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第30話 疑似体験旅行3 冒険者プラン




 ミカが脱衣所への扉に手をかけた時、ニネティアナに突然肩を掴まれた。


「……ちょっとミカ君。 どういうこと?」


 ミカが振り向くと、ニネティアナがずいっと顔を近づける。

 ニネティアナの目は据わっていた。

 そのあまりの迫力に、ミカは思わず息を飲む。


(え、なに? なんかすっごい怒ってる!?)


 ニネティアナのいきなりの態度の豹変に、ミカは焦った。

 何かやってしまったのだろうか?

 だが、ミカには思い当たることがない。


「さっきまで、あんなに真っ赤で可愛いお尻だったのに! おサルさんはどうしちゃったのよ!」


 おい……。

 ニネティアナの手をぺしっと払い、脱衣所に出る。


「こら、ちゃんと説明しないさい!」


 ニネティアナが籠を持って脱衣所に来る。

 籠には乾いたボロいタオルが入れてあった。

 ミカはタオルを取って頭を拭く。


「治しました。 それだけですよ。」

「治したって……。」


 ニネティアナは頭を拭く姿勢で固まっている。


(おい、いろいろ隠せよ! そんな恰好で固まってんじゃないよ!)


 ミカは自分の身体を拭きながら溜息をつく。


「聞きたいことがあるなら後で聞きます。 まずは着替えませんか?」


 風邪ひくし。

 ニネティアナも何をしていたのか思い出したようで、濡れた身体を拭いて素早く着替える。


 ミカは下着は変えるが、上着やズボンは今日着ていた物をまた着る。

 これはニネティアナの指示だ。

 常に持ち歩くことを考えると、冒険者は着替えなどはほとんど持ち歩けない。

 あまり洗濯物を増やしたくないが、汚れた服をずっと着ているとストレスが溜まる。

 そこで、冒険者の移動の際の着替えはこういう方法になったのだという。

 移動の途中では下着だけを着替えて、洗濯物を溜め込んでいくらしい。

 洗濯できる時にまとめて洗濯して、上着などはそういう時だけ着替える。


 魔法具の袋という、見た目よりも遥かに多くの物を入れられる袋があり、これがあれば着替えの心配はほぼ無くなるらしい。

 だが、これがめちゃくちゃ高い。

 Cランクの冒険者でも持っている人がいるが、パーティで共有というのがほとんどだ。

 ニネティアナやディーゴもパーティでの共有だったため、冒険者を辞める際にパーティメンバーに残してきたらしい。


 着替えが終わり、脱衣所を出るとカウンターの偏屈じいさんに声をかける。

 偏屈じいさんはやっぱり顔も上げず、「ああ。」とだけ返事をした。


 宿屋を出ると、乗り合い馬車の停留所に戻って来た。

 停留所のボロ小屋の中は、月明かりが僅かに入るので真っ暗というわけではないが、かなり暗い。

 コトンテッセのボロ小屋よりも2倍以上広い室内には数人がいた。

 奥の左隅に2人組と思しき中年の男たち。

 奥の右隅には若い女性。

 他にも壁際にちらほらいる。

 みな黙って床に座り、壁に寄りかかってじっとしている。

 ニネティアナに手を引かれ、空いているスペースの壁際に連れて行かれる。


「今日はここで朝まで過ごすわよ。」


 ニネティアナが小声で言う。


(は?)


 思わず周りを見回す。

 暗い室内には離れているとはいえ他人がいる。

 日が落ちて気温が下がってきたが、これからもっと下がるだろう。

 すでに湯冷めしてるんですけど。

 本当にこんなところで一晩過ごすのか?


