111.ミランダ
昔から恐れられていた。美しすぎる、人とは思えない、魔物、人心を惑わす、直視できない。私の夫は、たまに冗談まじりで、「ミランダは美の暴力だからなあ」というわね。
普通の顔で産まれたかった。誰かに言ったら卵をぶつけられるわね。でも、本音なのよ。私が貴族に産まれていたら、話はもっと簡単だったわ。どこぞの王族に嫁げばいいんですもの。でも私はただの平民。過ぎたる美は、平民の小娘には重すぎる。
遠巻きに見られ、ヒソヒソされる。ポーッと見つめられることもあるけど、そうすると他の子がその子をからかうのよ。だから、みんなこっそり私を見つめて喜んでるくせに、人前では私を蔑むの。「魔女」ってね。
「見ろよ、魔女が歩いてるぜ」
「なんだよあのスカート。ちょっと膝が見えたぞ。誘ってんのかな」
「やめとけ、ヒキガエルにされるぞ」
いっそ、全員ヒキガエルにしたいわ。
でも残念ながら魔法なんて使えないの。外見以外は普通なんだもの。頭もよくないし、刺繍も得意じゃない。私が農作業すると、作物が枯れるのよね。家畜は私を見ると後ずさりするし。やっぱり魔女なのかしら……。
ちっとも役に立たない娘だけど、両親はかわいがってくれた。両親はふつうの顔なのよね。不思議だわ。父さんと母さんのいいところだけを集めてギュッとすると、私の顔になるんだって。母さんが言ってた。
そのうち、絵描きが私を描かせてくれって来るようになった。私の顔で女神を描いたりしてたわ。お金をたくさん払ってくれるから、うちの暮らしは楽になった。それも村の連中には気に入らなかったみたい。私が体を売ってるってウワサされたわね。
そういうこと言ってるヤツがいたら、容赦なくひっぱたいたわ。だって、黙ってたら、それが本当になるじゃないの。下卑たことを言う男もいたわ。うんざりよ。
流行り病で両親があっという間に亡くなったとき、村の人は私の呪いのせいだって言ったわ。でも、もうどうでもよかった。遠縁のボリスおじさんから、ヴェルニュスに来ないかって手紙をもらったけど……。どうやって行くのよ。馬でひとり旅なんてしたら、ひどい目にあうわ。
いっそ顔に傷でも入れようかしら。勇気がなくてウジウジしていた。そんなときよ、レオに出会ったのは。輝くような青年だったわ。目がキラキラしてるの。色んなものを見るのが嬉しくてたまらない。子どもみたいな目。
レオは私を見て、雷に打たれたみたいになった。そして、「なんて美しい」そうつぶやいたのよ。私を美しいって言ってくれたのは、両親と絵描きだけだった。
レオはすぐさま私に求婚したわ。私を見て、喜びで震えてるの。嬉しかった。自分の美貌を誇らしく思えた。
レオに連れられてローテンハウプト王国に旅立った。村の男どもは、
「実はミランダが好きだった」
「行かないでくれ」
「俺と結婚してくれ」
って言ってきたわ。私は冷たい目で言ってやった。
「今さら言ってももう遅いのよ。バーカ」
バカなやつら。好きな子に好きって言えないんじゃあ、話にならないわよ。レオはずっと言ってくれるもの。私の笑顔が好き、柔らかい髪が好き、ミランダの全てが好きって。
私はレオの目が好き。レオが私を見つめる目が好き。私のことを愛してるって、強く伝わってくる目が好き。
ローテンハウプト王国の王都はとても素敵。私のことをジロジロ見る人もそれほどいない。だって、王都には美人があふれているもの。ここなら私も普通に過ごせる。
レオは約束通り、買い物に連れて行ってくれた。ドレスに靴、バッグに宝石、なんでも買ってくれたわ。お姫様みたいな衣装で結婚式もあげたの。大きなお屋敷、料理人に使用人。信じられないぐらいの贅沢だわ。
「ミランダ、美しい君をさらおうとするヤカラが出るかもしれない。外出するときは護衛をつけてね」
大きな女の護衛と、小さな女の護衛がついてくれたわ。ふたりともすご腕なんですって。
「男の護衛だと私がイヤだから。腕利きの女性にしたよ。彼女たちは信じて大丈夫だ」
「レオ様には家族を助けていただきました。奥様のことは命にかえてもお守りします」
「まあ、ありがとう。そんな恐ろしいことが起こらないことを祈るわ」
そんな恐ろしいことは割とすぐ起こった。
帽子を買いに行ったら、店にいた高位貴族の男につきまとわれて、さらわれそうになった。私の護衛があっという間に貴族とその護衛たちを倒してしまった。平民が貴族に歯向かうなんて、もってのほか。
「どうしよう。怖い」
震えている私と打って変わって、護衛ふたりは落ち着いている。
「奥様、ご心配なく。レオ様が全て良きように取り計らってくださいます」
護衛たちはお金を店主に握らせて、さっさと私を屋敷に連れ帰った。その晩、少しやつれた顔をしたレオが帰ってきて、私を抱きしめたの。
