140.あみぐるみ
ミュリエルは最近、余った毛糸でぬいぐるみを作ることにハマっている。人形はアルフレッドが作ってくれるので、動物を作ってみた。評判は上々だ。
「つ、強そう」
「なんだろう、禍々しい」
「魔除けになりそうですね」
「ブサかわいいって、こういうことなのですわ」
「キモかわいいの間違いでは」
「わたくし、好きです。買います」
初作品の魔牛はアルフレッドに懇願され、無事ミュリエルから渡された。ニワトリとフクロウは、鳥便でラウルとハリソンに送られた。凶悪な目つきのウサギは、ルイーゼが買ってくれた。
ウィリアムは、正気か、という目でルイーゼを見たが、ルイーゼは嬉しそうに抱きしめている。ミュリエルはご満悦だ。
「狩りができなくて暇だからね。子どものためにもなるし」
「子どもが見たら泣くんじゃないの」
ミュリエルはウィリアムの口に毛糸を投げ込む。
ウィリアムのからかいを物ともせず、じわりじわりとミュリエルのぬいぐるみは領地に広まっていく。夢見がよくなったという声が寄せられた。
「子どもが怖い夢を見なくなったそうです」
「うちの子も、朝までぐっすり寝てくれます」
小さな子どもを持つ母親だけでなく、お疲れ気味の女性たちからも感謝される。
「何かに追いかけられる夢をよく見るのですけど。ミリー様の魔牛を枕元に置いてから、安心して寝られます。何かに追いかけられると、魔牛が現れて追い払ってくれるのです」
「私はよく必死に走る夢を見るんです。走っても走っても、全然前に進まなくて。すごくイライラするんです。そんなとき後ろから魔牛が来て、乗せていってくれるんです。起きたら気分爽快です」
「すごーい。私のぬいぐるみにそんな効果があるなんて」
ミュリエルは渾身のドヤ顔をウィリアムの前で披露する。
「へー、すごいね。僕は怖い夢見ないからなー。じゃあ、猫作ってよ。工房にネズミが出ないように」
「そこらじゅうにいっぱい、本物の猫がいるじゃないのよ」
領地のいたるところで、猫が自由に暮らしているのだ。
「本物の猫は工房に入れられないもん。危ないからね」
「あ、そっか。じゃあ、猫作ってみるね」
かわいい弟のおねだりに、ミュリエルは張り切った。色とりどりの余り毛糸を駆使して、色鮮やかな猫ができた。実に派手である。
「うわー、か、かわいくはないけど、効きそうー。ありがとう」
ウィリアムは引きつった笑顔で猫を受け取ると、早速工房に置きに行った。
数日後、ウィリアムは興奮した様子で報告する。
「ネズミがパッタリ出なくなった。ミリー姉さん、すごいね。ありがとう」
「じゃあ、他の工房とか、台所用にも作るね」
ミュリエルは、狩り以外の特技が見つかってとても誇らしい。そんな得意げなミュリエルに、真剣な表情のイローナが近寄ってくる。
「ミリー、お願い。蚊の天敵の何かのぬいぐるみ、作ってくれない? アタシよく蚊に刺されるの。刺されたら真っ赤に腫れるの。アイツが、憎い」
イローナが腹立たしげにメラメラ目を光らせながら言った。
「蚊の天敵ねー。カエルは蚊の幼虫食べてくれるけどねえ。でも刺すのは成虫の方だから。となるとクモとか?」
「う、クモはちょっと」
「だよねー。トンボとかコウモリも食べるよ」
「うう、もうちょっとかわいい生き物がいいな」
「うーん、鳥も食べるよ。ツバメはどう?」
「お願いします!」
「分かったー」
イローナはニッコリ笑って、黒と白の毛糸を渡す。イローナの美意識は、色とりどりのツバメは許せなかった。
「これを量販するにはどうすればいいだろうか」
パッパとイローナとデイヴィッドが頭を悩ませる。
「ミリーも忙しいからねえ。ずっとぬいぐるみばかり作るわけにはいかないし」
「ミリー様に毛糸に祈ってもらって、その毛糸で領民が作るのはどうだろう」
「試してみよう」
イローナのお願いに、ミュリエルは快く承知して、祈りの大盤振る舞いをした。領民によりツバメと猫が作られ、使用試験が繰り返される。
「ミリー様のぬいぐるみほどではないが、そこそこ効果があるな」
「そしたら、ミリーのぬいぐるみは高値にして、他は安めの値段にしようよ」
「そうしよう」
刺繍でもいけるのかも、ついでに実験された。ユーラ監修の元、写実的なトンボがシャツに刺繍される。虫好きの子どもは大はしゃぎ、虫が苦手な子どもは泣いた。
虫嫌いには、すみやかにツバメの刺繍入りシャツが配布される。
「まだ蚊の季節じゃないけど、ハチには効いてる。ハチが全く寄ってこない」
「すごいじゃない。ミツバチはともかく、スズメバチは怖いもん」
「売れる」
パッパたちが自信を持って量販化を進め、ヴェルニュスに新たな特産品ができた。キモかわいい派手なぬいぐるみと、写実的なトンボとツバメ刺繍入りシャツ。
懸念であったアルフレッドの許可も出た。アルフレッドはミュリエルの刺繍入りハンカチは独り占めするが、それ以外には寛容になってきている。ミュリエルが商品化を喜んでいるのだ、野暮な嫉妬は見苦しい。アルフレッドもついに自重を覚えた。
***
ラウルたちの元にまた鳥便がやってきた。届けられた派手なクモやトンボのぬいぐるみ。
「またなんかすごいの来た」
ハリソンはドン引きだ。ラウルは暗号文を解読する。
「蚊除けに最適、だそうだ」
「ホントかよ」
夏の野営時に、一行は昆虫ぬいぐるみの威力に驚くだろう。