ある歴史家の考察
こちらは、以前あった……ごにょごにょ……からの抜粋になります。
忘却の彼方に投げ込まれた……ごにょごにょ……に巻き込まれ、一緒に消えてしまった部分をサルベージしました。
ミカ・ノイスハイム。
ミカエラ教の神でありながら、人としての記録も多く残すこの不思議な人物の研究は、数百年経った今でも様々な角度から行われた。
ノイスハイム氏は一代で莫大な資産を築き、個人で光神教の研究所を設立した。
そして、失われた【神の奇跡】の復元にも尽力したとされる。
現在では、この研究所は火災により焼失しており、保管されていた資料なども残念ながら失われてしまった。
ノイスハイム氏はエックトレーム王国を救ったとされる一方、王国崩壊への道を作ったともされる。
彼が生前に取り組んだものに、『権利章典』と『奴隷解放』があるためだ。
すべての人が有する権利として、生存権や財産権など、所謂人権を含む自然権をノイスハイム氏は提唱した。
他にも教会の独立性を明文化し、こうした氏の考えは教会というネットワークを使い徐々に広まっていった。
また、奴隷という身分の廃止、とりわけ隷属呪の廃止を強く訴えた。
ただ、氏の目指していたものは、あくまで王や貴族の権限に制限を設けることであり、封建社会や制度そのものを覆すことではなかった。
その証拠に、『権利章典』では王権や王への忠誠などにも言及し、これを認めていた。
しかし、氏と王侯貴族との関係は徐々に悪化していく。
ノイスハイム氏の主張に反発する者や、逆に氏の影響力を利用しようとする者がいたためだ。
貴族社会との関係を破綻させず、ぎりぎりのところで繋ぎ止めたのは、ノイスハイム氏の第一夫人クレイリア・レーヴタインだとされる。
上級貴族であるレーヴタイン侯爵家出身のクレイリアは、実家の協力を得ながら、ノイスハイム氏と貴族社会との橋渡し役に努めた。
また、当時の国王クランザードもノイスハイム氏には比較的穏健な対応をしていたことも、氏と貴族社会の間に致命的な溝ができるのを防いだ。
もっとも、それでも暴走する貴族はおり、たびたび起こるノイスハイム氏に対する暗殺未遂事件は国王クランザードを悩ませたという。
こうした直接的な行動を起こした貴族家は例外なく災いに見舞われたことも、氏の神秘性に一役買ったことを付記しておく。
いくつかの幸運により、ノイスハイム氏の価値が王国にとって非常に高かったことも、氏にとっては有利であった。
その例の最たるものが、他国からの侵略である。
グローノワ帝国や他大陸からの侵略に見舞われた王国にとっては、ノイスハイム氏の存在は大きかった。
自ら戦場に立ち、美しい翼を羽ばたかせて飛び回る姿は、それだけで多くの将兵を奮い立たせたと言われる。
侵略に来た艦隊をたった一人で海の藻屑に変えてしまう”怒りの神”としての力を、王国は大いにアテにしていたのだ。
そのため、王国はノイスハイム氏を失う訳にはいかなかった。
王国の守護者、とも呼ばれ民衆から絶大な支持を得たノイスハイム氏は、まさに王国とっては薬にも毒にもなる存在であった。
こうして王国を他国の侵略から救ったノイスハイム氏であるが、氏が王国崩壊の原因と見る向きが一般的だ。
それは、『権利章典』と『奴隷解放』という毒によるものである。
ノイスハイム氏の没後三百年以上も経ってからの出来事を、氏のせいにするのは少々乱暴かもしれない。
だが、氏の提唱した『権利章典』と『奴隷解放』がなければ、人々はそのような考え自体を持たなかった。
一人の奴隷が起こした反乱が、民衆の革命へと戦火を広げ、王国全土を飲み込んだ。
きっかけを作った奴隷も、革命に立ち上がった民衆も、皆が叫んだのは「御使い様の意のままに」だったのである。
奴隷たちが、平民たちが、当たり前の権利を手にすることが、ミカエラ教の神の意である。
この大きな時代のうねりに、教会が関わっていることは、言うまでもないだろう。
かつて隣国との百年以上もの因縁の原因も『神託』であったことを思えば、この王国が最後まで神の意に翻弄されていたのは、あまりに皮肉だったと言わざるを得ない。
結果、エックトレーム王国は十を超える国家に分裂。
大陸の半分以上を支配していたエックトレーム王国は、名前こそ現在も残っているが、中規模の国家へと転落することとなった。
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風の1の月、2の週の陽の日。
辺境の農村。
教会の横では、五人ほどの子供が芝生の上に座り、中心に座る一人の女性の紡ぐ物語に耳を傾けていた。
「…………こうして御使い様は、暗き迷宮から聖女様をお救いなさったのでした。」
「「「わぁ~~~っ!」」」
「「「やったぁ!!!」」」
女性の話が終わると、子供たちが歓声を上げた。
だが、その中の一人の少女が、表情を曇らせる。
「……聖女様、どうなっちゃうの?」
少女が泣きそうな顔で女性を見上げると、その女性はにっこりと微笑む。
「聖女様が心配?」
「うん……。」
今日の物語では、まだ聖女様にかけられた恐ろしい呪いは解かれていなかった。
あくまで、囚われていた迷宮から救い出されただけなのだ。
そんな少女に、隣に座っていた少年が力強く断言する。
「大丈夫に決まってるよっ! だって、御使い様なんだからっ!」
根拠というには少々怪しい根拠に、少年は胸を張る。
しかし、そんなことでは納得できないのか、やはり少女は表情を曇らせたままだった。
女性は少女の頭を優しく撫で、笑いかける。
「ふふ……、大丈夫よ。」
そうして、少年に視線を向ける。
「だって、御使い様ですもの。」
「ほら、シスターだってこう言ってるじゃん!」
「でもぉ……。」
女性と少年のやり取りを聞いても、少女の不安は消えない。
シスターは少女に頷いてみせる。
「心配な時は、御使い様にいっぱい祈るといいわ。 御使い様に祈りが届けば、きっと聖女様は大丈夫よ。」
「本当……?」
「ええ、勿論。」
シスターのその言葉を聞き、少女は真剣な顔になった。
「私、いっぱい御使い様にお祈りする。」
少女の返答を聞き、シスターは一層微笑む。
そうして、立ち上がった。
「さあ、今日の学校はお終いよ。 皆、お片付け手伝って。」
「「「はーい。」」」
シスターの呼びかけに、子供たちが元気に返事をする。
「お話の続きは、また来週にしますからね。 皆、ちゃんと来るのよ。」
そう言ってシスターは祈りの仕草をし、空を見上げた。
すくすくと育つ子供たちの元気な声に、温かい気持ちになる。
降り注ぐ、柔らかな陽光に、御使いの加護を感じるのだった。




