第53話 侯爵令嬢誘拐2
ミカは森の中の木に身を隠し、かなり離れた場所から悪党の集団の様子を窺っていた。
今、悪党集団は森の中に馬車を止め、焚火を囲んで酒盛りをしている。
街道を進んでいた馬車は陽が落ちても明かりを灯さずに走り続けたが、ヤウナスンに着く前に脇道に入っていった。
馬車の後を追っていたミカだが、馬車との距離を少しずつ詰めていなければ、気づかずにそのままヤウナスンまで行ってしまうところだった。
脇道の先には森があり、悪党たちは森の中で脇道からも離れ、現在は少し拓けた場所で焚火を囲んでいた。
女の子の姿は見えない。おそらく、馬車の中に入れられたままなのだろう。
六人の男が焚火の周りで酒を飲み、肉を貪っている。
ミカがもっとも警戒している痩身の男は、一人だけその輪に入らず、離れた場所に座って静かに酒を飲んでいた。
(……アルコールが入ってくれるのは有り難いが、動きや判断が鈍るほどは飲まないだろうな。 それでも他の連中が酔い潰れてくれれば、助け出すチャンスはあるか……?)
ミカは”地獄耳”で男たちの話を聞きながら、どうにか女の子を助け出すことはできないかと考え続ける。
「お前はシャクサーラに着いたらアテはあるのか?」
悪党の頭領らしき男が、ボゲイザと呼ばれていた男を斬った、目の下に大きな傷のある男に話しかけた。
「何で侯爵軍で騎士なんかやってたのか知らねえが、お前は”こっち側”だろう? うちに来るってんなら、使ってやってもいいぞ?」
「いや、しばらくは酒飲んで女抱いて、不健康にやりてえ。 侯爵軍はロクに酒も飲めねえ、健康的過ぎてな。」
目の下に傷のある男は、ちびちびと何かを齧りながら答える。
「健康的過ぎるぅ? はっはっはっ、そいつは身体に悪そうだ。 でも、そんなのはうちに来てもやれるだろう?」
「仕事がちらついてちゃ楽しめねえんだよ。 金に困ったら、そのうち顔出すかもしれねえな。 その時は何か、楽な仕事でも世話してくれ。」
頭領は酒瓶を呷ると、ぶはぁーーっと息を吐く。
「……今回みたいのか?」
頭領の目が据わり、目の下に傷のある男を値踏みするように射抜く。
「ああ、今回みたいのだ。」
そう言って目の下に傷のある男はちびりと酒を飲む。
頭領の値踏みなど、一切に気にしていない。
「はっはっはっ、お前ならいろいろ使い道がありそうだ。 最近はそこそこ大きな仕事も増えてきた。 使える奴なら歓迎するぜ。」
焚火を囲んでいた一人の男が立ち上がり、頭領の隣に座って話に混ざる。
「しっかし、今回の仕事は本当に楽でしたね、頭。 やることが無さ過ぎて、逆に困っちまったね、俺は。」
「俺はお前らが暇すぎて、いつ馬鹿やらかすかと気が気じゃなかったけどな。」
「へっへっ、違いねえ。 あんなくそシケた街じゃ、抱きたくなるような女もロクにいませんからね。」
それを聞いていた他の男たちから下卑た笑いが起こる。
「そいで、次の仕事はもう来てるんですかね?」
「おいおい、もう次の仕事の話かよ! 酒が不味くなるだろうが!」
頭領は隣の男を小突きながら顔をしかめる。
「……まあ、どっかの商会の番頭だか何だかを攫ってくれって話は来てたんだけどよ。 こっちと比べりゃ屁みてえな仕事なんでな。 忙しいって、蹴ったとこだ。 もしかしたら、報酬を上げてまた持ってくるかもな。」
頭領が食べ終わった肉を焚火の中に投げる。
(……こいつら、誘拐請け負い人なのか? 身代金目的じゃなく、依頼されて誘拐してる?)
