147.触るな危険
ラウルたちは森の中で不思議な家を見つけた。それほど大きくない木の家。なんだかどことなく歪んでいる。素人が独力で作ったような感じ。
木の家も奇妙だが、もっと目をひくのが、庭の隅にある小さな家。子どもがふたり入るのがやっとぐらいの小ささだ。色合いがとても派手。近づいてみると、毒々しい色をしたお菓子でできていることが分かった。
「怪しい」
「まずそう」
ラウルは王子なので、繊細で美しくかつおいしいお菓子に慣れている。育ちがいいので、人の家を勝手に食べたりしない。
ハリソンは甘味に縁のない生活を長年送ってきた。ヴェニュスでお菓子を食べられる暮らしになり、甘いものはなんでも大喜びで食べる。とはいえ、拾い食いはダメと両親から何度も言われたので、外気にさらされた毒々しい色のお菓子を食べようとは思わない。
だがここに、まだシツケの行き届いていない子どもがいた。一目散でお菓子の家に駆け寄り、クッキーを一枚パクリと食べてしまう。
「コラー」
ラウルが叫んだが、もう手遅れ。コラーはゴックンと飲み込んでしまった。
コラーはつぶらな瞳でラウルを見る。ニワトリとヘビの四つの瞳。ラウルのコカトリスで、ラーコという名前をつけられた、かわいい子。自由奔放につまみ食いをするので、ラウルがしょっちゅう怒る。
「コラー、ラーコ。コラー、ラーコ」
そう叱っているうちに、わたしの名前はコラー、とコカトリスが認識してしまった。
バタンッ 家の扉が開き、老婆が顔を出した。ボサボサの髪に、陰気な目つき。
「食べたね。ワシのお菓子の家を食べたね。食べたからには」
ギロリと老婆がラウルとハリソンをねめつける。
「さっき焼いたマフィンも食べていきな」
「ええー」
ハリソンはずっこける。どんな無理難題を言われるかと思ったのに。
庭の机にホカホカ湯気を立てているマフィンが並べられた。いい匂いだが、色が紫色だ。お茶は妙に濃い緑色。
イヴァンがやや青ざめながらマフィンをかじり、お茶を飲んだ。長年ラウルの毒味をしてきたイヴァン。ここまで見た目の悪いマフィンは初めてである。
「おいしい」
イヴァンが素で驚いた顔をする。老婆はニヤリと笑うが、残りの三人はまだ疑いの目でマフィンを見る。
度胸のあるハリソンが思い切ってパクッといった。モグモグするうちにニコニコ笑顔になるハリソン。ラウルとガイも食べてみる。
「おいしい」
「ねー。でもなんでこんな色にするの? 普通にキツネ色にしておけばいいのに」
「喉にいい、ムラサキツメクサを入れているからな」
老婆はガブっとマフィンを食べながら、ヘヘヘと笑う。
「このお茶は白樺とトクサの葉っぱを煎じたものだ。膀胱炎にきく」
「はあ。僕たち膀胱炎じゃないけど」
「ワシがちょっと尿の出が悪くてな」
「へ、へえー」
いらない情報を得てひきつるハリソンたち。老婆はコラーと犬たちにもマフィンを投げた。犬とコラーはごきげんで食べている。
「あのすごい色のお菓子の家はなんなの? 食べるためなの?」
ハリソンの問いかけに、老婆は少しソワソワした。
「孫たちが遊びに来たら食べてもらうつもりで作ったのさ。作ったものの、まだ一度も来てないけど」
老婆の悲しげな様子を見て、ハリソンが気の毒そうな顔をする。
「孫って遠くに住んでるの?」
「いや、すぐ近くの村だ。嫁と仲違いしてな、それ以来会わせてもらってない」
「あ、そうなの」
嫁姑問題は、誰もが専門外だ。子どもふたりと、独身の男ふたり。無策の男たちはシーンとする。マフィンをかじり、お茶を飲む音だけが響いた。
