第302話 褒賞の授与
水の3の月の中旬。
教会の敷地内にある広場には、十万にもなる群衆が詰めかけた。
今日は様々な式典が大聖堂の礼拝堂や、敷地内の広場で行われる。
即位式及び戴冠式、先の戦争における褒章の授与式、戦争や災害で亡くなった人たちの慰霊祭。
多忙を極める国王クランザードや教皇ブラホスラフのスケジュールを無理矢理合わせ、一年という節目に詰め込んだのだ。
すでに即位式、戴冠式は終わり、現在広場では褒賞の授与式が行われていた。
大聖堂内では慰霊祭の儀式の前半部分が行われており、授与式が終わったら広場でも慰霊祭の儀式の後半が行われる予定となっている。
一日で様々な行事を済ませようとしたために、まるでパズルのようにスケジュールが組まれていた。
壇上では、クランザードがミカの左胸に勲章を取り付けていた。
勲章を付け終わり、クランザードが敬礼をすると、授与式に参加している一万人を超す騎士や兵士たちが一斉に敬礼した。
ミカはクランザードに軽く返礼をし、回れ右をする。
そうして、敬礼した騎士や兵士を一望し、びしっと敬礼する。
その瞬間。
授与式を見守っていた群衆から、割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がった。
「「「御使い様ぁ!!!」」」
「「「”神々の遣わし者”、万歳!!!」」」
「「「王国、万歳っ!!!」」」
その、あまりの圧力に思わず仰け反りそうになる。
凄まじい”意”に、身体が強張り、震えそうになった。
ミカが力を籠めて敬礼を解くと、騎士たちも敬礼を解く。
ミカの左胸には、陽光を浴びた金色の勲章が輝いていた。
「騙された……。」
すべての式典が終わり、大聖堂内の控室に戻ったミカは、崩れ落ちるように四つん這いになっていた。
「人聞きの悪い。 我が儘を言ったのはミカではないですか。」
そんなミカを、クレイリアが呆れたように見下ろす。
クレイリアは侯爵家の令嬢にしてミカの婚約者として、すべての式典に最前列で参加し、一日笑顔でいなければならない招待客というお役目を負っていた。
お互いにお役御免となり、控室で帰り支度をしていたところで、とんでもない爆弾を取り出したのだった。
ミカは先の戦争での論功行賞で、第一位となった。
クランザードは褒賞として、ミカを子爵に叙爵しようとしたのだが、ここで一悶着起きる。
ミカが「貴族になんかなりたくない!」と強硬に主張したのだ。
また、教会も介入してきた。
国王が、ミカに爵位を授ける。
俗世の一国の王が、”神々の遣わし者”に授ける。
国王に仕える立場である、爵位をだ。
教会が、そんなことを受け入れる訳が無かった。
先の戦争で、王国は新たな領土を獲得した訳ではない。
そのため、王家の所有する領地を分ける形で、ミカを叙爵しようとした。
クランザードとしては、最高の褒賞でミカに報いようとしたのだ。
だが、それを本人と教会に拒絶されてしまった。
本人が嫌だと言っているのだから、やらなければいいじゃないか。
残念ながら、戦功褒賞とはそういうものではない。
そもそも拒絶すること自体があり得ないが、授けないという訳にもいかないのだ。
バランスというものがある。
もっとも手柄を立てた者に最高の褒賞を授け、順々に見合った褒賞を授ける。
これは、上に立つ者の義務なのだ。
著しくバランスを欠いた褒章は不満の元になり、ひいては上に立つ者の資質を疑われる。
叙爵を蹴るなど、かつてのレーヴタイン辺境伯を彷彿とさせる大事件だが、この時はまだ論功行賞の初期も初期だったため大事にはなっていなかった。
だが、叙爵に釣り合う、代わりの褒賞などそうあるものではない。
悩みに悩んだクランザードは、一計を案じた。
また、秘密裏にクレイリアとコンタクトを取り、協力を取り付けた。
これで、一応の形を取り繕うことができる。
