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第7話 初めての魔力2




 次の日、俺は朝から教会に来ていた。

 屋根の上を見上げると、そこには変わらず”6つ輪(クリオネ)”が乗っている。

 アマーリアとロレッタは仕事に出掛け、俺も普段ならご近所さんの畑の手伝いをしている時間。

 だが、今日はどうしてもラディに頼みたいことがあった。

 もう一度”アレ”をやってもらおう、と。


(ちょっとこれは……、自力ではどうにもならないぞ。)


 いくら頑張って集中しても、何の手応えもない。

 あまりの手応えのなさに、早々に独力での練習を諦めたのだ。

 せめてもう少し慣れれば何か掴めるかもしれない。

 そう思って教会にやってきたのだが、残念ながらラディは不在だった。

 教会にいた老司祭のキフロドに許可をもらい、ミカは建物の横で待つことにした。


 リッシュ村の教会にはキフロドとラディの2人が住んでいる。

 元々はキフロドが教区の大聖堂から派遣されてきた司祭なのだが、ラディがどこかの修道院から押しかけてきて住み着いたらしい。

 キフロドはもう何十年も前からリッシュ村に派遣されている司祭なので住民からの信頼も篤く、ラディのことも修道女となる前から知っている。

 というか、何気にリッシュ村最高齢がこのキフロドらしい。

 真っ白な白髪に長い髭、皺くちゃの顔に朗らかな笑顔の老司祭は、70歳にも100歳にも見える。


 そうして待っていると、大通りを歩いてくるラディに気がついた。

 ラディも気がついたらしく、にっこりと微笑む。


(相変わらず見た目だけは聖母のようだ。 これからは”笑う聖母(ラフィンマリア)”と呼ぼうか。)


 とても教えを請いに来たとは思えない失礼なことを考えていると、ラディが教会の前までやってきて「おはようございます、ミカ君。」と声をかけてくる。

 ミカも返事を返し、軽く会釈する。


「こんなところでどうしたのですか? どうぞ、中に入って。」


 ラディに促され、ミカは教会の中に入った。

 昨日と同じ一番前の席に座るように言われるが、ミカは座らずにそのまま頭を下げる。


「シスター・ラディ、もう一度昨日やったのをお願いします。」


 頭を下げたままラディの返事を待ったが、”いい”とも”だめ”とも返事がない。

 そのままの姿勢で待ち続けると、しばらくして「顔を上げてください。」と声がかかった。

 その声が決して明るいものではなかったため、ミカは恐るおそる顔を上げる。

 そこには、予想通り困った顔のラディがいた。


「ミカ君、慌てなくても魔力は少しずつ成長していくし、扱い方も学院や教会に入れば教わることができますよ?」

「それは、そうなのかもしれないけど……。」


 今すぐに何かあるわけではない。

 時期が来れば再び測定され、”素質あり”となれば学院行きとなり、そうでなくても教会で学ぶことができるらしい。

 それは分かっているが、ミカはどうにも落ち着かない自分を持て余していた。

 そわそわする、とでも言えばいいのだろうか。

 新しい楽しみを見つけ、それに没頭したいという欲求とも言える。

 切り替えの下手さが、ここでも発揮してしまっていた。

 見上げるようにじぃー……と見つめると、ラディは溜息をつく。


「もう。 そんな目で見ないの。」


 ラディはより一層困った顔で、ミカの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 普段のラディとは少し違う、ちょっと乱暴な撫で方だ。

 ちょっと珍しい、葛藤しているような様子のラディに対し、構わずじぃー……と見続ける。


「……分かったわよ、もう。 仕方ないですね。」


 諦めたように言い、少しぼさぼさになったミカの髪を丁寧に撫でつけ、昨日と同じように両手を差し出す。


「何をしたいのかは分かりませんが、ミカ君の魔力は決して多くはありません。 それは測定で分かっています。 今無理をしてもあまり意味はありませんよ?」


 いつもより少し厳しい声でラディが言う。

 はい、と返事をしてラディの手に自分の手を重ねる。


「では行きますよ。 意識を集中して。 決して無理をしないように。」


 真剣なラディの声に、ミカはこくんと頷く。

 目を閉じ、手と耳に意識を集中する。







 キィーー……ンという音はすぐにやってきた。

 続いて両手から波紋が広がり、身体全体に響いていく。


(来た来た来た。 これだよこれ。)


