155.増える人
ヴェルニュスの人口が増えた。結婚式の参加者が、ほぼ揃ったのだ。魔牛お姉さんたちは、アッテルマン帝国風の宿に入った。婚約者の殿方たちは、ラグザル王国風と、ムーアトリア王国風に分かれている。
結婚式が終わったら、夫婦で一緒の部屋で過ごす。ややこしいが、貴族だから仕方がない。
魔牛お姉さんたちがアッテルマン帝国風の部屋にしたのには理由がある。フェリハお姉さまだ。由緒正しいアッテルマン帝国の王族で、次期女王とも目されている。なのに気取らず穏やか。そんなウワサが流れていた。ぜひともお近づきになりたいではないか。
気配り上手な、できる王女のフェリハは、初めてのお客様をせいいっぱいもてなす。それはもう、あけすけな方向で。貴族令嬢たちがなかなか話題にしにくい、夜のこと。
「あら、そのことが心配なのね。後宮では、そういう話が普通に出てくるから。年頃になるとみんな知っているのだけれど。大丈夫よ、最初の日は、天井の木の梁を数えていればいいわ」
がんばる新郎が聞いたら落ち込みそうなことを言うフェリハ。
「本当ですのね。旦那様にお任せしておけばいいって、年かさの侍女に言われましたのよ」
魔牛お姉さんたちは心配そうに顔を見合わせる。
「それでいいのよ。初々しい方がかわいいと思うわ。最初から積極的な女性を好む殿方も、いらっしゃるかもしれませんけれど。無理する必要はなくってよ」
魔牛お姉さんたちは、はにかみながら頷く。
「結婚後、しばらくしたら、旦那様に踊りを披露してはいかがかしら。子孫繁栄を神に祈る踊りがとても色っぽくて素敵なのよ。ミリー様もたまにアル様の前で踊っていらっしゃるのよ」
フェリハは割と商売上手であった。踊りの教室は一瞬で満員になり、衣装や装飾品も飛ぶように売れた。
宿泊客が増え、人の往来が活発になり、サイフリッド商会以外の商人もやってくることが見込まれる。そうなると税収が増え、揉めごとが起き、仕事が増える。ブラッドやジャックだけでは、とても仕事がこなせなくなるに違いない。
王都でヴェルニュスで働く人材の勧誘がなされた。有能ではあるものの、身分や財力に恵まれない貴族が、一旗あげようとやってきた。そう、ブラッドがミュリエルの婿候補に挙げていた若手たちである。
ブラッドがヴェルニュスで重要な仕事を任されている。のびのびとして、住みやすい土地。領主は貴族らしくないのに、驚きの大出世を遂げた元男爵令嬢。そしてアルフレッド王弟殿下だ。
最初は懐疑的に見ていた若者たちも、やりがいのある仕事ができるならと、決意した。王都でくすぶっているより、辺境でバリバリ働く方がいいんじゃないの。
「ミリー様、優しいし気さく」
「王族がいっぱい」
「アルフレッド殿下から直接指示されるなんて。夢みたい」
「前例のないことばかりー」
ブラッドの的確な助言を受けながら、若者たちは必死でくらいつく。ブラッドの目は確かだった。
「これでやっと、結婚準備に時間が割ける」
ブラッドはやっと肩の荷が下りた。頼りになりすぎる義家族がいるので、準備はつつがなく進んでいる。でも、任せきりは気が引ける。実に真面目なブラッドであった。
若者たちは、仕事も私生活も充実してきた。人生初のモテ期である。王都ではモテなかった。力のない貴族男子なんて、見向きもされなかった。ところがここではどうだ。女性たちから積極的に声をかけられる。特にアッテルマン帝国とラグザル王国の踊り子たちがすごい。
「ローテンハウプト王国の男子って、かっわいいー」
「全然えらそうにしないのね」
「紳士的で穏やかで、いいわあ」
踊り子たちは、ヴェルニュスに永住したい気持ちになってきている。仕事もあり、部屋も二人部屋で、大部屋ではない。何より、領主がいい。血の気の多いラグザル王国の偉い人たちとは大違い。
そこここで愛が生まれた。
「あら、花束くれるの? 素敵だわ。やっぱり魔物の首より、お花よね」
「えっ?」
「いいの、いいの。気にしないで。こっちの話」
そんな花盛りのヴェルニュスに、やっとデイヴィッドが帰って来た。護衛や商隊、そして妻となる女性。イシパは人間の大きさになっている。デイヴィッドに言われ、巨人のときの見かけのまま小さくなっている。絶世の美女ではない。どこにでもいそうな、ひと目見たあとはすぐ忘れてしまいそうな。そんな特徴のない女性。
「いくらでも美人に化けられるのに」
イシパはもったいない、と言う。デイヴィッドの隣に並ぶのだ、引けを取らない美人の方がいいのではないか。
「毎日食べるパンは、あっさりして飽きのこない味がいいだろう?」
嫁をパンに例えるのはどうなんでしょうか。商会の男たちはハラハラするが、イシパは納得したようだった。
「飽きのこない顔の私と、胃もたれしそうな冒険の旅に出ような」
「ああ」
そんな、割と仲良しのふたりを見て、いまかいまかと待ち構えていた家族は泣いた。
「デイヴィッドが素の顔でいられる女性がいるなんて」
「イシパさん、ありがとう。ありがとう」
ミランダはイシパをギュウっと抱きしめる。
「デイヴィッドの家族の皆さん、ご心配なく。デイヴィッドが天寿をまっとうするまで、私がしっかり守りましょう」
「結婚したら、商隊と旅に出るつもりだ」
デイヴィッドは楽しい冒険に思いを馳せ、柔らかく微笑む。ふと思い出して、ポケットから煌めく真珠を取り出した。
「イローナとブラッドにお土産だ。空の国の真珠を譲り受けた。これでイローナの耳飾りと、ブラッドのカフスボタンを作ろう」
後日、出来上がった真珠の耳飾りは、イローナの愛らしさを引き立てた。耳飾りが目立つよう、青いターバンで髪をまとめたイローナの姿は、即座にユーラに絵にされた。
ユーラはついでに、巨人に向かって投石スリングを振るデイヴィッドの絵も描いた。
『真珠の耳飾りをした乙女』『デイヴィッドと巨人』は、ユーラの代表作のひとつとなった。天才の絵を見ようと、多くの観光客がヴェルニュスを訪れることとなる。
***
「森の娘、ミリー。血を注ぎすぎだ、危なかっただろう」
ミュリエルとの初対面で、イシパは苦言を呈した。隣でアルフレッドが、我が意を得たりと頷いている。
「よくがんばったな。領地とミリーに私の加護を授けておこう。良い子が産まれるだろう」
イシパは静かに祈る。ミュリエルは敬虔で静謐な気持ちになった。この方は、とても神に近い存在。
「ありがとうございます」
心をこめてお礼を言う。
「ハリソンとラウルも元気だった。よい子供たちだ。立派に育つだろう」
ミュリエルはホッとして笑う。産まれてくる子も、旅に出てる大事な人も、領民も家族も。皆が幸せになってほしい。
空の巨人の加護を得て、ヴェルニュスはますます栄える。