クランザードは、クレイリアのアドバイスに従い、ミカに勲章を授けることにした。
金星剣槍勲章。
エックトレーム王国の勲章では、最高位の勲章である。
勲章ならば、これまでもミカは受けている。
教会も、ミカが国王に仕えるような立場になることや、目の前で授けられるようなことは受け入れられないが、見ていない所でのことは目を瞑った。
授与式を広場で行い、その間に礼拝堂で慰霊祭の儀式を進めたのには、そうした理由がある。
こうしてクランザードは、この難題を乗り切った。
「最高の勲章で報いる。 そうおっしゃった陛下に、勲章なら『受ける』と言ったのはミカでしょう?」
「聞いてなかったんだよっ!」
ミカはよろりと立ち上がる。
クレイリアは、ミカの左胸に輝く金勲章を見て、にっこりと微笑んだ。
「史上初の快挙です。 十分に功績に見合うと言っていいでしょう。」
この金勲章。
王国の千五百年にもなる歴史を紐解いても、贈られた者は片手で余る。
大変名誉な勲章だった。
とは言っても、たかが勲章である。
戦功に見合っているのだろうか、と普通は考えるだろう。
金勲章の受勲基準は『戦闘においてその義務を超えた勇敢な行為をし、国家に対して多大な貢献をした者。』とされる。
そして、この金勲章の受勲者には、二つの特権が与えられる。
一つは恩給。
生涯、月に金貨三枚が振り込まれる。
そして、クレイリアが「功績に見合う」と評価するのは、もう一つの特権の方だ。
ちなみにこの金勲章は、これまで生前に贈られた例は皆無である。
すべて亡くなった後に、追贈という形で贈られた。
恩給は、配偶者などがその権利を代わりに受けるのが通例だった。
なぜ、生前に贈られた例が無かったのか。
それは、すべてこの特権のためである。
もう一つの特権。
それは――――。
『身分、階級に関係なく先に敬礼を受ける。』
というもの。
この特権は、法の適用を受けるすべての者に適用される、となっている。
つまり、国王陛下、王妃殿下、王太子殿下という法の適用を受けないお三方以外は、すべて受勲者を立って出迎え、先に敬礼しなくてはならない。
公爵や侯爵だけではない。
王族すら、そうしなくてはならないのだ。
この特権があるために、勲章を授けることには慎重を期されていた。
先に敬礼などしたくない、という貴族たちの意見で、生前に贈ることは見送られ続けてきたのだ。
「こんな物貰ったって気まずいだけだろうが!」
「なぜ気まずいなんて思うのですか。 誇れば良いのです。 それだけの貢献をしたのですから。」
ミカが栄誉ある勲章を受勲し、それを「気まずい」と評すること自体がクレイリアには理解ができない。
ただし、この反応は予想していた。
そのため、この特権のことは隠していたのだ。
知ればまた、辞退する、と言い出しかねないから。
案の定、式が終わったので教えたら、崩れ落ちたのだった。
コンコン。
その時、控室のドアがノックされた。
ヴィローネが、ドアの向こうから用件を伝える。
「クレイリア様。 ワグナーレ枢機卿が、ミカ・ノイスハイムに面会を求めております。」
「お通しして。」
クレイリアが声をかけると、ドアが開いてワグナーレが入ってきた。
「お久しぶりです、猊下。 三年振りでしょうか。」
「もうそんなになりますか。 お二人の婚約の儀式を執り行えたことは、私にとって生涯の栄誉です。」
クレイリアとワグナーレが、にこやかに挨拶する。
そうして、ワグナーレがミカに視線を向け、恭しく跪いた。
「”神々の遣わし者”。 本日はありがとうございました。 亡くなられた方にも、遺された方にも、慰めになったことでしょう。」
「僕は大したことはできませんけど。」
”照明球”を無数に出し、空に昇る演出を大々的に行っただけである。
つまりは、いつもの詐欺だ。
