106.一丸となって準備
「歌は『草をはみ』でいいよな?」
クルトが確認すると、職人たちは一様に頷く。
「ああ、あれがミリー様にピッタリだと思う」
「では音楽はゲッツとクルトに任せるとして、舞台の大きさをどれぐらいにするかだ」
ユーラがアゴに手を置いて考え込む。ヨハンや他の職人が次々と意見を出す。
「操り人形でいいよな? となると、二人か、多くて三人ぐらいが操ればいいと思う。それ以上になると、複雑すぎる」
「ひとり用のベッドぐらいの舞台装置でいいのか? ミリー様たちには椅子に座ってもらうから、舞台の土台を高くしないと」
「その上に人が三人乗るんだろう? 頑丈に作らないと危ないぞ」
「かなり大掛かりになるな、息子たちに応援を頼もう」
部屋の中で、立ったり座ったりしながら、舞台の大きさを話し合う。
「操り人形は木の人形に糸をつけるつもりだ。色もつけるし、衣装も縫わなければ。ウィリーに手伝ってもらっても、ひと月はかかるぞ」
ヨハンの言葉に皆がうなる。
「冬仕事はほぼ終わった。女性たちにも手伝ってもらおう」
「それならなんとかなるか」
「しばらく毎朝、打ち合わせをしよう」
「腕がなるな」
職人たちが妻や子どもに話すと、あっという間に領民に知れ渡った。
「もちろんアタシたちも手伝うさ」
「ミリー様たちにはお世話になりっぱなしですからね」
「ミリー様のツワリがおさまるなら、毎日やってもいいんじゃない?」
女性たちは大張り切りだ。料理人たちも負けてはいない。
「人形劇を見ながらつまめるお菓子を用意します。食べても音がしないものにしますね」
「ミリー様には内緒でいいんですよね? もちろんアル様にご相談した上で、ですけど」
「そうね、ミリー様にビックリしてもらいたいもの」
女性たちはさっさとアルフレッドの許可を取り、大広間を使わせてもらえることになった。大広間にオルガンが運び込まれ、ゲッツは早速弾き始めた。それに合わせてクルトが小声で歌う。まだ、本調子ではないが、咳き込むことはなくなった。
領民たちは大広間の広さを歩きながら確認する。
「ここ、二千人入れるんだって」
「じゃあ、領民全員入れるな」
「でも、後ろの方は舞台が見えないんじゃない?」
大広間の奥に行って、向こう端を見てみる。
「豆粒大だね……」
「まあ、どうせ事前に何度も見るわけでしょ? 本番までに練習しまくるよね?」
「あ、そっか。じゃあ、いいや。アタシは後ろでいい。ミリー様たちの反応が見られれば十分」
「そうね」
ユーラは息子のカシミールとどういう背景にするか話し合う。
「細かい絵は、見えないよね」
「そうだな、主役は人形と音楽だ。それを邪魔しないことが大事だ」
「狩りの場面は森や野原を描けばいいね」
「あとは城壁か。思ったほど描くものがないかもしれない」
「ミリー様が石を投げる瞬間は、背景を白と金色にすると映えるかも」
「なるほど、それはいい考えだ。ヨハンと相談しよう」
ユーラとカシミールがヨハンの仕事場を訪れると、人であふれていた。
「どうしてこんなに人が多いんだ」
「ヨハンが一番大変って聞いたから、手伝いに来たのよ」
手伝い希望の人たちをかきわけて、ふたりは中に入る。ヨハンが血走った目で紙に書き散らし、ウィリーは黙ってそれを見ている。
「ヨハン、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえ、ちょっと待っててくれ」
ヨハンの様子を見て、ユーラは待っている人たちに声をかけた。
「まだ時間がかかりそうだ。終わったら呼ぶから、別の仕事を探してくれ」
「はーい」
「舞台装置の手伝いにでも行くか」
静かになった部屋で、ヨハンのうめき声が響く。
「何をそんなに悩んでいるんだ」
「人形の大きさと、何を作るかだよ」
「なるほど。披露するのは大広間だ。二千人入れる部屋だ」
「二千人! なら、大き目の人形にしないと、後ろから見えないな」
ヨハンは目を見開く。
「いや、そこはそれほど気にしなくていい。前の方がしっかり見られればいいだろう。領民はその場の雰囲気だけ味わえれば十分だ。どのみち、いやってほど練習で見るしな」
「そうか。それなら、俺の胴体ぐらいの大きさにするか」
「それでは、ニーナが動かせないのでは?」
「確かに」
ヨハンがまたウンウンうなり始めた。目を閉じて考えていたウィリアムが、パッと目を開ける。
「下半身は服でごまかせばいいんじゃないかな?」
「ウィリー、お前すごいな。それで行こう。上半身もなるべく重さを控えて、でも大きく見えるようにしよう」
ヨハンは紙に人形の構造を描いていく。
「ミリー様、アル様、羊にヤギに鹿か。魔剣が出てくる場面もやるよな、てことはフクロウに乗ったミリー様の人形も必要か。犬もいるし。果てしないな」
「ヨハン、魔剣の場面は影絵で処理しよう。全て木で作っていたら、年を越してしまう」
「影絵、そうか。それなら既に作ってある小さな人形で代用できる。ユーラ、お前すごいな」
ヨハンはポンっと手を打って、ユーラの背中を叩く。
「さらわれた件はなしな。アル様が、あれは機密だからって仰ってた」
「おお、よかった。変態の人形は作りたくない。最後の場面は領民全員がミリー様とアル様を囲んで踊ることにしよう。え、俺、領民も作るの?」
ヨハンがサアーッと青ざめる。
「いや、それは背景でなんとかするから。二、三人でいいだろう」
ユーラの言葉にヨハンは胸を撫で下ろした。
「よし、それならなんとかなりそうだな。なるべく早く仕上げて、ニーナたちが練習する時間を多くとりたいしな」
「そうだな。ニーナ以外は誰がやるんだ?」
「ウィリーとセファでいいんじゃないか? 小さい方が乗りやすいだろ」
「僕?」
「がんばれ」
「ええー」
ウィリアムの悲鳴は軽く聞き流された。セファは喜んで引き受け、そわそわウキウキしながら執務の手伝いをしている。そのセファを、フェリハとセルハンが嬉しそうに見ている。平和である。