表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

130/305

129.ラウルの婚約


『ローテンハウプト王国かアッテルマン帝国の娘を婚約者に選べ。選べぬなら、父が選ぶ』


 ワシが届けた父からの暗号文は、ラウルを動揺させた。ラウルは暗号文を細かく引き裂き、水に溶かした上で、土に埋めた。


 どうしよう。なんと返事をしたものか。「今選んでいます。少しお待ちください」と返事するのはどうだろうか。父にとっての少しとはどれぐらいだろうか。一か月ぐらいかもしれない。それでは間に合わぬ。


 一年待ってください、と書くのはどうか。いや、あの短気な父が、一年も待ってくれるわけがない。さっさと婚約者を決められてしまう。そして、恐ろしく強い女性と結婚するはめになる。あの父が優しく朗らかな女性を選んでくれるはずがない。



 しかし、父がラウルの意見を聞いてくれたのは、初めてだ。何もかも、全て決められてきた人生だった。ラウルの意見を求められたことなどない。そもそも、ラウルに意見があると、誰も思っていないのだ。



「ここでは、それぞれの意見が尊重されるからな」


 ラウルはニワトリに話しかけた。ニワトリは何も気にせず野菜のクズをついばんでいる。ラウルはニワトリが大好きだ。ニワトリはいつも陽気で、ごはんを食べることに一心不乱。ムクムクとしたミミズをあげると、大騒ぎするのもかわいい。



 ラウルは祖国の誰にも期待されていない王子だ。国民人気の高いガレール第一王女が、王位を継ぐものと思われている。ラグザル王国に栄光と繁栄をもたらした、フリーデリカ女王。そのフリーデリカ女王にそっくりなガレール第一王女。


 貴族も国民も、次期王はガレールだと思っている。



 ラウルは王子だが、王になれるとは思われていない。ラウルは血を見るのが怖いのだ。荒っぽいことは嫌いだし、部屋で歴史書を読むのが好きだ。血で血を洗い、強さこそが最も大事な王の資質と考えられるラグザル王国。ラウルは弱すぎる。


「お前の歳の頃には、ガレールは既に反乱部族を血祭りにしていたぞ」


 父に言われたことがあった。


「父上、力で押さえつけて、言うことを聞かせる時代は終わりました。これからは対話と協調の時代です。過去の歴史をひもとけば、力任せの統治はいずれ破綻するのが明らかです。ラグザル王国は変わらなければなりません」


 父は不思議な目でラウルを見て、何も言わずに立ち去った。そのあとすぐ、ヴェルニュス行きが決まったのだ。



 ここに来て、色んなことを学んだ。本当に強い人は、強さをひけらかさない。たくさんの気づきの中でも、ラウルの人生観を変えたのは、それだった。ラグザル王国では、常に強さを誇示しなければならない。そうしないと、下がついてこないと教えられた。


「ミリーお姉さまも、ミリーお姉さまのお父さまも、とても強い。でもわざわざ自慢しない。本当に強い人は、そんなことしないんだ。セファが言ってた。弱い犬ほどよく吠えるって」


 ラウルはラグザル王国を変えたい。弱さを見せても、とって食われぬ国に。ラグザル王国だって、皆が皆、強いわけではないのだ。虚勢を張らず、弱い者も強い者も、助け合って生きていける国。そんな国にしたい。