教会に提案された時はどうしようか悩んだが、「こんなことで、少しでも慰めになるなら」と引き受けた。
「ミカ。 私は先に戻ります。 遅れないでね。」
「ああ、分かってるよ。」
クレイリアはワグナーレにも挨拶をし、ヴィローネを伴い帰っていく。
「すみません。 ご予定がありましたか。」
「いえ。 夕食を皆で摂ろうというだけですから。」
今日は、ミカの受勲を祝ってクレイリアの家でささやかな夕食会だ。
まあ、ささやかと言ってもそんなのは貴族基準である。
今頃は、ヤロイバロフがクレイリアの家の厨房を借りて、料理を作っているはずだ。
肉料理で、ヤロイバロフの右に出る者はいない、とミカは思っている。
(レーヴタイン家の料理人と喧嘩してなきゃいいけど……。)
下拵えは宿屋の厨房で済ませ、仕上げをレーヴタイン家でするということだったが。
まあ、キスティルも手伝うらしいので、大丈夫だろう。
普通は貴族家の厨房に部外者など絶対に入れないのだが、今日は特別だ。
ミカがヤロイバロフの料理が食べたいとリクエストしたのだ。
クレイリアの特別の配慮で、今日だけちょっとお借りすることになっている。
コース料理ではなく、立食形式なので、その中にヤロイバロフの料理を入れてもらうことにした。
ミカはワグナーレに椅子を勧め、向かいに座った。
「ブラホスラフ聖下はまだ儀式があり抜けられないため、私だけでも本日のお礼をお伝えしようと思ったのですが……。」
「わざわざ、ありがとうございます。 ですが、僕は大したことはしていません。 本当に大変だったのは皆さんでしょう。 こんな、分刻みのスケジュールで進行するなんて。」
ミカも、礼拝堂で行われた即位式や戴冠式では役割があったので、それをこなしていた。
広場での授与式の後、すぐに大聖堂の礼拝堂に戻り、慰霊祭の儀式に参加した。
その後に広場に移動し、儀式の後半で”照明球”を使った演出をやったりだ。
結構大変だったなあ、と思ったりもするが、それでも出ずっぱりだった訳ではないので、一息つく間があった。
だが、教会関係者、特に様々な儀式の進行に関わった人たちは、忙しいどころではなかっただろう。
この日のための準備、入念な進行の確認を経て、今日の本番である。
無事に済んで、本当に良かった。
まあ、まだ儀式は済んでいないらしいけど。
「本日の儀式に関わった皆さんに、何かしてあげたいのですが、差し入れでいいですか?」
「お気遣いなく、”神々の遣わし者”。 そのお気持ちこそが、私たちには何より嬉しいのです。」
うーむ、この人に言っても無駄か。
常に手本たらんとしているので、こういう話には乗ってこないか。
(キフロドも、あんまり自分から『これがいいぞ』みたいなことは言わないしなあ。)
いただけることに、何より感謝する。
これだから嬉しいとか、これはちょっと……みたいなのがない。
(王国では肉は制限中だから、通商連合で大量に買い付けて、持って来ちゃった方が話が早いかな。)
今日の夕食会程度なら融通も利かせやすいが、王都の教会関係者となると、どれだけの量がいるか。
牛か豚みたいな、家畜を数頭買ってきた方が早いか?
その時、ドアがノックされた。
「すみません、”神々の遣わし者”。 こちらに、ワグナーレ猊下はお見えでないでしょうか。」
ドアの向こうから、カラレバスの声が聞こえた。
「どうぞ、入ってください。」
「失礼します。」
カラレバスはドアを開けると、すぐにワグナーレに視線を向けた。
「猊下。 申し訳ありませんが……。」
カラレバスの表情に、少し焦りが見える。
何かトラブルのようだ。
それを見て、ワグナーレが息をつく。
「”神々の遣わし者”。 お見苦しいところを……。」
「いえ、行ってあげてください。 僕ももう帰りますから。」
そうしてミカが立ち上がると、ワグナーレも立ち上がった。
