114.順調すぎて
デイヴィッドは大忙しだ。大工仕事が得意な男たちと、温泉の出る場所の石を少し外してみた。そうするとお湯が勢いよく吹き出したのだ。
ギャー 周りをとり囲んで見ていた人たちは大騒ぎ。
女性たちは駆け出して、家から桶を持って来た。
「これで洗濯しようかしらねえ」
「匂いがつかないかしら」
「最後に水につけておけばいいんじゃない」
「食器つけておいてもいいわね」
びしょ濡れの男たちは、一旦お城に戻って着替えることにする。
髪をタオルで乾かしながら、デイヴィッドは考える。あのお湯、領地全体に行き渡らせたいな。小さな水路を引くか。大掛かりになるが、雪が溶けやすくなるだろう。
屋根や道の雪かきをして、その雪を水路に落としてもいいかもしれない。冬は雪のかたまりが、道の脇にどんどん積み上がるからな。
湯殿で使ったお湯の排水路と、洗濯で使う未使用の湯の水路は別に作るか。
しかし、お湯をどこに流したものか。川に流すと魚が死んでしまう。どこかにため池でも作ればいいかもしれない。領地全体の地図がいるな。アル様はお持ちだろう。写させてもらおう。
デイヴィッドは着替えると、勉強部屋に行く。いつものように、ミュリエルとアルフレッドはソファーで仲良く座っている。
「そのマフラー、長すぎない?」
「あ、バレたか。余ってる毛糸でわざと長く作ってみた。赤ちゃんくるめるしね。それに、ほら」
ミュリエルはマフラーをアルフレッドの首に巻くと、逆側を自分の首に巻く。
「ね、ふたり一緒に使えるの。私たちが仲良しだって、踊り子に見せつけなきゃね」
ミュリエルは拳を握りしめる。アルフレッドに、ラグザル王国のウジ虫王女みたいなのがつきまとったら困るではないか。害虫はつく前に予防するに限るのである。
アルフレッドは顔を赤らめて、ミュリエルをきつく抱きしめ何度もキスした。部屋の奥ではジャックがハンカチを目に当て、ダンは熱いふたりをマジマジと見つめている。
俺もそろそろ結婚したいな、デイヴィッドはふと思う。顔はどうでもいい。気立がよくて、俺の顔を見て狂わない女性。一緒にいると心が安らぐ人だといいな。……いるかな。今までの人生を振り返って、デイヴィッドはため息を吐いた。どんな仕事より、難しそうだ。
仲睦まじいふたりの邪魔をしないように、デイヴィッドはそーっと部屋に入り、ジャックに話しかける。
「温泉の湯を排出する水路を作ろうかと思っています。領地全体の地図があれば写させていただきたい」
ジャックはできる侍従の顔を取り戻して、テキパキとカギつきの書庫から地図を取り出す。
「機密ですから、取り扱いには注意してくださいね」
「はい、もちろんです。水路が出来上がったら、写しの方もこちらにお持ちします」
デイヴィッドは勉強部屋の片隅で紙に写して行く。大きな紙はないので、小さな紙に部分ごとに写していった。写した紙を全てまとめると、地図をくるくると巻いてジャックに返す。
地図の写しを見ながら、温泉からどう水路を引くか考え、領地をグルグル歩く。途中から、ヨハンとウィリアムと犬もついてきた。
「水路、それほど深くする必要はないよな。子どもが落ちて溺れたら大変だ。フタをつけるか。いや、そうすると道の雪を水路に落とすのが面倒か」
デイヴィッドはつぶやきながら、考える。
「流れが急なところだけ、フタをつければいいんじゃない。あとは、小さいときからずっと言い聞かせないとね。子どもはほんのちょっとの水でも危ないから」
ウィリアムがデイヴィッドのひとり言に返事をしてくれる。
「そうだな、ありがとう」
裕福な商家でお坊ちゃん暮らしをしてきたデイヴィッドは、野生のウィリアムより生活全般の知識がうとい。遠慮なく考えごとを垂れ流すことにする。
「夏は水路で遊んでいいことにするか? いや、やはり危ないか?」
