110.出たー
パッパは翌日、王都に向かって出発することにした。
「王都で色々手配してきます。熟練の大工と支配人候補を探しますね」
「パッパ、俺も一緒に行ってもいいか? 奥さんとパッパの前で歌う約束を果たしたい」
クルトが勇んで問いかける。クルトはもう歌える自信がついた。
「もちろんですとも」
「私も一緒に行くからね」
ニーナは強く言う。クルトは少し驚いたが、嬉しそうに笑う。
「では、俺も行くか。ニーナと俺なら、小規模の人形劇になるな。新しい背景は王都で描くか」
ユーラが続く。
「俺は一緒には行けない。人形をもっと作らないといけないし。ミリー様の遊び場も考えないと。小さな操り人形を渡しておくから、なんとかやってくれ」
ヨハンは人形を木箱に詰めて、クルトに渡した。
「小屋ではなく、小さな箱ぐらいでいいだろう。向こうの職人に話せば、作ってくれる。なんかあったらジャスティンに言え。パッパの長男だ」
「ああ、そうだな。パッパは奥さんと一緒のときは仕事はしないから」
ユーラがしみじみ言う。パッパは照れながら笑った。
「昔、妻に怒られましてね。そのとき約束したのです。妻といるときは仕事はしないと。もちろん緊急事態のときは別ですが。最近はほとんど王都にいないので、妻との時間は貴重なのですよ」
一行は慌ただしく旅立った。
パッパたちが去った後、職人たちは宿のことで頭がいっぱいだ。デイヴィッドとヨハンとウィリアムはよく三人で散歩するようになった。歩いていると、いい考えが思い浮かぶのだ。
「水、水をどうするか……。井戸を近くに掘るか、それとも川からひくか」
一緒に散歩をしてても、デイヴィッドは思考の海に沈み、会話はしない。ブツブツとつぶやいている。ヨハンはウィリアムに、森での遊びを聞く。
「ツルってのは、屋内にも生やせるか?」
「いや、無理だよね。ツタなら生やせるけど、ぶら下がれないよ」
「ツタを切って、屋内に垂らすか?」
「だったら普通に綱でいいんじゃない?」
「そうだな、綱でいいよな」
考えることが多すぎて、ヨハンは混乱している。ウィリアムが冷静なので、ヨハンも少しずつ落ち着いてきた。
「登ったり滑ったり、落ちたりか。どうしたものか」
「そんなに難しく考えなくても、大きな岩でも置けばいいんじゃない? 子どもはなんかあれば、よじ登るよ」
「そんなことでいいのか? 木を組み立てたものでもよければ、色々できそうだが」
ヨハンはもっと壮大な仕掛けを考えていたので拍子抜けだ。
「木のクイを高さを変えて置いてるだけでも楽しいよ。綱かなんか、つかまるところがあるといいな。そしたら、クイからクイに歩いていける」
「そんなのでいいのか」
ヨハンはあからさまにホッとした顔をした。
「そんなんでいいよ。木の橋とかでもいい。ゆらゆら揺れてワクワクするよね」
「ははーん」
なんとなく見えてきた。ヨハンは目を細める。
「ちょっと高いところに小屋作って、ハシゴで上り下りできるといいな。綱で降りたり」
「小屋からバケツおろして、中にお菓子入れてやって、子どもたちが自分で引っ張り上げるのはどうだ? 高いところで食べるお菓子、うまいに違いない」
「それ最高。僕もやりたい」
「壁に出っ張りつけたら登れるな。下にはベッドのマットでも置けばいいだろう」
ヨハンはだんだんいつもの調子が戻ってきた。
「木馬と木の球か。それは簡単だ。もっと斬新な何か……。高いところから飛び降りて、網で受け止めるか。それなら痛くないし、ハラハラドキドキするだろう。安全性はウィリーに試してもらうか」
「最初は僕でいいけど、完成までに普通の子で痛くないか試してね。僕とハリーに合わせると、お貴族様にはキツイと思うよ」
「確かに。ラウル様もおっとりしてるもんなあ」
ヨハンはいかにも育ちの良い、おぼっちゃま、いや、王子様を思い浮かべて納得する。
「大きい子には難し目、小さい子には簡単に。大きい子用は僕が退屈だなって思うぐらいで、ちょうどいいんじゃないかな。小さい子用は、ここの子どもたちでできるぐらい」
「貴族の坊ちゃんたちだもんな。ウィリーやハリーみたいには動けないだろう。よし、なんとなく見えてきたぞ。図面書いて、模型作って、あとは大工仕事が得意なやつらに手伝ってもらおう」
ヨハンは目処がついたので、元気になった。早く図面を引きたくてウズウズする。デイヴィッドはまだブツブツ言っている。
「水……」
ワウッ 急に犬が吠えた。
「なんだよアオ、急に吠えないでよ。ビックリするじゃないか」
アオがウィリアムの上着を噛んで、グイグイ引っ張る。
「わーやめてー。買ってもらったばっかりなんだよ。破ったら母さんに怒られる」
ウィリアムが悲鳴をあげる。
「どっかに連れて行こうとしてるんじゃないか?」
ヨハンの言葉にウィリアムはアオを見る。しっぽをパタパタ振って、早く早くと言わんばかりだ。
アオが駆け出し、ウィリアムは全速力でついていく。ヨハンとデイヴィッドは必死で走るが全く近づけない。みるみる引き離されていく。
「あいつら、少しは大人を労われよ」
ヨハンとデイヴィッドが汗だくになってようやく追いついてみると、ウィリアムとアオが地面にうずくまっている。下を向いて石を触っていたウィリアムがふたりを見上げた。
「お湯が出てる」
ウィリアムの目はまんまるだ。ウィリアムの足元の石の隙間から、ポコポコと水が湧き出ている。
ヨハンとデイヴィッドも急いで手をつけてみた。
「あったけー」
「温泉だ」
デイヴィッドは少し指をなめて言った。
「ここに温泉宿を作ろう。女湯、男湯を分けて、子ども向けに浅い水遊び場も作ろう」
デイヴィッドが喜色満面で立ち上がった。
「これでミリー様のご希望に沿える」
「忙しくなるな」
「ああ、本格的な冬が始まる前に、ある程度は掘って簡易的な小屋は建ててしまいたい。ミリー様が温まれるし、洗濯にも使える」
「早速ミリー様とアル様に相談だ。しっかし、ヴェルニュスでお湯が出るなんて、聞いたことがない」
ヨハンは手を上げて空を見上げる。
「ミリー様のおかげだろう。石から魔剣が出るのだ。何が起こっても不思議ではない」
「すげーなー。信じられないことが次々起こる」
「二十年間、悪いことが多かったんだろう? これからは、きっといいことが多くなるんじゃないか?」
「そうだといいなあ」
ヨハンがしみじみ言った。
いつも誤字脱字報告をありがとうございます。
なぜ毎日間違えるのか……。
すみません。