カラレバスがその場に跪き、ミカに頭を下げる。
「申し訳ありません、”神々の遣わし者”。 本日はありがとうございました。」
「こちらこそ。 ご苦労様でした。 ブラホスラフ教皇や皆さんにも、ご苦労様でした、と。」
「承りました。」
そうしてワグナーレは、カラレバスを伴い戻って行った。
ミカも教会を出ようとしたが、まだ結構人がいるようだ。
三階に上がり、窓からこっそり外に出た。
ブラホスラフ。
混乱の時代に教皇位につき、信者たちからの信頼回復に努めた。
ワグナーレと共に教会の腐敗の一掃に尽力し、教えに忠実な教会を目指す。
だが、巨大になり過ぎた組織は、それだけで巨額の費用を必要とする。
そのため、無闇にやり方を変えるだけではなく、少しずつ理想に近づけていく方法を採った。
現実的な方法を模索できる教皇だったことと、信者たちの言葉を聞き、常により良い方法を考えて教会を改革していったことで、崩壊寸前の教会を立ち直らせた。
ワグナーレ。
教会の腐敗一掃は、ワグナーレがいたからこそできたと言える。
独自に作り上げた情報網を活用し、緩みきっていた教会の引き締めを図った。
不正を働いた聖職者は容赦なく追放したり、騎士団に突き出した。
このため重要な役職が空いてしまうこともしばしばあったが、能力のある者は若くてもどんどん引き上げ、一時的に混乱はあっても組織としては強化されていった。
こうした若手の活用にも、情報網は活かされた。
ブラホスラフが教皇位を退く際、ワグナーレを後任に期待したが、ワグナーレはこれを固辞した。
自身の繋がりを使い、「私を指名するな」と枢機卿らにお願いしたとされる。
教会存亡の危機という非常事態だったため、強引な手段も少なからず用いた。
そのため、多くの逆恨みを買っていることを自覚していたからだ。
ワグナーレに睨まれれば教皇さえ震えあがる、と言われるほどに厳しく教会の綱紀粛正に生涯をかけた。
カラレバス。
ワグナーレの片腕として、腐敗一掃に携わった。
根が優しいカラレバスにとって、この役回りは非常に苦しいものではあった。
だが、そのカラレバスから見ても、庇いようのない事例がゴロゴロしているのが、当時の教会の実情だ。
せめて、影響がなるべく小さく済むよう、調整に奔走した。
誠実な人柄で、ワグナーレに付いて全国を回ると、多くの人望を集めた。
そのため、ブラホスラフが退位すると、カラレバスが教皇に選出された。
この教皇選出に何者かの意向が働いた、と実しやかに囁かれるが、事実は不明である。
ワグナーレの傀儡と揶揄されることもあったが、ワグナーレはカラレバスの意見には異を唱えなかったとされる。
ブラホスラフが教皇に選ばれた時、発声による選出という珍しい手法が採られた。
発声による選出自体が七百年以上も前のことになるが、実はこの時に選出された教皇は枢機卿ではなかった。
この、枢機卿以外からの教皇選出というのも、この時が最後。
ブラホスラフに続き、カラレバスも七百年振りの珍しい教皇の誕生だったのだ。
このことが話題となり、またその人柄もあり、カラレバスは教会の内外で非常に人気の高い教皇となった。
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レーヴタイン家、王都の別邸。夕刻。
「「「かんぱーーい!」」」
レーヴタイン家のダイニングルームで、集まった皆でグラスを掲げる。
何やら、一人だけ酒瓶を掲げている人もいるが。
今日の夕食会は、ミカにとってほぼ身内のような人だけの、小さな集まりだ。
立食形式にして、皆でわいわいやろうというもの。
主催はクレイリア。
キスティル、ネリスフィーネは身内枠。
リムリーシェも、まあ最近はほぼ身内みたいな扱いだ。
うちに居候しているし。
それと、ヤロイバロフ。
料理を作ってくれたりしているので、半分主催側か?
