133.ルティアンナ
皆さま、ごきげんよう。ラグザル王国第四王女のルティアンナ・ラグザルです。わたくし、今、ローテンハウプト王国の王都で青春を謳歌しておりますの。
ああ、ローテンハウプト王国、最高ですわ〜。血生臭くないのですもの〜。ラグザル王国にはうんざりでしたから。あることないこと言って、お父様を説得して、留学にこぎつけたのですわ〜。
わたくし、幼い頃から空気を読むのと、人が求めていることを察するのが得意でしたの。本が好きな母の影響で、あらゆる書物を読んでいたからかしら。
お父様を筆頭に、ラグザル王国の男たちは単純なの。適当にしおらしいことを言っていれば、なんとでも操作できますわ。頭の中も筋肉ですからね。
わたくし、第四王女で見た目もそれなりですから、ラグザル王国でもよく言い寄られましたわ。ところがねえ、我が国の男ときたら、女を口説くのに血生臭い話をするのですわ。
「ルティアンナ様、俺の気持ちを受け取ってください」
そう言って、魔獣の首を差し出してきたりするのよ。バカなの? そこは花束にしておきなさいよ。どこの女が魔獣の首を贈られてトキメクというの。
ああ、いたわ。そうですわ。ガレール第一王女なら大喜びしそうですわね。趣味が魔獣狩りと反乱部族の殲滅ですもの。あれが女王になったら……血で血を洗う時代がまた始まりますわね。
わたくし、絶対にローテンハウプト王国で素敵な殿方を見つけて、ここで骨を埋めますわ。ラグザル王国には戻りませんわー。
ローテンハウプト王国の殿方たちは知的で品が良いのですわ。夜会での会話は、好きな詩集や観劇について。好きな武器や、最近仕留めた魔獣について話すラグザル王国とは大違い。
今日はルイーゼ公爵令嬢と、マギューお姉さまたちとのお茶会ですの。キャッキャウフフの華麗なる日々。これぞわたくしが求めていた生活。皆さまとっても乙女で可憐なのですもの。間違っても「アル様を押し倒したときのあの胸の高まり」なんて下品な会話にはなりませんのよ。
レイチェル第三王女は、いい加減諦めればいいのに。アルフレッド殿下はミュリエル様に夢中らしいですもの。知性あふれるアルフレッド殿下が、頭の弱いレイチェル様を選ぶわけがないのよ。押せばなんとかなると思ってる肉食令嬢は滅びなさい。
その殿方が望む姿を事前に調査して、完璧に演じるぐらいでないといけないのよ。あなた色に染まりますぐらいの謙虚さ、それこそがラグザル王国の女性に必要よ。押し倒してモノにしようとする女に、魔獣の首で口説こうとする男。おおイヤイヤ。野蛮だわ。
さあ、お上品なご令嬢の皆さまに、わたくしのあざとくて計算高いところは、決して気づかれてはなりません。せっかくお友達になれたのですもの。このままお淑やかで純粋で世間知らずな王女を演じ続けなければならないわ。
ルイーゼ様のご邸宅、優美ですわ、雅ですわ。殲滅した部族のしゃれこうべや、魔獣のハクセイなんて、決して飾られておりません。わたくしの大好きな令嬢物語の世界そのままです。ルイーゼ様はわたくしの理想の乙女なのです。
「今日はお天気がよいのですが、まだお庭でお茶会をするには寒いですから。温室にお茶をご用意いたしましたわ」
妖精のようなルイーゼ様にガラス張りの温室に案内されましたわ。色とりどりのお花が咲き誇り、とってもかぐわしい香りがいたします。乙女のお茶会にピッタリですわ。胸が高鳴りますわ〜。
は、浮かれ気分のわたくしの目の端に、獰猛な目つきのワシが目に入りました。空を旋回しております。クッ、目が合ってしまいました。仕方ありませんわね。
「ルイーゼ様、少し失礼してもよろしいかしら? ハンカチを落としてしまったようですの」
わたくしは優雅な足取りで温室の外に出ます。できる侍女がわたくしの左腕にスカーフをグルグル巻きにしてくれます。
わたくしは左腕を少し曲げて目の高さに上げます。羽音をたてながら、ワシはわたくしの左腕に降り立ちました。強くつかまれ、少し顔が歪んでしまいました。手早くワシの足の筒から小さな紙を取り出します。
侍女が庭でヘビを捕まえ、うやうやしく差し出しました。わたくしは右手でのたうつヘビを受け取ると、思いっきり空に投げます。
バッサ ワシは嬉しげに飛び立ち、ヘビをくわえると高い木の上で食べ始めます。
