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148.遍歴医


 ラウルたちは老婆の家でお世話になっている。狭いし、薬草や奇妙な動物や昆虫の何かが干されて、薄気味悪い。でも野宿よりはマシだ。タライに入れたお湯で体と髪も洗えた。


 老婆は遠慮なくラウルたちをこき使う。見本の薬草を渡され、野に放たれるのだ。


「これと同じ薬草が、あっちの湖の向こう側に生えてるはずだ。とってきておくれ。ただし、全部とったらいけないよ。必ず数株は残しておくように」


 詳細なカエルの絵を渡されたこともある。


「このヒキガエルが、森の奥の小さな泉にいるはずだ。捕まえてきておくれ」


 これはコカトリスのコラーがとても役に立った。


「コラー、あのヒキガエルたちの後ろ足だけ石にできるか?」


 ラウルの期待になんなく応じるコラー。後ろ足が石になり、飛べなくなったヒキガエル。取り放題である。


「こんなにたくさんいらないよー」


 老婆が悲鳴をあげる。


「まあ、いい。そろそろ行商人が来るだろうから、売っ払おう。他の町の薬師が使うかもしれん」


 老婆はニヤニヤしながら、ヒキガエルを外の小屋に干していく。


 老婆が言うには、老婆が生まれ育ったすぐそこの村は、薬師の村として有名だったらしい。


「昔は遠くから行商人がしょっちゅう来たもんさ。ただねえ、そうして有名になると薬師がさらわれたりしてねえ。薬草の効能や生薬の元を書き留めた覚書きなんかも盗まれたりさあ。大変だったよ」


 紆余曲折を経て、目立たぬよう、信頼する行商人にだけ薬を少量、売るようになったらしい。知識は書き留めず、家族や弟子にだけ口頭伝承している。


「ワシは五人の息子を産んだけど。どの息子も若い時は遍歴医をしたもんだよ」

「へんれきいって何?」


 干したヒキガエルをゴリゴリすりおろしながら、ハリソンが尋ねる。深くて長細い舟のような形の臼に、薬草などを入れ、持ち手のある車輪のような器具ですりおろすのだ。


 楽しいので、ハリソンは喜んで薬作りを手伝っている。


「色んな村から村に旅しながら、その村で病気を治す手伝いをするのさ。手伝うかわりに、その村に伝わる薬草の知識なんかを教えてもらうんだよ」


「へー楽しそうだね。今ラウルがやってることの、お医者さん版だね」

「そうだ。この村で学んでるだけでは知識が増えないからさ。ついでに嫁を探すんだよ。新しい血が必要だからね」


「今ケンカしてる嫁も、違う村の人?」

「そう。遠い村からやってきてくれたのさ。知らない人ばかりの村で生きていくんだ、大変だろうよ。それでつい構いすぎてねえ、やりすぎて嫌われちまった」


 老婆はしんみりする。薬草を束ねて軒に干していたラウルはあっさり言う。


「そなた、口が悪いからな。いらぬことを言ったのだろう。根は優しいのに、損をしておるな」

「クッ、こんな子どもに言われるなんて」


 老婆は悔しそうに顔をしわくちゃにする。


「ルティアンナ姉上から、嫁側の意見も聞いてくるよう手紙が来た。明日村に行って、よく聞いてくる。謝ったらすむのか、もう顔も見たくないのか。それでまた考えよう。考えるのは姉上だが」