そして、受勲者二人。
ミカとオズエンドルワだ。
オズエンドルワも先の戦争での戦功や王都での治安活動、救助活動が論功行賞で挙がり、銀勲章を受勲した。
第五騎士団を率いる立場というだけでは、おそらく銅勲章だっただろう。
だが、ヒブジーザが防護壁に現れた際、崩れた王国軍の立て直しに多大に貢献した。
そして、これは一般に発表はされていないが、やはりいち早く前王が乗っ取られた事実に気づき、ミカと協力したことが大きい。
ツダーゼンの命令書乱発作戦が成功したのは、オズエンドルワが第五騎士団を完全に掌握し、命令を徹底させることが前提になった。
これらの功績により、銅勲章ではなく、銀勲章相当との推薦をミカと軍務大臣が連名で出したのだ。
「クレイリア嬢、ミカ君、済まないね。 私まで招待してもらって。」
オズエンドルワが苦笑しながら、恐縮する。
「こちらこそ、無理言ってすみません。 オズエンドルワさんの家でも、お祝いがあったんじゃないですか?」
そう尋ねるが、オズエンドルワは首を振る。
「銀勲章なんて大層な物を貰ってしまったおかげで、軽いお祝いじゃ済まなくなってしまったんだ。 週末に実家に戻って、大々的にパーティをすることになっているよ。」
オズエンドルワの実家はソルニータクス伯爵家だ。
伯爵領に戻り、一族を集め、近隣の小領地の領主まで招いてお披露目するらしい。
望外の褒賞に、えらいこっちゃの大騒ぎ…………とまでは言わないが、当主であるオズエンドルワの父が張り切っているという。
ヤロイバロフが酒瓶を呷り、オズエンドルワを見てにやにやする。
「勲章一個でえらい騒ぎだな。 そんなの、坊主は二個もぶら下げてんぞ?」
そう言って、ミカを指さす。
皆の視線が、ミカの左胸に注がれる。
そこには、金勲章一個、銀勲章二個、銅勲章が一個付けられていた。
ヤロイバロフにはそう言われるが、オズエンドルワは胸を張る。
「ミカ君と比べる方がおかしい。 平和な時代が続いた今、一つでも勲章を貰うことがどれ程大変か。 二度の戦場働きで、それぞれ銀勲章相当。 王都でも殊勲を挙げ、消火活動や救助活動でも活躍し、金勲章。 真似できる者がいるなら、私は喜んでこの勲章をその者に譲ろう。」
そう言って、オズエンドルワは左胸の銀勲章を摘まむ。
オズエンドルワのその主張に、ミカは微妙な顔になる。
だが、皆はウンウンと頷いている。
なぜだ……。
ちなみに、まだ授与されていないが、サロムラッサも銅勲章を受勲している。
魔法士は、その特性により受勲しやすい。
贔屓されているという話ではなく、最前線の石壁の上に配置された魔法士は、全員に贈ってもいいくらい活躍している。
密集した群衆に向けて【爆炎】を放つのだ。
一発で百人からを吹き飛ばし、絶命させる。
そんなのを、魔力の回復薬をがぶ飲みしながら、一日に十数回~数十回とぶちかます。
最前線の魔法士は、少ない者でも数千人の群衆を倒している計算になる。
敵が密集していたという魔法士にとって好条件だったとは言え、オズエンドルワ並みの使い手でもなければ、騎士や兵士ではこの戦果は無理だ。
王国が魔法士を重用する理由が、ここにある
サロムラッサは現在、調査団に参加しているのでまだ授与されていないが、事情は伝えてあるので戻り次第授与される手筈になっている。
ミカは、壁際に控えるヴィローネを見た。
今日の授与式は、王国軍の褒賞の授与式だ。
つまり、領主軍は関係ない。
領主軍は領主軍で、論功行賞は別に行われている。
レーヴタイン侯爵には、国境の領主や地方の雄として、国王から褒美が出た。
それは、仕える貴族に国王が褒美を与える、ということで当然行われた。
こちらはもっと早くに、王城にて行われている。
そして、レーヴタイン侯爵から、領主軍の騎士や兵士らに対しての褒賞というのも行われている。
実を言うと、ヴィローネがクレイリア付きの護衛騎士に復帰したのは、この褒美という色合いが強い。
キスティルとネリスフィーネが、少し表情を曇らせる。
「手柄とかはいいから、私はミカくんが無事なのが一番だわ。」
「ええ、そうです。 今回だって、決して無事に終わったとは言えないのですから……。」
二人の指摘に、一瞬ダイニングが静かになった。