「大人がつきそって、目を離さなければいいんじゃない。子どもだけは危ないよ」
「なるほど」
「水路に流せる舟でも作るか。葉っぱと木の枝で作れば安上がりだ。子どもたちに自分で作らせてもいい」
ヨハンは、自分で自分の仕事をどんどん増やしている。
「こうやってウィリーとヨハンと話しながら散歩するのは、安らぐな。ウィリー、ミリー様の他にお姉さんはいないのか? ウィリーとミリー様の姉妹なら、波長が合う気がする」
「突然なんのはなし?」
ウィリアムは目をパチパチさせた。
「ミリー様とアル様を見ていると、俺も結婚したいなと思ってね。俺が笑うと女性はおかしくなるから。そうならない女性がいたらいいなと」
「ああ、そういうこと。マレーナ姉さんがいるけど、もう結婚してる。父さんの弟のギルおじさんは、子どもいるけど、男の子だよ」
「残念だ。ミリー様の子どもを待つのもなあ。ラウル様と戦うことになるし。そもそも年が離れすぎているしな」
デイヴィッドは結婚話は後で考えることにする。いつものことだが、先延ばしだ。
「まずは水路だ。どこに余り湯を流したものか。水路を通っているうちに温度が下がれば、川に流していいような気もするが」
「うーん、あのお湯かー。飲めるけど、魚が住めるかなあ。何匹か釣って試してみる?」
ウィリーが鼻にシワを寄せて、難しい顔をする。
「いや、やめておこう。魚以外の小さな虫まで調べ切れない。魚が仮に大丈夫でも、虫が死んだら、結局魚が飢える」
「そうだね。川には流さない方がいいかな。えーっと、あのとき温泉見つけてくれたの、お前だったよねえ、アオ?」
アオがしっぽをパタパタさせる。
「お湯流せる場所知らない?」
アオはフンッと鼻息をたてると、走り出した。つられてウィリアムも疾走する。
「またかよ」
ヨハンとデイヴィッドはボヤきながら追いかけた。
しばらく走ると、城壁近くの大きな岩の前で、得意げにしているアオが見えてきた。アオは岩にのしかかり、前足でカリカリする。
「この岩を取ればいいのか?」
ヨハンが聞くと、アオはワウワウ吠える。
「男手と綱がいるな。ウィリー、呼んで来てくれないか? 俺たちはもう走れない」
「はーい」
ウィリアムとアオは街の中心部に走っていった。力自慢の男たちがゾロゾロやってくる。
「また犬がなんか見つけたって?」
「すごいなーお前。あとで俺の肉を分けてやるよ」
褒められたアオは嬉しそうに男たちの周りをグルグル駆ける。力に自信のないデイヴィッドとヨハンは、そっと横によけた。男たちは手際よく岩に綱をかけ、グイグイ引っ張る。突然ゴロンと岩が動き、男たちはひっくり返った。
デイヴィッドは真っ暗な穴をのぞきこむ。
「それで、何があった? 金とか、ミスリルだといいな」
「いや、お湯を流す穴だ」
「穴? 確かに、お湯を街に流すわけには行かないけど。ははは」
男たちは大笑いした。ヨハンは岩を色んな角度から眺めて、ふんふんと頷く。
「この岩は、ミリー様とアル様の彫刻に使おう。後でユーラの仕事場に運んでくれ」
「おう、じゃあ牛連れてくるわ」
「順調だな。すいすい物事が解決する」
デイヴィッドは少し怖くなった。
「いっぱい祈ってるから、神様がご機嫌なんじゃない?」
「では、ここに水が流れ込むように水路を引こう。ある程度の方向性を決めて、あとは父さんが連れてくる誰かに調整してもらうか」
全く気にしてないウィリアムを見て、デイヴィッドは難しく考えるのはやめた。ここまで神様を身近に感じたことなんて、今までなかった。神の加護を受ける領地ならではなのだろう。
あとでこっそり、妻が欲しいと祈ってみるか。デイヴィッドは少し笑った。
以前リクエストいただいたネタを書けました。ネタをありがとうございました。
ぴっとんさま
「長く編み過ぎてしまったマフラーをふたりで巻いて欲しいです」