第88話 呪いの家2
ミカは呪われた家の玄関先で、”幽霊”を相手に有効な戦闘方法を考える。
(……とは言っても、見当すらつかないな。 そもそも何なんだこいつら?)
透けてはいるが、視認できるほどはっきりと形を成している。
顔らしき物も判別がつくし、姿形は人に近い。
先程こちらを覗いていた”幽霊”はミカたちを見ていたが、エントランスにいる他の”幽霊”はただそこにいるだけ。
ぼ~……と佇んでいる。
ミカは”幽霊”に効くか試すために”火球”をぶつけてみたりしたが、特に反応を返さない。
(襲って来ないって訳じゃないんだろうけど、思ったよりもぜんぜん大人しいな、こいつら。)
ミカは半分だけ開けた扉から、半歩だけエントランスに足を踏み入れた。
その瞬間、エントランスにいた”幽霊”たちが一斉にバッとミカの方を振り向く。
「ぅひっ!?」
あまりにホラーな光景に、ミカはピューッと一目散にケーリャの後ろに隠れる。
「ア”ア”ア”ア”アアアァァ……ッ!」
「オ”オ”オ”オオオオオォォォ……ッ!」
「ガァァァアアアーーーーーーッ!」
それまでまったく反応しなかった”幽霊”たちが、敵意剥き出しで玄関に殺到して来た。
だが、外には出て来れないのか、実際に襲ってくることはなかった。
(こえー! まじこえー!)
ミカはがたがた震えながらケーリャの足にしがみつき、玄関の様子を恐るおそる見る。
そんなミカを、ケーリャとトリュスは生温かく見守る。
「ほ、ほほ、本当にこいつら、外には出ないんですか!?」
震える声でミカが聞く。
「絶対ではない。 だが、日の光を浴びれば”幽霊”にもダメージがいくようだ。 余程の理由がなければ出て来はしないだろう。 ……たぶん。」
最後の「たぶん」に大きな不安が残るが、トリュスは出てくることはないだろうと言う。
ミカは勇気を振り絞り、玄関に殺到した”幽霊”たちに近づく。
透けていて数が把握しにくいが、おそらく五~六体ほどいそうだ。
唸り声を上げ、懸命にミカに襲い掛かろうとしている。
(……ま、まあ、襲って来ないのが分かってるなら、映画やお化け屋敷みたいなもんだよな。)
ホラー、オカルト、スプラッター、サイコなど、ミカは怖い系の映画は結構好きで、それなりによく観ていた。
有名どころは勿論、B級にまで手を出すほど。
仕事で疲れている時は、よく観ながら居眠りしてしまったものだ。
目の前のモニターには血飛沫が飛び、イヤホンからは悲鳴が大音量で流れているというのに。
「…………。」
しかし、よくよく考えれば、こんな透けてる”幽霊”がどうやって攻撃をしてくるというのだろう?
殴られようが噛みつかれようが、そもそも触れられないならダメージなんかないはずだ。
さっきもケーリャが、「”幽霊”は殴れん。」とか言っていた。
というわけで、左手だけを玄関に突っ込んでみる。
「うりゃ。」
「なっ!? 馬鹿、やめろ!」
トリュスの制止する声と同時に、ミカの左手に激痛が走った。
高圧の電気でも喰らったような、バチン!という感じ。
慌てて手を引っ込めるが、皮膚がひりひりとして、腕全体が痺れている。
何となく腕が怠くなり、上げるのが何やら億劫だ。
震える左手を何とか持ち上げ、じっと見る。
「何だ、これ……?」
「馬鹿か君は! ”生気奪取”を知らないのか!?」
どれいん?