「……宿とか行かないんですか?」


 ミカは静かな室内を気にしながら、小声でニネティアナに聞く。

 少し咎めるような口調になってしまう。

 ニネティアナはミカの肩に腕を回して抱き寄せる。


「冒険者っぽく行きたいんでしょう? ほら、お仲間がいっぱいいるじゃない。」


 そう言われ、もう一度周りに視線を向ける。

 男もいる。女もいる。共通点は、みな一様に生気がないことだ。


「……ここにいる人たち、みんな冒険者なんですか?」

「みんなってわけじゃなさそうだけど……、ほとんどがそうね。 何でこんなとこに居るんだと思う?」

「何でって……。」


 こんな所で一晩過ごすんだ。お金がないというのは容易に想像がつく。

 ただ、それだけなのだろうか?


「お金がないからってのは分かりますけど……。」

「そう、お金がない。 まあ、勿体ないから節約のつもりってのもいるけど。 ただね、一人前になれなきゃ宿代稼ぐのも大変なのよ。 だから、こういう所で一晩過ごすの。」


 これが、冒険者の現実(リアル)

 魔法を自在に繰って活躍する姿を夢想することはあったが、こんな姿を思い描いたことは一度もなかった。

 実際はごった煮の日替わり定食を食べ、汗だけを湯場で流し、停留所のボロ小屋で疲れた身体を休ませる。


「移動するのも、乗り合い馬車を使うなんてあんまりないわ。 今ここにいる人たちの中でも、明日乗り合い馬車を使う人が何人いるかしら。 そういう意味じゃ、昼間の半人前たちはいい仕事にありつけたんでしょうね。 ……乗り合い馬車になんか使ってたら、あっという間に素寒貧だけど。」


 たまたま懐が温かくなったからといって、使ってしまえばすぐに無くなる。

 そういう金銭感覚だから、いつまでも生活は楽にならない。

 ニネティアナの言葉には、昼間の冒険者たちを嘲るような色を感じた。


 確か以前に、ニネティアナ自身も無駄使いする性質(たち)だと言っていなかったか?

 半人前のうちから無駄使いをしていることに対してのものだろうか。


「拠点になる部屋が借りられて、遠征中も宿が使えるようになるのは一人前になってからよ。 それでも移動は歩き、野宿も当たり前なの。 森の中で野宿するのに比べれば、こんなとこでも天国よ? 獣や魔獣に怯えなくていいんだもん。」


 以前、デュールの夜泣きも夜襲に比べれば楽だと言っていた。

 そんな生活をしていれば、そりゃ夜泣きくらい何でもないだろう。

 ニネティアナの言っていた言葉の本当の意味を、少しだけ理解できたような気がした。


「ここで朝まで過ごす時はね、煩くしない、横にならない。 気をつけるのはこれだけよ。」

「横になれないんですか?」


 これはミカにはきつい。

 横になれさえすれば、どこでも眠れる自信がある。

 だが、横になるのはマナー違反。トラブルの元なのだそうだ。


「横になりたいなら宿に行けってことよ。 ここは休憩する場所であって、寝るとこではないの。 ……ここで熟睡なんかしてみなさい、あっという間に荷物盗られるわよ。」

「…………。」


 治安悪すぎだろう。

 乗り合い馬車といい、湯場といい、停留所まで盗難に警戒しないといけないらしい。


ヤウナスン(ここ)は治安が良い方よ? 一応は交易路だからね。 ただ人が多い分、そういう連中が出入りするのは仕方ないの。」


 ニネティアナは、ヤウナスンや地域のことを教えてくれる。


「ヤウナスン、サーベンジールを通って王都まで荷を運ぶの。 南の”アム・タスト通商連合”からね。 通商連合っていうのは、大陸の南にある商業国家。 小国が連合を組んで、今は一つの国みたいな感じかな。 実はリッシュ村の南の山を越えれば行けるの。 知ってた?」


 なんと、リッシュ村の南に隣国があったとは。

 ミカが目を丸くして驚くと、ニネティアナは苦笑する。


「まあ、森に魔獣はいるし山は険しいしで、とても歩いて行けないけどね。」


 地理的に隣接はしているが、行き来できるようなものではないらしい。

 取り引きにコトンテッセ以外の選択肢が生まれれば、もう少しリッシュ村が豊かになるかと思ったが、そうはいかないようだ。


「リッシュ村の織物はヤウナスン(ここ)で取り引きされるの。 で、北のサーベンジールか南の通商連合に運ばれる。 サーベンジールは国内第三の都市。 通商連合は商業国家。 どっちに持って行っても、あればあるだけ売れるわ。」

