100.信仰とは
「狂信者とは具体的に何を信じているのだ?」
アルフレッドがセルハンに聞く。
「詳しくはまだ分かりませんが、古代の聖典を唯一とする組織のようです」
「聖典? それは何の神の聖典? まさか太陽神と大地の女神ではあるまい?」
「いえ、太陽神と大地の女神です」
「それはおかしい。太陽神が直々に聖典崇拝はやめるように神託を出されたではないか」
「そうなの?」
ミュリエルは初耳だ。
「数百年前、聖典の解釈を巡って様々な宗教派閥ができてね。それぞれが覇権を争い、戦争になった。幾多の命が奪われ、太陽神が怒りの鉄槌を直々にお下しになったと伝えられている」
「え、そんなの初めて聞いたよ」
「余は、帝王教育の一環で聞いた」
「私も後宮で教わったわ」
「へえー」
ラウルとフェリハは知っていたようだ。フェリハが続ける。
「戦場に、濃い茶色の髪をなびかせ、鮮やかな緑の目を持つ男が、双頭の鷲に乗って現れたんですって」
「えっ」
「アッテルマン帝国でロバート様が、太陽神の御使いとすんなり信じられたのは、そのためです」
「いや、父さんは何も考えてないから。かっこつけてフクロウに乗っただけだから」
驚くミュリエルにフェリハは追いうちをかける。
「まあねえ、でもタコ母ちゃんまで味方につけちゃいましたから。ロバート様は狙われるかもしれません」
「ええっ」
「ミリー、大丈夫だ。王都の精鋭部隊をお義父さんの側につけている。それに、お義父さんのところは、全領民が手練れの戦闘部隊みたいなものだろう? 大丈夫だよ」
アルフレッドがミュリエルの肩を抱いた。
「そうね、むしろヴェルニュスの方が危ないんじゃないかしら。現に、ミリー様とラウル様はうちのバカたれにさらわれたわけですし。ごめんなさいね!」
フェリハが大きな声で謝って深く頭を下げた。
「いえ、あれは私が不注意だったの。これからは気をつけるね」
「精鋭部隊はここにも来ているから。護衛をつけていれば大丈夫。おそらく」
アルフレッドは最後はやや自信なげに言う。万全の態勢を軽々と超えるのがミュリエルである。
「話を戻すが。数百年前に戦場に現れた太陽神が、仰ったのだ。神の名を使って戦をするな。今教会にある聖典を破棄し、今後は口伝のみにしろ。市井に広まってる聖典はそのままでいいが、聖典に優劣をつけるな。他者の信仰に口を出すな」
ミュリエルは情報が多くて少し遠い目をする。後でもう一度説明してもらおう、そうこっそり思った。
「それが不可侵の四原則と言われている。それ以来、宗教戦争は起こっていない」
「だから国毎に信仰の仕方が違うんだね?」
「どうやら神は、そこについてはおおらかなようだね」
フェリハとラウルが顔を見合わせる。
「そうねえ、でも加護が一番強いのはローテンハウプト王国だと思うわ。結局、素直に太陽神と大地の女神を敬うのがいいのよ」
「うむ、余も父上にそう進言しよう」
「狂信者はどうすればいいの? 来たら返り討ちでいい? それとも探して全滅させる?」
ミュリエルが物騒なことを聞いている。ネズミは出たらすぐ駆逐、それがミュリエルの指針である。
「情報は集めさせる。聖典を唯一とするところの意味が分からない……。基本的には待ちの態勢でいいと思うが。今のうちにラグザル王国、アッテルマン帝国と三カ国で不可侵条約を結びたい。そうすれば、情報が早く集められるし、共有もしやすい」
「うちは全く問題ないと思うわ」
「我が国も問題ないと思います」
フェリハとラウルはあっさりと同意する。
「では、これをラウルの手柄にしなさい。そうすればラウルの王位継承は安泰だ。後押ししよう」
ラウルは立ち上がってアルフレッドにきっちりと頭を下げる。
「アルお兄さま! ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
「ああ、そうしてくれ。間違っても攻めてこないように」
「はい。決して侵略いたしません」
「では条文の草案を、じい先生と一緒に書きなさい。セファも手伝ってあげて」
「はい」
アルフレッドはニコニコと将来有望な若者たちを見つめた。ミュリエルは考え込んでいる。
「早馬以外の方法で情報共有できればいいのにね。馬だとどうしても時間がかかっちゃうから。腕輪を使ってもいいかな?」
「いや、国家機密を腕輪でやりとりするのは困る。緊急事態なら仕方ないけど」
アルフレッドが少し困った顔をする。ミュリエルは腕組みをした。
「そっかあ。馬より鳥の方が速いよね? フクロウに頼んでみようか?」
「それができると確かにありがたい。馬は人が乗らなければいけないから、どうしても時間がかかる。山や湖があると迂回しなければいけないし」
「聞いてみるね。シロー」
ミュリエルは窓を開けて叫んだ。すぐにフクロウが飛んでくる。
「シロ、大変なの。森の娘の生き血をすする変態集団がいるんだって。私も狙われちゃうかも。王都とアッテルマン帝国とラグザル王国とで、早く手紙のやり取りしたいのね。できそうな鳥を誘ってきてくれないかな? ごはんはたくさん用意するから」
フクロウは首を傾けながら聞いていたが、最後にホッとひと声鳴いて飛び立った。
しばらくすると、部屋が暗くなった。窓ガラスがビリビリと音を立てて震える。
「な、なにごと?」
フェリハが怯えてセファを抱きしめた。
バサッ フクロウがバルコニーに降り立つ。皆が外を見ると、大小様々な鳥が空を埋め尽くしている。
「うわー、すごいいっぱい。ごはん足りるかなあ」
「ホッホー」
セファとフェリハは抱き合って震えている。全く動じてないハリソンはフクロウの言葉をミュリエルに伝える。
「ミリー姉さんがトウモロコシの粒を撒いてあげれば、それでいいらしいよ」
「ええーそんなんでいいの? トウモロコシはたくさんあるからいいけど」
「ミリー姉さんが撒けばなんでもいいって」
「へー、分かった。古いパンとかでもいいなら、ごはんはなんとかなりそうかな。手紙はどうしようね。足に布巻いて、その中に手紙入れればいいかな?」
イローナがドンと胸を叩いた。
「ミリー、そこはアタシに任せて。職人に鳥の足につける筒状の何かを作らせるわ。カギとカギ穴もつけましょう。カギを持っている人しか開けられないようにすれば、少しは安心だもの。まあ、鳥を捕まえられて、筒を力任せに叩き壊されたらどうしようもないけど」
イローナが考え込む。アルフレッドがすかさず案を出した。
「暗号を決めよう。情報漏洩を完全に防ぐことはできない。たまに誤情報を混ぜればいいから、大丈夫。ラウル、セファ、いい機会だから運用方法と暗号を考えてみなさい。じい先生、よろしく頼みますよ」
「はい、お任せください、殿下」
じい先生は育児放棄の悪評を挽回しようと真剣な目で答える。
「パッパにも任せてください」
アッテルマン帝国の港でパッパが叫んだ。
三国間での鳥連絡網が間もなく整うであろう。