あー、あったあった。
ありましたね、そういう攻撃。
吸血鬼系とか、サキュバスとかがよく使ってくるやつね。
とりあえず、ミカはさくっと【癒し】でダメージを回復する。
だが、腕の怠さは完全には治らなかった。
「……腕の怠さが、残ってる?」
「生気を奪われたのだ! 当たり前だろう!」
単純な肉体的なダメージだけでなく、生気というよく分からない部分にもダメージがいくらしい。
「時間が経てば自然と回復していくが、それまでに何度も”生気奪取”を喰らえば身動き一つ取れなくなる。」
トリュスを見ると、まるで自分が痛みを堪えているような表情をしていた。
「そうして、やがては心臓を動かすだけの生気も奪われ、命を落とすんだ。 ……自身も”幽霊”となり果てて、な。」
トリュスが真剣な顔をして、真っ直ぐにミカを見る。
だからトリュスは、あんなにも必死になってミカを止めようとしたのだ。
所詮は他人事だと放っておいて、その結果ミカのような子供が”幽霊”となり果てるのはあまりにも不憫だ、と。
(…………この人は、本当に……。)
どこまで人がいいのだろうか。
ミカはここに来てようやく、トリュスがルール違反を犯してまで止めようとした、その本当の理由を理解した。
真っ直ぐにトリュスの方を向き、そして頭を下げる。
「その……ありがとうございます。 いろいろ心配してくれて。」
ミカが素直に頭を下げたことで、トリュスはほっとしたような顔になる。
ケーリャにも頭を下げる。
「ケーリャも、ありがとう。 心配して来てくれたんだね。」
変な気に入られ方をしたと思っていたが、それだけが理由でこんな所まで来た訳ではないだろう。
たぶん、何かあればミカを救出するつもりで来てくれたのだ。
ミカが顔を上げると、二人とも優しい笑顔をしていた。
ホッとした空気が流れる。
「よし、それじゃあ続きと行くか。」
「え?」
「は?」
ミカは「一区切りついたな」と心の中で呟き、手をパンと叩く。
それまでのホッとした空気が吹き飛び、二人が唖然とした顔をする。
「君は、まだやるのか!? 分かってくれたのではないのか!?」
「当たり前じゃないですか。 まだ来たばっかりですよ? 何言ってるんですか。」
トリュスが「君こそ何を言ってるんだ?」というような顔をするが気にしない。
まだここに来て、一時間経ったかどうかくらいだ。
検証もロクに進んでいない。
むしろ、これでようやく最低限の情報が揃ってきた、という段階だ。
これらの情報とミカの知識、手持ちの魔法などから、何とか突破口を開かねばならない。
やる気を漲らせるミカに、トリュスは信じられないものを見たような顔をし、ケーリャも少し顔を引き攣らせる。
「ン! ンンォ……ッ!」
「ギ、ギギ……ッ!」
「ア”ア”アアァ……ッ!」
ミカは再び玄関前に行き、目の前で呻く”幽霊”たちを観察する。
その時、エントランスに入ってすぐの場所に、赤い石が落ちているのに気づいた。
何とも不思議な感じのする赤い石。
宝石というには輝きが足りないが、ミカはあれが何か直感的に気づく。
(魔石……? さっきトリュスの【神の奇跡】でやられた”幽霊”のか?)
見た目透っけ透けで魔石など見えないが、倒すとどうやら魔石を落とすようだ。
(”幽霊”は本当に何なんだ? どうやってこんな状態を維持しているんだ?)
目の前の”幽霊”たちはミカに襲い掛かろうと動いている。
だが、日の光を浴びたくないので、「ここから先は行きたくない」と踏みとどまっている。
(目標を認識して、嫌うことは避ける行動をしている……。 つまり、思考している……?)
本能に近いのかもしれないが、行動を選択しているのは間違いない。
物質の身体を持たないので、思念体とでも言うべきか?
活動に必要なエネルギーは、やっぱり魔力か?
(不可思議な現象は、大概魔力のせいにしておけば間違いないな、うん。)
いっつも魔力のせいにしやがってよー!
と文句が聞こえてきそうだが、それ以外に思いつかないのだから仕方ない。
仮に魔力で活動しているとして、形の維持やら何やら、すべて魔力で賄っているのだろうか?
(じゃあ、その魔力を失ったら?)
活動のための魔力どころか、この”幽霊”という状態を維持するための魔力すら失えば、どうなるのだろうか?
(やってみるか。)
ミカの口の端が上がる。
魔力の集まった状態を強制的に解除してしまう現象に、ミカは心当たりがあった。
一つは”呪い”を解く時にやっている、いつものパズル。
そしてもう一つは――――。
ミカがそっと手を近づけると、”幽霊”のその部分が霧散していった。
手を離すと再びその部分が復元されるが、少しだけ見え方が薄い気がする。
(悪くない……。)
この方向で何とかなりそうだ、とミカは更に思考を加速させるのだった。
魔力の集まった状態同士がぶつかった場合、より濃度というか密度の高い方が勝つ。
当たり負けした方は、一方的に霧散してしまう。
もしかしたらもっと複雑な論理や仕組みがあるのかもしれないが、単純な印象としてはそんな感じだ。
そして、ミカはそれをリムリーシェの魔力を動かす時に知った。
ミカが相当に魔力を集めないと小動ぎすらせず、ミカの魔力だけが一方的に霧散してしまったのだ。
”呪い”のように魔力が変化した状態では、そこまで単純な話ではないだろう。
だが、その”呪い”も状態が維持できなくなれば霧散する。
ならば、強い”呪い”を解除する時のように手に魔力を集め、その手が”幽霊”に触れたらどうなるか?
”幽霊”という状態を維持する魔力以上の、濃度や密度を持った魔力で触れた場合、”幽霊”はどうなるのか?
