150.豆の木
村がなく、野宿が続き、だんだんと緑が少なくなってきた。
「雨が降ってないのかな。土が乾いてるし、草が元気ないね」
「鳥が水場をみつけてくれるからいいものの。普通の旅人は水に困りそうだ」
ガイが難しい顔をして、土をパラパラと手から落とす。
「魚がとれないから、ハリーが大変だな。早く湖でもあるといいが」
「大丈夫、まだマフィンがあるし。コラーのタマゴを食べてるし」
「コラーのたまごは、ニワトリとヘビの、どちらのタマゴであろうか」
「ニワトリでしょう」
そうであってほしい、イヴァンは強めに言った。
「あ、村が見えたよ」
いつもながら、驚異的な視力を持つハリソンが、いち早く村を見つける。
ありがたい、大人ふたりはホッと息を吐く。ハリソンは元気だが、ラウルに疲れが見えてきた。ゆっくり屋根の下で休ませたい。それにマフィンも残り少なかった。スープなど、体の温まるものをふたりに食べさせたいものだ。
人気のない、寂れた小さな村。ラウルがいつもの通り叫ぼうとしたとき、げっそり痩せこけた村人たちが走ってくる。
「かわいい男の子が来たぞーーー」
「うおおおおおーー」
血走って落ちくぼんだ目の男たちが、ラウルとハリソンに向かって突進してくる。切って捨てようと、イヴァンとガイが剣を抜いて前に出た。村人たちは、剣が届かない距離でザザーっと跪く。
「ようこそいらっしゃいましたー」
「天の助けー」
「これでやっと雨乞いができる」
男たちはラウルとハリソンを見ながら、おいおい泣いた。
「何か訳があるようだな。話してくれるか?」
ラウルが慈悲深い笑顔で男たちに問いかける。興奮のあまり、支離滅裂、話があっちこっちに飛びながら、村人がかわるがわる説明した。
「雨が降らなくなったら、雨乞いするんだね。かわいい子どもの旅人が来ないと成功しないのか。ふーん、不思議だねえ」
「種を、何かのタネをお持ちではないでしょうか? 雨乞いにはタネが必要と伝わっております」
ハリソンは村人の勢いにタジタジとしながら、荷馬車をあさる。
「たくさんあるよ。とうもろこしの粒、お米、小麦、クルミ、カボチャの種」
「魔女っぽい女性にもらったひよこ豆もあったな」
ハリソンとラウルが手の平のタネを見せる。
「それはよかった。では、早速ですが、雨乞いの儀式をいたしましょう。作物が育たなくて飢えはじめていたのです」
休む間もなく、雨乞いの儀式が始まった。ラウルとハリソンは這いつくばってお願いされ、女装することを渋々了承した。艶やかな女物の衣装をまとい、顔に化粧を施された少年ふたり。手には小さな器。酒と色んなタネが入っている。
焚き火の前にラウルとハリソンが器を持って跪く。その周りを、村人たちが笛や鈴、太鼓などを盛大に鳴らしながら踊る。とても賑やかで、ラウルとハリソンは耳がキーンとなった。
しばらくすると、器の中のタネがウズウズ、ムズムズ動き出す。タネたちから芽が出てギューンと伸び、グルグルとネジりあって一本の大きな茎になった。ラウルとハリソンは、あまりに重くて持っていられなくなる。
パリン 落ちた器は粉々に割れて、茎は地面にしっかり根をはわす。
「どうぞ茎につかまって、上まで登ってください。そうすると雨が降るはずなのです」
長旅で疲れ切っている旅人に、無茶苦茶言ってるな。ハリソンは腹が立ったが、ラウルがやる気のようなのでグッとこらえた。さすがラウル、立派だよ。
ラウルとハリソンは濡れた布で化粧をゴシゴシ落とし、新しいシャツとズボンに着替えた。さすがに女物の服で登りたくない。足がスースーして落ち着かない。
疲れた体にムチ打って、ラウルたちは茎につかまりながらどんどん登っていく。犬とコラーは颯爽と、人はヨロヨロと。村が小さな点ぐらいになったとき、空の上の地面に着いた。体を引き上げ、地面に寝転がると、城壁と大きな石の扉が見える。
「たのもー、誰かおらぬか」
止める間もなく、ラウルが叫んだ。いや、ここはこっそり入るべきでしょう、殿下ー。大人ふたりは心の中でボヤく。
ズズズズ、ドドドド、大きな石の扉が内側に開いていく。
「よかった、誰かおるようだ」
ラウルはニコニコ笑っている。犬とコラーが先になって入っていった。犬が警戒していないようなので、イヴァンとガイは剣は抜かない。
扉の先には石造りの巨大なお城。
「これは、巨人の城ではないか」
ガイがポツリとこぼす。
「確かに。とても取手に届きそうにない。ラグザル王国に巨人がいるとは知らなんだ」
ラウルは木の扉を見上げて、ワクワクしている。
「大きいパンが食べられそうだね」
ハリソンはお腹をおさえながら、期待で目をキラキラさせる。
大人ふたりもお腹をおさえる。さっきから胃がキリキリ痛むのだ。
