第298話 御使いの、とある一日1
王都が壊滅的な被害を受けた日から、一年が過ぎた。
王都の復興は中々進まず、まだ多くの人が仮設の住宅で暮らしている。
国による仮設住宅は、第三街区の外れに大規模なものが四カ所建設された。
合成魔獣襲撃の時はミカの陳情もあり、もっと広範囲に分散して仮設住宅が建てられていた。
しかし、今回は被害が大きく、家を焼け出された人が以前の数倍いたこと。
支援物資を効率的に運用するには、なるべく集中して投入する必要があること。
これらより、被災者をあまり分散させない方策が採られた。
また、合成魔獣襲撃の時よりも遥かに深刻な被害が出たために、国にも余裕がなかった。
単純な災害による被害というだけでなく、国の中枢も混乱していたために、このような対応をせざるを得なかったという事情もある。
そんな仮設住宅の一画に、王国軍の騎士や兵士が厳重に警備する家があった。
周りにある仮設住宅よりも大きく、簡単な柵で囲われた庭もある。
ただ、造りそのものは他の仮設住宅と然程変わりはない。
規模が大きいというだけで、仮設住宅であることに変わりはなかった。
多くの人がその仮設住宅の前を通る時、跪いて祈りを捧げる。
そこまでしない人でも、簡単に祈りの仕草をしたり、一礼してから通っていた。
この大きな仮設住宅には、現在ミカたちが住んでいた。
キスティル、ネリスフィーネ。
更にはリムリーシェも住み込みということで、この仮設住宅で暮らしていた。
ミカが仮設住宅に住んでいるのは、被災者たちの傍にいることで、その悩みや不満を聞くためだ。
まあ、怪我は災害直後にほぼ【癒し】で治っているので、現在の生活に対する不安や不満などがほとんどだけど。
それも、ミカが直接聞くことはほぼ無く、国から派遣された官吏や、教会から派遣された司祭や助祭たちが聞いている。
要は、傍に居てくれるだけで有難い、ということらしい。
慰問の一環として「仮設住宅で暮らす人たちの近くにいるよ」と示しているだけである。
民の不満の高まりに懸念を抱いた国王クランザードや、ブラホスラフ教皇に「何とかならないか」と相談を受けたため、これくらいならと考え仮設住宅で生活することを決めたのだ。
水の3の月の上旬。
そんなミカの仮設住宅に、半月ほど前にワーターエラムとランバルエルを、シャクサーラから呼び寄せた。
重要な発見があったからだ。
仮設住宅の一室。
疲れ果てた様子のワーターエラムたちの検証結果を聞き、ミカは頷く。
「…………そういう事になるようですね。 つまり、ほぼすべてが後世の創作です。」
ミカが『アークゥの遺した知識』の現代語訳を見ながら結論付けると、ワーターエラムとランバルエルが渋い顔になった。
横で聞いているセステンドフはきょとんとした顔だ。
アークゥの遺した知識には、興味深いことが多かった。
その中にはなんと、光神教の原典とも呼べるような物まで含まれていた。
実際は『聖なる存在の教え』という、六柱の神の神話をまとめたものだ。
この神話自体は、それほど多くなかった。
敵対する存在、当時でいう”呪われし子”に人々を立ち向かわせるためにアークゥが語った内容を、聞いていた人が書き留めた物が元となっている。
その語った内容も、先史文明時代の六人の王の出来事がモデルとなっている。
それを、『聖なる存在』が語ったこと、という形式をアークゥは採っていた。
つまり、聖なる存在が語ったことを、アークゥが語り、それを聞いていた人が書き留めた。
これが光神教の原典とでも呼ぶべき物の正体だ。
ちなみに、神の名前はどこにも書かれていなかった。
そもそも「名を口にするも畏れ多い、貴き存在。 聖なる光は語った――――。」というような出だしが定型文。
所謂、懸けまくも畏き、というやつである。
名前は知ってるけど、言えないよ、というポーズをアークゥが採ったため、これが後の
「選ばれた者しか知ることが許されない。」
「神の名は原典にしか記されていない。」
という解釈に繋がったようだ。
ミカはそうした裏の事情を知っているのだが、ワーターエラムたちにはそこまでは教えていない。
あくまで光神教の大元、叩き台になった原典として説明した。
証拠の資料となる、羊皮紙片とともに。
ぶっちゃけ、光神教そのものがアークゥの創作を元にした二次創作、三次創作のアンソロジー本でしかない。
創世記の神話さえ、作者不明の後付けの創作だ。
人々の心の支えとなっている現状を鑑みるに、これを暴露することはさすがのミカでも気が引けた。
そのため、初期光神教の原典の存在と、それらを見せるのはワーターエラムたちだけだ。
