124.うっかりして
ラウルはまたしても悩んでいた。そして、例の如く、フェリハに相談にいった。
「フェリハ様、高級宿なのですが……。ラグザル王国風の部屋を作ってもよいのかと、今さら悩んでおります」
「あら、どうして?」
「ムーアトリア王国を滅ぼし、統治に失敗し、捨て去ったのです。それなのに、この地にラグザル王国風の部屋を作るなんて。あまりにも無神経ではないかと。あのときはつい浮かれて、そこに思いいたりませんでした」
「なるほど」
フェリハは考え込む。
「ミリー様とダイヴァに相談しましょう。一緒に行ってあげるから。大丈夫よ、例えラグザル王国のことを恨んでいたとしても、ラウルのことはみんな大好きだから」
ラウルは少し気が楽になったようで、こわばった表情をゆるめる。
今日はミュリエルは、ユーラの彫刻を見に行っているのだ。ユーラは巨大な岩を、ノミと金づちで削っている。ユーラは、迷いなくノミを打つ。ミュリエルはそばで、じっとその姿を観察している。
「ミリーお姉さま」
ラウルが話しかけると、ミュリエルは笑顔になった。そして、ラウルの悩みを聞くと、後悔しているような表情を見せる。
「ホントだ。私もすっかり浮かれてて、そのことを考えてなかった。私、領主なのに、最低だ」
ラウルはオロオロする。悪いのは自分なのに、ミュリエルを困らせてしまった。フェリハが暗くなったふたりの背中を、少し強目に叩く。
「ふたりとも、暗くならないの。あなたたち、まだ十五歳と十二歳でしょう。失敗なんかいくらでもしていいんだから。気にしないのよ。悩んでないで、ダイヴァに聞きに行きましょう」
ダイヴァは、イローナと宿の家具の置き場を話し合っている。ミュリエルとラウルは、ダイヴァを見ると開口一番、謝った。
「ダイヴァ、すまなかった。浮かれてラグザル王国風の部屋を作ろうとした。ムーアトリアの民の気持ちを考えておらなんだ」
「ごめんね、私がすぐに気づくべきだったのに」
ダイヴァは目を丸くして、首を横に振った。
「謝らないでください。これから、ラグザル王国とローテンハウプト王国は、不可侵条約を結ぶのでしょう? 新しい関係を作っていくのです。私たちも、いつまでも恨んで止まっているわけにはいきません」
「しかし……」
「ラグザル王国風の部屋、ぜひ作りましょう。私もお手伝いいたします」
ダイヴァは力強く言った。ラウルはまだためらっている。ミュリエルはポンっと手を打った。
「ラウル、あれだ。私たちがさらわれる前にさあ、色々調べたじゃない。ムーアトリア王国、ローテンハウプト王国、ラグザル王国、アッテルマン帝国のこと。それをさあ、まとめて発表する部屋を作らない?」
「えーっと、発表会をすればいいのですか?」
「そうじゃなくってね、ユーラの絵の展示みたいな感じ。私たちが調べたことを、紙に書いて壁に貼ろう。そして、この地で起こったこともみんなに知らせよう」
「読んでくれる人がいるでしょうか? 退屈ではないですか?」
「そこは工夫すればいいと思いますよ」
イローナがためらいがちに口を挟んだ。皆の目がイローナに集中する。
「例えば、ユーラ……は無理だから、カシミールに絵を描いてもらったり。絵と文字を組み合わせれば、興味をひきやすいと思います」
「なるほど、それならいいかもしれない」
「ラグザル王国とアッテルマン帝国の特産品を展示してもいいですね。ムーアトリア王国の伝統的な手工芸品。ミリーが来て以降の新しい手工芸品。そういうのを並べましょう。きっと興味を持ってもらえますよ」
ラウルの顔がパッと明るくなった。
「過去にあったことをきちんと伝える。そして、これから仲良くしていきたい、その気持ちを表せばいいのか。なんだかできそうだ」
「職人も手伝ってくれるはずです。ムーアトリア王国のことが忘れ去られず、皆に知ってもらえるなんて。亡くなった者たちも浮かばれるでしょう」
ダイヴァは静かにラウルの目を見つめる。
「よかったわ、うまくまとまったわね。きっとセファが手伝いたがると思うわ。よろしくね」
フェリハの言葉に、ラウルは満面の笑みで頷く。
「アッテルマン帝国風の部屋もそろそろ仕上げにかからないと。砂漠のオアシスと草原で過ごす雰囲気を作りたいのよ。幕屋の中にいるような感じにしたいのよね」
「幕屋ってなに?」
ミュリエルが首をかしげる。
「ほら、砂漠と草原の民は家を建てない人も多いのね。羊や馬、ラクダを連れて、いい草があるところに移動していくのよ。だから、行く先々で布製の家を建てるの」
「へえー、すごい、見てみたい。そこで泊まりたい」
ミュリエルは目をキラキラ輝かせる。
「じゃあ、春になったら国から色々取り寄せるわね。幕屋用の布がいるわ。絨毯ももっといるし、毛皮とか布とか、器なんかも。海の民の部屋も作ろうかしら。船っぽくして、ハンモックで寝られるようにしましょう」
ラウルはダイヴァをすがるような目で見上げる。
「ダイヴァ、手伝ってくれるか? このままでは、客を全員フェリハ様にとられる」
ダイヴァがキリッとした顔で、ラウルを見返す。
「もちろんです。このままではムーアトリア王国風の部屋も負けます。今から作戦を練りましょう」
「ホホホホホホ。勝負よ、あなたたち」
フェリハが腰に手を当てて高笑いする。
「ローテンハウプト王国も負けません」
イローナが鼻息荒くミリーと腕を組む。
「あ、そうね。ローテンハウプト王国は子連れ客が殺到すると思うわよ。でも、高級宿に子連れはそんなに来ないかもしれないけど」
イタズラっぽい顔でフェリハがからかう。ミュリエルがさーっと青ざめた。
「そうかも! しまったー、自分が遊びたいから、遊び場にしちゃったー」
「ミリー、子供がいる貴族を優先すればいいだけよ。来たい人いっぱいいるんだから。落ち着いて」
イローナは冷静にミュリエルを諭す。
「そもそも、どこの部屋に泊まろうが、儲けはミリー様のものなのよ」
フェリハが朗らかに笑った。ミュリエルが口を丸くする。
「あ、そっか。なんか、それってズルくない? いいのかな?」
「いいんです。それで我が国に興味を持ってもらえれば。観光に来てもらえるかもしれないし。特産品がもっと売れるでしょうし」
「踊り子の給料は、宿泊費からまわすからね」
「ありがとうございます」
「春までに間に合うだろうか……」
ラウルが不安そうな様子を見せる。
「結婚式もあるしねー。忙しいね」
ミュリエルがのんきな口調で言う。
「間に合わなかったら、できた部屋から泊まってもらえばいいんじゃない。なんとかなるよ。いざとなったらお城に泊まってもらえばいいし」
「大丈夫、間に合わせます、絶対に」
イローナは楽な方に流れようとするミュリエルを引き止め、きっぱりとラウルに言い切った。
「ああっ、支配人連れてくるの忘れたー」
遠くでパッパが叫んだ。ミランダに夢中で、うっかりしていたパッパである。
「まあ、いざとなったら私がやればいいか」
有能なパッパはたいていのことはこなせる。春になって支配人を連れて来ればいい。間に合わなければ自分でやる。パッパはさっさと腹をくくった。