 身体の中に心地よく響く澄んだ音と波紋。

 身震いをするほどの高揚感。

 思わずこのまま意識を無くし、心地よい響き合いに身を任せたくなるほどだ。


 不意に、ラディが神の愛について語りながら恍惚とした表情をしていたことを思い出した。

 もしもラディが同じような感覚を体験していたのなら、ああなるのも納得できるような気がした。


(……浸ってる場合じゃなかった。 何かヒントを掴まないと。)


 身体中に反響する”音”を掴むようなものだ。

 知覚はするが、触れるようなものじゃない。

 闇雲に意識を向けても、ただ身体中に反響する音と波紋を感じるだけで、何かができるわけではなかった。


(どうすればいい? どうすれば自分の意思で”これ”を動かせる?)


 更に意識を集中し、響き合う”何か”を追いかける。

 だが、それはミカの意思など関係なく、勝手に広がり響き合う。

 何の手掛かりも得られないことに悔しさが込み上げ、思わず身体が強張る。


「大丈夫ですか、ミカ君。」


 悔しさに身体が強張っていたミカの様子に気づき、ラディが声をかけてきた。


「はい……、大丈夫です。」


 目を閉じ、集中したままミカは答える。

 そんなミカの様子を注意深く見守りながら、それでもラディは”秘端覚知(ひたんかくち)()”を続けた。


 ミカは意識を集中し続けた。

 両手に感じる魔力干渉の波。波紋。

 ラディは昨日”魔力を流す”という言い方をしていたが、具体的にどういう手段で干渉しているのかは聞いていなかった。


「……シスター・ラディはどうしてるんですか?」


 ふと、ミカの口からそんな言葉が漏れた。

 ひどく曖昧な問いかけだったが、ラディには正しく伝わっていた。


「私の魔力は弱く、か細く、糸のようにしてミカ君の手に触れていますよ。 少し押し込む感じですね。 すぐに消えてしまいますが。」

「……弱く。」


 ラディの言葉を繰り返す。


「強くしたりもできるんですか?」

「ええ、もちろん。 いろいろやってみましょうか?」


 そう言うとラディは、ミカに送る魔力を少しずつ強くする。

 といっても、本当にごく僅かずつだ。

 そうして今度は変化をつけていく。

 左右の手で送る魔力の強さを変えたり、いくつか変化させてみる。


 先程までの綺麗な響き合いとは打って変わって、今は様々な響きと波紋がミカの中を乱れ飛んでいる。

 一言で言えば”無茶苦茶”である。

 別に騒音というわけではない。

 音が大きいわけでもない。

 ただ、まったく調和のとれていない音が好き勝手に響き合っている状態だ。

 その音が、その時々で右に寄ったり左に寄ったり、前から聞こえたかと思えば今度は後ろから。

 訳の分からない音の洪水が、波紋とともにミカに押し寄せてきた。

 思わず押し寄せる音に向かって押し返すように意識すると、微かに、ほんの僅かにだが抵抗があるように感じた。

 何だろうと思い、そちらに意識を向けるが何もない。

 だが、そうやって押し寄せる音に向かって、何度か押し返すように意識を向けると、時々何かの抵抗を感じる時があった。


(……これが、手掛かり?)


