122.仕事中毒
ミュリエルは皆にハラハラ見つめられながら、ブランコで遊んでいる。アルフレッドは緊張のあまり顔がこわばっているし、ヨハンは倒れそうだ。ハリソンとウィリアムだけは平気で、一緒にはしゃいでいる。
「このブランコ最高〜」
大きな円形のアミが天井から吊り下げられており、ミュリエルはその中に寝っ転がってユラユラ、ブラブラしている。このまま昼寝ができそうな気持ちよさ。
「あー、妊娠中じゃなければ、もっと激しく揺らしてもらうのに。ああー、全部の遊具で遊びたーい」
「ブランコはこれ以上揺らすのは禁止。ミリー姉さんが遊んでいいのは、このブランコだけ。他は僕とウィリーで安全性を確かめるから」
ハリソンはビシッと言った。アルフレッドが感謝の気持ちをこめて、ハリソンを見る。
今日は遊具の試験なのだ。まず、ハリソンとウィリアムが激しく無茶な遊び方をする。それで問題なければ、普通の子どもが遊ぶ。
野生児のハリソンとウィリアムは、ヨハンが思わず目をつぶりたくなるような動きを見せる。残念だが、ヨハンは目をつぶることは許されない。しっかり観察し、安全性を高めるのがヨハンの責務である。
「うう、この野ザルたちめ」
ヨハンはうめいた。ハリソンはパッと飛び跳ねると、壁にたくさんつけられた小さな木を両手でつかむ。ハリソンは足を使わず、手だけでひょいひょいと天井付近まで登った。
「落っちまーす」
ハリソンは手を離すと、仰向けに落ちて行く。
「あああああーーーー」
「キャーーーーーーー」
ヨハンとダイヴァが叫んだ。ミュリエルは歓声を上げ、女性たちは手で目をおおう。
ビヨーン 命綱が伸び、ハリソンはマットの少し上で止まった。
「大丈夫、痛くないよ」
「ホントかよ。命綱が思ったより伸びるな。ハリソンより重い子なら危なかった」
ヨハンは汗をふきながら、手元の紙に書き込んだ。
「やっぱり手だけだと時間かかるね、今度は足も使ってみる。ウィリー、競争だ」
「はーい」
ハリソンとウィリアムはものすごい速さで壁を登る。わずかにハリソンが速く、ウィリアムは悔しがった。ハリソンはそのままピョーンと飛び、少し離れたところにつけられた安全綱にぶら下がる。
「なっ、それはそういう使い方をするためじゃなーい」
ヨハンが叫ぶ。ハリソンは笑いながら、片手を離し、腰の命綱を外した。
部屋の四隅には小屋が作られており、小屋から小屋に木の吊り橋がかかっている。ハリソンは安全綱のすぐそばにある吊り橋に乗り移った。
「バカー、安全綱を持てー。命綱を外すなー。そのための綱だろー」
ハリソンは聞いちゃいない。綱に目もくれず、吊り橋の先まで駆け抜けると、そのまま宙に飛び出す。
「ぎええええ」
つぶれたカエルのような声でうめくヨハン。
ボヨーン ハリソンは満面の笑みで落ちていき、下の安全アミに受け止められた。しばらく楽しそうに弾んでいる。
「もう、もう俺には無理。胸が苦しい」
ヨハンは、ハアハアしながら座り込む。ダイヴァは目をギュッとつぶり、耳を手でふさいで小さくなっている。
「いやー、めっちゃ楽しい。ミリー姉さんも早く子ども産まれればいいね。そしたら遊べるよ」
「キイイイー、腹立つー」
ミュリエルがブランコの上でジタバタする。ブランコが不規則に揺れ、アルフレッドとジャックが慌てておさえにかかる。
「産んだら、私も飛ぶから」
ミュリエルはアルフレッドの腕をガシッとつかみ、宣言する。アルフレッドは目をそらさず、はっきりとした口調で告げた。
「ナディヤの許可が出てからだ、いいね」
「はー」
「いいね」
「はい」
ミュリエルはアルフレッドの眼力に負けた。
「もう、ふたりとも、ハシャギすぎ。ヨハンが倒れちゃうじゃない」
ウィリアムがプリプリしながら、綱をスルスルと降りてきた。
「これだけ暴れて大丈夫なら、安全だよ。あとは、普通の子どもに遊んでもらおう。普通の子どもって、そこの王族ふたり? 身分は高いけど、運動は普通だからちょうどいっか」
ウィリアムが堂々と失礼なことを言った。ラウルとセファは、真面目な顔をして立っている。
「うむ。王子だが、運動はそこそこだ。では試してみよう」
ラウルがおぼつかない動きで壁をよじのぼり、すぐ動けなくなる。
「無理だ」
「え?」
「上にも下にも行けぬ」
「え、まだ膝ぐらいの高さだよ。飛び降りたら」
「怖くて手が離せぬ」
