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134.殺伐とした


 バレエ団が来る前に、ルイーゼ公爵令嬢、ラグザル王国のルティアンナ第四王女、ミュリエルの母方の祖父母がやって来た。統一されつつある運河を船に乗って移動したそうだ。


 ミュリエルはいつになく緊張している。普段はお腹を締め付けない、ダラーっとした服装だが、今日はきっちりドレスを着ている。ダイヴァはミュリエルを着飾らせる機会が与えられ、大喜びで務めを果たした。



「ルティアンナ第四王女殿下、ようこそいらっしゃいました。ヴェルニュスの領主、ミュリエル・ゴンザーラでございます」


 フェリハにはなんとなく友だち口調のミュリエル。それはフェリハの気さくな人柄と、さらわれた後の状況でそうなった。事前に正式な訪問状を送ってきた王女は、きちんと受け入れねばならない。


 ミュリエルにだって、それぐらいは分かっている。それに、尊敬するルイーゼ公爵令嬢と、貴族らしさのかたまりの祖父母がハラハラした様子で見ている。いいところを見せたいではないか。


 ラウルによく似て、かわいらしいルティアンナ王女は大きな目を優しく細めて、ミュリエルの手を握った。


「ルティーと呼んでくださいませ、ミュリエル様。ラウルのこと、本当にありがとうございました」


 なんて気さくでかわいい王女さま。さすがラウルのお姉さん。ミュリエルはホッとして笑みをこぼす。


「ルティー様、ありがとうございます。わたしのことはミリーと呼んでください」


 最も緊張する瞬間を無事に乗り越え、ミュリエルは堂々とした態度で客間に案内する。



 料理人が気合を入れて作ったお茶菓子が並べられ、無事にお茶会が始まった。話題は自然とラウルのことになる。


「ラウルは、どんな子どもだったんですか? って今も子どもですけど」

「ラウルはおとなしい子でしたわ。いつも本を読んでいました。初代ラグザル王に憧れていて、妙な口調で話しておりました」


 フフフ たおやかにルティアンナは笑った。


「初代ラグザル王とはどんな方なのですか?」

「そうですねえ、わたくしには、破天荒で無鉄砲で無計画な考えなしに思えますけれど。ホホホホ。ラウルにとってはそこが豪胆で素敵に見えるそうです」


 愛らしい笑顔で、結構ひどいことを言うルティアンナ。ルティアンナの侍女が後ろからそっと一冊の本を差し出す。ルティアンナは本を受け取ると、ミュリエルに渡した。


「こちらが、ラウルの愛読書です。もしかしたら興味がおありかと思って、お持ちいたしましたわ」

「ありがとうございます。読んでみます」


 ミュリエルは分厚い本に少し顔をひきつらせた。ミュリエルはそれほど読書は得意ではない。本を読むより、外で駆け回る方が好きだ。


「ルティー様も読書がお好きなんですか?」

「そうですね、読んではおりましたが、楽しんではおりませんでした。隙あらばラウルをいじめようとする異母姉たちから、ラウルを守らなければなりませんでしたから。悠長に本を楽しむ余裕はございませんでしたの」


 ホホホホ 少し毒々しい笑顔でルティアンナが笑った。


 ミュリエルの中で、元々低かったラウルの異母姉の評価が地の底に落ちる。あいつらー。ミュリエルはプンプンし、アルフレッドは心無しか顔色が悪い。


「ラウルに優しくて、仲の良いお姉さまがいてよかったです」


 ミュリエルの言葉にルティアンナが首をかしげた。


「わたくしとラウルは、ほとんど話したことがありませんの。仲はとりたててよくありませんわ」

「同母の姉弟なのにですか?」


 アルフレッドが尋ねる。


「王族とはそのようなものではありませんか? いずれ殺し合う相手かもしれないから、情は移すなと言われておりました」


 随分、殺伐とした王家だな。客間にいる者が引いているが、ルティアンナは優雅にお茶を飲んでいる。


「それでもラウルのことは守っていたのですね?」

「ええ、同母の弟ですもの。子猫のような弟が、獅子のような異母姉に食われるのを、黙って見ているほど薄情ではありませんわ」


 ラグザル王国のレイチェル王女との縁談が壊れて本当によかった。アルフレッドはしみじみと思う。ミュリエルも獅子のように強いが、弱者をいたぶったりなど決してしない。アルフレッドはミュリエルの髪を優しくなでた。


 その様子をルティアンナとルイーゼは目を輝かせて見ている。ふたりはこっそり目を合わせて、かすかに微笑んだ。



「ラウル、今ごろはラグザル王国に着いたかしら。姉の刺客が諦めていればいいけれど」


 ルティアンナはため息まじりに遠い目をする。ミュリエルが青ざめた。


「やっぱり刺客がくるんですね? ラウル、早く出発しないと刺客がヴェルニュスに来てしまうって、慌てて出たんです。結婚式までいてもらいたかったんだけど」


「はい、来ると思います。あ、でも、そこまで本気ではないんですよ。季節の挨拶、ごきげん伺いぐらいの感じですの。死になさい、あ、やっぱり無理か、ではまた次回、ぐらいの気軽なものですわ」


「刺客ってそんなゆるい感じなんですね。だったら、犬がいるから大丈夫かな……」


 ミュリエルは眉間にくっきりとシワを寄せている。


「大丈夫ですわ。護衛のガイと剣聖のイヴァンは強いですから」


 ルティアンナは安心させようと笑顔で頷く。


「毎朝毎晩、祈りますね」


 ミュリエルは力強く言った。



***



「平和ですなー」


 護衛のガイは、あまりに穏やかな旅行に拍子抜けしている。


「犬がな」


 侍従剣聖のイヴァンは、三匹の巨大な犬を感心しきって見ている。ミュリエルはなんなら八頭連れて行けと言ったのだが、食費と目立ちすぎるという理由で三匹連れてきたのだ。


 野営もあったが、犬のおかげで夜間の見張りを免れている。何も気にせず、熟睡できるのは大きい。


「あ、リンゴがなってる。取ってくるねー」


 ハリソンはパッと荷馬車から飛び降りると、素早く木に登ってリンゴを上から投げ落とす。ガイは全てを受け取って、荷馬車のカゴに入れた。


 なんつーガキだ。俺よりよっぽど役に立ってる。ガイは野生児ハリソンに舌を巻く。


 ラウルはリンゴを服でゴシゴシこするとガブっとかぶりついた。


「おいしい。ハリー、いつもありがとう」

「ラウルも、もうリンゴにかぶりつけるようになったね」


 荷馬車に戻ったハリソンはクスクス笑う。キレイに皮を剥き、ひと口大に切ったリンゴしか食べたことのないラウル。最初はとまどっていたが、今では慣れた様子でかじりついている。


「次にリンゴがなっていたら、余が取りに行く」

「うん、お願い」


 ふたりは仲良くリンゴをモグモグ食べる。今のところは、全く殺伐としない、のどかな領地漫遊であった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] マ、マギューお姉さま達は来てないのですか・・・
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