本当に、反吐が出そうなほどに下衆な連中だった。
確かに馬車の中の会話を盗み聞きして、報酬がどうとか言ってはいたが。
「今回は依頼人からいろいろアドバイスがあったから楽にいったけどよ。 あのボゲイザとかいう間抜けなら、簡単に引き込める、とかな。 でなきゃ、さすがに侯爵の娘を攫うなんて仕事、いくら報酬が良くても手が出せねえぜ。」
侯爵の娘だって!?
ミカは驚き過ぎて、危うく声が出そうになった。
(侯爵の娘って、まさかレーヴタイン侯爵の? あの女の子は、レーヴタイン侯爵家の令嬢なのか?)
ミカは頭が真っ白になった。
どこかの金持ちの娘くらいに思っていたが、まさか貴族の、それも侯爵家の令嬢とは。
「ご丁寧に、街に侵入するための抜け道まで教えてくれたからな。 スラムの抜け道さえあれば、門を封鎖したところで楽に脱出できる。 これだけ情報が揃ってイモ引いちゃ、さすがにもう看板掲げてられねえからな。」
「これからは『侯爵家の令嬢すら誘拐してみせた』って、でかでかと謳ってやりましょうや。」
「そいつはいいな。」
男たちの笑い声が上がる。
ミカは気づかれないよう慎重に、そっとその場を離れた。
脇道まで戻ったところで、ミカは思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
(……侯爵家令嬢の誘拐? いくら何でも話が大きくなりすぎだ! こんなの、俺一人でどうにかなる問題じゃないだろ!?)
自棄になって、その場で叫び回りたい衝動を必死に抑える。
(どうする? どうすればいい? 俺はどう動けばいいんだ?)
ミカは混乱する頭で必死に考える。
ヤウナスンなら、ここから走れば1時間くらいで着くと思う。
そこで兵に伝えて、救出の兵を出してもらう?
だが、兵はミカの話を信じるだろうか?
行きに1時間。説明と説得に1時間。戻りに1時間。
どんなに早くても、3時間はかかると考えた方がいいだろう。
下手をすればミカの言葉を信じず、牢に入れて放っておかれるかもしれない。
詳しい取り調べはまた明日、と。
その間、あの女の子が無事でいられる保証はない。
離れている間に出発してしまう可能性だってある。
悪党集団の目的は誘拐だが、それは裏を返せば命さえあればいいということだ。
女の子の顔にナイフで傷をつけ、回復薬で治せばいいと思っている連中だ。
今この瞬間だって、どんな扱いを受けているか分からない。
(くそっ、くそっ、くそぉっ! 何だよ侯爵家の令嬢って! ふざけんなっ! こんなんどうすりゃいいんだ!!!)
ミカは頭を抱える。
悪党どものほとんどは、ミカでも何とかなると思う。
不意を突ければ、失敗することはほぼないだろう。
だが、一人だけいる。
ミカが不意を突こうが、勝てると思えない相手。
そもそも、不意を突けると思えないのだ。
痩身の男。
一人だけ集団から距離を取り、酒を飲みながらも周囲を警戒していた。
不意を突くなら背後から”石弾”を、……いや”風刃”を放つのがいいか?
それで痩身の男を倒せれば、後はたぶん何とかなる。
だが、不意打ちが失敗したら、痩身の男と他に六人も相手にしなくてはならない。
勝つための算段が立てられなかった。
ミカが必死に自分の手札でどう戦うかを考えても、結局痩身の男に潰される。
(…………あいつ、たぶんBだ。)
ミカの頭に、ふとそんなことが思い浮かぶ。
実際に冒険者かどうかは分からない。
だが、おそらくBランクに相当するような腕を持っているに違いない。
完全に格上。
ニネティアナの言っていた、一癖も二癖もあるベテラン。
あのニネティアナが、『パーティーが全滅しても自分だけは生き残る』と評していた。
普通に考えれば、ミカの敵う相手ではない。
(先にヤロイバロフさんに会っていて良かったな。 そうでなかったら、きっと飲まれてた。)
ミカはあの痩身の男よりももっとすごい、もっとやばい男を知っている。
絶望的な状況だが、ヤロイバロフと比べればまだマシ。
そう思うことができた。
ミカはそっと溜息をつく。
一瞬、見捨てようかと頭に浮かぶ。
どんな政治的理由で侯爵の令嬢を誘拐したのか知らないが、そんなのは雲の上の出来事だ。
ミカが首を突っ込むべきことじゃない。
そう考えることもできる。
(……まさか、な。)
そんなことできるわけがない。
今、ミカが一人の女の子を見捨てたところで、誰も知らないし分からない。
だが、誰も知らなくても、ミカが知っている。
誰も責めなくても、ミカが己を責め続ける。
女の子を見捨てた事実を、ミカ自身が死ぬまで憶えている。
ぎりっと奥歯が鳴る。
覚悟が決まらない。
肚が定まらない。
自分の意気地の無さに腹が立つ。
ゴッ!