「えええーーー」
ウィリアムとハリソンは目を見開いて、呆気に取られる。
「では、失礼ですが、私が」
ダンがススっと近寄って、ラウルを抱えておろした。
「すまぬ。手と足がプルプルして、どう動かせばよいのか分からなくなった」
「なるほど、確かに普段使わない筋肉でしょうね」
ダンは慎重に登り始める。上まで登ると、ハリソンと同じように綱に飛びつく。綱がいやな感じにきしんだ。ダンは吊り橋をゆっくりと渡ると、先にある垂れ下がった綱を伝っておりてくる。
ラウルとセファが激しく手を叩いた。
「ダンは給仕なのに、身体能力に長けているのだな。余ももっと精進せねば」
「護衛を振り切る主人に仕えておりますので。自然と動けるようになりました」
ぬけぬけとダンは言い、皆の視線がミュリエルに向いた。ミュリエルは慌ててブランコの上で寝返りをうつ。
「あの綱、もう少し強度を上げる方がいい。綱自体は大丈夫だが、支柱との繋ぎ目がやや弱い」
「ありがとうございます」
初めてまともな意見が出て、ヨハンはホッと息を吐く。もういっそ、全部ダンに試してもらいたい。ヨハンの思いを汲み取って、ダンは淡々と遊具で遊び始めた。
均整のとれた筋肉質の長身男性が、子ども向け遊具でまじめに遊ぶ姿。違和感しかない。皆は目の焦点をぼんやりさせたり、あらぬ方向を見て、笑いのツボにハマるのを避ける。
「ラウル様が楽しめる遊具をもう少し増やしては? ハリーとウィリーみたいな子どもは、宿泊客にはいないと思う。主要顧客は高位貴族だから」
ヨハンが薄々感じていた問題点を、ダンは容赦なくついた。ヨハンはガクッとうなだれる。
「気をつけていたつもりなのに……。ついウィリーに合わせて作ってしまった」
「まだ時間あるから」
ウィリアムがヨハンを慰める。ラウルとセファは、授業の合間に、遊具で遊ぶという重大な任務を与えられた。お世辞にも軽やかとは言えないふたりの動きに合わせて、ヨハンが遊具を微調整する。
「そう、そもそも遊具ってこういう感じだったよな。うっかり、人間の限界に挑戦って、おかしな方向に進んでいた」
ヨハンは正しい指針をみつけて、目に力が戻る。
登る壁にはところどころ避難所を作った。天井まで登らなくても、いつでも休めるし、ハシゴで降りられる。ラウルとセファも気軽に挑戦できるようになった。
逆に、ハリソンの希望で難易度の高い遊具も取り入れられた。小屋から小屋に頑丈な綱を渡し、金属製の楕円の輪っかを通す。輪っかにぶら下がって、小屋から小屋に滑空するのだ。
「もう、見てられません」
「下にアミを張っているから大丈夫。フクロウにぶら下げられて飛ぶよりは安全だと思う」
ヨハンは、青ざめるダイヴァを慰める。
「ハリーとウィリー以外の子どもは、座って滑空できるようにしているし。ラウルとセファも楽しんでいた。最初は怖がっていたけど」
ラウルとセファの遊び力もだいぶん上がってきているのだ。
小さな子ども用の部屋には砂場も作ってある。砂が床に出ないようにグルリと周りを木の板で囲った。
「部屋の中で砂遊びかあ。贅沢だね」
「貴族の子どもは砂遊びなどしたことがないと思う。余もここに来て初めて土で遊んだ。まずは部屋の中で砂遊びに慣れてもらえばよい」
ラウルの言葉にウィリアムは感心する。
「貴族ってつまんないね」
「ウィリーも男爵家ではないか」
「あ、そうだった」
ウィリアムは頭をかき、ラウルが笑う。
毛糸で編んだ球をたくさん入れた囲いもできた。どれも子どもの口には入らない大きさ。
「木の球だと、子どもが投げると危ないからな。余ってた毛糸で作ってもらったから、安くあがった」
「洗えるし、いいよね。ヨダレでベトベトになると思うよ」
「洗い替え用に、多めに予備を作るか」
ヨハンはせっせと気づきを書く。ウィリアムは床にゴロンと寝そべった。
「床は柔らかい絨毯だから、子どもが転けても大丈夫だね。お母さんたちが座る低めのソファーもあるし。お母さんたち用のブランコもあるし」
「あれなら、子どもと母親が一緒に乗れるしな。母親が昼寝してもいい」
ヨハンはようやく肩の荷がおりた。木馬や手押し車なども配置され、準備はほぼ整った。さあ、売り物のオモチャを作らないと。
ヨハンは働きすぎである。オモチャや遊具を作っているのに、遊びがない仕事中毒。そろそろミュリエルに諭されるであろう。