第40話 硬い女の子
ミカが無事に魔獣との戦闘を終えた翌日。
教室の隣、いつもの訓練部屋で魔力操作の訓練をしていた。
「む、むむむむむ……。」
台座に置かれたソフトボール大の2つの水晶に両手を置いて、自分の中の魔力が動かないように意識を集中する。
だが、ミカのそんな抵抗などお構いなしに、水晶はミカの魔力を吸い取っていく。
これは、自分の中の魔力を留めておくための訓練。
魔力が水晶に吸い出されないように、ミカは本気で抵抗するのだが――――。
「うぁーー……、だめだーー。」
ミカは水晶から手を離す。
吸い出される魔力量は、今のミカとっては大したことないのだが、集中しすぎて頭が痛くなってくる。
「ははは、ミカ君。 そろそろ少し休んだ方がいいよ。 それは吸い出す魔力量は大したことないけど、その分吸い出す力は強いからね。 そう簡単にはいかないよ。」
隣でチャールの魔力感知の訓練に付き添っているナポロがミカに声をかける。
魔法学院が始まって2週間が過ぎたところだが、基本的にみんな魔力を感じる力の訓練がメインだ。
この2週間で、ほとんどみんな魔力感知をできるようになってきたが、まだ精度が低いらしい。
まずは魔力を感じる力をある程度まで引き上げ、それから魔力を動かす訓練を行い、平行して魔力を留める訓練を行う。
というのが本来の教育計画だ。
だが、ミカは魔力感知に関してはすでに訓練の必要のないレベルで、魔力を動かす訓練もそれなりのレベルに達していた。
なので、一人だけ別メニューで魔力を留める訓練を行っている。
ミカはこの魔力を留める訓練を、あえて魔力が動きやすい”制限解除”の状態で行っていた。
というのも、”制限”の状態では割と容易に魔力を留めておくことができたからだ。
今の設定はまだ一番低いレベルらしいのだが、あまりみんなより先に進んでも仕方ないので、試しに”制限解除”でも試してみた。
すると、ミカがどんなに必死になって魔力を留めようとしても、何の抵抗もできずにするっと魔力が吸い出されていく。
おそらく、この状態が”ミカの本来の状態”なのだろうと、思わず苦笑してしまった。
魔力垂れ流し状態による暴発を危惧し、ミカは自分で考えて”条件付け”を始めた。
だが、本来はこうした訓練で自分の中に魔力を留める術を身に着けるものなのだ。
これが思い通りにできれば、もう条件付けが必要なくなる。
そう思ってかなり真剣に取り組んでいるのだが……。
「僕、才能ないのかも……。」
自分の席に戻って項垂れるミカに、メサーライトが苦笑する。
「一人だけ先に行ってて何言ってんの。」
メサーライトは、今日の魔力感知の訓練が終わり、自分の席で静かに魔力を動かす自主トレ中だ。
魔力を動かす訓練も魔法具を使って行うが、ミカがやっていたように自分だけでもやろうと思えばできる。
自分の中の魔力を感じることができれば、道具に頼らず訓練ができるので、魔力感知の精度を上げながら動かす訓練も自主的に行っているのである。
「ミカに才能なかったら、僕なんかどうすんのさ。」
「僕は、たまたまみんなより早く魔力を扱えるようになっただけだよ。」
「いや、それがもう普通じゃないんだけど。」
そう言ってメサーライトは自主トレに戻る。
別にミカも自力で魔力に気づいたわけではない。
魔力量が少ないおかげで、教会で儀式をしてもらうことになったから気づいただけだ。
他の子供たちを見ると、みんなそれぞれ自分の席で、集中して自主トレに励んでいた。
一切私語をしないわけではないが、基本的には教師に何か言われなくても、自主的に自分の中の魔力を動かす訓練をしている。
魔力を感知できるようになると、自分の中の魔力を多少なりとも動かせるようになる。
ミカにも、それが面白くて夢中になってやっていた憶えがある。
