表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

115/305

115.すぐさらわれるお姫様


 困ったわ、ミランダはため息を吐いた。レオと入った高級宿で、身分の高そうな男に連れて行かれたのだ。


 普段なら、警備の厳しい最上階に泊まるのだが、お忍びのお貴族様に先を越されていた。そして、食堂でレオと食事をとった後、お貴族様の護衛に取り囲まれた。強引に腕を引っ張られたりしたら、護衛同士の闘いになって、あとはレオが処理してくれたのだけど。


「我が主がそちらのご令嬢とお話しになりたいと」


 そう言って、高そうな服を着た側近がレオに紙を渡したの。レオはそれを見て青ざめたわ。レオにもどうしようもないほど高貴な人みたいね。


「私はレオナルド・サイフリッド。サイフリッド商会の長だ。ローテンハウプト王国、アッテルマン帝国、ラグザル王国の王家に目をかけていただいている。彼女は私の妻です。決して手荒な真似はやめていただきたい」


 それだけ言うので精一杯だったみたい。私はレオと目を合わせる。大丈夫よ、そういう思いでじっと目を見て少し頷く。


 私はうやうやしく、最上階まで案内された。部屋に入ってみると、若い男が立っている。先ほどの側近が若い男に耳打ちした。若い男は目を少し大きくして、私をチラッと見る。男の目元がかすかに赤くなった。


 側近に促されてソファーに座る。



 面倒だわねえ。またひとめぼれかしら。やっぱり王都から出るべきではなかったのかもしれない。王都はレオのおかげで安全になったもの。王都ならさらわれることはなくなった。


 昔は大変だったわ。どうしても外せない夜会に、レオとふたりで出たら、伯爵だか侯爵に連れ去られそうになったわ。あの頃はまだレオも平民だったし、反抗するのは難しかった。


 あのときはどうしたんだったかしら。もう随分前だから記憶がごっちゃになってるわ。足を踏んだのかしら。気絶したふりして、ケーキを男の顔にぶちまけたんだったかしら。吐いたこともあったわねえ。


 ああ、そうだ、あのときは泣いたんだったわ。


「レオ、私の愛しい人。これからこの男に無体な仕打ちを受けるわ。たとえ、体を汚されても、私の心はあなたのもの。天国で会いましょう」


 レオもすぐのってきた。


「ミランダ、愛する妻。君を守る力のない私を許してくれ。天国で待っている」


 そう言って、レオはワインボトルを叩き割り、自分の首に向けたの。周りで遠巻きに見ていた貴族のご夫人たちは、泣きながら拍手した。出し物のひとつだと思ったみたい。


 それで私は男の股間を蹴り上げて、レオの元に駆けつけたのよ。


 あれは、楽しかったわね。


「……のオウジだ」


 あら、考えごとして、うっかり聞き逃したわ。オウジ、王子かしら、皇子かしら。どちらにしても、うっとうしいわ。


 ミランダは冷たい表情で最初の一手を放つ。


「ミランダ・サイフリッドです。レオナルド・サイフリッドの妻ですわ。夫の商会は各国の王家のお気に入りですの。特にローテンハウプト王国の王家には御用商人として、ごひいきいただいてるわ」


 さあ、これで引いてくれればいいけど。



「まさか、あなたのように美しい人が、あんな老人の妻だなんて。娘の間違いかと思っていたが」


 オウジが眉をひそめて、痛ましそうな顔をする。ミランダはイラッとした。このボンボン、よくも私のレオを老人だなんて。ミランダは奥歯を噛み締める。


「レオが老人なら、私も老婆ね。レオは四十六歳、私は四十歳ですから」


 オウジが言葉を失う。これで大概のアホは引くんだけど。ミランダは冷めた目でオウジを観察する。


「そんな、まさか。母上より年上などと、あり得ない。あなたは乙女ではないか」

「私の長男、二十四歳ですの。末娘は十五歳ですわ」


 お呼びじゃないのよ、お坊ちゃん。


 お坊ちゃんは頭をふって、ミランダを見つめる。


「年なんて関係ない。私はついに真実の愛をみつけたのだ」



 出た、真実の愛。みんなそれを言うのよね。はやってるのかしら。一方的な横恋慕を真実の愛だなんて。このオウジ、だいぶイってるわね。どこの国か知らないけど、民が気の毒だこと。