 そうして何度か押し返すと、今度は押し寄せる音を押し返すのではなく、その勢いに自分の意識も上乗せするようにしてみる。

 右へ向かうなら右へ押し、左に向かうなら左へ押し、とやっていくと反響が強くなり、どんどん勢いも増していった。


 ゆっくりとラディから手を離し、自分の中の音と波紋の流れに集中する。

 右へ押し、左へ押し、と勢いを落とさないように意識を動かすと、その反響は弱まることなく続いていた。


「ミカ君?」


 ラディが呼び掛けるが、ミカは返事を返すことができなかった。

 自分の中の反響と波紋に意識を向けすぎていて、聞こえていなかったのだ。

 今、意識下でやっているイメージとしては、手で水を掻く感じか。

 お風呂のお湯を混ぜるように、手で掻いている感じだ。

 水の抵抗ほどしっかりとした感触があるわけではないが、お風呂のお湯を右に掻き、左に掻きといった感じに自分の中の魔力に干渉している。

 そうすることで、反響を弱めることなく維持することができた。

 ゆっくりと目を開くと、ラディが心配そうにミカを見ている。

 ミカは意識が散漫にならないように気をつけながら、ラディに頭を下げた。


「ありがとうございます、シスター・ラディ。 少し、手掛かりが得られた気がします。」

「そう、それは良かったわ。 でも、あまり無茶なことをしてはだめよ。 ミカ君なら、慌てなくてもきっと魔力を扱えるようになるから。」


 はい、と返事をしながら、ミカは意識が外に向かい過ぎないように注意しつつ、自分の中の魔力を右へ左へと動かしていた。


「気をつけて帰りなさいね。 魔力を扱うのはとても疲れるから、気づいた時にはふらふらなんてこともあるわ。」

「はい。 気をつけます。」


 そう言ってミカは教会を後にした。

 ゆっくりと身体が左右に揺れるミカを見て、ラディは家まで送った方がいいかしら、と心配になったのだった。







■■■■■■







 教会からの帰途。

 俺は歩きながら、それでも意識は自分の中の魔力に向けて、右へ左へと動かしていた。

 水槽の中の水が大きく揺れているような感じだ。

 右に偏り、左に偏りと動くのに合わせ、俺の意識も左右に動くようにする。

 魔力の揺らぎは強くなったり弱くなったり、俺の思うように動いていた。

 それはすでに波紋ではなく、大きな水のうねりのようなものだ。


「これが魔力か……。」


 相変わらず手応えは薄いが、それでも揺らぎを維持し続けることができている。

 これをどう使えば【神の奇跡】になるのかさっぱり分からないが、とりあえずはもう少し動かす練習をしよう。

 そう思い家に向かって歩いていたが、時間はまだ早い。

 このまま帰るのもどうかと考え、散歩に行くことにした。

 まだ村の東側の探索が終わっていなかったので、そのまま東側の柵へ向かう。


 村の東側、北東の端にはアマーリアとロレッタが働く織物工場がある。

 北の川に沿う形で村から東に突き出す織物工場は、近くで見るとかなり大きかった。

 普通の家屋よりも少し屋根が高い、まるで市民体育館のような広さの建物が4つ並んでいる。

 北門に行った時にも見えてはいたが、遠かったのであまり気にしていなかった。


(織物工場と言ってるけど、紡績工場もくっついてるんだよな。)


 リッシュ村とコトンテッセを結ぶ街道の左右には綿花畑がある。

 村に近い一部には野菜畑もあるが、それ以外のすべてが綿花畑だ。

 どうやらリッシュ村は、糸と織物の生産のために開拓された村のようだ。

 途方もない広大な綿花畑を管理し、紡績と綿織物という産業によってリッシュ村は成り立っている。

 実際、リッシュ村の労働人口のほぼ100%が綿花畑か織物工場に従事しているらしい。

 染色は行わず、”生成り”の糸と織物を領主に納め、賃金を得ることで生活をしている。

 畜産などはほとんど行っていないので、必要な物はすべてコトンテッセから買ってくるのだという。

 かなり危うい生活基盤と経済基盤に思えるが、この世界の文化水準からすると、おそらく経済活動自体が発展途上なのだろう。

 領主にお金も物資も握られたリッシュ村の現状にぞっとするが、この世界ではそれが当たり前なのかもしれない。


(領主の匙加減一つで生かしも殺しもできる……。 コトンテッセ以外とは街道が繋がっていないから、選択肢もない。)