「頼むぞ」


 老婆はむっつりと言った。


 翌朝、ようやくラウルたちは村を訪れた。のんびり歩いて十分ぐらい、走れば5分の距離だ。老婆がひとりで寂しくないのか心配していたラウルは、拍子抜けした。


「なんだ、本当に近いな。うじうじせずに、さっさと謝ったらよかったんじゃ」

「いやー嫁姑問題はややこしいから、そう簡単にはいかないんじゃない。ってお姉さんの手紙にも書いてあったじゃない」

「そうだな、気を引き締めて、しっかり話を聞いてみよう」


 ラウルは真面目な顔をして、「たのもー、誰かおらぬか?」いつものように声を張り上げる。


 小さな子どもたちが向こうからのぞき、「行商人が来たよー」と叫びながら、村を駆け回る。


 感じの良い笑顔を浮かべた男が、子どもたちに連れられてやってきた。彼の笑顔はラウルたちを目にすると、困惑の表情にかわる。


「悪いが行商人ではないのだ。第一王子のラウルである。そなたは村長か?」

「はい、さようでございます」


 村長はピーンと背筋を伸ばす。風のウワサで王子が領地を回っているとは聞いていた。まさかこんな片田舎にくるなんてー。


「そうか。そなたの母君のところに寄ってから来たのだ」


 うわー終わった。村長はガックリする。あの母親、さぞかし無礼を働いただろう。村長の予想はおおむね正しい。


 村長の想像と違ったのは、ラウルが破天荒な人物に慣れていて、おおらかに受け止めていたことだ。さらわれて、裸体の変態と一緒に食事をしたラウルである。色味が悪いとはいえ、おいしいマフィンとお茶をくれる魔女っぽい老婆。なんということはない。


「五男の嫁と仲違いをして、長らく孫と会っていないから寂しいそうだな。嫁側の忌憚なき意見を聞かせてもらいたい」


 ああ、あれか。村民たちは合点がいった。小さな村だ。誰それが腹を壊した、あいつがウサギを罠で仕留めた、嫁と姑がケンカした。全員があらゆる家族の一部始終に精通している。隠し事なんてできはしない。


 ラウルたちはうやうやしく村長の客間に案内される。客間といっても、ソファと机があるだけの小さな部屋だ。王宮の下女の部屋より質素である。


 村長はドキドキしているが、ラウルは気にする風でもなく、ゆったりと簡素なソファーに腰かけた。

 

 しばらくすると、疲れた顔をした女が連れてこられた。女はラウルの前でさっと土下座をする。ラウルは目を丸くして、女に声をかけた。


「土下座などしなくてよい。そなたの話を聞きに来ただけだ。さあ、ソファーに座って、思いの丈をぶちまけてくれ。できれば義母と仲直りしてくれるといいのだが。無理にとは言わぬ。腹に溜めている恨みつらみ、まずは聞かせてくれ」


 最初は遠慮していた女であったが、ラウルとハリソンに親身に聞いてもらえるのが嬉しくて、包み隠さずぶちまけた。イヴァンがせっせと紙に書き留める。


 長い手紙はまた鳥によって国境を越える。



***



「来ましたわ」


 ルティアンナが少しウキウキした様子で分厚い手紙を持ってくる。ウワサを聞きつけて、多くの女性が部屋に集まる。みんなスマした顔をしているが、他人の泥沼話は正直おもしろい。ルティアンナが長い長い愚痴話を読み上げる。


「薬師の村ってのがあるんだ。おもしろいね。うちの故郷には来なかったなー。来てくれるといいのに。お医者さんが来てくれたら、すっごく助かるもん」


 ミュリエルの言葉に、ヴェルニュスの女性たちが悲しげな顔になる。飢饉のあと、見捨てられていた十年間。医者がいれば助かった命が多かっただろう。


「小さな村で婚姻を繰り返すと、弱い子どもが産まれるって聞いたことがあるわ。でも遠くから知らない村に来るのね。苦労したでしょうねえ」


 フェリハの言葉にミランダが深く頷いた。ミランダもパッパに連れられて、たったひとりでローテンハウプト王国に行った。異国の地で、知らない人に囲まれての子育て。筆舌に尽くしがたい苦労があっただろう、ミランダにはよく分かる。


