「クロ、海の魔魚、つかまえてくれよ」


 クロの人気はまだ衰えてなかった。おかげで、何の苦労もなく、アッテルマン帝国行きの船に乗れることになった。


「げえー、あれが父さんの船首像かー。思ってたより気持ち悪いね」


 ロバートがタコに絡まれている、とても写実的な船首像。ジェイムズは思いっきりイヤそうに顔をゆがめる。


「おお、そうだった。にいちゃんは海の神に愛されてるロバート様の息子さんだったな。ありがたや、ありがたや」

「きっと今日は大漁に違いない。ありがたや、ありがたや」


 海の男たちがジェイムズに祈り始める。ジェイムズは居心地悪そうに、頬をポリポリかいた。


「へえ、ジェイの父親は海の神のお気に入りか。ミリーは石の神に愛されているし、たいした家族だな」


 イシパが感心して、ジェイムズの背中をバシバシ叩く。ジェイムズは吹っ飛びそうになるのを、かろうじてこらえた。


「イシパ、痛い。もうちょっと優しく叩いて」

「あ、すまん。まだ力の加減が難しくて。気をつける」


 イシパはそうーっとジェイムズの背中を撫で上げる。


「それはなんか、かゆいからやめてー」


 ジェイムズはゲラゲラ笑い、体をよじる。皆もつられて笑った。


 荷馬車いっぱいの商品を船に乗せ、荷馬車と馬は港に置いて行く。サイフリッド商会は定期的に貿易をしているので、預かってもらえるのだ。



 穏やかな海を、一行は言葉少なに見つめている。ジェイムズは海は初めてだ。クルトとニーナは、以前の船旅は心が傷だらけだったので、楽しめる状態ではなかった。デイヴィッドは船に乗ったことはあるが、他国に行ったことはない。イシパは船旅の経験はあるが、夫との新婚旅行は別格だ。


 皆、こうして一緒に旅をできる幸運を静かに噛み締める。



***



 シャルロッテの両親は、やっと訪れることができたゴンザーラ領に感無量である。


「なっ、皆、靴を履いているではないか」


 父のつぶやきを耳にしたシャルロッテは、小さく笑う。


「サイフリッド商会のおかげで、安い靴が買えるようになったのですわ」

「そうか、豊かになったのだな」


 感慨深げに辺りを見回すふたりの元に、ロバートがぎこちなく近づく。ロバートは義両親とほとんど接したことがない。若かりし頃、シャルロッテと結婚したいと話に行ったときは、けんもほろろに追い出されたのだ。ミュリエルの王都での婚約式に同席するまで、顔を合わせることもなかった。


 ミュリエルのおかげでようやく距離が縮まってきた。微妙な空気に、野生の両親は、めんどくさいとばかりにさっさと逃げ出す。


「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、屋敷にご案内します」

「ありがとう。ロバートと呼ばせてもらってもいいだろうか。できれば私のことはお義父さんと呼んでほしい」

「はい、もちろんです」


 ギクシャクしながらも、少しずつ話をする。


「黄金の馬、アハルテケがいると聞いた」

「ご覧になりますか?」


 ロバートは少し笑顔を見せて、馬の放牧場へと向きを変えた。四人はキラキラと輝きながら、のびのびと走る優雅なアハルテケを眺める。


「私が贈り物にしたいと思っていた馬をはるかに超える。ロバートもシャルロッテもミリーも。自分の力で、欲しいものを手に入れられるのだな」


 義父の言葉にロバートが困ったように立ち尽くす。


「私が頑固だったせいで、長年、何もできなかった。ロバートとシャルロッテに何をしてあげられるか、ずっと考えていたのだ」


「いや、そんな。気にしないでください」


 誇り高い老貴族は、ロバートの目をまっすぐ見た。


「領地の収入が急に増えて、大変なのではと思ったのだ。何人か優秀な若者を知っている。もしよければ、紹介させてもらえないだろうか」


「それは、とてもありがたいです」


 優秀な若者に領地を乗っ取られないだろうか。ロバートはこっそり考える。


「あくまでも、補佐に徹することができる、野心のない者だけを選ぶ」


 ロバートの表情を簡単に読み取れる義父は、安心させるようにつけ加えた。


「ありがとうございます」


 ハハハ、ロバートは思わず笑う。ありがたく力を借りよう、ロバートは決めた。




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