「ミランダ、無事でよかった。貴族のご夫人方にお話してきたよ。私たちの純愛は貴族夫人たちに気に入られてね。うまく根回ししてくださるそうだ。これからは、ミランダに手出しする貴族はいない」
「でも、あの男、侯爵って言ってたわよ」
「大丈夫。貴族のご夫人たちは、サイフリッド商会の商品がお気に入りだ。色んな貴族と取引きがあるから、守ってもらえる」
「そうなのね、よかった」
そうは聞いても、やっぱり怖い。店に買いに行くのはやめて、商品を屋敷に持ってきてもらい、気に入ったら買うことが多くなった。
レオは出張が多い。
「ミランダ、寂しい思いをさせてごめんね」
「あら、いいのよ。気にしないで。その代わり、レオが一番素敵だと思ったものをお土産に選んでね」
そうすると、レオは安心して旅立つ。レオがいないと寂しい。でもそんなこと言っても、どうしようもない。ついて行ったら足手まといになるじゃない。どうせろくでもない男にからまれて、レオを困らせることになるわ。
レオが帰ったときに、キレイだって言ってもらえるよう、がんばることにする。少し運動したり、体にいいものを食べたり。少しは教養も身につけなきゃって、詩集なんかも読んでみる。詩集を読むとすぐ眠くなっちゃうんだけど。
そうこうしていると、レオが荷馬車いっぱいのお土産と共に帰ってくる。
「これは海の向こうの小さな部族から買ったんだ。砂漠の星」
不思議な形の小さな石。空から落ちてきたんですって。
「これは海の民にお願いしてとってもらった珊瑚」
血のように赤い珊瑚。木の枝みたいに見えるけど、触るとしっとりしている。
「アッテルマン帝国の緑の宝石でできた髪飾り」
小さな銀のクシに緑色の雫のような宝石が垂れ下がっている。レオが私の髪にさしてくれる。
「ラグザル王国の踊り子人形」
フワフワしたスカートを履いた、かわいらしい人形。今にも踊りだしそう。
「どれも素敵だわ。レオ、ありがとう」
私が微笑むと、レオはまぶしそうに私を見つめる。どんなお土産より、そうやって私を見つめるレオの目が嬉しい。
「レオ、私はあなたの目が好きよ」
「ミランダ、私も君の目が好きだ。君が私の目を見て、幸せを感じているのを見ると、私も幸せだ」
「あら、気づいてたのね。レオが美しい品を見てるときの目。私を見てるときの目が好きよ」
ふたりで笑い合う。子どももでき、私たちは幸せだった。
ムーアトリア王国の件は、レオの目の輝きを奪った。夜中に何度もうなされて飛び起きるレオ。私の目を見ると、少し落ち着いてまた寝るの。
たくさんあったレオの髪はどんどんなくなっていった。食べる量が増えて、細かったレオは丸くなった。でも、そんなことはどうでもいいの。レオの目のキラキラさえ戻れば。
たまに言われるわ、「旦那さん、昔はかっこよかったのにねえ」って。そういう失礼なヤツには、微笑みながら言ってやるの。
「レオの良さは外見だけじゃないもの。あの人は魂が美しいのよ。それに、美しい外見が見たければ、鏡を見ればいいだけだわ。正直、美貌は見飽きてるのよね」
そうすると、皆すごすごと引き下がる。私のレオをバカにするヤツは許さないわ。美の暴力で黙らせるの。
少しずつレオの目は元に戻り、イローナが大きくなるにつれて、レオがうなされることも減った。家族で笑えば、レオも元気になる。
次男のデイヴィッドは私とそっくり。この子にレオみたいな素敵な相手が見つかればいいけど。でないとこの子、家でしか笑えない。
家族で出かけると、たまに面倒なことが起こるのよね。王都でのシツケがされていない地方の貴族とか。なんとかして私に取り入ろうとしてくるのよ。うっとうしいったらありゃしない。そこでね、私とデイヴィッドがいい技を発見したの。
「ホホホホホホ」
「ハハハハハハ」
私とデイヴィッドがふたりで笑うと、すごく目立つのよね。ハトの群れにパンくずあげたときみたいな感じ。あっという間に人に取り囲まれるわ。そうすると、貴族もひどいことはできないじゃない。意外と役に立つわ、私たちの笑顔。
そして、ミリー様が現れたわ。ミリー様は私たち家族を救ってくれた。イローナを、そしてレオを。私もそろそろヴェルニュスに行ってもいい頃だわ。イヤな思い出が多い元ムーアトリア王国の地だけど。やっぱりミリー様に直接ありがとうって言いたいもの。
学園でつまらなさそうにしていたイローナと、友達になってくれてありがとう。ヴェルニュスの民を救ってくれてありがとう。レオが職人の家族を見つけるきっかけを作ってくれてありがとう。たくさんお礼しなきゃ。
もうすぐレオが帰ってくるわ。大きなワシが手紙を届けてくれた。早く会いたい。あの目を見たい。もう陰ることのないキラキラの目を。