みんながミカと同じように、夢中になって魔力を動かす訓練をしているのが微笑ましくなり、思わず笑みが浮かぶ。
みんなが自主的に訓練に励む中、一人だけ暗い顔しているリムリーシェに気づいた。
リムリーシェは俯き、口をきつく引き結んでじっとしている。
今、このクラスの子供たちの中で、魔力感知をできていないのはリムリーシェとチャールの二人だけだ。
魔力を感じる力には勿論個人差があり、訓練を始めて早い人で3日くらい。
だいたい1週間前後でほとんどの子供が魔力を感じるようになるらしい。
遅い子だと2週間くらいかかることもあるとダグニーやナポロも言っていたので、まだそこまで思い詰めることではないと思うのだが、本人にとっては気が気ではないのだろう。
ミカがそんなことを考えていると、突然「んあっ!?」と大きな声が上がる。
何事かと声のした方を見ると、興奮した様子のチャールが自分の右手を見つめていた。
「感じられたかい? それが魔力だよ。」
ナポロが笑顔でチャールに声をかけると、みんなが席を立って一斉に拍手する。
口々に「おめでとう。」と声をかけると、チャールは嬉しそうに顔を赤らめ、みんなにペコリと頭を下げた。
あのムールトも立ちはしないが、席に座ってチャールに拍手を送っている。
ムールトは、あの一件以来それなりに大人しくなった。
ミカが挨拶をしても「フン。」と鼻であしらうだけだったのが、一応は「ああ。」とか「おはよう……。」と小声で返事を返すようになった。
ポルナードは相変わらずオドオドしたところがあるが、それでも笑顔で話をすることも増えた。
少しずつ、いい方向にクラス全体が向かっているのかな、とミカはほっと一安心している。
ミカは、不意にリムリーシェのことが気になり、そっと視線を向けてみた。
リムリーシェも席を立ち、チャールに笑顔で拍手を送っている。
だけど、ミカにはその笑顔が痛みを我慢する、涙を堪えるような表情に見えてしまい胸が苦しくなった。
「……大丈夫かなあ。」
昼食を食べ終わり、運動着に着替えている時にふと思い出してしまった。
「何がだい?」
「……リムリーシェのことなんだけど。」
メサーライトが運動着に袖を通して、軽く伸びをする。
これからまた、地獄の行進の時間だ。最近は少しずつペースが上がって、本当に大変だった。
「チャールが魔力を感じられるようになったから、これで残ったのはリムリーシェだけになったろ? ちょっと思い詰め過ぎてる感じがして……。」
「あー……、確かに最近はあんまり笑わなくなったかもね。 元々あんまり笑わない子だったけど。 ……でも、仕方ないんじゃない?」
「仕方ない?」
ミカが聞き返す。
「結局は自分で何とかするしかないんだし、僕やミカが『頑張れ』なんて励ましたって、嫌味にしかならないだろ?」
「あー……、確かにそうかも。」
できる人の「頑張れ」ほど、無責任なことはない。
もう少しでできそうだったり、具体的なアドバイスができるならともかく、魔力の感知は完全に個人の感覚の問題だ。
もしも逆の立場だったら、思い詰めているところにそんなことを言われたらブチ切れているかもしれない。
「まあ、ミカだって何とかなったみたいだし、そのうち何とかなるんじゃない?」
「ん?」
急にミカの話になり、首を傾げる。
「もしかして自覚ないの!? 昨日までのミカ、すんげー怖かったんだけど!? なんか目が据わってるし、ぶつぶつ何か言ってるし! 正直、ムールト君と同室でもいいから、部屋替わりたいくらいだったんですけど!?」
「あっ、ああー……。」
ジト目で睨んでくるメサーライトに、苦笑しかできない。
確かにこの1週間は、寝ても覚めても魔獣との戦い方ばかり考えていた。
悔しさや不甲斐なさ、自分への怒りで感情が爆発しそうで、叫びだしたくなるのを必死に抑えていた記憶しかない。
ていうか、先週は他に何やったっけ?