急いで小さな紙を広げました。暗号を解読すると、
『王になるため領地漫遊に行きます。ヴェルニュスでバレエ団の統制をお願いします』
「ラウルーーーーーー」
わたくしは紙を小さくちぎると飲み込みました。少しオエっとなりながらも飲みくだします。
まったくあの子ったら。本気で王になるつもりだったのね。困った弟だこと。どうするのよ、後ろ盾もないのに。あの獰猛なガレール王女に食われるわよ。
はあー、思わずため息を吐いてしまいました。
「せっかくここでのんびり令嬢生活をするつもりだったのに」
ラウルのためにガレール王女とやり合わなきゃいけないの? 無理よ、わたくしだって後ろ盾がないんだから。お母様はやる気がないし、どうしましょう。うまくガレール王女を懐柔できればいいのだけれど。
ポンッ 後ろから肩を叩かれました。振り返ると、ルイーゼ様とマギューお姉さまたちが、不思議な笑顔でわたくしを見ています。
「ルティアンナ様、わたくしたちにお話になってみてはいかがですか? 何かお困りになっておられるのでしょう?」
わたくしは少しためらいましたが、促されるがままに温室に戻り、弟のことを話しました。
「まあ、ガレール第一王女殿下はそのように好戦的で? それは困りますわ。ガレール殿下が王位を継がれたら、我が国と戦争になりそうではありませんか」
「なんということでしょう。戦争はイヤですわ。国が荒れますわ、皆が死にますわ」
「これからせっかくヴェルニュスで新婚旅行ですのに。きっとすぐ子どもができますわ。わたくしの子どもが戦うことになったりなんてしたら」
マギューお姉さまたちが青ざめます。ルイーゼ様はしばらく目をつぶって考えていらっしゃいます。まつ毛が長くて、目を閉じてもお可愛らしいですわ。
わたくしが気を散らしておりますと、ルイーゼ様がゆっくり目をお開けになりました。
「ラウル王子殿下が、王位継承権第一位と内定されたことが、ウワサになると危ないですわね。そうなる前に、別のウワサを流しましょう」
「まあ、どのような?」
「それはもちろん、ガレール王女殿下がお世継ぎに決まったと。我がエンダーレ侯爵家から、お祝いの品をお送りいたしましょう。剣がよろしいかしら?」
「それは……。確かに効果がありそうですわ。でも、ご迷惑ではございませんか?」
「いいえ、未来の平和のためです。父も喜んで動くでしょう」
「では、我が家からも何か贈り物を」
「わたくしも父に頼んでみますわ」
ルイーゼ様に続いて、マギューお姉さまたちも温かいお言葉をくださいます。
「ルイーゼ様、マギューお姉さま、ありがとうございます」
「さあ、ではヴェルニュスで素敵な休暇を過ごすために、さっさと動きましょう」
ルイーゼ様が凛々しく立ち上がります。
「あら、ルイーゼ様もヴェルニュスに?」
「もちろんですわ。ルティアンナ様と同行するのは、わたくしが最もふさわしいではありませんか。王家の代理として参ります。早速陛下にお目通りを願いますわ」
ルイーゼ様は不敵な笑みを浮かべられました。まあ、ルイーゼ様の新しい一面を見た気がいたします。
「では、ヴェルニュスでお泊まり会ができますわね。枕投げというものをいたしましょう」
「いいですわね。石投げ訓練の効果を披露いたしますわ」
「ルティアンナ様のヘビ投げ、見事でしたわ。フフフ、楽しい夜になりそうですわ」
キャッ ヘビを投げているところを見られてしまいました。はしたないと思われていないかしら。顔が熱くなって、頬に手を当てていると、手をルイーゼ様に握られました。
「わたくしたちの敬愛するミリー様は、石投げの名手なのです。今や、石投げは貴族のたしなみのひとつなのですわ。何も恥ずかしがることはありません。一緒に石投げを練習いたしましょう」
「はい」
どうやら、わたくしの割とおてんばな本性は、とっくにバレていたようですわ。だって、仕方がありませんの。おとなしいラウルを、乱暴な異母姉たちから守らなければならなかったのです。ヘビのひとつやふたつ、平気で投げられますわ。
ラウル、がんばって王になりなさい。あなたの姉が、猛獣使いとなりましょう。今まで通り、ラウルには気づかれないように、盾となりますわ〜。
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!