「そうなんだ……。」


 何となく誇らしい気持ちになる。

 アマーリアやロレッタが作る織物は、ここで取り引きされるらしい。

 ミカは自分が作っているわけでもないのに、少し嬉しくなった。


「さあ、そろそろ休みなさい。 横にはなれなくても、目を閉じてじっとしてれば少しはマシよ。」


 ニネティアナはミカの頭を撫でる。

 ミカは言われた通り、壁に寄りかかって眠る努力をすることにした。

 身体は疲れている。

 だが、しばらくしても慣れない姿勢でどうにも眠れそうにない。


「……どうして、何も聞かないんですか?」


 ぽつりと呟く。

 ミカの魔法のことだ。

 湯場で癒しの魔法のことを言ったら、とても驚いていた。

 あのニネティアナが固まってしまうくらいに。

 きっと何か聞きたいことがあるのではないかと思った。

 だが、ニネティアナは何も聞いてこなかった。


「別に聞きたいことなんてないわよ? ただ、ミカ君の【神の奇跡】を初めて見たから、ちょっと驚いちゃっただけ。」


 そう言って、ニネティアナは微笑む。


(初めて? 工場の火災の時に見てないのか?)


 伐採作業の手伝いをしていた時も、そういえばニネティアナは見ていない。

 家族を除けば、一番親しいニネティアナに見せたことがなかったのは意外だった。


「こんなこともできますよ? ”制限解除(リミッターオフ)”、”突風(ブラスト)”。」


 ミカは手をニネティアナに向け、弱い風をかける。

 熱エネルギー操作で暖かくした風だ。

 いよいよニネティアナはぽかーんとなる。


「…………ミカ君の【神の奇跡】はすごいとは聞いてたけど、こんなこともできるの?」


 教会に通っている時にキフロドにも言われたが、【神の奇跡】というのはあまり自由にあれこれできるものではないらしい。

 なぜそうなのか【神の奇跡】の使い手ではないキフロドには分からないが、とにかくそういうものだという。

 そして、()()()()()()()()()をしっかり学ぶようにも言われている。


 ニネティアナはミカの手をまじまじと見ると、その手をがっと掴む。

 そして、自分の服の中にミカの手を突っ込んだ。


「ちょっ!? なにやって……!」

「はぁぁ~……、(あった)けぇ~……。」


 ミカは大声が出そうになるのを飲み込み、必死になって手を抜こうとする。

 ニネティアナは、ほへぇ~……と気が抜けた表情をしながらも、ミカの手をがっちりとホールドして放さない。


(こ、このぉ……っ!)


 ミカは熱エネルギー操作で、”突風(ブラスト)”の温度を下げる。

 といっても、氷点下まで下げるわけではない。せいぜい10度以下程度だ。

 だが、突然の冷風にニネティアナはびくっと身体を震わせ、慌ててミカの手を引き抜く。

 恨めしそうな目でミカを見る。


「……ちょっとミカ君、なんてことするのよ。 寒いじゃない。」

「今のは完全にニネティアナさんが悪いですよね?」


 しばらく小声で言い争うが、室内にいる誰かが軽く咳払いをする。

 それを聞き、ミカもニネティアナも黙り込む。

 それから、声が漏れないようにしながらくすくすと笑い合った。


「……ミカ君とパーティが組めたら良かったなあ。 すっごい便利そう。」

「僕には、こき使われるビジョンしか見えませんけどね。」


 暖房替わりに使われるのは間違いない。

 だが、例えそんな理由でもニネティアナに「ミカと組みたかった」と言われるのは嬉しかった。


「さあ、本当にもう休んだ方がいいわ。 眠れるなら寝ちゃってもいいからね。 あたしがちゃんと警戒してるから。」

「……お願いします。」


 眠れるかは分からないが、眠気は強い。

 ミカは身体の力を抜いて、眠る努力をする。


 旅はまだ初日が終わっただけ。

 だが、あまりにも多くのことがありすぎた。

 今日あった様々なことを思い出しているうちに、ミカはいつの間にか眠っていた。







 ……カタン…………。


 微かな物音に、ミカの意識は少しずつ浮上を始めた。


(…………ぁ……(ねむ)……。 怠い……。)


