120.新しい年と願いごと
「お、銀貨が入ってた」
クルトのつぶやきに、周りにいた女性の目が一斉に集中する。クルトは視線の強さにたじろいだ。
「さあクルト、願いごとをどうぞ」
ミュリエルがかしこまった口調で言った。皆の様子がなんだか妙で、クルトはいぶかしげな顔をしながら銀貨を握りしめる。
「ニーナやセファ様、傷ついた森の子どもが元気になりますように」
「ありがとう」
ニーナとセファはクルトにお礼を言い、クルトは居心地悪そうにモゾモゾする。女性たちは満足そうに三人を眺めている。
干しぶどうケーキを食べた人から、チラホラと銀貨が入っていたと歓声が上がる。その度に人が集まり、願いごとが祈られた。ミュリエルは少しずつご馳走を食べながら、その様子を眺める。
「平和な年越しが迎えられてよかったね。誰も飢え死にしなかったし、魔獣に襲われることもなかった」
「ミリーとラウルがさらわれたけどね」
アルフレッドがミュリエルの頬をつつく。
「この子が産まれたら、もっと気をつけないとね」
「そうだね、この子に手を出す国は滅ぼさなければならない。そういうことにならないよう、警護を強化しよう」
「戦争はどっちの国の民もかわいそうだからね。上の人は殺されても仕方ないけどさ。巻き込まれる民はいい迷惑だもん」
後ろで聞いていたダンは気を引き締めた。王都からもっと影を派遣してもらうことにする。きっと護衛を振り切るお子さまに育つだろう。振り回され、護衛対象を見失う未来の予感に、ダンは背中がスースーした。
「ミリー様と殿下のお子さまです。きっと色んな国から狙われるでしょう。今度こそ守り切らなければなりません。ラウル様以外にも、婚約の名乗りをあげる王侯貴族が出るでしょうね」
横に立っているジャックが小声でささやく。
「侍従や侍女はどうするんだ?」
「既に候補は見繕っています。正直なところ、希望が多すぎてさばききれないくらい、立候補が出ている」
抜かりないジャックの言葉に、ダンは肩をすくめる。
「森の娘の力がここまでだとは、今まで知られていなかったからなあ。お近づきになりたい貴族が多いだろう。血筋がよく、神のご加護があついお子さま。争奪戦になりそうだ」
「政治からは距離をおいて、のびのびとした子ども時代を送っていただきたいものです」
「王都から離れた領地でよかったな」
「本当に」
新年までもう少しになったとき、皆は厚着をして外に出る。雪が降り積もり、真っ暗で静かな夜だ。フワフワさらさらの雪をゆっくりと踏み締めて歩く。
「寒くない?」
モコモコに着膨れたミュリエルを、アルフレッドが支えながら歩く。
「寒くないけど、歩きにくい。こんなに着込んだら動けないよ」
心配性のアルフレッドとジャックに頼み込まれて、たくさん着込んだのだ。
「焚き火だってあるのに」
ミュリエルは石塚の方を指差す。石塚の近くに巨大な焚き火がパチパチと燃えている。ミュリエルの故郷出身の男たちが、伝統的な焚き火を作ってくれたのだ。
「思っていたより大きいな」
「神様が迷わず見つけられるようにね。新年は神様も忙しいから。いらない物とかも、燃やしちゃっていいんだよ」
領民が壊れた家具や古い布などを、焚き火に放り込んでいる。
「それでは、今年イヤだったことや後悔してることなんかは、全て燃やしちゃいましょう。では、私から。さらわれてごめんね!」
ミュリエルが大きな声で叫び、リンゴ水を飲む。みんな大声ではやしたてた。
「では、アルもどうぞ」
ミュリエルに言われてアルフレッドは面食らった。
「ミリーに夢中で執務をブラッドに丸投げした、すまなかった」
ブラッドが笑いながらリンゴ酒の入った小さなグラスを差し出す。アルフレッドはグイッとひと口で飲み切る。
「これは、なかなか強いな。では、ブラッドも何かあるか」
「急ぎではない仕事は、ラウル様とセファ様に振っていました」
ブラッドはリンゴ酒を飲んだ。アルフレッドはしばらくブラッドを見ていたが、吹き出す。アルフレッドはラウルとセファの肩に手を置いた。
「ラウル、セファ、ありがとう」
「いえ、お役に立てて嬉しいです。えー、すぐ諦めて、窓から身を投げてごめんなさい。もっと強くなります」
ラウルはリンゴ水を飲み、ミュリエルと握手した。
「母さまにすぐ言わなくてごめんなさい」
「セファが私の子どもってすぐに気づかなくてごめんね」
セファとフェリハが抱き合った。皆がリンゴ水やリンゴ酒を飲んで大騒ぎしているうちに、教会の鐘が鳴って、オルガンが流れてくる。クルトの指揮で、練習していた歌を全員で歌う。
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父なる太陽
母なる大地
我ら大地の子
リンゴのお酒を捧げます
古い災い
過ぎた月日を
清め流してください
新しい年を迎え入れます
幸福な月日を受け入れます
我らの乙女
森の娘の治世に祝福を
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「乾杯!」
ミュリエルの言葉で、リンゴ水やリンゴ酒を半分飲み、残りは石塚に捧げた。ミュリエルは大きなお皿から、ザクロやトウモロコシをひと握り取った。
「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。新年の願いを叶え給え。ヴェルニュスにいる者の心を癒し給え。この地にいる者の体を癒し給え。皆が幸せになれますように」
ミュリエルはザクロやヒヨコ豆を少し食べると、残りを焚き火に投げた。ミュリエルはニーナをつつく。ニーナは緊張した面持ちでクルトのそばにさりげなく移動する。
領民たちが願いごとを祈る中、ニーナも小声で祈った。
「傷ついた森のこどもを救い給え。力を使えるよう森の子どもを導き給え。傷ついた人を癒し給え」
ニーナがモグモグしているのを、クルトは優しい目で見つめる。ミュリエルはニーナにコソコソと耳打ちした。
「例のことお願いしなかったけど、いいの?」
「いいんです。あのことは、自分の力でなんとかします。もし、他にも傷ついた森の子どもがいるなら、神様にはその人たちを助けてほしいから」
ミュリエルはニーナの肩を抱き寄せた。色々あったけど、誰ひとり欠けることなく、新年を迎えられた。ミュリエルは誇らしい気持ちでいっぱいだ。