157.祭りの後、嵐の前の静けさ
熱気あふれる結婚式が終わったあと、ヴェルニュスは静かだった。皆、よくがんばった。一体感あふれる、いい式だった。
満ち足りた放心状態のヴェルニュスに、しばしの別れがやってくる。まず、デイヴィッドとイシパが旅立つ。そこにクルトとニーナも加わった。
「さらわれた森の娘の生き残りがいないか探したいのです。いわば贖罪の旅です」
「そんなの、クルトが責任感じる必要ないと思うけど」
ミュリエルは、クルトにはヴェルニュスで人形劇をしながら、楽しく歌って過ごしてもらいたいと思う。
「ニーナみたいな子が、どこかで助けを求めているかも知れません。それに、デイヴィッドさんとイシパさんと一緒なら、安全ですし」
「俺たちは構わない。アッテルマン帝国近辺にも行きたいし」
「そっか。イシパさんと一緒なら、安心だもんね」
神に近い、巨人のイシパ。ほぼ無敵。ミュリエルの眉間のシワが消える。
「もちろん、私も行くからね」
ニーナはキッとした目でクルトを見る。
「うん、そう言うと思っていた」
クルトは優しくニーナの頭に手を置く。
「僕とクロも一緒に行く」
抜け抜けとジェイムズが言う。
「はあ? 何言ってんの。そんなのダメに決まってるじゃない」
「いや、父さんはいいって言ってた。今のうちに旅して一人前になってこいって」
「えええーー、母さーーん。ジェイがバカなこと言ってるー」
ミュリエルは母に言いつけに行き、しおしおと戻ってきた。
「ホントだった。もう、うちの弟たち、旅に行き過ぎ。まさかウィリーとダニーまで行かないでしょうね」
ミュリエルは両手を腰に当てて、下の弟ふたりをねめつける。
「僕はここでオモチャ作るから」
「僕はここの本を全部読み終わったら、領地に帰る」
ウィリアムの言葉に、よしと頷いたミュリエルは、続くダニエルの言葉に口を開ける。
「え、ダニーはここに残るの? 父さんはいいって言った?」
「いいって言った。領地の本は読み尽くしたもん。新しい本を買ってくれないなら、ヴェルニュスで本読ませてよって言ったら、ぐぬぬって」
「ぐぬぬって、ダメって意味じゃないの? 母さーーん、ダニーがここにいるって言ってるけどいいのー?」
ミュリエルはまた母に言いつけに行き、今度は母と一緒に戻ってきた。
「本ばかり読まずに、ちゃんと働くならいいわよ。ミリーとアルに迷惑かけないのよ」
「はーい」
ダニエルは勝ち誇ったようにミュリエルを見る。
「ダニー、狩りもしてよ。農作業もだよ。一日に読む本の量は、私と相談だよ」
「ふあーい」
ダニエルはミュリエルに頬をびょーんと伸ばされながら、ニコニコ答える。ヴェルニュスの蔵書量はすごいのだ。あれを全部読めるなら、いくらでも働く。
「領地にマリーナしかいなくなるわ。みんなすっかり大きくなったのね」
シャルロッテは少し寂しそうに子どもたちを順番に抱きしめた。
デイヴィッドたちが旅立ち、シャルロッテは実の両親と義両親と共にゴンザーラ領に向かう。そして、ルイーゼとルティアンナと魔牛お姉さんたちも王都に戻る。
「また来ますわ」
ルイーゼはキュッとミュリエルの手を握る。
「バレエ団はすっかりミリー様の信者ですので、心配はいりません。わたくし、ローテンハウプト王国の王都で結婚相手を見つけないといけませんの」
ルティアンナはキリッと言う。
「でも、問題が起こればすぐ参りますから。いつでも気軽に呼んでくださいませね」
「はい、大丈夫です。もうすっかり仲良くなりましたから」
ミュリエルは胸を張って答えた。ラグザル王国のバレエ団も、アッテルマン帝国の踊り子たちも、ミュリエルにとっては領民と同じだ。結婚式を挙げてよかった。あれで皆の心がひとつになった。
「わたくしたちも、すぐに戻って参りますわ。諸々を調整し、こちらに移住しようかと。ホホホ」
魔牛お姉さんたちは朗らかに言い、夫たちはやや引きつった表情をしている。
「それは大歓迎ですけど。いいのですか? 旦那さまたちは確か、ヨアヒム殿下の側近として王都で働かれるのでは?」
ミュリエルは赤毛の肉体派、にんじんをチラ見する。にんじんは真面目な顔で頷いている。
「ホホホホ、ええ、まあ、そうなのですが。きっと大丈夫ですわ。お任せくださいませ」
「は、はあ」
何をどうお任せするのかよく分からないが、ミュリエルはとりあえず流した。魔牛お姉さんが大丈夫というなら、大概のことはなんとかなるはずだから。
華やかな集団は、最後までにぎやかに出ていった。渋る前王妃レオノーラも、ルイーゼに連れて行かれた。
ヴェルニュスにまた静けさが戻る。ミュリエルはアルフレッドと並んで、長椅子ブランコに座ってユラユラしている。
「急に人がいなくなって、なんだか寂しいね」
ミュリエルの言葉にアルフレッドが優しく微笑む。
「ミリーが望むなら、いくらでも訪問者を増やせるよ。色んな国の王侯貴族から、問い合わせが来てる」
「え、なんで?」
「森の娘の奇跡を見たい。アッテルマン帝国の王族と会いたい。ラグザル王国との伝手が欲しい。そんな感じかな」
「へー、そうなの。私、奇跡なんて見せられないけど」
ミュリエルは目を丸くする。
「朽ちかけのヴェルニュスが、短期間でここまで豊かになったんだ。奇跡だよ」
「へー。それは割とパッパのおかげだし、だったらパッパに紹介すればいっか」
「それでもいいね。ただ、今のところ訪問希望は全て断ってる」
アルフレッドは少し言いにくそうに口をつぐんだ。ミュリエルが首をかしげると、アルフレッドはミュリエルの肩を抱く手に力を込める。
「婚約打診もされているからね、この子の」
アルフレッドはミュリエルの元気なお腹に、もう片方の手を当てた。ミュリエルはしばらく意味が分からなかったが、理解してゾクリと震える。
「え、この子の? まだ産まれてもないのに?」
「王族とはそのようなものなんだ。でも、断るから心配しないで」
ミュリエルはアルフレッドの手に自分の手を重ねる。
「断れるの?」
「ああ。だって、二十五歳まで独身を貫いた僕と、十五歳で王弟を釣り上げたミリーの子だよ。親が決めた婚約なんて、蹴り飛ばすよね」
アルフレッドの言葉にまるで同意するかのように、ミュリエルのお腹の中がボコボコする。
「ホントだ」
ミュリエルはおかしくなった。不安になったけど、この子なら大丈夫。そんな気がする。
「この子の結婚相手は、この子に決めさせたい」
「そうしよう。きっと自分で見つけてくるよ」
ミュリエルとアルフレッドは、男の子でも女の子でも、元気いっぱいに違いない我が子を思い、幸せな気持ちに包まれる。