149.元気なじじばば
ミュリエルの家族がヴェルニュスにやってきた。祖父母にジェイムズにダニエルとクロ。そして引率するシャルロッテ。ミュリエルが、貴族と野生の祖父母の間でどうしたらいいか分からないと、両親に泣きついたのだ。
「花嫁衣装の最後の仕上げをしますし、わたくしがいきます」
シャルロッテの言葉を、ロバートは渋々、嫌々ながらも飲み込んだ。
「気をつけてな。悪い男に口説かれないようにな」
心配でたまらないロバートであった。
「わー、みんなよく来たね。会えて嬉しい」
心からの笑顔で飛びつくミュリエルとウィリアム。
「ジェイ兄さん、ダニー、すっごい遊び場があるから。見せたげる」
挨拶もそこそこに、ウィリアムは兄たちを連れて行く。元気があり余っている男子たちは、遊技場へと駆けて行った。
「あの子たちったら。荷物もほったらかして」
シャルロッテがため息を吐く。
「私も荷解き手伝うから。少ししたら、みんなでお茶飲もうよ」
元々ウィリアムとハリソンがふたりで使っていた部屋に、ジェイムズとダニエルの荷物を置く。両側にシャルロッテと祖父母の部屋。イタズラ男子たちが悪さをしないよう、シャルロッテと祖父母で挟む格好だ。
テキパキと荷解きを終えたら、賓客用の応接室でお茶会だ。いよいよ両祖父母の対面である。ミュリエルの心配をよそに、挨拶はいたって和やかに終わった。
オオカミの縄張り争い、雄鹿の嫁取り決闘、若い雄鶏が老いた親分を追い落とす。えげつない戦いを危惧していたミュリエルは、そっと息を吐く。
(よかった。どっちが強いかっていうと、じいちゃんとばあちゃんだけども。身分はおじいさまとおばあさまの方が高いし。ハラハラしたあ)
ミュリエルは心のつかえがとれて、モリモリお茶菓子を食べ始めた。ああ、ケーキがおいしいなあ。今日は特別だから、きっとケーキをふたつ食べてもいいはず。ミュリエルは甘味管理人のアルフレッドの視線をかいくぐり、さっとダイヴァに合図する。ダイヴァが苦笑しながらケーキを追加してくれた。
アルフレッドはそんなミュリエルを微笑ましく見ている。もちろんミュリエルが少し悩んでいたのには気づいていた。食欲が落ちたり、眠りが浅くなったら、安心させるつもりだったが。祖父母の対決を想像してアワアワしているミュリエルがかわいかったので、そっと観察していたのだ。
ミュリエルの心配をよそに、野生の方のばあちゃんは、如才なく貴族の祖父母が喜ぶ話題を提供した。まずは駆け落ちしてからのシャルロッテだ。
「シャルロッテは本当によくできたお嬢さまでしたから。すぐに領民から崇め奉られました。最初のころは遠慮があったようですがな。すぐ、はっきり物事を言わないと、伝わらない領地だと分かったようで。それはもうズバズバと、領民が恐れおののきひれ伏すぐらい、バッサリ発言するようになりましたな」
「だな。今では領地で最も恐れられていると言っても……」
そこでじいちゃんは、シャルロッテのもの言いたげな視線に気づいた。
「それは過言じゃが。まあ、とにかく、仲良くやっとります。シャルロッテがいないと領地はもう回りませんわ。ロバートがベタ惚れですしな。今回もシャルロッテがこっち来るってのをゴネてゴネて」
じいちゃんは華麗に方向転換した。シャルロッテの控え目な微笑みを見て、じいちゃんは胸を撫で下ろす。危ないところだった。もう少しであとで怒られるところだった。
ばあちゃんは気にせず、どんどん暴露していく。
「結婚して二十年もたつのに、少しも愛が衰えることがないようでな。いつもアツアツ。まさかロバートも、シャルロッテみたいなべっぴんのお嬢さまが結婚してくれるとは、夢にも思っておらなんだで」
「王都に行くときは、元気で強い女性なら誰でもいいとか言っておったのに。シャルロッテを連れて来たときは、城門の大分向こうから、『国一番の美人を連れて帰ったぞー』って叫んだもんです」
じいちゃんも悪乗りしてきた。
「お義父さま、お義母さま、わたくしの話題はもうそれぐらいで」
シャルロッテがほんのり赤らんだ顔で、少し焦ったように野生の義両親を止めた。シャルロッテはさっさと、ミュリエルの話題に移ることにする。両親とアルフレッドが喜ぶと分かっているのだから。
「ミリー、ツワリはどうなの?」
暴走し始めたじじばばを見て、ソワソワしていたミュリエルが、パッと笑顔になってお腹に手を当てる。
「最初のころは、ずっと気持ち悪かったんだけど。もう大丈夫だよ。なんでもおいしく食べられるし。赤ちゃんも元気いっぱいでね、しょっちゅうお腹を蹴るの」
「あなたもそうだったわよ、ミリー。マリーナはあまり動かない子だったから、生きてるのか心配ばかりしてたの。ミリーはずっと動いていたわね」
「さぞかし元気な男の子だと思ったら、元気すぎるミリーでしたわ」
「うん、たいした病気もせず、立派に育って王弟殿下を射止める名狩人に」
じいちゃんとばあちゃんが、調子に乗って話し始めた。ミュリエルは軽くふたりをにらむ。貴族の祖父母はなんだか笑顔が固いが、ミュリエルは見なかったことにした。
母さんとばあちゃんは、嫁姑問題、あんまりなさそうだな。よかったよかった。ミュリエルはホッとひと安心。
***
「お世話になりました」
ハリソンはきっちり老婆にお礼をする。老婆はニヤッと笑った。
「お礼を言うのはこちらの方だ。おかげで嫁と仲直りできたし、嫁のやりたいことも聞けたし。お礼にお菓子の家をあげようではないか」
「いえ、結構です」
ラウルとハリソンはきっぱり断った。だってねえ、いつ作ったお菓子の家なんですかって、素朴に思うじゃないですか。
「ワシ、ちょっとだけ魔力あるから。腐らない魔法かけておるんじゃ」
「へー、魔法って本当にあるんだ」
ハリソンがびっくりする。
「ハリー、ミリーお姉さまの魔剣とか。もうほぼ魔法ではないか」
ラウルが冷静に指摘する。
「そっかー。魔剣はあんまり魔法って感じしないけど。えーっと、お菓子の家は、孫たちにあげてください」
ハリソンは、優しく老婆に言う。ハリソンは割とばあちゃん子なのである。孫に作ったなら、孫に食べてもらうべきだ。
「では、我が家に代々伝わる、魔法の豆をあげよう。よさげなところに植えると、金銀財宝ザックザクという話じゃ」
老婆がシワシワのひよこ豆を家から持ってきた。
「ありがとう。大切にする」
ラウルはハンカチに丁寧にくるんで、上着のポケットに大事にしまった。
「元気でな。ワシが生きとる間に、また来ておくれ。今度はふたりに大きなお菓子の家を作るから」
「うむ、もらったマフィンで十分なのだが。では次回来たときは、お菓子の家を食べさせてくれ。皆と仲良くな」
ラウルとハリソンは、不気味な色合いのマフィンが入ったカゴを持って、荷馬車に乗り込む。ラウルのポケットの中で、ひよこ豆がムズムズと動いた。