 自分の将来を考えると、暗澹たる気分になる。

 職業選択の自由など、この村にいる限りはないだろう。

 下手をすると”この世界には”かもしれないが。


(完全な世襲制度とかだったら嫌だなあ。)


 自分の中の魔力を動かしながら、どうしたものかと考えていた。

 すると、織物工場の建物の一つから男が出てきた。

 隣の建物に行こうとしているようだが、ミカに気がつくと抱えていた箱を置いてミカの方にやってくる。

 男は短身だがガッシリとした体格で、どこか樽を思わせるような容姿だった。

 見覚えのあるその男に向かってミカも近づく。


「やあ、ミカ君じゃないか。 どうしたね、こんな所で。 お母さんに用事かな?」

「こんにちはホレイシオさん。 この間は助けて頂きありがとうございます。」


 丁寧に頭を下げると、ホレイシオはびっくりした様子でミカを見る。

 ホレイシオとは、入れ替わる以前からの知り合いだ。

 アマーリアやロレッタの勤務先の責任者なので、これまで何度も会ったことがあり時折お菓子をくれることもあった。


(……あの時は、この人の判断のおかげで助かったと言っても過言じゃないからな。)


 熱中症で倒れていたミカを発見し、保護してくれたのがこのホレイシオだ。

 だが、保護してくれたから助かったという単純な話ではない。

 ミカの倒れていた場所はリッシュ村とコトンテッセを繋ぐ街道だが、場所は圧倒的にコトンテッセ寄りだった。

 そして、コトンテッセにも教会があり【神の奇跡】の使い手もいる。

 だが、ホレイシオはリッシュ村で治療することを即断する。

 理由は簡単、お金だ。

 通常、【神の奇跡】による【癒し】は有料なのだ。

 いちおう名目は寄付ではあるが、寄付をしないと【癒し】を施してもらえない可能性が高かった。

 そして、当然ながら重い病気や怪我ほど求められる寄付額は高くなる。

 その場で寄付を納めないと【癒し】を断られるというリスクを考え、ホレイシオは迷わずリッシュ村に戻ることを決めた。

 ラディならば、村の子供を見捨てるようなことは絶対にしない。

 それを知っていたので、近いコトンテッセではなく遠くてもリッシュ村に戻る方が確実だと判断したのだ。


 助けてもらってからラディには度々会っていたが、まだホレイシオとは会えていなかった。

 基本的に工場に詰めているホレイシオとは、会う機会がなかったのだ。


「少し見ない間に随分としっかりした挨拶ができるようになったね。 おじさんびっくりしたよ。」


 感心したように言うと、ホレイシオは「はっはっは。」と笑う。

 見た目は闘牛すら殴り殺せそうなのに、子供好きなホレイシオは子供にも人気がある。

 収穫祭などの村の祭りの時、忙しい合間を縫って子供たちと遊んでやる姿をよく見かけた。

 もっとも、初めて会う子供は例外なくその外見で泣き出すのだが。

 もちろんその子供の中には、かつてのミカ少年も含まれる。


 ホレイシオはミカの姿を軽く確認すると、もうすっかり良さそうだね、と呟く。


「あの時は本当に驚いたよ。 心臓が止まるかと思った。」

「……ごめんなさい。」


 ミカは素直に謝った。

 この人がいなければ、本当に命を落としていたのだ。


「元気なのはいいことだが、あまりお母さんやお姉さんに心配をかけるのは良くないよ。」


 ミカは、はい……と返事をして項垂れる。

 あの時のことはロレッタからも説明されていて、どれだけ周りに心配と迷惑をかけたかを知っている。


「それで今日はどうしたのかな。 お母さんに用事があるなら呼んであげるけど。」