まったく記憶がなかった。
「ごめん。 いろいろあってさ。」
「そりゃ、いろいろあったんだろうけどさ。」
メサーライトが溜息をつく。
「だから、自分で乗り越えるしかないってことじゃない?」
「まあ……、そっか。 そうかもね。」
ミカは水袋を肩にかけると、メサーライトと部屋を出る。
これからの憂鬱な3時間を思い出し、とぼとぼとグラウンドに向かうのだった。
■■■■■■
水の1の月、5の週の土の日。
つまり、ミカたちが魔法学院に入学して1カ月が経った。
明日から水の2の月になり、春が本格的になってくると言いたいところだが、実はすでに結構暖かい。
毎日の行進もいよいよきつくなり、途中でジョギングペースになったり、また歩いたりと緩急をつけるようになってきた。
だが、そんな地獄の行進も今日はない。土の日なので学院は午前のみ。
明日の陽の日には定額クエストに行くつもりなので、ミカの気分はウキウキしていた。
いつもの訓練部屋から出て、みんなが教室に戻る。
魔法学院では帰りのホームルームのようなものはない。
伝達事項は朝に済ませるし、午後はグラウンドから寮に直帰するからだ。
午前中のみの土の日の場合、訓練部屋で解散したらそのまま教室の荷物を持って、寮に帰るだけ。
ミカはメサーライトと一緒に寮に戻り、昼食を食べた。
寮のメニューはパンを主食に、豆が大量に使われた副菜二品、それに豆たっぷりの野菜スープ。
とにかく豆類が多い。
栄養が豊富でタンパク質も摂れる優れものだが、さすがに毎日これではげんなりする。
それでも味付けは工夫してくれているので、まだ何とかなっていた。
これでノイスハイム家の食卓のように塩だけの味付けがメインになると、食事に嫌気がさして学院の脱走を考えたくなってしまうところだ。
ちなみに、食事にはポレンタというのも追加できる。
主食であるパンの替わりなのだが、これはトウモロコシを粉にして煮詰めたり、団子を潰したようにして蒸したり焼いたりして食べる。
トウモロコシの甘みをほんのり感じられる、お気に入りの一品だ。
ミカは焼いたポレンタがある日はパンを減らして、その分ポレンタを多めに食べたりしていた。
ミカは昼食後、ちょっと道具屋に行っておこうかと考えていた。
明日のクエストに備え、毒消しを一つ買っておこうと思ったからだ。
森に居る魔獣に毒を持つ種はいないらしいが、それでも傷をつけられれば病原菌に感染することもありえる。
これまではお金がなくて三千ラーツの出費も抑えたいと考えていたが、数回のクエストをこなしたことでとりあえずの目途がついた。
必要な経費を惜しんで、命を落とすようなことになっては目も当てられない。
毎回使うわけでもないので、いざという時の備えとして常備しておこうと考えたのだ。
ミカが寮を出て学院の正門に向かうと、森林に向かう人影に気づいた。
魔法学院の敷地には、正門を入ってすぐに森林がある。
正門から見て左側に草叢が広がり、その奥に森林があるのだ。
なぜ敷地内にそんなものがあるのかは知らないが、あること自体は入寮した日に知ってはいた。
(…………あれは……。)
ミカはその人影が気になり、後を追ってみることにした。
別にストーカーじゃないし、ちょっと気になっただけだし、と自分に言い訳しながら慎重に森林を進む。
そうして森林を進んで行くと、目的の人影は簡単に見つけることができた。
ミカは大きな木の陰に隠れ、様子を窺ってみる。
だが、ミカは後をつけてしまったことをすぐに後悔した。
「……ぐす……ぐす…………ひっく……。」
そこには、木の根元に座り込み、膝に顔を埋めて泣いているリムリーシェがいた。
リムリーシェは、どうやらこの森林に一人になりたくて来たようだ。
誰だって、こんなところを人には見られたくないだろう。
寮生活では一人になる時間も中々作ることが難しい。
だから、人が来なそうな森林に一人で来て、隠れて泣いていたのだ。
(……本当に、俺ってやつは……。)
こんな小さな女の子の、精一杯の秘密に土足で踏み込んでしまったことを恥じた。
(このまま、そっとしておこう。)
そう思い、ミカはその場を去ろうとして――――。
パキッ。
足元に落ちていた小枝を踏み折ってしまった。
己のあまりの痛恨のミスに、思わず息が詰まり天を仰ぐ。
(――――やっちまったあああぁぁあっ……!)
