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128.王たる者の務め

 

 ローテンハウプト王国の王宮の奥のそのまた奥。王しか入れない祈りの間に、エルンスト国王はいる。色とりどりの花に旬の果物を祭壇に飾り、エルンストは跪いた。


「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。ローテンハウプト王国の民を守り給え。森の子どもに祝福を。魔剣に王の血を捧げます」


 エルンストは祭壇の上に置かれた魔剣に左手の親指をはわせた。ひと筋の血が魔剣に吸い込まれる。


 エルンストは魔剣が元のきらめきを取り戻したのを確認すると、大きな銀皿を祭壇に載せる。銀皿の上にはこんがりと焼けたガチョウの丸焼き。様々な香草がまぶされ、まだジュウジュウと音を立てている。


「神の御使様からのお告げ通り、我が国は他国に攻め入っておりません。これからも防衛にのみ徹します。どうぞ我が国が戦火に巻き込まれませぬよう、ご加護を与え給え」



 エルンストはただ一心に祈った。国王になる際に父ヴィルヘルムから言われた通り。五年間、誰にも言わず、毎日わずかな血とともに祈りを捧げている。


「我らは森の子どもではない。ゆえに大きな力はふるえぬ。しかし、毎日かかさず血と祈りを捧げれば、国を守れる」


 エルンストはそのとき、なぜローテンハウプト王国が決して他国を攻めないのかも聞かされた。


「数百年前、宗教戦争の地に降り立った神の御使様は、各国の王族にお告げを出された。他国に攻め込むな、防衛に徹しろと。ローテンハウプト王国は愚直にそれを守り続けてきた。それゆえ、我が国は戦争を免れてきたのだ」


 エルンストはようやく理解した。


「だから父上はあのとき、ムーアトリア王国に援軍を送らなかったのですね。私があれほど派兵をお願いしたのに。なぜ、あのとき仰ってくださらなかったのです」


「代々の王しか知らされぬ、神との約束だからだ。ラグザル王国とアッテルマン帝国では失伝してしまったようだがな。侵略を繰り返す国は、神のご加護を失うであろうよ。ヨアヒムをしかと鍛え上げ、必ず伝えよ」


 ヴィルヘルムは厳しい目でそう言ったのだった。



「ヨアヒムは危うく廃嫡の瀬戸際であったが、ミリーのおかげで免れた。さすがは森の娘だ。アルとの婚姻を受け入れてもらえてよかった。王族と森の子どもの結びつきで、ローテンハウプト王国の守りがさらに堅牢になるであろう」


 エルンストは立ち上がると満足そうにひとりごちた。


「さて、森の子どもの意思を無視して、王家と婚姻を結ぶのは神から禁じられている。ラグザル王国はそのことも失伝したのであろうか。余計な火種を生まぬよう、ダビド王に伝えるべきかもしれぬが……。父上に相談してみるか」


 エルンストはしばし考えたが、長い息を吐いた。


「いや、自国の王位を継ぐ者にしか言ってはならぬのだ。神に許されまい。言ったところで信じてもらえそうもないしな。仕方ない、ラグザル王国がいらぬ下心を持たぬよう祈っておこう」



 エルンストはもう一度、祭壇の前に跪いた。


「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。神のお告げを失伝した国にお慈悲を賜らんことを。正しき道へと導き給え」


 エルンストは立ち上がって、今度は魔剣に右手の親指をはわせた。しばらく魔剣の様子を見ると、両手の親指をハンカチでおさえる。


「さて、運河の件と、不可侵条約について宰相と詰めねばならぬ。ヴェルニュスの結婚式に誰を遣わすかもそろそろ決めねば」


 エルンストは親指の血が完全に止まったことを確認する。手袋をきっちりはめると、部屋を出て扉のカギをしめた。



***



 神のお告げをすっかり忘れて、好き勝手、傍若無人にふるまうラグザル王国。王の私室で、ダビド国王は我が子ラウルからの暗号文を読んでいる。


 ダビド王の口角が少し上がった。


「ふっ、ラウルめ。すっかり王子らしくなりおって。ラウルを王太子と発表してもよいが、まだ後ろ盾が弱すぎるな。早急に婚約を整えてやるか」


 ダビド王は椅子の背に頭をつけて、しばらく目をつぶる。


「国内の貴族でもよいが……。せっかくローテンハウプト王国にいるのだ、そこの娘と縁を繋げれば一番だが。レイチェルとアルフレッド殿下の二の舞にならぬようにせねばな。強引すぎると、あの国では受け入れられぬ。さて、どうしたものか」


 ダビド王は金庫から各国の主要貴族の一覧を取り出す。パラパラとめくって、年回りのよい令嬢を探す。


「ミュリエルとか言った娘に妹でもおればよかったのだが。森の娘は有用らしいからな。残念だ。ムーアトリア王国の元貴族の娘でもよいか。どうせそばにおるのだ。しかし……」


 ふとダビド王は思い出した。自分は好きな女と結婚したことを。


「うむ……。いや、皆の反対を押し切って結婚したマリアンヌであったが。マリアンヌは正妃に向いておらなんだな。マリアンヌとの娘はどれも問題児。ということは、皆に勧められた娘と結婚しておけばよかったのか?」


 ダビドは迷う。ラウルは冷酷なことのできない息子だ。甘い王は、ラグザル王国では生き残れない。となれば、強く無慈悲な嫁をつけてやるべきでは? しかし、ラウルとうまくいくであろうか。


 ダビドは散々悩んだあげく、ラウルに選択肢を与えることにした。


『ローテンハウプト王国かアッテルマン帝国の娘を婚約者に選べ。選べぬなら、父が選ぶ』


 ダビド王は満足そうに頷くと、暗号文に変換し、王家専用のワシに手紙を託す。ワシは暗号文を携えて、力強く飛び立った。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 政治的な判断をしつつ息子の事も思いやれる本当は良いお父さん と言う印象になりました 何故王子時代にあんな判断をしたのか…… ラウルは良い王様になれるのは確かですよ勉強もしながら色々何故人と接…
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