自分で自分の頬を殴りつける。
口の中に広がる微かな血の味を噛みしめ、ミカは森の中に入って行った。
ミカは木の陰に隠れ、悪党集団の様子を窺う。
相変わらず女の子の姿はなく、男たちは上機嫌で酒を飲み、下卑た笑い声を上げる。
焚火を囲う男たちは完全に油断しきっているが、痩身の男だけは変わらずに周囲を警戒しているのが分かる。
痩身の男とはまだ50メートルくらいある。
ミカは、そこから何とか10メートルは慎重に近づくことができた。
残り40メートル。
だが、これ以上は本当に気づかれそうで近づけなかった。
(油断を期待するのは無駄か……。)
そうなると、痩身の男への不意打ち案は却下するしかない。
失敗した時の、七対一の構図だけは絶対に避けるべきだろう。
ミカはゆっくり立ち上がると、木に背中を預ける。
そうして、静かに深呼吸を繰り返す。
覚悟を決めなければならない。
【身体強化】はまだ問題なく続いている。
疲労感はあるが、まだ身体は十分に動く。
精神的には結構きついが、それでもまだ意地は張れる。
(……上等。)
ミカは目を閉じる。
怯えも逸りもいらない。
行き当たりばったり?
そんなのはいつものことだ。
(…………切り結ぶ……。)
心を鎮める。
恐れも昂ぶりもいらない。
(……刃の下ぞ地獄なれ。)
意識を集中し、魔力を確認する。
自分を中心とした、半径10メートルのミカの範囲。
(身を捨ててこそ――――。)
”石弾”と呟き、拳大の三十個の石の礫を作る。
【身体強化】の”出力”を5倍まで引き上げる。
(浮かぶ瀬もあれ!!!)
目をカッと見開き、二十個の”石弾”を焚火を囲う男たちに一斉に撃ち出す。
その瞬間に木の陰から飛び出し、痩身の男に全力で突撃する。
残りの”石弾”を使って痩身の男をけん制し、何とか魔力範囲に収めようとする。
(こいつさえ倒せば! あとは何とでもなる!)
”石弾”や”風刃”を当てるのは難しいかもしれないが、魔力範囲にさえ入れられれば”風千刃”がある。
鼻孔や口腔に魔力を送るのは難しくても、手でも足でも範囲に入れば重症を負わせることができる。
勝機を見出すには、痩身の男への”風千刃”しかないとミカは考えた。
ミカは突撃と同時に魔力の範囲も痩身の男に向けて伸ばしていた。
視界に収めさえすれば、魔力の範囲は20メートルを超えるくらいまでは伸ばすことができる。
【身体強化】で突進力も上がり、ミカの突撃する速さは獣にも負けない。
だが、5倍まで引き上げた能力は、地を蹴る衝撃すらミカの耐久力ギリギリだ。
下手をすると、これでも骨や筋に重いダメージを受けかねない。
突然叫び声が上がり、顔をしかめる。
横目でちらっと焚火の方を見た。
四人は頭部を吹き飛ばされ絶命。
一人が右腕を失って叫び声を上げ、”地獄耳”で強化していたミカの耳に爆音を響かせる。
頭領も生き残り、何かを怒鳴っている。
ミカは音量を下げ、三発ずつの”石弾”で止めを刺す。
ミカが視線を戻すと、痩身の男が木の陰に隠れるところだった。
まだ距離があり、ギリギリ魔力範囲に入れられなかった。
(チッ!)