他にも前期光神教の頃の教典とも呼べる羊皮紙片があり、これらを比べてどのように教えが追加されていったのかを検証してもらっていた。
ワーターエラムとランバルエルが頭を抱えた。
「これでは、最早まったく別の宗教だ。」
「ここまで原型を留めていないのでは『元の教えに忠実に』など不可能だ。」
そう、呻くように呟く。
前期光神教の時代までは、教典に追加することはあっても、削除は行っていなかった。
しかし、後期光神教の時代になると、削除や改変が行われるようになった。
これにより、現在の教典とされる内容に、元となった神話などが無くなってしまっていたのだ。
辛うじて残っていた神話も改変が大きく、まったく別の物語である。
後期光神教の『ヒルディンランデルたちが広げようとした、改変した内容』を取り除く。
そうして、可能な限り元に近い形に戻したいと思っていたのだが……。
そもそも原型が残っていませんでした。
これにはミカも苦笑するしかない。
(アークゥにとってはただの道具だったし、いろんな物に興味を失くしていたらしいから、好きにいじられても気にしなかったのかもしれないけど。)
この事態はさすがに考えていなかった。
これは、方針の大幅な転換が必要そうだ。
「……前期光神教の約二千年の間に水増しされまくって、教典の中で元の教えは二割程度にまで比率が落ちました。 それすら後期光神教の一千年の間にほぼ削除され、残りカスは改竄されたもの。」
打ちひしがれたワーターエラムとランバルエルに、ミカは止めを刺す一言を言い放つ。
「つまり、現在の教典をいくら調べても、光神教の真の教えには関係が無かった。」
身も蓋も無い現実に、二人は崩れ落ちた。
そんな二人を見て、セステンドフが苦笑する。
半生を懸けた研究が無駄な足掻きでしかなかった現実は、それはそれは大きなショックだろう。
だが、二人が追い求めていた答えも同時に手に入ったのだ。
そこまでひどい状況ではないはずだ。
「これにて、光神教の謎の解明は一旦打ち切りましょう。 今更教典を戻すことに意味は無さそうですから、もう一本の方に専念してもらえればと思います。」
今の光神教の教えも、そう悪いことが書かれている訳ではない。
それは、キフロドやシスター・ラディ、ブラホスラフ教皇やワグナーレ枢機卿という人たちを見ていれば分かる。
血塗られた過去が無くなる訳ではないし、その過去を受け止めてもらう必要はあるが、優先順位は下げさせてもらう。
何より、元の教えもアークゥが当時の人を煽るために吹いた、てきとーな話でしかない。
そこにこだわる意味も、すでに失われていた。
項垂れていたワーターエラムが顔を上げる。
「もう一本…………【解呪】の方だな。」
「ええ、もうすぐ聖地と帝都に送った調査団が戻って来ます。 そちらの内容の精査をお願いします。」
ミカは豊富な資金力に物を言わせ、三千人にもなる冒険者をグローノワ帝国に派遣していた。
これに教会の司教や枢機卿、教会騎士団が加わり、国からは宮廷魔法院が調査に参加する。
五千人規模の大調査団だ。
この中には、実はミカからの密命を受けた盗賊ギルドの人間もこっそり混ざっている。
密命と言っても、そう大したことではない。
隠し扉などがあれば、鼻の利く人にそうした物を暴いてくれと頼んでいるだけだ。
そのため、冒険者の中にそうした者を紛れ込ませた。
ミカも、一~二カ月に一度くらいの頻度で現地に顔を出していた。
”呪われし子”たちのお膝元なので、【解呪】の情報はないかもしれないが、何か重要な発見があるかもしれない。
そのため、クランザードから軍用の魔法具の袋もいくつか借りて、根こそぎ浚ってくるように指示していた。
グローノワ帝国の群衆は、主にダブランドル平原に近い辺りの村や街に住み着いていた。
勿論すべての人がそこに留まった訳ではないが、ダブランドル平原から離れれば離れるほど、人が少ない。
以前の生活には戻れず、新たな生活を一から作らざるを得なかったのだ。
国家としては破綻し、社会システムも崩壊した。
現在は、かなり荒廃した治安状況のようだ。
人口はおそらく一千五百万人。
ミカが呪いを解呪した時には二千万人近くいたはずだが、この一年で二割以上は命を落としただろうという予測だ。
完全に自給自足で、しかも奪い合いが横行している。
ただし、組織としては百人にも満たない無頼の集団が横行しているだけらしい。
このため、通商連合のシャクサーラの港から帝国の東側の港町に行き、それから中部にある聖地と帝都を目指す。
このルートであれば、ごく少数の帝国民にしか会わないだろうという計画だった。