「たのもー、誰かおらぬか。余は小さいので扉が開けられぬのだ」
ラウルは物おじせず、また叫んだ。木の扉がギギギギと開いた。
広間と呼ぶにふさわしい、大きな空間が広がっている。天井がとてつもなく高い。奥の方に階段があるので近づいてみると、一段がイヴァンより高い。愕然としていると、階段の端っこに人が登れる高さの階段があることに気がついた。長時間、タネの茎を登ったあとに、また長い階段。休み休み、ゆっくりと登る。
階段を登った先には、大きな湖。湖の真ん中に小さな島があり、そこに巨人がこちらに背を向けて座っている。巨人はのっそりと振り返りラウルたちをじっと見つめた。
ゆっくり笑った巨人は小さな声でささやく。まるで、大きな声を出すとラウルたちが飛んでいってしまうと恐れているようだ。
「やあ、久しぶりじゃないか。人間なのにまだ生きていたとは驚いた」
「初めましてだ。巨人殿。余はラグザル王国の第一王子、ラウルである。巨人殿とは初めてお会いする」
巨人は身を乗り出して、遠くからラウルとハリソンをよーく眺めた。
「ほう、確かに。よく似ておるが別人か。そっちの人間も、昔見た男にそっくりだが。色味はちと違うが」
巨人はハリソンをジロジロ見る。
「人間がくるのは久しぶりだ。おかげで、湖がこんなに大きくなってしまった。早く水を抜いてくれ」
「水を抜くとは?」
「湖に潜って、底に詰まっている真珠をカゴに入れてくれればいい。そうすれば、水が地上に落ちていく。こんなに久しぶりだと、下は大雨になるかもしれんが」
「それは困る。大雨ではなく、適度に降らせてほしい」
「久しぶりに来たのに、注文が多いな」
巨人は楽しそうに笑う。
「来るのは初めてだが」
「昔はちょくちょく村の人間が来ておったのだ。最近とんと誰も来ない」
「なるほど」
ラウルは同情の目で巨人を見た。こんな空の上でたったひとり。
「余はあまり泳ぐのは得意ではないのだが」
「僕が潜るよ。でもお腹すいて潜れない、なんか食べさせてください」
ハリソンが巨人に懇願する。大きなパンが食べたいな。
「魚を食べればいい。たくさん泳いでいる」
ハリソンが釣り竿を取り出すまでもなく、巨人が大きな手を湖に突っ込み、魚をハリソンたちに向かって投げ上げた。
ドシャッと落ち、ビチビチしている大きな魚。
手早く火を起こし、魚を小さく切って、棒に突き刺して焼く。久しぶりの魚の香ばしい匂いに、皆の顔がほころんだ。
「巨人殿も一緒に食べようではないか」
「俺が島から出ると、下界が大洪水になる。湖がここまで大きくなってるからな」
「じゃあ、投げるから受け止めてね」
ラウルは気の毒そうな顔をしているが、お腹がペコペコのハリソンはさっさと巨人に焼き魚を投げる。やや離れてはいるが、みんなで食べているのには違いない。ハリソンは気にせず魚にかぶりついた。
ハリソンはお腹いっぱいになる前に、食べるのをやめる。お腹いっぱいで泳いだら、全部口から出てしまう。
「じゃあ、僕潜ってくるよ」
「このカゴを持てば、勝手に沈んでいく。真珠を半分だけカゴに入れてくれ。そうすれば大雨にはならないから」
「分かったー」
ハリソンは巨人が島から流してくれたカゴを持ち、湖を潜っていく。それほど力を込めて泳がなくても、カゴに引っ張られるかのように深く深く沈んでいける。
しばらく潜るとピカピカと光っているものが見えた。なぜか息は苦しくない。ハリソンは急いで真珠をカゴにつめていく。もういいかな。そう思って、カゴを持ち上にむかうと、潜るよりはるかに速く進み、ザバアッと湖から顔を出した。
「取れたよー」
カゴを高々と持ち上げる。
「よくやった。さすがは森の子どもの血を引くだけあるな。昔来た森の子どもも、簡単に取ってきた。人の子には難儀な試練なのだがな」
巨人は大きな口をさらに大きく広げて、カラカラと笑った。
***
下界では、踊り疲れ腑抜けになって、地面に横たわった村人たち。
「必死だったから、よく考えてなかったけどさ」
「来たばかりの子どもたちに頼むことじゃなかったよなあ」
「疲れた顔してた」
「やべえ」
「戻ってきたら、土下座で謝ろう」
いい大人が、今頃気づいて反省している。
「情けないな、俺たち」
「ああ、カッコ悪すぎて涙が出てきた」
「俺もだ。顔がびしょびしょだ」
「あ、雨だーーーーー」
「うぇぇぇぇーーーい」
情けない大人たちは、雨に打たれながら、また踊り狂う。
***
「アルー、アルー、早く早く。虹が見えるよ。ほらーあんなにくっきり」
「本当だ。大きな虹だ。こんなに鮮やかに見えるなんて、珍しいね」
ミュリエルとアルフレッドは、雨の匂いのする爽やかな風に吹かれながら、虹が消えるまでずっと見ていた。