109.それぞれの魅力
「宿の場所はどこにしましょうか。なるべくお城の近くがいいですが」
パッパが窓の外を眺めながら考え深げに言う。ダイヴァが遠慮がちに声をかける。
「あの、私の一族の屋敷が、街の中心部近くにあります。もしよければ、そこを使ってください。もう一族は私と息子だけですし」
「まだ日は暮れてないですね。早速見に行きましょう」
ぞろぞろと連れ立って屋敷まで歩いて行く。ミュリエルもアルフレッドとゆっくり歩きながらついて行く。聖典のおかげで、ミュリエルのツワリはほとんどなくなり、普通に生活できるようになったのだ。
ダイヴァが荘厳な屋敷の前で止まった。
「ここが私の屋敷です」
「思っていたより大きいですね」
パッパが目を丸くする。ミュリエルは心配そうに聞いた
「ダイヴァ、本当に宿にしちゃっていいの?」
「はい、大丈夫です。私と息子ふたりで住むには大きすぎます。今はお城に住まわせていただいていますし。今後もしお城を出る必要が出てきたら、もう少し小さな家に住みたいと思っております」
「ずっと城に住んでいいからね」
ミュリエルはダイヴァに優しく伝え、ダイヴァは微笑む。ダイヴァは鍵を開けると、皆を中に案内する。天井が高く、上品な色合いの壁、どっしりと重厚感のある家具。イローナがうっとりして何度もため息を吐く。
イローナが家具や壁紙を眺めている間に、デイヴィッドは紙に屋敷の見取り図を書いていく。ユーラが感心した様子でのぞき込んだ。
「デイヴィッド、見取り図が描けるのか。意外な才能を持っているな」
「普通の絵は描けませんよ。仕事に必要なものだけです」
パッパはデイヴィッドの図面を見ながら何か思いついたようで、ポンっと手を打つ。
「一区画はミリー様の遊び場にしましょう。ミリー様、何かご要望はありますか?」
「遊び場? てことは、子どもと一緒に遊べる感じにしてもいいの? ブランコとかあるといいなあ」
「姉さん、そういう意味の遊び場じゃないと思うけど」
ウィリアムがミュリエルをつつきながら、小声で言う。パッパは朗らかに笑った。
「いえいえ、素晴らしい案だと思いますよ。子どもと大人も楽しめる遊具がたくさん置いてある宿、新しい、実にいい。ミリー様、他にどんな遊具をお望みでしょう?」
「木馬は外せないよね。森みたいに、登ったり滑ったり、ツルにぶら下がったりできるといいな。子どもが落ちても大丈夫なように、床はフカフカにしてほしい」
デイヴィッドが目を輝かせながらせっせと紙に書き留める。
「乳児、幼児、少し大きい子の遊び場は分ける方が安全だと思う。特に、歩けない小さい子は、別室にしないと」
「分かりました。他にはありますか? 言うのはタダですから、なんでもぜひ」
デイヴィッドの言葉にミュリエルが考え込む。
「夏になったら水遊びができるといいな。子どもは水遊びが大好きだから」
「それは屋内ですか? それとも庭?」
「両方あるといいよね。暑い日は屋外の方が気持ちいいし。雨だと屋内で遊べるといいよね」
「なるほど。水をどうするか……。井戸から持ってくるのは非効率だが」
デイヴィッドがブツブツつぶやく。
「あ、そうだよね。無茶言ってごめんね」
「失礼しました。ひとり言です。今のうちに無茶を言ってください。後からだと大変ですが、今なら色んな可能性を探れますので」
「そう? 子どもは飛び跳ねるのも好きだから、ツルにつかまってビョーンと上に飛んだり、落ちたりできると喜ぶと思う。あとは、木の丸い玉がいっぱいあると、転がして遊ぶよ」
「分かりました。いずれ、ミリー様のお子様も遊ぶことになりますので、万全の注意を払って計画しないと」
デイヴィッドが書き留めた紙を見ながら、真剣な目をする。
「子どもはなんでも口に入れるからね。小さい玉は絶対ダメ。口に入らない大きさね」
デイヴィッドはせっせと紙に案を書き殴っている。
「ミリー様のところがそんなに楽しいなら、アッテルマン帝国風の場所に客が入らないわねえ。どうしようかしら」
フェリハが難しい顔をして、ミュリエルを見つめる。フェリハはパッと目を輝かせた。
「うちの踊り子を呼ぶわ」
「いいね」
「扇情的なのはダメです」
ミュリエルとアルフレッドの声がかぶった。
「分かりました。肌の露出のない、健康的な踊りにしましょう。みんな来たがると思うわ。何ヶ月おきかで踊り子を変えればいいかしらね。母さまに相談しないと」
フェリハがウキウキしている。
「では、ラグザル王国は剣舞ができる女性を呼びます。あ、もし許可が出ればですが」
ラウルがミュリエルとアルフレッドを見る。ふたりはダイヴァを見た。
「剣舞はまだ少し刺激が強いと思います……」
ダイヴァは眉をひそめて言った。ラウルは慌てて謝る。
「すまぬ、配慮が足りなかった。剣舞はやめます。刺激が強くない、我が国の印象が良くなるもの……」
ラウルは困った顔をして考えこんでいる。ラウルの侍従がコソコソとラウルにささやく。
「おお、それがあったか。では、バレエの踊り子を呼びます。女性だけにしますね」
「ラグザル王国のバレエとアッテルマン帝国の踊り、間違いなく話題になりますな。踊り子への給料は、鑑賞券の売上から支払いましょう。割合についてはまた別途決めましょう」
パッパがホクホクしている。
「私、バレエって見たことない。楽しみだなあ」
ミュリエルも満面の笑みを浮かべる。
「バレエの人形はかわいいのです。ミリーお姉さまにお贈りします。あ、もしアルお兄さまがよろしければ」
「人形はね、アルが作ってくれるから。それ以外がいいな」
ミュリエルはあっさり断った。ラウルは少し肩を落とす。
「ラウル、ミリーにはラグザル王国のお菓子を贈りなさい」
「はい、そうします」
ラウルは元気よく答えた。
「ヨハン、バレエ人形の作り方を教えてくれるかい?」
「はい、もちろんです」
嬉しさを隠し切れないアルフレッドが、早速ヨハンに依頼する。ミュリエルの人形は着々と増えていき、アルフレッドの腕も順調に上がっている。
「もし何かあって、平民落ちしても、人形を作って売ればミリーを食べさせていけるな」
アルフレッドの言葉にミュリエルは目をパチクリさせる。
「そんなことは起こらないと思うけど。もしそうなったら、狩りして毛皮売ろうよ。だって、アルの人形は私専用でしょう?」
「そうだった。人形はミリーにしか作らない。僕たちの子どもには作ってもいいよね?」
「うん、それは大丈夫」
堂々とのろけるふたりを、領民は暖かく見守る。宿を開けるまでに、やることがいっぱいだ。生きるのに精一杯だった以前に比べ、新しい仕事が次々わいてくる今のなんと幸せなことか。冬の手仕事で、宿に必要な物は作ってしまおう。皆のやる気がみなぎった。