思わず舌打ちするが、最悪の状態だけは避けることができた。
痩身の男以外の男たちは絶命させた。
残りは痩身の男だけだ。
(できれば、この状況も避けたかったんだが。)
痩身の男は森の中に隠れ、完全に見失ってしまった。
このまま諦めて、どこかに行ってくれれば助かるんだが。
(……まあ、無理だろうな。)
もしも痩身の男が本当にBランクに相当するなら、『例えパーティーが全滅しても自分だけは生き残り依頼を果たしてきた。』と言われるような奴だ。
必ずどこかに潜み、状況の把握、依頼達成への道筋を計算しているはずだ。
ミカも森の中に潜み、痩身の男の気配を探す。
とは言っても、ミカには気配を探るような特別な技術はない。
”地獄耳”の音量を上げ、痩身の男の立てる”音”を探した。
(さっきので少し耳鳴りがするな。 聞こえない訳じゃないけど、これで痩身の男の”音”を探すのは……。)
仕留め損なった男の叫び声と、頭領の怒鳴り声で、少し耳鳴りがしていた。
ミカは少しずつ”地獄耳”の音量を上げていき、痩身の男の”音”を探す。
だが、焚火の爆ぜる音や、風に草がさざめく音が大きくなるだけで、肝心の音が分からない。
特に焚火の爆ぜる音は、バチバチッ!とミカの耳に突き刺さる。
身を潜めながら少しずつ焚火から離れるが、それに合わせて音量も上げていく。
結局ほとんど変わらなかった。
暗闇に身を沈め、痩身の男の音を探す。
しかも、その上で馬車から意識を切り離す訳にもいかなかった。
もしも痩身の男が依頼を達成しようとすれば、女の子を連れ去ることは必須だろう。
ミカの意識を馬車から逸らし、女の子を連れてこの場から離脱する可能性もなくはない。
(それだけはやめてくれよ。 だったら、俺を消す方を選んでくれ。)
ミカは痩身の男にお願いしたいくらいだった。
痩身の男がミカを狙ってくれてこそ、ミカにもチャンスがある。
本気で逃げに入ったり、交戦を避けられたら、たぶんミカでは尻尾を掴むことができない。
ミカはぴくりと反応して、咄嗟に横に飛んだ。
先程までミカの居た場所に、トトッと二本の細いナイフが刺さる。
ミカは”地獄耳”を解除することに気がいってしまい、上手く受け身が取れずにごろごろと地面を転がった。
もしも”地獄耳”を解除しなければ、着地してからの自分の立てる音で、下手をすれば鼓膜が破れる。
(こっちの場所はモロバレかよ! 向こうの位置はさっぱり分からねえのに!)
だが、微かに他の音に紛れて、ナイフが風を切る音が聞こえた。
だから咄嗟に躱すことができた。
(方向は何となく分かっても、どこに潜んでたのかまでは分からない。 それに、もうそこにはいないだろうし。)
ナイフを投げ、即座に移動しただろう。
だが、いい傾向だ。
痩身の男はミカを仕留める気まんまんらしい。
ミカの口の端が上がる。
痩身の男はミカの位置が分かるのに、ミカには痩身の男の位置が分からない。
かなり厳しい状況だ。
なのに、ミカは自分の中の高揚感が湧き立つのを感じていた。
実力の差は歴然。
だが、不思議と負ける気がしない、万能感のようなものに包まれていた。
(……いいぜ。 とことんやろうじゃん。)
ミカの中で、何かがキレていた。
自分が傷を負うことを忌避するような当たり前のリミッターが外れ、自分がどうなろうと、相手がどうなろうと、この勝負に決着をつけてやろうという気持ちになっていた。
ミカは大きな木を背にして立ち、ほんの少し膝を曲げる。
軽く腰を落とし、やや前傾姿勢になって、前と左右なら即座に動けるように姿勢を作る。
そして、目を閉じる。
”地獄耳”の音量をどんどん上げる。
まるで、痩身の男の息遣いや心音まで聞き取ろうかという増幅量。
焚火の爆ぜる音や、草が風で擦れる音が煩く響く中、たった一つの音を探す。
シュッ……。
その瞬間、音のした方向にミカの身体が動く。
視界に痩身の男の姿を捕える。
