156.ヴェルニュスの結婚式
春爛漫。花が咲き誇り、鳥は歌い、蜂がブンブンする。ついに待ちに待った結婚式だ。大変だった。主に裏方が。
ジャックとパッパはぐったり疲れている。晴れの日に、へばっている場合じゃないぞ。ふたりは気合を入れ直す。楽しもう、そして祝おう。ヴェルニュスで永遠に語り継がれる、めでたい日。
教会の中では、結婚する夫婦の家族が、胸を高鳴らせながら待っている。最前列はミュリエルとアルフレッドの家族。セレンティア子爵夫妻は、レオノーラ前王妃と並び、誇らしげだ。
教会にはとてもではないが、人は入り切らない。教会の窓も扉も開け放たれ、周囲を領民や踊り子が埋め尽くす。新郎新婦たちは、領民から歓声を浴びせられながら、静々と手に手をとって教会に入っていく。
ミュリエルとアルフレッド、フェリハ夫妻とセファ、イローナとブラッド、イシパとデイヴィッド、魔牛お姉さんと婚約者たち、そして結婚にこぎつけた多数の領民。色とりどりの衣装をまとい、春らしく華やかだ。
ミュリエルは深い緑のドレス。お腹が目立たず、太く見えないよう職人たちの熟練の腕で仕立てられた。金の魔牛の刺繍がびっしりと、でも下品にならない絶妙な塩梅で刺されている。母と姉の愛がみっしみしに詰まっている。
フェリハは王女の威厳溢れるドッシリとした、海と森が溶け合ったような色のドレス。セファは同じ色で上着とキュロット。少年のようにも少女のようにも見え、セファらしい衣装だ。セファの衣装も刺繍だらけ。どの母も、子どもの服の刺繍は楽しいようだ。
イローナは今日の空と同じ爽やかな水色のオーガンジー。イローナが歩くたびにフワフワと揺れ、春の妖精さながらだ。ボタン穴に刺さった羽の模様が、上半身はみっちりと、スカートは裾部分に軽やかに。羽から小さな小さな鳥がいくつも飛び立っている刺繍は、ミランダの案で追加されたものだ。ミランダは刺繍は得意ではないが、時間をかけて細かな鳥を刺した。
一番派手なのはイシパだ。空の国からとっておきのドレスを持ってきた。虹色である。
「ミリー様より派手なのはどうなんだろう」
デイヴィッドは気にしたが、ミュリエルはブンブンと首を振った。
「私は結婚式、二回目だからね。初めての人が目立つ方がいいじゃない」
そういうことで、虹色だ。その上に、金と銀の糸で星が散りばめられている。空の全部盛りだ。ニコニコ笑顔のイシパに、とてもよく似合っている。
魔牛お姉さんたちは、それぞれの瞳に合わせた華やかなドレス。派手すぎず、地味すぎず、気配りしまくったドレス。ミリー様とフェリハ様の邪魔になってはいけない。かといって、結婚式を盛り下げるわけにはいかない。そんな魔牛お姉さんたちの健気な思いが込められているのだ。
領民の女性たちは、イシパに負けず劣らずの鮮やかさ。ミュリエルから思いっきり派手にするように言われた。ミュリエルの言葉には一も二もなく従う領民である。今後一生着ることはなさそうな、艶やかなドレスに心が浮き立つ。
花嫁たちが色とりどりの衣装をまとうので、花婿は濃い青緑色に統一した。深緑の森に咲く花のような新婦を見て、男たちは自分たちの判断が正しかったと胸を撫で下ろす。これ以上の色はきっと、やりすぎになっていただろう。
晴れやかな新郎新婦は、司祭を見つめる。今日はミュリエルのじいちゃんが司祭の役目を果たす。ゴンザーラ領では、領主一族の誰かが冠婚葬祭を取り仕切る。今回はじいちゃんが張り切って立候補した。
いつも適当なじいちゃんだが、数日前から式の段取りや文言を復習に余念がなかった。
「うちの領地なら、外でやるけども。せっかく立派な教会があるし、王族がいっぱいいるし。ちゃんと教会でやろう。その後で外で騒ごう」
「そうだね」
ミュリエルに異論はない。アルフレッドはミュリエルがいいなら、なんでもいい。じいちゃんは孫息子たちをこき使いながら、新郎新婦に段取りを伝えていった。ローテンハウプト王国、元ムーアトリア王国、アッテルマン帝国のフェリハ夫妻。三か国の風習を聞きながら、なんとなく折衷案を考えるのだ。
じいちゃんは途中で飽きた。
「よし、あとはノリで。当日の即興で」
「いやいやいやいや」
冷静な孫息子が、じいちゃんをなだめすかしながら、まとめていく。ゴンザーラ領ならともかく、貴族と王族だらけの合同結婚式を、ノリと即興でやられても困る。対応できるのはミュリエルぐらいだろう。
大変だったが、なんとか間に合った。
じいちゃんは神妙でよそ行きの顔をして言葉を紡ぐ。
「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。本日、新郎新婦たちがご加護を賜らんと、ここに集まりました」
ミュリエルの弟三人が、真剣な顔をしてパンと銀の盃を配る。ミュリエルはリンゴ水、他は赤い酒だ。
「今日の糧に感謝します」
パンを食べ、盃から半分こぼし、残りを飲む。
じいちゃんはおもむろに紙を広げると、新郎新婦の名前を読み上げていく。さすがに人数が多いので、覚えられなかった。じいちゃんは早々に諦め、孫息子は紙を用意したのだ。
「神の御名によって、結婚が成立したことを宣言します」
厳かに、オルガンとバイオリンの音が流れる。クルトが静かに歌い始めた。
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消えよ、雪よ、北風よ
春の乙女、花をもて
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ニーナとセファが突然走り出し、花びらをふわっとまいた。ミュリエルは、びっくりして目を見開く。
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太陽神は馬で世界を天翔ける
大地は太陽神の訪れを待つ
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じいちゃんはオモチャの馬の頭がついた長い棒を取り出し、高く掲げながらばあちゃんの元に駆け寄る。ばあちゃんはじいちゃんの手を取って、ニコニコしながら新郎新婦の前に出てくる。ミュリエルは危うく吹き出しそうになったが、なんとかこらえた。
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愛の神は牧場に降り立ち
花の神が大地を彩る
花が咲き誇り
愛を讃えて歌う
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教会の参列者が全員、クルトと共に歌い上げ、花を高くまく。新郎新婦の上にヒラヒラと花びらが舞い落ちた。
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春のそよ風がほほを撫で
花の香りがふたりを包む
心と心が通い合い
くちづけを交わす
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新郎新婦たちは、笑いながら口づけを交わした。
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清い愛の契りに結ばれた夫婦よ
恐れず進め
怯えることなく
進め 進め 進め
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夫婦たちは、じいちゃんばあちゃんに導かれ、教会の外に出る。外では領民も踊り子も、木のスプーンを両手にふたつずつ持ち、激しく打ち鳴らしている。
スプーンが作る雷のような激しい音。鳥たちは大騒ぎで飛び回り、踊り子たちはクルクル舞っている。
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豊かで穏やかな幸福の日々
いくひさしく幸多かれと
心から祈りましょう
そしてふたりの愛が
新たな実りを結びますように
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朗々と、喜びに満ち溢れ、歌い上げられた寿ぎの言葉。心からの大合唱。
ミュリエルは笑い、そして泣いた。
キリがいいので、ここで第四部を終わります。
第五部はミリーの子育てになるのかなと思いますが、まだ何もプロットがありません。
行き当たりばったり。ノリと即興……。ドキドキしますが、引き続きよろしくお願いします。