ヤロイバロフやオズエンドルワにも、ミカの身に何があったのか説明してある。
一度身体を失い、リムリーシェたちのおかげで再び身体を得ることができた、と。
そうでなければ、突然伸びた身長の理由などが説明できない。
今日、この夕食会に参加している人は、そうした秘密を共有する者だけだった。
だが、レーヴタイン侯爵家の騎士たちにまで説明している訳ではない。
なので、改めてその詳しいことを口に出す者はいない。
「しかし、授与式のミカ君には驚いたね。」
空気を読み、オズエンドルワが話題を変えた。
ミカは手に持ったお皿から料理を口に運び、尋ねる。
「……何か、驚くことがありましたか?」
ミカとしては、事前の段取りの通りに勲章を貰っただけだが。
「勲章を付けた後、陛下が敬礼をしただろう? ミカ君は、返礼をして敬礼を解いた。 それから式に参加した騎士たちに返礼した。」
「ええ。 ……おかしいですか?」
緊張する式典のトップバッターとして、ミカが勲章を受けた。
緊張しいのミカにはつらい状況だが、何とか言われた通りにできたのだが。
「普通の流れなら、ミカ君が先に敬礼するんだ。 陛下は返礼するか、頷くだけが通例かな。 ところが、陛下が先に敬礼しただろう? 慌てて私たちも敬礼したけど、ちょっとざわついてたよ?」
「……………………え?」
目を瞬かせるミカに、クレイリアが頷く。
「それは、陛下の敬意の表れです。 特権は陛下や王妃殿下らには及ばないことになっていますが、陛下は特権に倣うとおっしゃってました。」
「……………………え”?」
初耳である。
というか、特権のことも後出しで聞かされたが、思った以上にとんでもない爆弾だった。
「わっはっはっ! それって国王が、坊主を敬礼して出迎えるってことか? これから、ずっと?」
ヤロイバロフが聞くと、クレイリアが頷いた。
「そう、おっしゃられていました。 それくらいはしないと、ミカの功に見合わないと。 陛下から提案してくださったのです。」
叙爵と釣り合う褒賞ということで、特権を徹底することを陛下はクレイリアに約束したという。
その上で、本来は適用外の国王自ら、範を示すつもりらしい。
ミカは口をあんぐりと開け、放心した。
そうして、絶望したような顔で呟く。
「…………僕、もう二度と家出ない。」
引き篭もる。
全力で引き篭もってやるぞ。
今日から俺の仕事は自宅警備員だ。
ミカが密かに決意を固めていると、リムリーシェがとことことやって来た。
「ミカ君、勲章見せて。」
にこにこしながら、そう言ってくる。
ミカはお皿をテーブルに置くと金勲章を外し、リムリーシェに手渡した。
ちょっと見せてもらおうと思っただけのリムリーシェが、少し戸惑う。
「やる。」
「…………へ?」
パカンッパカーンッ!
アホなことを言うミカの頭を、クレイリアとオズエンドルワが引っ叩く。
「……ミカ?」
「陛下からいただいた勲章に、何てことを……!」
顔を引き攣らせ、怒りのオーラを立ち昇らせる二人に、ミカはたじろぐ。
こわいこわいこわい……。
「ミカくん、私も見せて。」
「私にも見せてください、ミカ様。」
キスティルとネリスフィーネも、リムリーシェの手の中にある金勲章を、珍しがって見に来た。
この三人は、最近とても仲が良い。
キスティルとネリスフィーネが、リムリーシェをとても可愛がっているからだ。
ミカが身体を失った、あの時。
ミカの復活というとんでもないことを実現したのは、リムリーシェがあの場にいたからだ。
リムリーシェ以外の誰に、そんなとんでもないことを思いつくというのか。
しかも、それを成功させてしまったのだ。
ミカですら、そんな馬鹿な、と思ったことを。
そのため、ミカはリムリーシェにとても感謝しているし、だからこそミカを守りたいという希望を叶えることにした。
そして、リムリーシェに感謝しているのはミカだけではない。
クレイリアも、キスティルも、ネリスフィーネも最大限に感謝している。
進路に迷っていたリムリーシェに、護衛を提案したのはミカだが、家での居候を提案したのはキスティルとネリスフィーネだった。
ミカは『アークゥの知識』を読むために、割と部屋に籠りがちだったが、いつの間にか三人はとても仲良くなっていた。
