112.容赦はしない
ラウルは悩んでいる。侍従と何度も話したけど、いい考えが浮かばない。こっそりとフェリハに相談することにした。
「フェリハ様、少し相談したいことがあります」
ラウルが小声で話しかけると、フェリハも小さく言う。
「どうしたの?」
「踊り子のことです。ここに呼んで、もしアルお兄さまに何かしたらどうしようと……。アルお兄さまはラグザル王国でとても人気が高いのです」
「ああー、それねー。確かにうちも危ないかもしれないわねえ。アル様、かっこいいものね。うーん、ダイヴァさんに聞いてみましょう」
城の中をウロウロしていると、台所からダイヴァが出てきた。ふたりは早速ダイヴァを空き部屋に押し込む。
「……そういうことですか。確かにそれは恐ろしいですね。ミリー様は気づかないかもしれませんが、アル様はお許しにならないでしょうね」
「お手打ちぐらいですめばいいけど。国交断絶とかになったら目も当てられないわ」
フェリハがうなる。
「ヴェルニュスの女性たちは、アル様に色目使ったりしないのよね?」
「とんでもないことです。あり得ません。ご領主夫妻の仲に割って入るなど、考えられません。私たちを飢え死にから救ってくださったのです。そんな恩知らず、もしもいたら私が領地から叩き出します」
ダイヴァが勢い込んで答えた。キリッとした顔から、断固たる決意が見て取れる。
「そうよねえ。アッテルマン帝国もミリー様には多大なる恩と、負い目があるのだけれど。下の者たちはそれほどピンときてないでしょうしね。あのご尊顔を前にしたら、胸元はだけたりしかねないわ」
フェリハが眉間のシワに指を当てる。ラウルも難しい顔をして腕を組んだ。
「ラグザル王国は、何の負い目も感じていないので、止めるのが難しいです。好きな男は押し倒してでもモノにするのが、ラグザル王国の女性なのです」
「厄介だわ。でも今さらやめられないわよ。ミリー様がすごく楽しみにしてるもの。踊り子全員に宣誓書類に署名してもらおうかしら。領主夫妻に失礼なことをしたら、投獄とか」
「そうですね。それはやってみます」
「アル様に興味のない女性だけを選んでは?」
ダイヴァが聞くと、フェリハが首をかしげて考えこんだ。
「そうね、選抜するときに、不意打ちでアル様の姿絵を見せて、反応を見てもいいかもしれない。でもねえ、そこで反応しなくても、いざ本物を目の前にしたらどうなるかしら」
フェリハとダイヴァが顔を見合わせてため息を吐く。
「イローナ様にご相談してみましょう」
ダイヴァが言った。フェリハとラウルは、パッと顔を明るくする。護衛たちに聞いてみると、イローナは温泉の場所にいるらしい。
温泉が出ている場所で、イローナはデイヴィッドとあれこれ議論している。
「ミリーとアル様専用の湯殿は必要よね」
「そうだな。おふたりを他の人と同じ湯に入っていただくわけにはいかない」
「領民用もいるわよ、男女別で」
「それはもちろん。それと、お客さま用か。貴族の方は、他の貴族と共に入浴するだろうか」
イローナとデイヴィッドは同じ角度で首を傾ける。
「どうなのかしら。私は気にしないけどねえ。例えばルイーゼ様が他の貴族女性と一緒に入る気がしない」
「となると、小さ目の湯殿をたくさん作って、個別に入ってもらうようにするか。効率は悪いが」
デイヴィッドが湧き出るお湯を見ながら眉をひそめる。
「少し大き目の湯殿をいくつか作って、使用時間を予約してもらう? そしたら、そんなにたくさん作らなくてもいいわよ」
「それがよさそうだな」
デイヴィッドとイローナは満足そうだ。
「ふたりとも働き者ねえ」
フェリハがニコニコしながら声をかける。
「あら、フェリハ様。皆さんでお散歩ですか?」
「イローナに相談したいことがあってね。実はね……」
フェリハとラウルが不安をぶちまけると、イローナはあっけらかんと言った。
「ミリーに聞いてみたらどうですか? ミリーが決めたやり方なら、アル様も無下にはされないと思います」
「そ、それは。いいのかしら?」
いくらなんでも甘え過ぎでは、とフェリハは感じる。
「大丈夫、ミリーは気にしません。きっと斬新な手を思いついてくれますよ。さあ、聞きに行きましょう」
