14.陛下からの呼び出し
短編版とほぼ同じ内容です。
ようやく学園が再開された。ミュリエルが教室に入るなり、イローナにつかまる。
「ねえねえ、聞いた?ヨアヒム殿下、謹慎させられてるんだって」
「ふーん」
「ふーんて。もっと驚きなさいよー」
イローナが口をとがらせる。
「いやーだってさ、夜会であんな醜態さらしたら、そら怒られるよね」
「まあねー、家でやれやってみんな思ったもんねー」
イローナがうんうんと同意する。
「殿下とアナレナさんがいきなり倒れた理由は調査中だって」
「へ、へー」
ミュリエルの目が少し泳いだ。
「あのアナレナさんはどうなったの?」
「アナレナさんも自宅で謹慎中だって。男爵令嬢があんなに目立っちゃまずいよね」
「そうね。私も貧乏領地の娘として、集団に埋没して生きていくよ」
「賛成」
イローナもミリーもしがない男爵令嬢だ。イローナは金持ちで、ミリーは貧乏という違いはあるが。貴族界での最底辺にいるのは間違いない。
「それで、夜会でもいい男つかまえられなかったけど、どうすんの?」
「どうしよう……」
「食べてる場合じゃなかったんだよ、もっとグイグイいかなきゃ」
ミュリエルは困った顔で目をあちこちに動かす。
「そんなこと今更言われても。あんな洗練された都会の料理見せられたら、一年分食べなきゃってなるじゃない」
「色気より食い気の間は男なんてつかまえられないんじゃない」
「なによー、ちょっと自分が婚約者いるからってさー」
「まあね、アタシは金で婚約者買ったようなもんだけどね」
イローナが得意げに巻き毛を揺らす。
「そこに愛はないの?」
「愛ー? 金がある間は愛もあるんじゃないのー」
イローナはとても現実的だ。実家が商家だけあって、打算的と言ってもいいかもしれない。
「いざとなったら、うちの兄貴のどれかあげるよ」
「ありがとうございます! イローナさま。持参金をはずんでください」
「うむ、よいぞ」
「やった!」
ミュリエルは小さく拳を握った。
「でもうちの兄貴たち、都会育ちで弱っちいよ。虫みたら叫ぶよ」
「大丈夫、金さえあればなんとかする」
「ははは」
「失礼ですが、ミュリエル・ゴンザーラ男爵令嬢でいらっしゃいますか?」
とってもスッとした感じの紳士が声をかけてきた。
(キターーー)
「はい、そうですが?」
内心の大騒ぎをぐっと押し込めて、ミュリエルはよそ行きの顔を作った。ばあさんたちに何度もダメ出しをされたうえで作り上げた、汗と涙の結晶である。右側の方がキレイというばあさんたちの意見に従って、やや顔を左に傾け、斜め上に紳士を見上げる。
(ドヤァ)
紳士は穏やかな表情を変えずに、ミュリエルに手を出す。
(これは……これがホンモノのエスコート)
ほわほわーんとなりながら、ミュリエルはイローナに、あとでねっと目線で伝えた。
「あの、どちらへ?」
「王城へご案内いたします。陛下がお待ちでいらっしゃいます」
紳士は小声でささやいた。
「えっ、どうしてですか?」
「私の口からは申し上げられません」
(なんですとっ)
ミュリエルの頭は忙しく回転し始めた。どうしよう。
紳士を気絶させて領地まで逃げるか? いや、ダメだ。名前がバレてるからすぐつかまる。
ぐるぐるぐるぐる結論の出ないまま考え続け、なにもいい案が浮かばないまま王城に着いてしまった。最悪である。
謁見の間に連れていかれる。強そうな騎士たちがミュリエルを見つめている。
どこまで進んでいいか分からないミュリエルだったが、紳士がしかるべき場所で立ち止まってくれた。言われるままに跪く。
(私、死ぬのかな。こんなことなら、もっと王都のお菓子食べておけばよかった)
節約せずにパパーっとお小遣い使っておけばよかった。ミュリエルは後悔した。
「ミュリエル・ゴンザーラ男爵令嬢、おもてを上げなさい」
紳士に言われてミュリエルは顔を上げた。陛下、ヨアヒム殿下によく似てるな。
そんなのんきなことを考えていたら、紳士に爆弾投げられた。
「こちらのガラス玉、あなたの物ですよね?」
(なんでー、バレてるー)
「……はい」
ミュリエルは諦めた。これは処刑だ、間違いない。お父さん、お母さん、姉さん、たくさんの弟たちよ、さようなら。ミュリエルは立派に散ります。
「王家の影が、すんでのところでそなたを殺すところであった」
突然、陛下に声をかけられてミュリエルは身がすくんだ。
「すぐ、ヨアヒムが気を失っているだけと気づいたのでよかったが。なぜあのようなことをした」
「はい。ヨアヒム殿下がご乱心だと思ったからです」
「ふむ。考えは間違っておらんが、手段が悪かったな」
王は眼光するどくミュリエルを見つめる
「だがまあ、ヨアヒムを止めてくれたのはありがたかった。あれ以上醜態をさらしておれば、廃嫡にせねばならんところであった」
王は鋭い視線を少しだけやわらげた。
「よって不問といたす」
(お父さん、お母さん、姉弟たちよ。なんか首の皮一枚で生き残ったっぽいよ)
ミュリエルは深く息を吐いて吸った。
「そなた、なかなかいい腕をしているが、騎士団で働いてみるか?」
とっても心惹かれる提案だが、ミュリエルの将来は父によって既に決められている。
「私は領地に戻って、領民に尽くすと決めております」
「そうか。では何か褒美をつかわそう。望みのものはあるか?」
(お金がいいです!)
喉元まで出かかったが、あまりに無礼だろうとミュリエルは飲み込んだ。
「金品もつかわすが、それ以外で何かあれば言ってみよ」
(マジかよ)
ミュリエルは領地で覚えた『王都で気を付けるべき十か条』を必死で頭の中で唱える。
『王家には絶対服従。ただし命が危ない場合は逃げてよし』
(絶対服従ということは、望みを言っていいってことよね)
ミュリエルは覚悟を決めた。
「医学、法律、測量、土木などの知識を持つ健康な婿を望みます。持参金はなるべく多くいただきたいです」
謁見の間に沈黙が流れた。王はわずかに口をゆがめる。
「探してみよう」
こうして、ミュリエルは理想の婿を手に入れる機会を得た。