 今まで眠っていたはずなのに、眠気が異常に強い。

 身体中が強張り、あちこちが痛む。


(……なんで、こんな……痛い? 眠い……。)


 寝入り端に目が覚めてしまったのだろうか。

 疲労が身体に残ったままだった。


 コトン……、カタ……。


 物音が聞こえる。

 アマーリアが起きたのだろうか?

 働き者のアマーリアはいつも朝が早い。

 ミカたちの朝食の準備だけでなく、家のちょっとした用事も朝のうちに片づけているようだった。


(……いつも、ありがとう。 これからは、俺ももっとしっかりするから……。)


 …………しっかりする……?

 何をするんだっけ?


(っ!?)


 ミカはパッと目を開ける。

 古びて汚れた板張りの床、見慣れない天井と壁、広い空間。

 乗り合い馬車の停留所にあるボロ小屋だった。


(……そうだった。 ここはもう家じゃないんだ。)


 まだ日の出前なのか、窓から見える景色は薄暗い。


「……もう目が覚めたの? もう少し休んでても平気よ。」


 ミカが目を覚ましたことに気づいたニネティアナが声をかけてくる。

 相変わらず気配に敏感だ。

 ミカはニネティアナに寄りかかっていた姿勢を直す。


「おはようございますニネティアナさん。 ありがとうございました。」

「おはよう。 まだ起きるには早いわよ?」

「ちょっと、身体が痛くって。」


 ミカはその場で軽く身体を動かす。

 あちこちが軋み、腕に軽い痺れがある。

 身体を解しながら周りを見ると、夜に居た人のうちの何人かが居なくなっているのに気づいた。


「……もう、出た人がいるんですか?」

「ええ。 といっても、みんなまだ出たばかりよ。 その音で目が覚めちゃった?」


 そうかもしれない。

 何となく物音がした記憶がある。


「もう少しここで休んで、それから食事に行くから。」


 そう言ってニネティアナは目を閉じる。

 ミカはすっかり眠り込んでしまったが、ニネティアナは休みながらも警戒をし続けてくれたのだろう。

 ニネティアナが動き出すまでは、静かに待つことにした。







 日の出を待ってから、ニネティアナは行動を開始した。

 ボロ小屋を出ると、すでにちらほらと人が行き来していた。

 夕食を食べた食堂に行くと、7割がた席が埋まっていた。

 ニネティアナは「2つ。」と店員に数だけを伝える。

 どうやら、朝はメニューが決まってるらしい。

 すぐに食事が運ばれてくる。

 パン2個と具沢山スープと黄色い野菜っぽい酢漬け?のような物。

 昨日のごちゃ混ぜスープが出てくるかも、とミカはこっそり覚悟をしていたが、そんなことはなかった。

 一口スープを啜ると、温かいスープが冷えた身体に沁み渡り、思わず溜息が漏れる。


(うめえ……。)


 具材にはミカの知らない野菜が沢山入っており、カラフルな見た目だが味は抜群に良い。

 大き目に刻んだ燻製肉なども入っていて、野菜と肉の旨味がよく出ていた。

 塩と胡椒でしっかり味も調(ととの)えてあり、これがこの店本来の味なのだろう。


(俺は昨日もこのスープが飲みたかったよ、ニネティアナ……。)