パッパに似て行動の早いイローナは、さっさと歩き出した。いつもの勉強部屋をのぞいてみると、ミュリエルはソファーに座って編み物をしている。その隣でアルフレッドが小さな声で聖典を読んでいる。
「あ、また動いた。やっぱりこれ赤ちゃんだよ。この子が蹴ってるんだと思う」
ミュリエルはお腹を触って嬉しそうに笑う。アルフレッドもそっとミュリエルのお腹に手を当てた。
「あっ」
アルフレッドが目を丸くする。
「ね?」
「うん、すごい。もう動くんだ」
「アルが聖典読むと元気に動くよ。きっとアルの声が分かるんだね。父さんだよー」
「聞こえるか? 父さんだ」
アルフレッドがミュリエルのお腹に口を当ててささやいた。
心温まる光景に、フェリハたちは部屋に入るのも忘れて、じーんとする。部屋の奥では、ジャックが涙ぐんでいる。
このふたりを邪魔するヤツは、ぶっ飛ばす。フェリハたちは強く思った。
「あれ、みんなどうしたの? 入っておいでよ。赤ちゃんが蹴るんだよ。触ってみる?」
イローナが真っ先に駆け寄って、そうっとお腹に手を当てる。
「イローナだよー。あなたの服はみんなで作ってるからね。男の子でも女の子でも大丈夫。どっちもいっぱいあるからね」
イローナがミュリエルとフフフと笑い合う。
「フェリハです。元気に大きくなってね」
ラウルはお腹には手を当てず、静かに声をかける。
「ラウルだ。もしそなたが女の子なら、いずれ余の妻となってもらいたい。もちろん、そなたが余でいいと思えばだ。それまでに、立派な男になっておく」
みんなドン引きした。
「ラウル、ちょっと、本気なの? 何歳差よ、おかしいよ。目を覚ましなさい。まだ産まれてもない赤ちゃんだよ」
ミュリエルがラウルの肩をつかんでガクガク揺らす。アルフレッドは固まって動かない。
「十三歳差ですね。アルお兄さまとミリーお姉さまは十歳差、ありです」
「ええええーーー」
「ラウル、この子が大きくなるまで、その話は禁じる」
アルフレッドが覚醒して、厳しい目でラウルに告げる。
「はい、もう二度と言いません」
ラウルはきっぱりと言った。アルフレッドとミュリエルは深くため息を吐く。
「あのー、おふたりに折り入ってご相談がありまして」
気まずい雰囲気をなんとかしようと、フェリハが勇気を出して切り出した。フェリハの話を聞いて、アルフレッドは目をつぶった。ミュリエルはアルフレッドの様子を見ながら考える。
「うーん、それは完全に止めるのは難しいんじゃないかなあ。やっぱり美しい人がいたら、見ちゃうよね。アルはかっこいいからねえ」
ミュリエルがしみじみ言って、アルフレッドは頬を赤らめた。
「私がきっちり蹴散らすよ。なんと言ってもアルの妻だからね」
ミュリエルがドーンと胸を叩く。
「ミリーがイヤな思いをするぐらいなら、踊り子は呼ばなければいい」
アルフレッドが言うと、ミュリエルはブンブンと首を振る。
「大丈夫、だって仕方ないよ。素敵な夫を持った妻の宿命だよ。心配しないで、害虫や害獣の駆除は得意なんだ」
ミュリエルは朗らかに笑う。アルフレッドもつられて笑った。なんかよく分からないけど、大丈夫そうだな。フェリハたちはホッとしした。
「踊り子が領地に来たときに、最初にクギ刺しておこう。目の前でリンゴ握りつぶせばいいんじゃないかな。あとは、魔剣をチラつかせるとかね」
フェリハの顔がひきつる。
「あ、宿の玄関に、私とアルの像を置こう。それがいい。それでさ、看板でも立てとこう。『ふたりの邪魔をする者には、怒りの鉄槌が落ちる』ってさ。神のとは書かないから、嘘じゃない」
高らかにミュリエルが笑った。ミュリエルの本気を感じて、なんとも言えない空気が部屋に漂う。イローナはこらえきれずに吹き出した。
「ハハハハ。さすがミリー、そうしよう。魔剣を抱えたミリーとアル様ね。ユーラは彫刻も得意だから、鳥で伝えておくね」
アルフレッドのたっての願いで、彫刻はプロポーズの場面を元にすることになった。あのときミュリエルは魔剣は持っていなかったが、持たせることにする。脅し効果が抜群だ。
魔剣を持った凛々しいミュリエルと、跪いてミュリエルの手を握るアルフレッド。愛情のあふれた目でお互いを見つめるふたり。
彫刻と共にユーラが描いた絵は、ジャックの新作の挿絵となり、大好評を博した。