152.イバラ姫
「デイヴィッド、こんなところで何してんの?」
ハリソンは近づいてくるデイヴィッドに問いかける。無精髭でも美貌が全く損なわれないデイヴィッド。屈強な護衛たちを従え、まるで物語の王子のようである。
「うちの商隊がこのあたりで消息が分からなくなったんだ。滅多にないことだから、探しに来た」
「わざわざ商会長のご子息が? 遣いを出せばいいのでは?」
イヴァンが怪訝な顔をする。
「武力でかたがつくならそうするが。交渉が必要なら、立場が上の者が来る方が早い。大きな金を動かせるから」
デイヴィッドが肩をすくめる。
「それに、こういうときの対応を従業員も世間も見ているからな。迅速に最優先で対応するところを見せないと。人がついてこない」
「よく分かりました」
さすが、一流の商会は力の入れどきを見極めるのがうまいな。イヴァンは感服した。
「この森の中に入ってみようではないか。余たちは巨人の母娘を探しているのだ」
「このイバラのトゲトゲがねー。なんかイヤな感じ。刺されないようにしないと」
「切り開きましょう」
久しぶりの出番にガイが張り切る。バッサバッサとイバラを切って捨てていく。
ふー、やっと剣を使えた。ガイは初めて役に立った気がして、少しだけホッとする。
ワサーッ イバラがわさわさ伸びて、元通り。ガイはうなだれて、悲しい目で獰猛なイバラを見る。
「ガイ、落ち込んではいけない。きっと魔法のイバラなのだ」
ラウルはポンッとガイの腰を叩く。
「魔法には魔法だ」
ラウルはおもむろにカゴの真珠をひとつかみ持つと、無造作にイバラに振りかける。
さあ、どうぞお入りください。そう言わんばかりに、ささささーっとイバラが枝を退け、まっすぐ広々とした道ができる。ガイはガックリした。せっかくカッコいいところを見せようとがんばったのに。
「道ができた。では行こう」
ラウルは朗らかに言い、荷馬車を引き連れ、皆でぞろぞろ歩く。ガイは気を取り直して、最前列を歩く。せめて盾ぐらいにはなりたいではないか。しばらく歩くと、イバラに覆われたお城が見えてくる。お城の外には荷馬車があり、馬がぐっすりと寝込んでいた。ガイが馬のあちこちを触り様子を見る。
「ただ寝ているだけだ。元気そうだ」
ガイが強めに馬の背中を叩いても、馬は気持ちよさそうに寝て、起きる気配がない。
「魔法がかかっているようだ」
ガイの言葉に、デイヴィッドの護衛たちは身構えた。魔物はやれても、魔法使いは難しい。厳しい戦いになるかもしれない。眠らされては、デイヴィッドを守れない。
ピリピリする護衛たちをよそに、ラウルとハリソンはのんびりだ。犬がボケーっとしているときは、大丈夫。ふたりともよく知っている。
コーンッ 上から何かが落ちてきた。銀貨だ。
皆が上を見上げると、お城の壁に、イバラのツルでグルグル巻きにされた男たちが吊るされている。
「うちの商隊の者たちだ」
デイヴィッドが青ざめる。ラウルとハリソンがまた惜しげもなく真珠を男たちに振りかけた。
シュルシュルシュル つるがほどけて、男たちがそっと地面に置かれた。
ガイが手を男の口元に当て、その後、首を触る。
「寝てるだけだ」
デイヴィッドはふーっと息を吐いた。
「巨人の母娘を探すために城に入るぞ」
ラウルの言葉に皆が黙って頷く。そろりとお城の扉に近づくと、扉はひとりでに開いた。犬がさっさと階段を上がって行くので、一行も足早に登る。一番上の部屋に、乙女がふたり、ベッドの上に並んで寝ている。
「また眠っておるが。このふたりが巨人の母娘であろうか。ふたりともそんなに大きくはないが」
作り物めいた美しい女性。男たちはシーンとする。
「どうしよう。真珠投げてみよっか?」
美女ふたりの寝姿に、なんの感銘も受けていないハリソンが、ガバッと真珠をつかんだ。乙女のまぶたがかすかに動く。
「こういうときは、王子が口づけをするらしいな。姉上が昔読んでいた物語に書いてあった」
皆が期待を込めた目でラウルを見る。ラウルは冷静に「余はごめんだが」と言う。
「犬に舐めさせようか」
ハリソンが随分な提案をし、犬たちが迷惑そうに後退りする。
「コラー、どうだ?」
コラーはラウルが言うや否や、乙女のベッドに向かって突進する。健気である。いや、ただの無鉄砲か。ラウルの言うことをきちんと聞けば、おいしいごはんがもらえると学んだコラー。
コラーが美女の口をつつこうとしたその瞬間、美女がぱっちり目を開けて、コラーの首をひっつかむ。
「そこは、その美男子にしとけよ」
美女ふたりがベッドに起き上がって、デイヴィッドを指差し吠える。
「こんな美人に化けてるのにお前らときたら。失礼だな」
ほっそりと華奢な女性ふたりが、ムクムクと大きくなって、屋根につかえるほどの巨人になる。
「もー、せっかく王子をつかまえようと思ってたのにー」
若い方の巨人が地団駄を踏む。床がグラグラ揺れ、ガラスがイヤな感じにミシミシきしむ。
「やっぱりふたりで寝てたのがダメだったんだよ。お前ひとりにしておけば、今頃あの美形が引っかかっていたのに」
母親らしき巨人が悔しがる。
「いや、ないから。見ず知らずの寝てる女性に口づけするほど、酔狂ではない」
デイヴィッドが真顔で否定した。ラウルがそっと口を挟む。
「巨人の母娘殿、空の上の巨人殿から伝言だ。そろそろ帰って来い、とのことだ」
「ええー、まだ婿が決まってないのにー。空の上じゃ、出会いがないし」
母娘ふたりがウンウンと頷き合う。その勢いで、人族の髪がビュンビュン揺れる。
「そこのキレイな顔した人の男。私と結婚してよ。私、強くて寿命が長いから、あんたがヨボヨボになって死ぬまで、そばにいて守ってあげる。その顔は、人の子には過ぎるだろ?」
娘が上半身をぐっと曲げて、デイヴィッドに顔を近づける。デイヴィッドは目を少し見開くと、小首を傾げて娘を見上げた。デイヴィッドの口角がほんのりと上がり、柔らかい笑顔がちょっとだけ浮かぶ。
「うん、いい顔だ。気に入った。もっと笑ってみてよ」
デイヴィッドは目をパチパチさせると、思い切って笑う。娘もつられてカラカラと笑う。娘の笑い声で、人族の服がヒラヒラとはためいた。
「決まりだな。父さんに会わせないと」
「えっ」
ラウルとハリソンは口を開けて、巨人の娘とデイヴィッドを見比べる。
「えっ」
まんざらでもなさそうなデイヴィッドを見て、人族が固まった。母親が満足そうに両手で天井を叩いた。
「めでたい」
「ええーー」
デイヴィッドがひとことも発しないまま、巨人の娘との結婚が決まったかもしれない。本当にそれでいいのか、デイヴィッド。