ぶわっと、全身から汗が噴き出した。
「だ……、だれ?」
リムリーシェは慌てて涙を拭き、音がした方を怯えるように見る。
一瞬、そのままやり過ごせるかと考えたが、どう考えても無理だろう。
ミカは長い溜息をつくと、観念して隠れていた木から姿を見せた。
「……ミカ、君?」
「その、ごめん……。」
ミカは気まずくて、つい視線があちこちに動いてしまう。
元の世界でいいおっさんだったミカだが、どうにも女の子の涙には困ってしまう。
慰める言葉の一つもうまく言えず、頭を掻く。
「はは……、変なとこ、見られちゃったね。」
リムリーシェも恥ずかしいのか、顔を赤くして気まずそうに笑顔を作る。
だが、その笑顔はすぐに歪み、堪えきれずに涙が零れた。
「うっく……ごめん、なさい……。 うくっ……わ、わたし……、こんな……。」
両手で顔を覆い、リムリーシェは我慢できずに泣き出してしまう。
ミカは立ち竦み、動けなくなった。
自分に何ができるのか、と考え込んでしまったからだ。
だけど、その考えが間違いだと気づき、ミカは勇気を出してリムリーシェの隣に立った。
「……座って。」
リムリーシェの肩を支え、その場に座らせると、ミカも隣に座る。
(……何もしなくていいじゃないか。 ただ、傍にいてあげるだけでも。)
ミカはリムリーシェの手を握ったりせず、震える肩に手を置いたりもせず、ただじっと隣に居続けた。
せめて、それぐらいはしようと思った。
リムリーシェが泣き止むまでは、ずっと……。
30分くらいは経っただろうか、リムリーシェの嗚咽は止んでいた。
膝に顔を埋め、じっとしたままのリムリーシェを放っておくこともできず、ミカは変わらずにそのまま隣に座っていた。
蟻が昆虫の足を運ぶのを眺めながら。
(蟻って自重の何倍まで持ち運べるんだっけ? 百倍くらいか? まあ種類にもよるんだろうけど。)
そんなことを考えながら、時間を潰していた。
ちらっとリムリーシェを横目で見る。
相変わらずじっとして、動く気配がない。
ミカは気づかれないように、そっと溜息をつく。
「……ミカ君は。」
「ひゃい!」
急にリムリーシェに呼ばれ、変な声が出た。
自分で顔が熱くなるを自覚しながら、誤魔化すように軽く咳払いをして「なに?」と聞き返す。
「何も、言わないんだね……。」
「…………、何て言えばいいか分からないし。」
「そっか……。」
また、気まずい沈黙が降りる。
ミカは額の汗を拭い、こっそり深呼吸をする。
「……みんな、すごいよね。」
リムリーシェがそんなことを言い出す。
「何が?」
「……魔力なんて、分からないよ。」
どうやら、リムリーシェは魔力を感じることができないことを気にしているようだ。
すでに魔法学院が始まって1カ月。
最後まで残っていたチャールでさえ、2週間も前にクリアしている。
未だにできていないのはリムリーシェ一人だけ。
「ツェシーリアも、チャールも、私にも分かるようになるって言うけど! 分かんないよ! そんなの、分かるわけないよ!」
再び感情が昂ったのか、時折しゃくり上げる音が聞こえる。
ミカは上を見上げる。
木の高い所にでっかい蜘蛛の巣があり、大きい穴が開いているのが気になった。
「このままだと、私…………学院、追い出されちゃうの、かな……。 行く所なんか、もうないのに……。」
「それはないんじゃないかなぁ。」
リムリーシェの言葉に、初めて自分の意見をぶつけてみた。
相変わらずリムリーシェは、膝に顔を埋めたままだ。
「……なんで、ミカ君に……そんなことが、分かるの?」
少しだけ顔を傾けて、リムリーシェがミカの方を見ているのが分かった。
おずおずとミカに聞いてくる。
「侯爵領の魔法学院はおまけみたいなもんだからね。 僕たちにとっての本番は王都だよ? ここを追い出す意味がないよ。」
王都の魔法学院こそが、本当の”魔法士養成所”だ。
侯爵領の魔法学院は言ってみれば、塾や予備校みたいなものだろう。
ミカはここ1カ月の魔法学院での授業内容からそう結論づけた。
午前の座学といっても、やってることは魔力感知や魔力操作ばかり。
まともな魔力についての授業なんて一度もなかった。
多少、王国史についての授業があったぐらいか。
ここでは、魔法士としての基礎的な能力の上積みができれば御の字。
例えそれが叶わなくても、魔法士として必要な知識などが身についてくれれば、それだけでもわざわざ集めた意味があったと言っていいだろう。
まあ、まだ1年の1カ月だけなので、これがこのまま2年も続くとは思わないが、少しでも身につくものがあればそれで良し。
そう考えているのではないだろうか。
それらをざっと説明するが、リムリーシェはまだ納得いかないようだった。
「ミカ君は、……できるから、そう思えるんだよ。 すごい才能があるから……。」
リムリーシェは少し落ち着いてきたようだが、今度は両腕で膝を抱え、ぎゅっと縮こまる。
(才能。 才能、ね……。)
ミカは本来、ここにいるべき対象ではない。
7歳の測定で漏れ、今考えれば当時の魔力量など無いに等しいと言っていいほどだった。
それが、教会の儀式でたまたまきっかけを得たことで道を切り拓いた。
それが才能と言われればそうなのかもしれないが……。
(教会の、儀式……?)