痩身の男はミカの右側、距離は30メートル。
【身体強化】を10倍まで引き上げ、たった2歩の動きで10メートル以上を一瞬で詰める。
ミカは、痩身の男がミカに向けてナイフを投げる音を探したのだ。
腕を振り上げるのはゆっくり、無音でできる。
だが、ナイフを投げる時の振り下ろす動きは、どうしても風を切る音がする。
そして、投げたナイフがミカに当たるということは、痩身の男からミカまでの直線上に障害はない。
地を蹴る衝撃で足の骨を折りながら、飛び込むようにして、一瞬でその距離を20メートル以内に詰めた。
ナイフはミカのスレスレを通り過ぎる。
ミカは視界に収めた痩身の男に向けて魔力を一気に伸ばし、男が身を隠そうとしている木ごと魔力で包む。
「”風千刃”!!!」
そして、無数の小さな刃ですべてを切り裂く。
「ギャッッブブブッ…………!」
一瞬だけ悲鳴のようなものが聞こえたが、その後はババババシュッ!という”風千刃”の音以外は聞こえなくなった。
ミカは飛び込んだ勢いそのままに、地面をごろごろと転がる。
「ゥグッ!? ゲッ! ゴッ!? ギャッ! ガッ!!!」
あまりに勢いがつき過ぎたため、転がる衝撃で全身の骨をぼきぼきと折りながら。
【身体強化】で耐久力が10倍になっても、耐えられる限界を余裕で超えてしまったらしい。
まあ、10倍の力で、全力で飛んだのだから当然といえば当然だ。
骨は横からの力には弱い。
ゴンッ!
「ギャフン!」
ごろごろと転がった先で、ミカは木にぶつかり仰向けで横たわる。
だが、身動きどころか、自分の意思では指一本動かせなかった。
自分の意思とは関係なく、あちこちがぴくぴく動いてはいるけれど。
(……ちょー……痛、てぇ……。)
あまりの痛さに、そしてあまりの自分の無茶苦茶な作戦に、かえって笑いが込み上げる。
だが、笑おうとすると折れた肋骨やら何やらに響いて痛いし、笑うのを堪えても痛い。
そんな、自分のあまりにも滑稽な姿に、また笑いが込み上げてくる。
笑いたくても笑えない、それがまた笑えてくるという悪循環に、ミカは一人で痛みを堪えながらぴくぴくしていた。
一頻りぴくぴくして、少しだけ冷静になれた。
(とにかく、骨折を何とかしないことにはどうにもならないな。 つーか、まじ痛すぎる……。)
ミカは部分的な治療というのはやったことがあるが、全身というのはできるのだろうか?
別に部分的な治療でもいいのだが、今のミカの場合どこから手をつければいいのかすら皆目見当がつかなかった。
こんな時、【癒し】があれば本当に便利なのだが。
(とりあえず、全身修復コースで。 治りの遅い部分とかがあれば、そこを個別対応にするか。)
何だかエステのコースのような話だが、かなり死活問題だ。
まず、この森が安全なのかが分からない。
悪党集団もそれなりに下調べして休憩場所として選定したと思うが、獣や魔獣に遭遇したら今のミカではたぶん勝てない。
横を向くことすらできないのだから。
そして、回復に魔力を全振りしたいので、10メートルの魔力範囲もできればやめたい。
今はまだ体力的な余裕はあるが、いつまでも動けないと結局はミカ自身がここで朽ち果てることになりかねない。
だが、一番の懸念は悪党集団の仲間が他にいないとは限らないことだ。
待ち合わせの日時に来なかったとかで、仲間が探しに来る可能性がある。
そもそも、ここがその待ち合わせの場所でないと誰が言い切れるのか。
ミカは目を閉じ、癒しの魔法に専念することにした。
今はとにかく、回復に努めるべきだろう。
”吸収”でがんがん魔力を集め、骨折の治療にばんばん回す。
ミカが生き残れるかどうかは、この治療のための時間をどこまで短縮できるかにかかっている。
そう自分に言い聞かせ、すべてに優先して癒しの魔法を行う。
(すまない…………もう少しだけ待っててくれ。 必ず助けるから。)
そう、女の子に詫びながら。