「いや、そこは。僕たちがなんとかしましょうって言うべきじゃろ。マフィンとお茶まで満喫しておいて」
老婆がドンっと拳で机を叩く。
「こんな子どもになんとかできる問題ではあるまい」
珍しくラウルが弱音を吐いた。
「そこをなんとか。お前さんあれじゃろ、世直し珍道中の王子様じゃろ」
「バレてた」
ラウルとハリソンが目をむいた。
「権力と腕力使って、嫁のご機嫌取りしてきておくれよう」
とても図々しい老婆である。
「ルティアンナ姉上に相談してみるか」
ラウルは渋々、暗号文を書く。
『嫁姑問題を解決する方法を教えて』
イヴァンが暗号文を見て、一瞬目をつぶる。
「殿下、これではいくらなんでも伝わらないでしょう」
「しかし、暗号文はそれほど長文は書けぬぞ」
「殿下、仮にこの手紙が誰かに読まれたとして。王国になんの脅威にもなりません。普通に詳細に手紙を書きましょう」
「うむ、ではそうしよう」
ラウルは老婆から聞き取りながら、微に入り細に入り長々と書き、鳥便を送った。
***
ラウルからの手紙を受け取ったルティアンナは頭を抱える。十五歳で独身、答えなど持っているはずがない。
ミュリエルとルイーゼに相談し、既婚女性が部屋に集められた。ルティアンナがラウルの手紙を読み上げると、女性たちが一様に厳しい顔をして腕を組む。
「うわー子育てに口出ししちゃったかー。それはイラッとくるわよね」
フェリハの言葉に女性たちがうんうんと頷く。
「母親が甘いものを食べさせないようにしているのに、たくさん与えてしまったのですね。それは困りますねえ」
ミランダも眉をひそめる。
「あなたのシツケは厳しすぎる。子どもはのびのび育てるべきと言ったのですね。間違ってはいませんけど、姑から言われるとキツいですわね」
ダイヴァがため息を吐いた。
ミュリエルはほうほうと感心しながら聞いている。色んなイラッと項目があるんだなあ。
「ミリーのとこは嫁姑問題はないの?」
イローナが誰もが聞きたいけど、決して口には出せないことをズバッと切り込んだ。皆の動きが止まる。
「えーっとお義母様とケンカしたことないよ。お義母様、とても優しかったと思う。あんまり覚えてないんだけど……」
ミュリエルはモジモジした。イローナは首をかしげる。
「なんで覚えてないの?」
「あのー、王弟の嫁として擬態するのに必死で、大変だったから、あの頃。とにかく気配を殺してたよね。常に森で狩りしてる気分で、背景と同化してた」
令嬢に擬態するというよりは、誰にも気づかれない、存在を感じとられないようにすることに、全力を出していたミュリエルであった。それは確かに高度な擬態だが、ルイーゼの意図したところではなかったであろう。
ルイーゼとイローナが口を押さえてウルウルする。
「ミリー様はよくがんばりましたわ。王都はミリー様には息苦しかったですわよね。ヴェルニュスでのびのびされているようで、なによりですわ」
ルイーゼがミュリエルの手を握って、優しく微笑む。
「だからすぐにヴェルニュスに来ちゃった」
ミュリエルの照れ笑いに、皆はほっこりする。ミリー様が幸せでのんびりできる領地でよかった。
「嫁姑問題は、関わらないのが一番だけれども。そういう訳にもいかないのよねえ? 嫁側の意見も聞いてみないことには」
フェリハが言うと、ルティアンナはキリッとした顔で答える。
「押しつけがましいことは一切しないで、ひたすら聞き役に徹するように伝えます。そして、嫁側の気持ちも詳細に書いて送ってもらいましょう」
とりあえず、情報を集めて、あっちとこっち、協同で事にあたることになった。