ミカには、ふと思いついたことがあった。
だが、それをすぐに打ち消す。
(いやいやいや、いい加減にしろよ俺。 また悪い病気が出てるぞ。)
ミカは自分の思いつきを押さえ込む。
自分のことだけならまだしも、人にまでミカの軽挙に付き合わせる訳にはいかない。
ミカはちらっとリムリーシェを見る。
リムリーシェは今も思い詰めた表情をしていた。
きっとリムリーシェは、これからも悩み続けるだろう。
そして、またここで、一人隠れて泣くのかもしれない。
「……僕、結構無茶する性格みたいでさ。」
気がつくと、そんなことを口走っていた。
「それで、村の司祭にもよく叱られてたんだけど。」
学院に来る前の半年間、教会で度々キフロドにお説教をされていた。
やれそうだからと、やったこともないことをいきなりやるな。
だめだと分かっているなら破るんじゃない、と。
まだ、ほんの1カ月ほどしか経っていないのに、妙に懐かしい。
リムリーシェは、何の話だろう、とミカを見ている。
「でも、そのせいで…………ううん、そのおかげで魔力の扱い方が少し分かったんだ。」
その言葉に、リムリーシェははっと息を飲む。
ミカは、侯爵領の魔法学院は塾や予備校のようなもの、別に何も身につかなくても、王都で10歳から入る子供たちと並ぶだけだと考える。
だが、それはミカだからそう思えるだけで、リムリーシェにはおそらく無理だろう。
このまま今の訓練を続けても、来週には魔力を感じる力に目覚めるかもしれない。
でも、何も変わらないかもしれない。
そして、それがあと2年続いたとして、この子は耐えられるだろうか?
(たぶん、無理だろうな……。)
ミカはゆっくり立ち上がると、リムリーシェの前に立つ。
「正直言うと、僕は”これ”をしてもらったことはあっても、自分でやったことはない。 だから、上手くいくなんてとても断言できないし、上手くいってもそれで何かが変わるとは言えない。」
リムリーシェは、ミカを見上げている。
その表情は、怯えだろうか?
それとも、期待だろうか?
いや、ミカが突然言い出した話が理解できずに、ただぼんやりとミカを見ているだけなのかもしれない。
「でも、もしかしたら、この方法なら君でも魔力を感じることができるかもしれない。」
ミカは真っ直ぐリムリーシェを見る。
リムリーシェは前髪で目元がよく見えないが、驚愕に目が見開いていくのが分かった。
「……そんなことが、……できるの?」
「さあ。」
リムリーシェの声は震えていた。
ミカは力なく、肩を竦める。
「……私でも、魔力が感じられるの……?」
「分からない。」
とても、できるなんて断言できない。
できるよ、と言ってあげられたら、どんなにいいか。
リムリーシェは俯き、いつか見たきつく口を引き結んだ表情をしている。
その表情は苦し気で、痛みを堪えているようで、引き結んだ唇は微かに震えていた。
「……。」
リムリーシェが何事かを呟く。
ミカには、その言葉を聞き取ることができなかった。
「やって!」
リムリーシェは勢いよく立ち上がると、強い光を宿した瞳でミカを真っ直ぐに見る。
リムリーシェは初めて会った時からいつも俯いて、自信なさげで、こんなに強い意志を見せたのは初めてだった。
「上手くいくとは限らないよ?」
「いい、やって!」
ミカは自分でけしかけておきながら溜息をついてしまった。
目を閉じ、肩を落とし、それでも心の中では強く覚悟を決める。
(……やるからには、絶対に成功させる……!)