まあ、子犬系のリムリーシェが可愛くてしょうがないのだろう。
その気持ちは、分からなくもない。
クレイリアは、珍しそうに勲章を見る三人に視線を向け、それから呆れたようにミカを見る。
「まったくもう……。 馬鹿なことばっかり言うのだから。」
クレイリアにジト目で言われ、ミカは少々居心地が悪い。
そんな時、少し離れた所で見ていたヤロイバロフが、喉を鳴らす。
「くく……。 もうすっかり尻に敷かれてやがんな。」
そう、ヤロイバロフが肩を震わせた。
オズエンドルワが、苦笑しながらクレイリアに尋ねる。
「結婚式は、もう決まったのかい?」
様々な思惑の絡んだミカとクレイリアの結婚式は、いろいろな部署の調整によって現在日程を検討されていた。
「困ったことに、まだはっきりとは決まっていないのです。 おそらく来年の水の2の月あたりになりそうだというのは、先日お話があったのですが。」
「そうなの? 僕、聞いてないんだけど……。」
「ミカの勲章の相談を受けた時に言われました。 念のため、陛下に呼ばれたこと自体を話さないでいましたからね。」
徹底的に、ミカに特権のことを悟らせない方針だったようだ。
ええ、おかげでちっとも気づかなかったよ。
ちくしょーめ。
そんなこんなで、気心の知れた人たちとの楽しい時間が過ぎていく。
ヤロイバロフの肉料理は相変わらず絶品で、皆で舌鼓を打つ。
クレイリアも想像以上の料理のレベルの高さに、言葉を失っていた。
(うん、キスティルとネリスフィーネも料理上手なんだけど、ちょっとヤロイバロフは別格だね。)
レーヴタイン家の料理人も、この日からライバル心を燃やしてしまったらしい。
毎日の食事の、肉料理の比率が上がってしまったという。
あの、一応食料制限中なんですけど……。
夕食会が終わるとヤロイバロフとオズエンドルワは帰って行き、ミカたちは泊まらせてもらった。
こうして大きな行事が終わり、平穏な日々が戻って来たのだった。
オズエンドルワ・ソルニータクス。
長らく第五騎士団の団長として王都の治安維持に努め、特殊作戦連隊も育て上げた。
王都を直接攻撃されるという、非常に難しい状況下で、それでも治安を崩壊させず立て直した。
軍務省が幹部として王国軍から引き抜こうとしたが、現場を離れることを嫌がり、断り続ける。
だが、五十歳を過ぎると突然、軍務省に異動した。
「後を任せられるようになった。」
と、第五騎士団の団長と、特殊作戦連隊の連隊長のポストを後進に譲った。
連隊長に就いたのは、まだ三十歳にもならないバザルだった。
軍務省では、自分が現場にいた時に感じた上層部の問題点を洗い出し、改革していった。
軍務省幹部にも、「現場に行け」と普段から現場を知ることの大事さを説いた。
これには、通信機により「どこにいてもすぐに連絡がつく」という環境が整ったことも大きく影響している。
軍務大臣のポストには侯爵以上の貴族家当主が就くことが通例らしく、オズエンドルワは副大臣まで出世して辣腕を振るった。
ヤロイバロフ。
食堂や宿屋を経営しながら、冒険者としての活動を続けた。
従業員として雇っていた子供たちが育つと、食堂や宿屋を開業していくスタイルで、事業規模を拡大していった。
ただし、本人にはあまり事業を大きくしたいというつもりはなく、あくまで子供たちの中に「やりたい子がいれば」というスタンスを採った。
ヤロイバロフ本人の意向とは裏腹に、子供たちが「ヤロイバロフに恩返しがしたい」と頑張ったため、どんどん事業が拡大。
晩年には、全国に食堂や宿屋を持ち、経営も育った子供たちが行うようになる。
「俺がフライパン振るうと、チビどもが取り上げるんだよ……。」
と、時々ミカに愚痴を零した。
冒険者時代に貯めた資産で食堂や宿屋を経営していたので、赤字でも構わない、というつもりだった。
しかし、ヤロイバロフの資産は子供たちの頑張りにより、結果的には数十倍にも増えることとなった。
「あの世にゃ持って行けねえしな。」
そううそぶき、すべての資産を従業員の子供たちに分配し、天寿を全うした時にはほぼ無一文だったという。
ヤロイバロフの食堂と宿屋は、ヤロイバロフが亡くなった後も王国の人々に愛され続け、その肖像画がすべての店舗に飾られた。