 ミカは心の中でこっそり泣いた。

 スープは昨日の大きな器と違い、ごく一般的なサイズ。

 なぜ昨日の器で提供してくれないのか、と文句を言いたくなった。


 パン1個とスープ、黄色い野菜の酢漬けを食べるとお腹がいっぱいになった。

 残ったパンをニネティアナに譲り、食事が終わると店を出る。

 店先でニネティアナは糧食を2つ購入して、ミカに1つ渡す。

 来た時はこんなの積んでいなかったので、ミカたちが食事している間に準備したのだろう。

 食堂では朝にこうした糧食を販売している所もあるらしい。

 朝だけ売り出す糧食は、その日の昼に食べることを前提とした糧食。

 それとは別に、数日~1週間で食べることを想定した糧食というのもあるらしい。

 こっちのは、この食堂では扱ってないらしい。


 ちなみにお値段は。

   ・朝定食 五百ラーツ。

   ・糧食  五百ラーツ。


 どちらも日替わり定食の倍の値段だった。

 というか、半値って……。

 店として日替わり定食を提供する意味はあるのだろうか?


 朝食を終えると共有の井戸に行った。

 街の中には必ず何箇所かあるので、そこで水袋の水を入れ替えるのだと言う。

 ミカには”水球(ウォーターボール)”があるので必ずしも必要ではないかもしれないが、あまり人前でぽんぽん魔法を使うのもどうかと思い、言われた通りにする。

 それから乗り合い馬車の停留所に戻った。

 停留所のボロ小屋には、朝出た時よりも人が増えている。

 コトンテッセの乗り合い馬車は「ヤウナスン行き」しかないが、ヤウナスンの乗り合い馬車は単純に考えても「コトンテッセ行き」「サーベンジール方面」「通商連合方面」がある。