 はあ、この茶番、いつまでつきあえばいいのかしら。そろそろ化粧を落として、お肌のお手入れをする時間なのに。寝る前の体操、それからレオのマッサージ。老婆はやることがたくさんあるのよね。


 努力なしで、この美貌が保てるわけないじゃないの。私をまぶしそうに見るレオのために、いつもがんばってるのに。この、小僧。


 仕方ない、最後の手段。


「ホホホホホホ」


 ミランダは艶然と笑った。皆がギョッとして、ミランダを凝視する。



「自分の息子より年下のオウジ殿下にお世辞を言っていただけるなんて。四十年、生きてきたかいがありましたわ。では、ご機嫌よう」


 ミランダは側近と護衛にニッコリ微笑む。


「私、部屋から出たいんですけど、どなたかエスコートしていただけないかしら? ひとりだと心細くて」


 ミランダが潤む目で見上げると、護衛たちはピキーンと硬直した。


「わたくしが」

「いえ、私にお任せください」

「黙れ、隊長の役目だ」


「あら、ホホホ。頼もしいこと。そうですわねえ、一番強い方にお願いしようかしら」


 ミランダが流し目を送ると、護衛たちは殴り合いを始める。あとは、いつもの流れだ。最後のひとりになるまで待てばいい。


 隊長がさっとミランダに手を出す。ミランダは隊長のエスコートで優雅に部屋を出た。オウジが後ろでわめいているが、無視だ。


 部屋を出ると、優しい声でささやく。


「もし、クビになったらサイフリッド商会までいらっしゃいな。給料はいいわよ」

「行きます、今すぐに」

「あら、では階下まで連れて行ってくださる?」


 ゆっくり階段を降りて一階まで行くと、レオがウロウロしながら待っている。私はチラッと横の隊長に視線をやる。レオは頷いた。


「ありがとう。お礼をしたいから、目をつぶってくださる?」


 隊長は真っ赤になって目をつぶる。護衛が一瞬で隊長の意識を刈り取った。


「また護衛が増えたわね。調教よろしくね」

「はい、奥様。奥様とレオ様にはいっさい歯向かわないように仕上げます」

「任せるわ」


 護衛はいつものことなので、事務的に隊長を別室に引きずっていく。


「レオ」

「ミランダ。大丈夫かい? 怖かっただろう。すまない、何もできなくて」


 レオの腕の中で、ミランダはホウッと息を吐いた。


「あら、いいのよ。慣れてるもの。でも、そうねえ、これが続くと面倒だわねえ」

「今、アル様に鳥便を出している。私たちに手を出したら、国外退去という書類を出していただけないか、相談中だ」

「まあ、さすがだわ。では、書類が届くまで待ちましょう」


 鳥が了承の返事を持ってくるのと同時期に、衛兵がやってきてレオに書類を渡す。オウジはどこかの国へ送り返された。もう二度と来るな、バカめ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そんなマッマにも究極護身奥義、石投げを! 「アラフォー石投げ美魔女、言いよるダメンズを奥義でタマなしにします!」とか。  
[一言] こういうアホを見ると一目惚れなんて無いってわかるよね。美男美女への一方的な運命の行列とか萎えるわ… どんだけの数の真実の愛があるのさ~ アルとパッパのように一目でその人の本質を見抜いてから…
[一言] さすが美魔女ミランダ様 結局オウジはどこの王子だったんだ? 他国に来てその国の女性を連れ去ってた挙句一方的に「真実の愛」って笑わせる頭ですよね 国際問題なるけど?解ってる?と…… 後から調べ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