ミカは、ワーターエラムたちと今後の研究について相談した。
グローノワ帝国から掻っ攫ってきた資料の調査。
大陸中にある教会から、【解呪】の断片を探す。
エックトレーム王国や、教会の協力も得て、かなり大規模に進めなくてはならない。
できれば、アム・タスト通商連合や七公国連邦にも協力を要請したい。
そうした方針を確認し、ワーターエラムたちの拠点をシャクサーラから王国に移す計画を話し合った。
ワーターエラム、ランバルエル。
彼らは生涯を研究に捧げることになる。
そして、二人の遺志はセステンドフが引き継いだ。
潤沢な資金を持つミカが支援することで、数年後に【解呪】に特化した研究所を設立し、ワーターエラムはその初代所長に就任する。
高齢であるランバルエルが亡くなると、セステンドフが研究を引き継いだ。
ワーターエラムが所長を退任すると、セステンドフが所長に就いた。
研究員は内勤で常時七十名以上。
大陸中の大聖堂や教会に出向く調査員は、六百名を超えていた。
この規模は、宮廷魔法院の【神の奇跡】の研究員と、【神の怒り】の研究施設の研究員を合計した人数を超えている。
■■■■■■
ミカは『アークゥの知識』を読み進めるため、この一年ほぼ仮設住宅に引き籠っていた。
それによって知ることのできた、”呪われし子”たちの目的。
彼らの目的はいくつかあるが、ずばり言えば神になること。
それに加えて”呪われし子”と呼ばれていた過去を消し去ることや、”意”を集めるなども加わる。
やはり、教皇にはヒルディンランデルが取り憑いていた。
そうして教典を書き換え、”呪われし子”の存在を隠した。
自らを”神の子”と称したのは、やはり”呪われし子”として蔑まれていたことを恨んでいたからだ。
また、自分たちこそが神に至ることのできる存在だと信じ込んだことも、その理由のようだ。
ちなみに、”呪われし子”と命名したのもアークゥらしい。
人々に、”呪われし子”が敵だ、と分かりやすく示すために。
本当にひどい奴だよな、こいつ……。
このことを知った時は、さすがのミカも呆れて言葉を失った。
彼らが神を目指した目的は、ただ思い上がっただけとは言い切れない。
そこには、”高エネルギー思念体”としての切実な実情もあった。
とにかく”高エネルギー思念体”というやつは、”意”がすべて。
存在し続けるには、常に”意”というエネルギーを消費する。
世界に漂っているエネルギーを取り込むだけでは、たかが知れていた。
そのエネルギーを効率的に、かつ自動的に集めるために、神となることを目指したのだ。
要は、アークゥが光神教を広げたのと、同じことを目指していたようだ。
先に行った者がすぐ横にいるとは知らず、”呪われし子”たちはこの素晴らしいアイディアに邁進した。
自分たちを”光”や”火”と称し、光の神や火の神となるつもりだったのだ。
それぞれの神の正体がアークゥだということを考えると、思いっきりバッティングしてしまう訳だが、その際の扱いがどうなるのかは『アークゥの知識』にも書かれていなかった。
この頃のアークゥには、すでにそんなことに興味が無かったことが資料から窺えた。
異教の国を攻めた目的も、やはり一番は”意”を得ることだったようだ。
彼らは莫大な”意”を得る手段として、戦争を利用するのが良さそうだと学んでしまった。
また、余計な信仰を消しておくことは、将来自分たちを神だと崇める者を増やすことにも繋がる。
こうした対立への介入に関連して、実はちょっと面白い事実を見つけてしまった。
いや、面白いと言うと不謹慎なのだが。
七公国連邦は、元は一つの大国だった。
王位の継承問題で内部分裂を起こした訳だが、その引き金になった父王を騙して譲位させた王子。
――――”呪われし子”だった。
”風”という奴が乗っ取っていたようだ。
他にも”土”という奴が別の王子を乗っ取り、対立を煽った。
七つにも分裂するというあり得ない事態は、”呪われし子”の介入によるものだったのだ。
もしも”呪われし子”の介入がなければ、分裂も二つか三つで済んだかもしれない。
いや、もしかしたら分裂を回避することだって可能性としてはあったはずだ。
そんな、誰にも言えない歴史の面白ネタを見つけてしまった。
(くそ……知りたくなかったぞ、こんな事実。)
誰かに話したくて、堪らないじゃないか。
墓場まで持って行く秘密が増えてしまった。
この一年『アークゥの知識』を読み漁り、気づいたこと。
ミカは自分が”呪われし子”たちと同じ存在になったと思ったが、少々違うようだ。
