119.新年を迎える準備
「どうやったらクルトに好きになってもらえるかな」
ポツリとニーナがこぼす。衣装部屋がしーんとなった。
「今は父と娘みたいだもんね」
フェリハの言葉にニーナは机に突っ伏す。フェリハは慌ててニーナの背中を撫でる。
「まずね、少しでも年相応に見えるように、外見を変えていけばいいと思うのよ」
「フェリハ様のおっしゃる通りよ。三つ編みのおさげ髪は幼く見えるからやめた方がいいと思う。ちょっと髪の毛いじってもいい?」
ニーナはイローナを見上げて、救いを求めるような目をする。イローナはニーナの三つ編みをほどくと、ゆるめの編み込みにする。
「びっちり三つ編みにすると子どもっぽくなるから、ふんわりね。これを後ろでクルクルっとひとつにまとめるの。ね、少しお姉さんっぽくなった」
おくれ毛がニーナの小さな顔の周りで揺れている。ニーナは鏡を持ち、顔を色んな角度に向けて確認する。ニーナの顔がほころび、イローナは満足そうだ。
「服は悪くないのよね、子供っぽくないし。姿勢かしらねえ。肩を前に出さないの。ビシッと背筋を伸ばして、オドオドしない」
イローナがパンパンっとニーナの背中を叩く。
「ほら、随分よくなったわ。ねえ、フェリハ様だって背は小さいけど、大人っぽいし威厳があるでしょう」
イローナの視線を受け、フェリハは胸を張って両手を腰に当てた。
「まあね、これでも王女だからね。自信たっぷりに振る舞わないと、民がついてこないでしょう」
「が、がんばります」
ニーナが精一杯の気合を入れた。
「あとはクルトがニーナを好きになるのを待つだけね」
イローナの言葉に、ニーナは途端に自信を失う。
「待ってるだけでいいのかしら……」
「うーん、どうなのかしら。アタシはブラッドから言われたけど」
「私は猪から助けたら、アルが好きになってくれた」
「出会った瞬間にレオにプロポーズされたわ」
何ひとつ参考にならない、ニーナは肩を落とした。フェリハがポンポンっとニーナの肩を叩く。
「待ってるだけじゃダメよ、ニーナ。クルトみたいな男は、女からグイグイいかないと。一生、娘から抜け出せないわよ。私はね、セルハンを自分から口説いたわよ」
フェリハがとても誇らしげな顔をする。セファは気まずそうに視線を泳がすが、セファ以外は尊敬のまなざしをフェリハに注いだ。
「すごい、さすがです」
「あのー、具体的にはどのように?」
「会うたびに好きって言ったわね。最初は本気にしてもらえなかったけど。最終的には部屋に忍び込んで、求愛の踊りを披露したわ」
「思ってたより積極的だった」
「とても真似できません」
うなだれるニーナ。ミュリエルがポンっと手を打った。
「もうすぐで新年じゃない。新年迎えるとき、石塚に祈るじゃない、そのときクルトを近くにおびき寄せるよ。そこで、クルトにだけ聞こえるように祈っちゃえばいいよ」
「はいっ、そうします」
ニーナはなんのことやら分からなかったが、ミュリエルの言うことに間違いはないはずだ。
「じゃあ、赤い下着を用意しないと」
フェリハの言葉に、ミュリエルが目を見張る。
「どうして赤い下着?」
「大地の神のご加護がもらいやすくなるの。それで子宝に恵まれるのよ」
「大至急、赤い下着を用意してもらいますね」
イローナが力強く請け負った。
「私の故郷だと、乾燥ザクロとトウモロコシとヒヨコ豆を食べるの。食べながら石塚にも捧げて、お祈りするの。願い事を三つお祈りできるんだよ。領主の願い事は大きな声で、領民は大切な人だけに聞こえるようにささやくの」
ミュリエルの説明に、イローナが驚く。
「王都では干しぶどう入りのケーキを食べるのよ。自分のひと切れに、銀貨が入ってたら、願い事を祈れるの」
「ヴェルニュスでは、鐘を鳴らしながら干しぶどうを食べます」
「色々あるわねえ。せっかくだから、全部やりましょうよ」
フェリハがダイヴァと頷き合う。
「新年を迎える前に、気になってる場所をそれぞれが掃除するんだけど、それはどう?」
「やりましょう」
ミュリエルの声に、皆が同意する。バタバタと新年を迎える準備が始まった。
ミュリエルは椅子の上に乗り本棚の上を拭こうとして、アルフレッドとジャックに全力で止められた。
「ミリー様、そこは私が掃除いたします。ミリー様は下の方をお願いします」
ジャックに懇願され、ミュリエルは窓ガラスを磨くことにする。内側をキレイにした後、外側を拭こうとして、今度はダンに止められた。
「外側は私にお任せください。寒いですし、危険です。ミリー様、料理人たちがケーキの相談があると言っていました。ぜひ台所で料理を監督してください」
アルフレッドがミュリエルの手を取って、台所に連れて行く。
「もっと掃除したいのに。みんな心配しすぎだよ。赤ちゃんいたって、掃除ぐらいは大丈夫なんだからね」
ミュリエルは口をとがらし、不満そうだ。
「子どもが産まれて、元気になったら好きなだけしたらいいよ。石塚に捧げるご馳走を選ぶのは、ミリーの務めだろう?」
「そうだね。聖典のおかげでなんでも食べれるようになったもん。そのお礼にたっぷり石塚にご馳走捧げないとね」
ミュリエルのやる気が料理に向かったので、アルフレッドはホッと胸をなでおろした。
「少しずつ食べるんだよ。最近すぐ胸焼けするじゃないか」
「そうなんだよねえ。ちょっと食べるとお腹いっぱいになっちゃう。でもまたすぐお腹すくんだ」
ミュリエルが少し目立ってきたお腹に手を当てる。
「赤ちゃんが大きくなって、臓器が圧迫されるからってナディヤが言っていたな。お腹がすいたら、何かつまめばいいんじゃない?」
「うん、そうしてるんだけどね。なんか、ずっと食べてる感じ」
「ふたり分だから、いいと思うよ。食べすぎだったらナディヤが止めるだろうし」
台所に着くと、料理人たちに大歓迎された。一口大のご馳走がお皿に盛り付けられる。ミュリエルは幸せそうに笑った。
「どれもおいしいね。こうやって少しずつ石塚に捧げよう。神様も色んなものを食べたいと思う」
ミュリエルがアルフレッドの口元にケーキを近づける。アルフレッドが口を開けると、ミュリエルはそっとケーキを入れた。
「ミリーに食べさせてもらえると、特別においしい」
アルフレッドが幸せを噛み締めるように、ミュリエルの耳元でささやいた。料理人たちは、ニコニコしながら、後でジャックに報告しようと心の中で思った。