 ラウルはニワトリにトウモロコシの粒を投げてやる。ニワトリはもっとよこせと、ラウルの足をつついた。ラウルはくすぐったくて笑う。


「焦らずともよい、トウモロコシはまだまだあるぞ」


 ラウルは少しずつトウモロコシを撒く。


「余はここに来て、温かいごはんはおいしいと分かった。皆と話しながら食べる時間は、なによりも楽しいと知った」


 ラウルにとって、食事はひとりで黙ってするものだった。毒味の過程で冷えた食事。おいしいともマズイとも、なんとも思わなかった。ただ、黙々と噛んで飲み込む時間。



 今はごはんの時間はにぎやかだ。誰かが何かを話している。ラウルもしょっちゅう話しかけられる。例え話しかけられなくても、皆の会話を聞いていると自然と笑顔になる。


 ここでの食事は、おいしくて楽しいのだ。ラグザル王国での食事は、悲しくて寂しい、今なら分かる。



「帰りたくないな。ずっとお前たちと一緒にいたいよ」


 ラウルはニワトリに向かってポツリと言う。もちろんニワトリは全く聞いてはいない。



「ラウル、そんなにニワトリ好きだったんだ。ラグザル王国にもニワトリいるよね?」


 ラウルは驚いてトウモロコシの粒をばらまいた。ニワトリが大喜びでラウルの足元に群がる。ラウルは身動きが取れなくなって、情けない顔でセファを見た。


 ブッ セファは吹き出す。


「そんなにニワトリ好きなら、連れて帰っても許されると思うよ」


「違う、ここで過ごしたいという意味だ」

「うん、分かってるけど。でもラウルも僕も、来年には国に帰らないといけないよね。ずっとはいられないもん」


 ラウルは下を向いて黙った。セファは焦った声で慌てて聞く。


「どうしたの? なんかへんだよ」

「悩んでいることがあるのだ」

「ふーん、言ってみなよ」


 ラウルは苦い顔をして首を振る。


「これは余がひとりで解決せねばならぬ問題だ」

「なんで?」

「なんで……なぜであろうか。なんとなくそう思った」

「言ってみなよ。悩み事はひとりには大きいけど、三人で話せばたいてい解決するらしいよ。僕とラウルとニワトリ。ほら言って」


 ラウルは悩んでいるのがバカバカしくなって、セファに打ち明けた。


「へー、十二歳でもう婚約かー。大変だね」


 セファは目を丸くする。


「そういうセファはどうするのだ? そなたも王族ではないか」

「えー、知らない。僕はこんなだから、結婚なんてしないんじゃない」

「それで許されるのか?」


 セファは口をとがらせて、肩をすくめる。


「だって、しょうがないよね。母さまも、結婚しなくても別にいいって言ってたし」

「フェリハ様はよい母君だな」

「うん。ラウルのおか……」


 セファはラウルの顔を見て、言いかけた言葉を飲み込んだ。その代わり、ラウルの腕をとって、ニワトリの群れから引きずり出す。


「母さまに相談しに行こう。こういうのは、母さまの得意分野だと思う」



 フェリハはミュリエルに新しい刺繍の縫い方を教えていた。ラウルが言いにくそうにしていると、ミュリエルがあっけらかんと聞く。


「ラウル、今度はなにを悩んでるの? 最近、悩んでばっかりだね」


 ラウルはギュッと握り拳を作って、説明する。


「そっかー、ラウルは王族だもん。早く婚約者決めなきゃいけないってなるよね。誰かいい人いた?」


 ラウルはチラッとミュリエルの丸いお腹を見る。ミュリエルは少し目を細める。


「何度も言ってるけど、この子が十歳になるまで婚約話はしないから。大体、女か男かもまだ分からないんだし」


「はい……」


 ラウルはうなだれる。フェリハがあっさりと答えを出した。


「返事はこう書きましょう。『アッテルマン帝国で三人、ローテンハウプト王国でひとり婚約者候補がいます。モテモテで決められません。一年待ってください』」


 ラウルはポカーンと口を開けた。


「フェリハ様、余は全くモテておりません。候補もおりません」

「いるよー、いるいる。うちの三つ子のアナ、ヤナ、マナ。十二歳よ。三人ともラウル様のこと狙ってるから」


 ラウルは目をまん丸にする。


「ね、一年猶予をもらって、ゆっくりその間に探せばいいわ。で、いざとなったら三つ子のどれかを選べばいいのよ。お転婆だけど、アッテルマン帝国の森の娘よ。誰も文句はないはずよ」


 フェリハは手をヒラヒラ振った。ラウルは目をパチパチする。大事な婚約を、そんなに簡単に決めてよいのだろうか。


「フェリハ様、それは三人に失礼ではありませんか?」

「大丈夫、三人には内緒にしておくから。アッテルマン帝国の気立のいい子を紹介してもいいしね。気楽にいきなさい」


「フェリハ様、ありがとうございます。では、父にそのように書きます」


「アナ、ヤナ、マナは、ラグザル王国でうまくやっていけると思えないけど……」


 セファが心配そうに言った。


「ラグザル王国の貴族たちと、ものすごく激しい権力闘争をしそうね。でも、そういう強い女性が好かれる国なんでしょう?」


「はい、その通りです」


「じゃあ、問題ないわね。でも一年で、ラウル様に好きな人ができるといいわね。やっぱり好きな人と結婚する方がいいもの」


「はい、がんばります。どうがんばればいいのか、まだ分かりませんが」



 とりあえず、先延ばしだ。ラウルの肩から重い荷がおりた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ラウルは… セファじゃだめなの?? あ、親友過ぎて気づかないやつか?? セファのほうが先に気づきそうだ(汗) 微笑ましいに微笑ましいの強化??
[一言] 女王だと妊娠出産産褥期、最低1年は穴が空くリスクができるから第3位でも今から婚約者か。 簒奪の心配しなくていい性格と見做されてるからの貧乏籤。 同じ痛みを知ってる元王妃様ナイスフォロー! …
[一言] ラウルがんばー! 応援してます(*´∀`*)
2022/12/28 07:59 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