「大丈夫です。 散歩をしているだけなので。」

「そうかい? まあ何かあったらすぐ言いなさい。 呼んであげるから。」


 そう言ってホレイシオは戻ろうとするが、立ち止まって少し怪訝そうな顔をする。

 じっとミカを見つめたかと思うと、ひょいと抱き上げる。


「え?」

「やっぱりまだ体調が良くないみたいだ。 少し休んでいきなさい。」

「ちょ……、なんで?」

「自分で分からないのかい? 少しフラフラしているよ。 そんな状態でそのまま帰すわけにはいかないよ。」


 そう言うとホレイシオはミカを抱えたまま建物の一つに入っていく。

 廊下をずんずん進んで行くと広い部屋に入る。

 そこは休憩室、というよりは社員食堂のようだった。

 長いカウンターがあり、その向こうでは数人の女性が忙しく昼食の準備をしている。

 食堂には10卓以上のテーブルが並び、部屋の隅にはいくつか長椅子もあった。

 その長椅子に座らされると、テーブルを拭いていたお婆さんが声をかけてきた。


「おや、工場長。 どうしました? そっちの子は……ミカ君じゃないかい。 どうかしたのかい?」

「調子が良くなさそうだったんでね、少し休ませてやってくれ。」

「おやおやまあまあ。 ちょっとお待ちよ。」


 そう言ってお婆さんはコップに水を入れて持ってくる。

 ちょっと見ててくれ、と言うとホレイシオはどこかに行ってしまった。

 まったく体調不良に心当たりのないミカは、この扱いに居た堪れなくなる。


「あの……、大丈夫なので、本当に。」

「まあまあまあ、子供が遠慮なんかするもんじゃないよ。」


 コップを受け取りながら言うが、お婆さんにはまったく通じなかった。

 温かく見守るお婆さんの視線にいよいよ逃げ出したくなるが、さすがに行動に移すわけにもいかない。

 どうしようか悩みながら、とりあえずコップの水を一口飲む。

 意識を内に向け、魔力の揺らぎを探ると少し弱くなっていた。

 突然のことに驚いて、魔力のことをすっかり忘れていた。

 再び意識を集中し右へ左へと揺らすと、魔力の揺らぎはすぐに元に戻った。


「ミカ!」


 しばらく魔力を揺らして時間を潰していると、アマーリアが食堂にやってきた。

 急いでやって来たらしいアマーリアは、少し息が上がっている。


(ちょっとホレイシオさん! アマーリアまで呼んだの!?)


 仕事中の親まで呼び出すとか、どれだけ大袈裟にする気なのか。

 げんなりしたミカの姿を体調不良のためと解釈したのか、アマーリアの心配はすでにMAXに近いように見える。

 ホレイシオも戻って来て、「家まで送って」とか「教会に」とか「ラディに【神の奇跡】を」などと相談し始めた。


「待って待って! そんな心配しないで! 何ともないから! 本当に何でもないから!」

「何でもないわけないでしょう。 そんなフラフラして。」

「………………………………。 ふらふら?」


 きょとんとした。

 そう言えば、さっきもホレイシオがそんなことを言ってた気がする。

 何のことだろうと考えた時、自分でも身体が揺れていることに気がついた。

 魔力を右へ動かすと身体も一緒に右へ動き、魔力を左へ動かすと身体も一緒に左に動いていた。


(ぐあ!? 魔力を揺してたら、無意識に身体も揺れてたのか!?)


 あまりにも間の抜けた理由に、ミカは恥ずかしくなり顔が赤くなる。


「ほら、そんなに顔も赤くして。 やっぱりシスター・ラディに診てもらって――――。」

「本当に! 本当に何でもなくて! そのぉ……。」


 何か言い訳を捻り出さなければならない。

 だが、何と言うか?