他人事だからと、いい加減に済ませる気など欠片もない。
自分自身の火傷を初めて治した時のように、全神経を集中して挑む。
ミカは「”制限解除”。」と小さく呟く。
「僕の手の上に、自分の手を重ねて。」
ラディがやってくれたように、手のひらを上にしてリムリーシェに両手を差し出す。
リムリーシェは一瞬だけ躊躇うように手が止まるが、すぐにミカの手に自分の手を重ねた。
「大きくゆっくり深呼吸して。」
ミカの言葉通り、リムリーシェはゆっくりと深呼吸をする。
(ラディは痛いことはないとか言ってたっけ。 俺の場合、とてもそんなこと保証できないな。)
なにせ初めてやるのだ。
結果も含め、何一つ保証できるものなどない。
「それじゃあ、いくよ。」
ミカの声に、リムリーシェは黙ってこくんと頷いた。
(ラディは確か、弱く細くとか言ってたっけ。 でも、それで感じることができるなら、とっくに感知してんだろ。 ……少し多めでいくか。)
ミカは以前作っていた魔力球を両手に作るつもりで魔力を集める。
そして、手のひらの上に魔力球を作るつもりで魔力を動かすと、魔力が勝手に散ってしまうことに気づく。
(………………え?)
初めての現象だった。
集中しているのに魔力が勝手に散逸してしまう。
だが、魔力はミカにとっての知覚範囲。
すぐにこの現象の見当がついた。
(魔力同士がぶつかって、俺の方だけが一方的に干渉されてる? いや、干渉じゃなくて、これは……。)
ミカは数倍の魔力を両手に集める。
その魔力量は、”火球”が作れるほどだ。
その魔力を手のひらに押し上げる。
が、それでも魔力はリムリーシェの手に触れた途端に散ってしまう。
(これはちょっと洒落にならん……。 これ以上の魔力を人に叩きつけるのか? それこそ、本当に何が起きるか予想もつかないぞ。)
リムリーシェの魔力はとても安定している。
本来、魔力を感じる力とは、自分の魔力の揺らぎを感じる力だ。
そして、そのために最初は外部からの干渉で自分の魔力を不安定にさせ、それを感知することで感覚を養う。
つまり、学院の訓練で使う魔法具や、今のミカの魔力ではリムリーシェの魔力を揺るがすことができなかった。
要はそれだけなのだ。
(どれだけカッチカチやねん。 硬過ぎんだろ、この子の魔力!)
ふぅ……とミカが息を吐き出すと、リムリーシェの不安げな視線を感じた。
「諦めるな。 僕は諦めてない。」
「う、うん……。」
リムリーシェは口を引き結び、こくんと頷く。
「とは言うものの、手こずってるのも事実だ。 無茶をすることになる。 どうする?」
ミカは再度確認する。
ここまで手強いのは、ミカの予想を遥かに超えていたのは確かだ。
「いいよ。 ミカ君のこと、信じる。」
「分かった。」
ミカは目を閉じ、意識を集中する。
これ以上の魔力となると、”水球”、”石弾”、”風刃”などを使う時の魔力になる。
”火球”の魔力でも十分危険な魔力量だが、これ以上の魔力量になると、ミカも本気で集中して挑まないと下手すると魔法が発現しかねない。
ソウ・ラービの時のように魔力が暴発を起こせば、リムリーシェの手を吹き飛ばすことになる。
(絶対に成功させる! 今、お前にも魔力を感じさせてやるぞ、リムリーシェ!)
ミカは”水球”を作れるだけの魔力を集めてリムリーシェの手に押し付ける。
だが、ミカの魔力はそのまま散ってしまう。
すぐにミカは”石弾”を作れるだけの魔力を集め、リムリーシェの手に押し付ける。
その瞬間――――。
ビクンッ!
突然リムリーシェの身体が跳ねた。
足がガクガクと震え、ミカの腕に痛いくらいにしがみつき、それでもへなへなと腰が落ちていく。
(しまった!? やりすぎた!)
ミカは焦って、リムリーシェの身体を支えるが、そのままリムリーシェはずるずると地面に座り込んでしまう。
「リムリーシェ! しっかりしろ! リムリーシェ!」
「……ぁ……ぁぁ……。」
ミカは必死になってリムリーシェに呼びかけ、その身体を支える。
リムリーシェは身体を支えられないのか、項垂れるようにしながら、ぶるぶる震える手でミカの服を掴む。
「リムリーシェッッッ!!!」
ミカが強く呼びかけると、ゆっくりとリムリーシェの顔が上を向く。
リムリーシェの頬は赤く染まり、目が潤んでいた。
「…………魔、力……すごいぃ……?」
リムリーシェは恍惚とした表情で声を震わせ、そう呟くのだった。