 ニネティアナに聞くと他にもあるらしく、停留所に集まって来る人の数はコトンテッセの比ではないようだ。







 乗り合い馬車が到着し、昨日と同じように一番前に座るといよいよ地獄の一日の始まりである。

 癒しの魔法で治せるとは言っても、まだ気軽に使えるほど慣れていない。

 ミカは一日我慢して、湯場で治療した昨日と同じパターンでいくことにした。


 数回の休憩を挟み一日かけて宿場町に到着。

 宿場町ははっきり言えばごちゃごちゃした所で、狭い範囲に無理矢理いろんな店を詰め込んだような印象だ。

 ただ、建物は部分的にコンクリートを使った建物が結構あり、木造の建物の方がやや多いかな?くらいだった。

 この宿場町がヤウナスン~サーベンジールの中間にあたるらしい。

 ここで1泊して、明日の夕方頃にサーベンジールに到着するという。


 夕食はまた、通りかかった冒険者に聞いた美味しい店で日替わり定食を食べた。

 宿へ向かうと、今度はニネティアナから「湯場二人、一緒でいいわ。」と自ら申告。

 当然ミカの抗議は素早く動いたニネティアナに封じられ、怪訝な顔をしながらも宿の女将はやっぱり値引きしてくれた。

 ニネティアナにお尻を撫でられるセクハラを受けながらも何とか汗を流すと、ようやく癒しの魔法の時間だ。


「そのままでいようよぉー。 可愛いしー。」

「嫌に決まってるでしょ。」

「うう……おサルさん……。」


 そんなやり取りをしつつ、無事に治療完了。

 停留所のボロ小屋で一夜を明かした。







 翌日――――。


 宿場町を出発してすでに8時間以上が経過している。

 最後の休憩も終わり、お尻の痛みはすでにピークに達していた。

 それでもさすがに3日目ともなればそこそこ慣れてくるが、ダメージが無くなるわけじゃない。

 平然としてるニネティアナの方がどうかしているのだ。


「見えてきたわよ。」


 ニネティアナが前を指差し、小声でミカに教える。

 夕焼けに染まり始めた空と大地。

 やや赤く染まったその先に、何かが見えるらしい。


「……何も見えませんけど。」


 相変わらず代わり映えしない景色。

 目を凝らしても、特に何も見えなかった。

 ミカが前を見続けていると、馬車が進んで行くうちに微かに見えてきた物がある。

 遥か先にある”それ”は、まだ遠すぎてよく分からない。


「あれがサーベンジール。 ミカ君がこれから2年間過ごす街よ。」

「あれが……。」


 霞んで見える”それ”は、どうやら街壁のようだった。

 近づいていくうちに、馬車内も騒がしくなってくる。

 みんな、ようやく到着する目的地に、心に沸き立つものがあるのかもしれない。


 そのまま馬車は進むが、近くで見る街壁はとても大きかった。

 高さは10メートルを優に超え、がっちりと石で組まれた壁は、見上げているだけでも威圧されているような気分になる。

 乗り合い馬車は街壁の外で停車して、乗客が次々と下りる。

 どうやら他の街とは違って、サーベンジールでは停留所が街壁の外にあるらしい。


「街に馬車のまま入れるのは、特別に許可を受けた人だけなの。」


 ニネティアナの指さす先には、馬車が数台並んでいた。

 革の鎧を着た兵士が馬車の中を確認したり、通行証を確認したりしている。

 中にはほぼ素通りで他の馬車を追い抜いて行く馬車もあり、通行許可にも種類があるのかもしれない。


 ミカはニネティアナについて門へと近づく。

 巨大な門の左側が街に入る人や馬車、右側を出て行く人や馬車が通る。

 人の流れに乗って進んでいくと、検問に差し掛かる。

 十人以上の兵士が忙しそうに人や馬車をチェックしている。


「そこの子連れの人。 こっち来て。」


 ミカがきょろきょろと周りを見ていると、兵士の一人がニネティアナに声をかける。

 ニネティアナを見ると、ニネティアナはこくんと頷く。


「何か申告するものはあるかね?」

「申告……?」


 事務的に兵士がニネティアナに聞いてくる。

 何のことだろうとニネティアナを見ると「命令書出して。」と言う。

 命令書といえば”あれ”しかない。

 ミカは雑嚢に手を突っ込んで、リンペール男爵からの『魔法学院入学の命令書』を取り出す。

 兵士はミカが差し出した命令書を見ると一瞬目を丸くした。


「ほう……、この子は今年の魔法学院の学院生なのか。 ちょっと待ってくれ。」


 兵士は手を挙げて詰所に合図を送る。

 詰所からは立派な金属の鎧を着込んだ騎士らしき男がやって来る。


「どうした。」

「確認をお願いします。」


 兵士が命令書を騎士に渡す。

 騎士は渡された命令書に目を通した。


「……リンペール男爵の命令書で間違いない。 ようこそ、サーベンジールへ。 お嬢さ……。 うん? ミカ? ミカ君、の学院入学を歓迎しよう。」


 騎士は命令書をミカに返そうとして、一度名前を確認し直す。

 どうやら、見た目で女の子だと思われたらしい。


(……なんか、リッシュ村を出てからこんなのばっかだな。)


 命令書をミカに返すと、騎士は詰所に戻っていった。

 兵士はミカたちについて来るように言って、門の先に進む。


「魔法学院の場所は分かるかい?」

「ええ。 行ったことはないけど。 街の北西よね?」

「そうです。 まあ、分からなければ大通りに兵士はいくらでもいるので。 適当に捕まえて聞いてください。 それでは、お気をつけて。」


 何だか、最初と兵士の態度が若干違うような?

 ミカが戻って行く兵士を見ていると、ニネティアナがミカの頭をポンポンと叩く。

 見上げると、ニネティアナが街を指さす。


「ほら、ミカ君。 ここがサーベンジールの街よ。」


 ニネティアナの指さす方を見る。

 そこには、黄昏に染まったサーベンジールの街並みが広がっていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 愚痴が多過ぎ。最初期はもっと色々受け入れてたけど
[良い点] 気になる点以外、誉め下手ですいません。 [気になる点] 山岳縦走するような時は、風呂など当然無く、着替えも一枚、交互に着る程度かな。   まあ、異世界っていっても、なんか日本っぽく、お気楽…
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