 正直に話すのはなんとなく恥ずかしくて、思わず零れた言葉は――――。


「ちょっと、筋肉痛で、落ち着かなくて……。」

「え?」

「へ?」


 アマーリアとホレイシオは、ぽかーんとした表情。

 なぜかお婆さんだけはニコニコしていた。

 思わず出てきた言い訳のあまりの微妙さに、かえって恥ずかしい思いをしてしまう。

 しかもちょっとおっさんくさい。

 そんな赤面しているミカを見て、ホレイシオも少し困った顔をする。


「あーー……、その、なんだ。 私の勘違いだったってことか。 ……すまん、大袈裟にしてしまって。」


 ホレイシオは、もうミカが元気になったことは聞いていたが、1週間前のこともあったので何かあってはいけないと慌ててしまったらしい。

 早とちりとはいえ、そこまで真剣に村の子供のことを考えるホレイシオは、本当に優しい人だなと思う。


「僕の方こそ、その……ごめんなさい。」


 アマーリアも心の底から安堵したように、はぁーー……と大きく息を吐くとミカを優しく抱きしめる。


「もう……、あんまり心配させないで。」

「ごめんなさい。」


 ますます恥ずかしくなり、このまま穴があったら入りたい気分だ。

 アマーリアは「ミカ君の様子がおかしい」「この前のこともあるし」と不安を煽られていたようだ。

 それが大したことではないと分かり、本当に良かったと胸を撫で下ろす。


「はいはい。 何ともないと分かったんだから。 さあ、お仕事お仕事。」


 パンパンと手を叩き、雰囲気を替えてくれたのはニコニコしていたお婆さんだった。

 ホレイシオはお婆さんに背中を押されて仕事に戻って行き、アマーリアは出口まで見送ってくれた。


「今日はお家で大人しくしてなさいね。」


 そうアマーリアに言われてしまい、まあ仕方ないかと家に戻ることにする。

 意図したものではなくても騒ぎを起こしてしまったのは事実なので、気分はちょっとした自宅謹慎だ。







 どうせ帰り道なので、少しだけ大回りして村の柵沿いに歩く。

 村の東側は、西側と同じ様に特に何かがあるわけではない。

 広い範囲にぽつんぽつんと家屋があるだけだった。

 柵の向こうに森があるのも西側と同じだ。


「……やっぱり変だよなあ。」


 村を一通り見てきたが、どうにも腑に落ちないことがある。

 村が広すぎるのだ。

 リッシュ村の住人は200人超らしいが、それに対して村の範囲が広すぎる。

 今の3分の1の面積、織物工場を除くなら5分の1の面積でも十分に1戸あたりの面積が確保できるように見える。

 しかも、これだけの面積を持ちながら、野菜畑は村の外にある。

 家屋も一定の範囲に集めるのではなく、柵で囲われた村の全体に分布している。

 あまりにも非効率すぎる。

 柵で村の周りを完全に囲っているが、それだけでも相当な労力が必要だったはずだ。

 もしも村の面積が今の5分の1だったら、そうした労力も削減できただろう。

 何を考えてこんな設計にしたのか、まったく理解できなかった。

 相当な労力をかけて開拓したリッシュ村だが、それに見合う”何か”があるようにも見えない。

 織物工場以外には、本当に何もない村なのだ。


「……本気で、何も考えてないとか?」


 郷土史など知らないのでいつ開拓された村か分からないが、かなり無計画な思いつきで始めた開拓なのかもしれない。

 ここまで何もないと、糸と織物のために開拓された村という予想はおそらく当たっていると思う。

 大風呂敷で始めたはいいが入植者が予想よりも集まらず、無駄に土地を持て余しているのではないだろうか。

 織物工場が村から突き出す形になっているのも、村の面積を確保するため。

 もしかしたら今の4棟だけではなく、もっと建てる予定だったのかもしれない。

 今の領主なのか、以前の領主なのかは知らないが、内政手腕については相当にお粗末なようだ。

 まあ、それでも何とか破綻せずに済んでいるのは評価すべきか。

 それが領主によるものなのか、はたまた別の人の尽力によるものなのかは知らないが。


「さーて、それじゃあ本格的に練習するか。」


 20分ほどかけて村を観察しながら帰宅すると、ミカはいつもの席に座る。

 そうして目を閉じ意識を集中して、自分の中にある魔力を動かすのだった。


 …………身体は動かないように気をつけながら。




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― 新着の感想 ―
隠し領地かな?
[一言] 和紙っっ!!も夜寝苦しい時、布団を押しどかそうとすると酷く大きな抵抗を感じる。これって魔r(ry
[一言] なんか魔力の波動?を音に喩えた小説って初めてみたかも。新しい解釈ですね。いいw
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