結果は「触れた部分が霧散する」だった。
そして、ミカの魔力が離れたら元に戻った。
ただし、元の状態よりは少し薄くなったような気がする。
ミカは最悪、一体一体の”幽霊”で、”呪い”を解くようにパズルをやることになると予想した。
だが、そこまでの必要はなかった。
それをちょっと残念に思ってしまったのは、少々不謹慎が過ぎるだろうか。
(さすがに”幽霊”一体をパズル一個扱いはふざけすぎか。)
新たなパズルの入手先は探しているが、さすがに”幽霊”は持ち帰れない。
というか、”幽霊”を持って帰ったら寮に入れてもらえないだろうし、たぶん怒られるじゃ済まないだろう。
(仕方ない。 真面目にやるか。)
今日はいまいちお仕事モードにならないのは、口煩い観客のせいか。
だが、そろそろ取っ掛かりを掴んで先に進みたい。
ミカは左腕全体を濃密な魔力で包む。
そして、先程と同じように玄関の中に入れた。
「おい! 君はまだ――――っ!?」
だが、今度はミカにダメージはない。
トリュスは驚き、何かを言いかけたがその続きが出て来なかった。
”幽霊”たちはミカの腕に触れると弾かれるように後退り、再びミカに近づく。
そして、また弾かれ後退るという行動を繰り返す。
「……そうなる訳か。」
ミカは腕を組み、顎に手を添え考える。
すぐ横で”幽霊”たちが「うがーうがー」言ってるが気にしない。
ケーリャとトリュスは、もはやミカが何を考えているのか分からず、ただ黙って見ていた。
「よし。」
ミカがケーリャとトリュスを見る。
「これからエントランスの”幽霊”と戦いますが、手は出さないでください。」
「なっ!? 何を馬鹿なことを!」
トリュスが慌ててミカを止めようとするが、その動きが止まる。
ミカの真剣な目に、それ以上何も言えず、動けなくなった。
ケーリャと目が合うと、ケーリャは黙って頷く。
ケーリャはきっと、ミカが倒れれば突っ込んで来て救出するつもりだろう。
ぶっ倒れれば、後は何とかしてやる。
だからそれまでは好きにやれ。
おそらくケーリャは、今日は始めからそんなつもりだったのだろう。
危ないからと止めるトリュス。
危なくなったら助けるつもりのケーリャ。
ほんの偶然で知り合った二人だが、随分と優しい冒険者たちに恵まれたものだ。
「行ってきます。」
ミカは微笑んで玄関に向かう。
そして魔力範囲を、十メートルから自分の身体に纏わりつく程度の範囲に狭める。
ただし、魔力の量はそのままに。
更に魔力濃度を上げ、もはや暴発すればミカの全身が粉々に吹き飛ぶほどの魔力量。
そして、そんな魔力を纏ったままエントランスに足を踏み入れた。
「オ”オ”オ”オオオオオォォォ……ッ!」
「ア”ア”ア”ア”アアアァァ……ッ!」
”幽霊”たちがミカに群がるが、ミカの魔力に触れた瞬間に弾かれるように後退る。
弾かれはするが、おそらくダメージは入っていない。
少し触れただけで離れてしまうので、魔力を削ることはできていないだろう。
そこで、”幽霊”の腹を殴ってみた。
当然手応えがあるわけはないが、殴った所にぽっかり穴が空き、周囲から復元されていく。
(……これは削れたって思っていいかな?)
つまり、この状態にしてやればいい訳だ。
やることがはっきりしたことで、つい口の端が上がってしまう。
【身体強化】を四倍にし、ミカは自分を取り囲む”幽霊”を殴りまくる。
”幽霊”たちの腕を、足を、腹を、顔を、背中を殴り、蹴りまくった。
”幽霊”の動きは遅く、おそらく【身体強化】をしなくても攻撃を受けることはなさそうだ。
エントランスを縦横無尽に走り周り、”幽霊”をタコ殴りにするミカにトリュスが呆気に取られる。
(しっかし、効率悪いな。)
”幽霊”の魔力を削れているのは確かだが、致命傷も何もない。
ただ少しずつ削っていくだけだ。
ミカは少しでも効率よくダメージを与えるために、自分に纏わりつかせていた魔力範囲を再び十メートルの範囲に戻した。
魔力範囲による知覚がないと、つい目の前の”幽霊”だけを追ってしまう。
後退して離れた”幽霊”を追うよりも、少しでも近くにいる”幽霊”に攻撃を加えるために魔力範囲が必要になった。
だが、こうすると自分の守りが一切無くなるので、”幽霊”からの攻撃を絶対に受ける訳にはいかない。
ミカは無茶苦茶に”幽霊”を殴りまくるが、殴り方にも効率の良い方法を見つけ出す。
腹や顔面を打ち抜くよりも、熊が腕を振り下ろすように、少しでも”幽霊”の身体の広範囲を削るようにした方が、より多くの魔力を削れるようだ。
両手と両足に集めた魔力でベアクローやアッパーのように”幽霊”の身体を削ると、今殴った”幽霊”がスッと消えた。
そして、足元にカツーンと赤い石が落ちる。
(……やった! 倒した!)
