135. 贅沢なお土産
「結婚式の最前列という約束を履行できそうでよかった」
アルフレッドとミュリエルの祖父、リチャードはのんびりと家具職人の仕事ぶりを眺めている。
「先んじてご招待いただき、ありがとうございます。……ヴェルニュスでは、靴を履くのですね。裸足になる練習はしておったのですが」
アルフレッドは声に出して笑いだした。
「ハハハ、ヴェルニュスでは靴を履きます。ご心配なく。ゴンザーラ領でも、最近は靴を履いているようですよ。安い靴が流通するようになったとかで」
「そうですか。ロバート殿とシャルロッテが許してくれるなら、一度寄ってみたいと思っております。孫たちにも会いたいですし。ハリソンがいなくて残念でした」
祖父母は、孫へのお土産と共にヴェルニュスにやってきた。事前に何をお土産に欲しいか聞いた上で、色々持ち込んだのだ。ウィリアムには彫刻道具と各国のオモチャの歴史をまとめた書物。ウィリアムは大喜びでヨハンに見せに行った。ふたりは熱心に本を読んでは、新しいオモチャ作りに取り掛かっている。
ハリソンのために、鷹を調教する鷹匠を同行させる予定であったが、勝手に獲物をとってくる巨大なフクロウがいると聞き、やめた。特に欲しいものはないなどと、欲のないことを言うハリソン。祖父母は困ってミュリエルに相談した。
ミュリエルは悩みに悩んだ上で、ついに思いついた。ハリソンは動物が好きすぎて、肉を食べない。狩るけど食べない。ロバートの言いつけにより、卵と魚は食べるし牛乳は飲む。旅に出ると、ニワトリがいないし牛もいない。ハリソンの成長には魚が不可欠。
祖父母は大金を費やして、ミスリル製の釣り竿を特注した。最も高い贈り物となったが、祖父母は全く気にしていない。今まで渡せなかった分を一回につぎ込んだと思えばいいのである。
魚をすくう、たも網もついでに特注でそろえた。釣り竿も、たも網も伸縮でき持ち運びが簡単。鳥便で運ばれていったので、間もなくハリソンの手に渡るだろう。これで孫の食生活が向上する、祖父母は大満足だ。
そして、ミュリエルである。ミュリエルも欲しいものを思いつかないと、祖父母を困らせた。人形はアルフレッドが作ってくれるからいらない。服や靴には興味がない。お菓子は食べすぎると怒られる。
「子供用に何か贈ってください」
そんな慎ましいことを言ってくる。
「子供用にはもちろん贈り物を用意するが、それとこれとは別ではないか。ミリーのために何かあげたいのだ」
祖父母はアルフレッドに相談した。王弟にそんなことを、恐れ多いとも思ったが、背に腹は代えられない。アルフレッドは喜んで相談に応じた。王都で一流の家具職人に依頼し、大人が数人腰かけられる、吊り下げ式の長椅子の設計図が描かれた。
その設計図はヴェルニュスの家具職人に託され、秘密裏に長椅子が作られる。大きなブランコのような長椅子には、座面と背もたれに適度な硬さのマットが敷かれている。
無事、勉強部屋に設置された吊り下げ式長椅子に、ミュリエルはアルフレッドと腰かける。
「ブランコみたいな、揺り椅子みたいな、ハンモックみたいな。なんかいい感じ。ここでお菓子食べたり、編み物したら楽しいと思う。おじいさま、おばあさま、ありがとうございます」
幸せそうな孫夫婦を見て、祖母はこっそりと涙をふく。見たかった光景。間もなくここに、赤ちゃんまで加わるのだ。なんとありがたいことだろうか。シャルロッテたちにも、もちろんお土産は用意してある。ぜひともゴンザーラ領を訪れる許可をもらえますように。祖母は心の中で祈った。
「失礼ですが……。この長椅子、我が商会で広めてもよろしいでしょうか? もちろん設計図の使用料などは王都の家具職人に払います。セレンティア子爵家にも、発案料をお支払いさせていただきます。いかがでしょう」
パッパがニコニコしながら祖父母に話しかけた。パッパの洗礼を初めて受けた祖父母は、突然の申し出に言葉が出ない。
「おじいさま、おばあさま。大丈夫です。パッパにお任せすれば、全てうまくいきます。がっぽり稼いで、ミスリル釣り竿代にあててください」
ミュリエルは、まさか祖父母がミスリル製の釣り竿を作るとは予想もしていなかった。怖くて聞いていないが、とんでもないお金が消えたに違いない。質素倹約で十五年間生きてきたミュリエル。贅沢をすると背中がサワサワするのだ。
素敵な長椅子までもらって、どう考えてもお土産の域を超えている。祖父母の老後のお金が減ったのではないか、ミュリエルは心配でたまらない。ぜひともパッパに売りまくってほしい。ミュリエルとパッパの思惑が一致した。
「パッパにお任せください」
パッパは朗らかに笑った。なんだかよく分からないが、祖父母も笑っておく。孫の信頼する商会、なんの心配があろうか。
***
ヴェルニュスにいる鳥は、ラウルたちの居場所は分からない。ラウルたちが連れている鳥がヴェルニュスに飛び、返事を持ってラウルたちの元に戻ってくるのだ。鳥便を出したら、鳥が戻ってくるまで近くにいなければならない。
「ワシが帰ってきた」
異常に視力がいいハリソンが、いち早くワシを見つける。他の三人は、ハリソンの指の先の空を見つめる。ホコリにしか見えない小さな点。
「小包持ってる。なんだろう、お菓子だといいなあ」
ヴェルニュスですっかり甘味漬けになったハリソン。かすかな期待を込めてワシが近づくのを待つ。ワシは軽やかにラウルの腕に降り立った。
「ご苦労だった。皆は元気だったか?」
ラウルはワシをねぎらいながら、包みと手紙をとる。ガイがささっとネズミをつかまえ、ラウルに渡す。ラウルはもう慣れているので、生きたネズミをしゅっと投げた。ワシは華麗にネズミをくわえると、荷馬車の上で食べ始める。
「お姉さまがヴェルニュスに来たそうだ。これで刺客とバレエ団が来ても安心だ。お姉さまは刺客を返り討ちにするのが上手だから」
ラウルはニコニコしながら、包みをハリソンに渡す。
「ハリーの祖父母からのお土産だそうだ」
ハリソンはバリバリと包みをあける。
「うわー、すっごくかっこいい釣り竿と網。やったー、今日はこれで釣りまくろう」
ハリソンの手にある光輝く釣り竿に、三人は目をむく。
「ハ、ハリー。少し見せてくれないか?」
ガイは震える手で釣り竿を触り、しなりを見る。
「ミスリル製だ」
「ええー、ミスリルってめちゃくちゃ高いんじゃなかった?」
「その釣り竿一本で、屋敷が建つだろう」
「ひょえー。じゃあ、いっぱい釣らなきゃね」
ハリソンは臆することなくミスリル釣り竿を振り、大量の魚を釣り上げた。
こんなに食生活が充実した旅は初めてだ。犬が自主的に獣を狩ってくるし、今日は魚ときた。ガイとイヴァンは目を合わせて肩をすくめる。森の娘の家族は、常識では測れない。ふたりはとっくに理解していた。恩恵をありがたく受け取り、大人ふたりは少年たちを守る覚悟をより一層かためるのであった。




