153.あなたの夢を叶えましょう
皆が呆然としていると、ガヤガヤと人の声が聞こえてきた。
「あ、デイヴィッドさん」
部屋をのぞいた男が、すっとんきょうな声を上げる。
「ああ、目が覚めたか。連絡が途絶えたから、探しに来た」
「え、本当ですか。ありがとうございます。城に近づいてからの記憶がありませんが……。疲れはすっかり取れてます」
「ひと月ぐらい寝てたんじゃないか。好みじゃないから、眠らせた」
上の方から巨人の娘の声が降ってくる。
従業員たちは、上を見上げて尻もちをつく。
「で、出たー。化け物ー」
「失礼な。ただの巨人だ」
娘が遥か高みから怒鳴る。強風が吹き、失言をした男たちはゴロンゴロンと転がって行く。デイヴィッドが大真面目な口調でつけ加える。
「いずれ俺の妻となるかもしれない女性と、その母君だ」
「ええっ」
壁にぶち当たって止まった男たち。商会の美の花と呼ばれているデイヴィッドと、天井付近でドヤ顔をしている巨女を見比べ、気が遠くなった。
巨母がニコニコしながら手をパーンと打ち合わせる。衝撃でコラーが飛んでいき、ラウルに受け止められた。
「めでたいから、大きなパンを焼いてやろう」
「やったー」
ハリソンが飛び上がる。パン、パン、パーン。ハリソンは小躍りした。
「ありったけの小麦を出しな」
荷馬車から売り物の小麦が運び出され、母娘が台所でこね始める。ドシンドシン、バッタンバッタン。母娘がパン生地を机に叩きつける度に、荷馬車がはねる。人はアワアワし、馬は怯えてグルグル回り、犬とコラーはのんびりとパンを待つ。
男たちは、母娘に指示されるまま、アタフタ動き、巨大なカマドに火を起こした。
「せっかくだから、パン生地に野菜とチーズをのせて焼こう。庭に野菜が生えてるから、適当に取ってきて」
娘に言われ、ハリソンが飛び出して行った。すぐに、カゴにいっぱいの野菜を持ってくる。
「地下の貯蔵庫にチーズのかたまりがあるから、それも」
ハリソンが持ってきた大きなチーズを、娘が巨大な包丁でゴリゴリ削る。巨人のマントにできそうなほど大きな生地に、母娘が野菜とチーズをのせ、カマドに入れた。
「人数が多いから、たくさん焼こう。本当は少し生地を寝かせる方がいいけど、待つのイヤだろ?」
娘の言葉にハリソンが思いっきり頷く。焼き立てのパン。早く食べたい。今すぐ。
ホカホカと湯気をあげ、幸せな匂いが台所に広がる。母娘はピザを焼き上げ、切り分けると、少し退出し、人族の大きさになって戻ってきた。
「この方が一緒にテーブルを囲めるからな」
「それにゆっくり食べられるし。大きいとひと口で食べ終わる」
皆が座ると、巨母が手を合わせて目をつぶる。
「父なる太陽、母なる大地。我ら空と大地の子。巨人に伴侶を、人に豆を」
「いただきまーす」
皆がパクつく中、ゆっくり味わいながら考えていたラウルが口を開く。
「デイヴィッドは本当に、その娘殿と結婚するのか? 種族が違うと色々難しいのではないのか?」
ラウルが聞きにくいことを、ズバッと言った。人族はゴクリとパンを飲み込むと、デイヴィッドをチラッと見る。
「まずふたりで話してみたい。そして父君とも会わなければ。でも、そうだな」
デイヴィッドはじーっと注目している娘を見つめ返す。
「ああやって、まっすぐに、結婚してと言われたのは初めてだ。なかなかいいものだなと感じた。笑っても大丈夫そうだし、嫉妬した女が襲ってきても問題なさそうだし。前向きに考えたいと思う」
「よし」
娘はニカっと、顔いっぱいに笑みを浮かべた。
ひえーマジかよ。商会関係者は半目になる。
「うむ。デイヴィッドがいいなら、いいのだ。ミリーお姉さまとイローナと、一緒に結婚式ができるな」
「間に合うだろうか」
いや、厳しいんじゃないか。あの巨人が許してくれるかね。イヴァンとガイは心の中でつぶやく。
***
デイヴィッドたち商会関係者は、ラウルたちと別れ、大急ぎで巨人の地に向かう。もちろん母娘も一緒だ。
「森の子どもと一緒に結婚式か、いいじゃない」
娘が乗り気なのだ。デイヴィッドは少しずつ、娘と話をする。
「名前はイシパだ。イッシーでもシッパーでも、好きなように呼べばいい」
「そうか、普通にイシパと呼ぶよ。俺はデイヴィッド。好きに呼んでくれ」
「じゃあ、デッド」
「……それは、なんとなくイヤな感じがする」
「じゃあ、ディーだね」
割とうまくいっている。母は、聞いていないフリをしながら、全部聞いている。もちろん、商会関係者も聞き耳を立てまくりだ。
「ディーの夢はなんだ? 私が叶えてやる」
「父さんみたいに、色んな国に行って、商品を売って買って。そういうことがしたい」
「なんだ、簡単だな」
「この顔では、難しいのだ」
「大丈夫、守ってやる」
「そうか、助かる」
おいおい、もしかして、いい感じじゃねえの。従業員は冷や汗が出まくりだ。え、マジで。え、マジで巨人と結婚しちゃうの? 誰でも選べる美形が? うそーん。
「ところで、人と巨人で、その。子どもはできるのだろうか?」
「できるときはできる。無理なときは無理。それは人同士でも同じだろ」
「そうだな」
ええー、子ども作っちゃう気じゃーん。ええー、まあ人間の大きさになれるから、できるか。生々しいことを想像しそうになって、男たちはブルブルと首を振る。
「イシパの夢はなんだ?」
「世界中のおいしいものを食べ尽くしたい。簡単にできるけど、人族が困るからやったことない」
「少しずつ食べるなら、いいんじゃないか。商品の売買のついでに、食べればいい」
「そうだな。楽しみだ」
イシパがウットリした顔になり、それを見てデイヴィッドが微笑む。
お幸せに。なんとなく、応援したい気持ちになった男たち。
そんな、初々しいのかどうなのか微妙なふたりの前に、立ちはだかる父親。
「俺の屍を超えて行け」
巨人の父は、内心では嬉しいが、建前として反対しているフリをする。
「荒ごとは得意ではないのだが。では、失礼する」
デイヴィッドは、スリングに腕輪をグルグルに丸めて入れ、投擲した。
ダダーン 額に腕輪を当てられ、大げさに倒れる父。家具がいくつか木っ端微塵になる。
「合格ー」
父親の声が響き、イシパと母が飛び上がって歓声を上げる。
デイヴィッドは大きな声で笑った。
***
パッパは鳥便を受け取った。
『従業員を見つけた。全員無事。嫁を連れて帰る。デカい』
「ミランダー、イローナー」
パッパは大急ぎで一生懸命走って妻と娘の元に向かった。
「せめて嫁の服の寸法を書いて送ってくれー。花嫁衣装が間に合わん」
パッパは、珍しく気が利かないデイヴィッドに、ボヤいた。嫁は変幻自在だから大丈夫だ、パッパ。