少々苦労したが、この方法で倒せることが実証された。
【身体強化】でまだまだ力が漲っている。
この調子で全部削り切ってやる、と意気込むと、
「弱点を狙いなさい! ”幽霊”をよく見て! 光ってる所を探しなさい!」
玄関先でミカの戦いを見ていたトリュスが、ミカにアドバイスを送る。
(弱点? そんなのあるのか?)
光っている所と言われても、そんなあからさまな所があればミカもとりあえず狙ってみるし、これまでの攻撃で偶然当たっててもおかしくない。
玄関に集まってきた”幽霊”たちを散々観察してみたが、光っている所など気づかなかった。
じっと見てても仕方ないので、とりあえずこれまで通り殴って蹴ってと”幽霊”たちを蹂躙する。
そして、気づいたらその弱点とやらを狙ってみようと方針を定める。
そうやって”幽霊”たちを攻撃していると、殴った後に微かに青白く光る場所があることに気づいた。
本当に微かな光り方なので、これまで気づかなかったのも無理はない。
試しにそこを殴ってみると、拳に何か当たった感触があり、”幽霊”が霧散した。
そして、拳に当たって飛んで行ったのは魔石だった。
(魔石が隠蔽されてた……? 魔石を失うことで、簡単に”幽霊”状態の維持ができなくなるってことか?)
そうと分かればあとは簡単だ。
手近の”幽霊”を数回殴り、弱点が露出したら魔石を掴み取る。
それだけであっという間に”幽霊”を倒すことができた。
「あはは。 こりゃ楽ちんだね。」
ミカは魔力範囲で”幽霊”の位置を把握しながら、側背をとられないように注意して一体ずつ片付ける。
倒し方さえ分かれば、一体倒すのに十秒もかからない。
【神の奇跡】など使うより遥かにやり易い。
これで”幽霊”対策はばっちり。
ミカは、正にこういう方法を探していたのだ。
エントランスにいたすべての”幽霊”を片付け「ふぅー……っ」と一息つく。
「ありがとうございます。」
トリュスの方を向いてアドバイスのお礼を言うと、トリュスは驚いたような顔をしていた。
だが次の瞬間、そのトリュスが目を見開く。
「後ろっ!」
トリュスが叫んだ時には、ミカはすでに斜め後ろに振り向きながらジャンプしていた。
”幽霊”に拳と蹴りをお見舞いして、一気に弱点を露出させ魔石を奪い取る。
この”幽霊”は壁を抜けてきたのだ。
(魔力範囲を展開していたので壁から出て来てもすぐに気づけたけど、この壁抜けはちょっと厄介だな。)
もしも壁を背にしている時に、その壁を抜けて攻撃してきたらちょっと躱すのは難しいだろう。
というか、壁に限らず天井でも床でも抜けてくることは可能なのだろうか?
そうなると魔力範囲の知覚よりは、防御重視で高濃度の魔力を纏った方が安全か。
ミカは方針を見直し、高濃度の魔力を纏う。
これで”幽霊”の攻撃は無効化できる。
壁を抜けてきた”幽霊”をミカが難なく倒すのを見て、トリュスは胸を撫で下ろす。
「……まったく、君には驚かされっ放しだ。 正直、想像していたよりも遥かに強い。 君は【身体強化】も使いこなしているのだな?」
「ええ、魔力もまだまだ余裕がありますよ? 魔力の枯渇の心配はありません。」
ミカがそう言うと、トリュスが苦笑する。
「さすがは才能ありと選ばれた魔法士って訳か。 私のような敗者復活とは違うな。」
「あ……。」
敗者復活という言い方で、すぐに気づく。
もしかして、トリュスは教会の儀式で拾われたのだろうか?
(教会関係者で【神の奇跡】を使うなら、そのパターンが普通か。 本当なら、俺も教会だったはずだ。)
トリュスに少しだけ親近感が湧いた。
ケーリャはよく分からないのか、黙ってミカを見下ろす。
だが、ミカの戦いぶりに満足してくれているのかもしれない。
穏やかな表情をしていた。
(これでようやくエントランスを制圧か。)
思ったより時間はかかったが、これで屋敷内の探索の目途がついた。
”幽霊”の楽な倒し方も分かり、呪いの原因探索に静かに闘志を燃やすのだった。