「その女性は結局何に怒っているのかしら? 子育てに口出しされたこと? 手紙が長すぎてよく分からなかったわ」


 ミランダがおっとりと首をかしげる。


「わたくしが思いますに。女性は薬師の夫と、色んなところを旅できると思っていたのですわ。ところが小さな村で子育てに追われて、だったら故郷と変わらないではないかと。それなのに、子供が大きくなったから、夫はまた遍歴医として旅立とうとしていると」


 ルティアンナの言葉にミュリエルが不思議そうな顔をする。


「だったら夫に怒ればいいのに。お義母さんは関係ないよね」


「夫が妻と子どもを置いて旅立とうとするのを止めないばかりか、行く前にもうひとり子どもを仕込んでいけ。そう義母が言ったのがマズかったようです」


 ルティアンナの答えに皆がこめかみに手を当てた。それは嫁も怒るわ。


「それは、許しがたいですわね」


 ダイヴァがプルプル震えている。夫は旅行で、妻はひとりで子育て。あんまりだ。


「奥さんも一緒に遍歴医として旅立てばいいんじゃないの。途中で子どもができると心配だけど」


 ミュリエルが案を出す。


「女性の長旅は危ないですわ。護衛がいりますわ」


 ルイーゼが困った顔をする。


「サイフリッド商会の商隊と一緒に連れて行ってもいいかもしれないわ。腕利きの護衛が同行しますし。ただし、女性にも医学の知識があることが大前提ですけど。知識のない女性を連れて行くのはお金の無駄ですから」


 イローナが考えながらゆっくり言う。


「子どもは確か十歳と八歳でしたわね? 下の子が十歳になるまでの二年間で、薬師の知識をお義母さんから学べばいいのではないかしら。そして、二年後にサイフリッド商会の商隊と旅をするのです」


 ミランダの意見にフェリハが心配そうな顔をする。


「十歳と十二歳の子どもを置いていくの? 子どもがかわいそうではないかしら?」

「お義母さんが面倒見ればいいと思いましたけど。子どもがどう思うかですわねえ」


 

 すみやかに鳥便が出された。



***



 ラウルが女性に話をする。


「もしそなたが望むのであれば、夫とともにサイフリッド商会の遍歴医として旅ができる。ただし、夫と子どもと話し合った上でだ。そして、薬師としての知識と技術を大至急、身につけてもらう必要がある」


 女性はまっすぐラウルを見た。


「家族と、そしてお義母さんと話し合います。もし、皆が許してくれるなら、行きたいです」


 ラウルは朗らかに笑った。


「では、腹を割って話をするがよい。そして、実現した暁には、ハリーの故郷にも行ってほしい。領主のロバート殿が待ち望んでおられるそうだ」


 女性は家族と長い時間、話し合い、そして義母と和解した。


「ワシの全ての知識を伝える。孫の面倒も見る。行っておいで」

「ありがとうございます。お義母さん」

「お母さん、ずっとはイヤだよ。年に何回かは帰ってきてよ」


 女性は家族全員と抱き合った。



 その後、薬師の村から、男女問わずに優秀な遍歴医が各地を巡るようになる。サイフリッド商会の名声はますます高まり、各国の健康事情が改善されるようになった。数年後、やってきた若い男性の遍歴医を、領地に住み続けさせることに成功したロバートであった。



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[一言] ヘンゼルとグレーテルから一転嫁姑問題からのお医者さん問題に! 流石に嫁姑問題は難しいだろうと思ったら見事解決! これラウル達が来なかったら一生このままだったかも 他のお家のお嫁さん達も似たよ…
[気になる点] 若い男性の遍歴医のハートを射止めた娘さんロバートの村にいたんだろうな…と思うとなんか可愛いですね…!! [一言] 嫁姑問題が実は嫁のキャリア問題だったというの、現実でもありそう~! …
[良い点] ヘンゼルとグレーテルと嫁姑問題が一度に読めて、しかもちゃんと円満解決する。これぞファンタジー(遠い目) そこが良い。素晴らしい。 笑いもある大人向け童話って感じでめっちゃ面白い&毎回癒や…
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