”呪われし子”もルネーシーも、”幽霊”も結局は”高エネルギー思念体”であることは同じだ。
いや、”幽霊”あたりは”高”の付かない、ただの”エネルギー思念体”かもしれないが。
まあ、それは置いておいて。
それはつまり、現在のミカもフィーも、同じだということ。
どうやら”高エネルギー思念体”を構成する”力”や”意”の結びつき方で、形態が変わるらしい。
ミカの魔法は”力”をメインに使っているが、”呪われし子”たちの使っていた”言”は”意”をメインで使うらしい。
人間であった頃はミカと同じ魔法を使うが、”高エネルギー思念体”となってからは”意”にシフトしていくようだ。
はっきりとした理由はまだ分からないのだが、自然とそういう風になっていくものだという。
確かにミカも、意識して”意”を混ぜて使うようになった。
おかげで魔法の機能拡張が断然し易くなった。
というより、安定して扱える魔力がどんどん増えるのだ。
意識的に”意”を注ぎ込むと、それまで暴れていた魔力が安定する、という感じだ。
”高エネルギー思念体”になると”力”と”意”を別の物として扱えるようになる。
そうしたことは、『アークゥの知識』にも書かれていた。
ごく単純に言ってしまえば、これまでの魔法を”力”:”意”、2:1みたいな感じとする。
そして、魔力を集中して、扱う魔力量を増やしていくと、この比率が3:1とか4:1と、”意”の比率が低下していく。
これだと魔力量が増えれば増えるほど、制御が難しくなっていくのだ。
ところが、この比率を変えて意識的に”意”を増やしていくと、魔力が安定する。
”力”:”意”、1:2と逆転させたり、更に”意”の割合を増やすことで、結果的に扱える総量が莫大に増える。
これが、”意”にシフトしていく理由であり、莫大な量の”意”を必要とする理由の一つではないだろうか、とミカは考えている。
まだ手をつけていない文献が山ほどあって少々うんざりするが、ミカは自分という存在を理解するため、来る日も来る日もひたすら読み漁った。
そうして、一つひとつ書かれている内容を検証していった。
■■■■■■
ミカはワーターエラムたちとの話し合いが終わると、庭に出た。
その手に、魔法具の袋を三つ持って。
「ミカ様。 お出掛けですか?」
草取りをしていたネリスフィーネが、その手を止めて声をかけてくる。
「うん。 ちょっと王城とか、あっちこっちに行くから…………お昼はいいかな。 戻りは夕方になると思う。」
「分かりました。 お気をつけて。」
ネリスフィーネが祈りの仕草をすると、質の高い”意”が真っ直ぐにミカに向かって来た。
この子がどれくらいミカのことを思っているのかが、これだけでよく分かる。
どれだけの”意”の中にあろうと、はっきりと違いが分かるレベルで、飛び抜けていた。
敷地の外に出ると、周囲が騒めく。
そうして、沢山の”意”がやってきた。
道の真ん中で跪き、祈る人までいる始末だ。
ミカはにこやかに笑顔を作ると、軽く手を振り飛び立った。
ミカはこの一年で、新たな商売を始めていた。
貸金業である。
ただ、手広く商売している訳ではない。
顧客はたったの三人だ。
国王クランザード、レーヴタイン侯爵、ユスディン辺境伯である。
王都、領都サーベンジール、領都ワイエッジス。
つまり、先の戦争で大きな被害を受けた街を持つ人たちに、復興費用を用立ててあげているのだ。
サーベンジールは直接的な被害は無かったが、やはり戦費の増大と税収の低下は深刻だった。
そのため、その補填をしてあげたという訳だ。
ミカが王城の入り口に下り立つと、近衛騎士たちが敬礼した。
そうして二人の騎士がミカをクランザードの下に案内する。
どうやら、今は居室にいるようだ。
クランザードは、前王の居室を使っている。
いろいろ思うところはあるだろうが、今は国にも余裕がない。
そのため、余計な改修などもせず、そのまま使っていた。
謁見の間に空けられた穴も、仮で塞ぐだけにしてある。
見栄を張るなら、王城を真っ先に修理するだろう。
だが、これはミカが拒否した。
「そんなことに回すお金があるなら、僕が貸すまでもありませんよね。」
そう脅して、とりあえず雨風だけは防げるように王城の壁を板で塞ぎ、謁見の間も板で塞いだだけの状態だ。
第一街区の貴族の屋敷も、最低限の修理以上は禁止させた。
家を投げ出された民がいるのに、貴族の屋敷を先に修理、建築などすれば「暴動を起こさせますよ」と。
第一街区を囲む第一街壁も穴だらけの状態である。
「仮設住宅での生活を余儀なくされている民が、そこに押し寄せたらどうなりますか。」
「先頭を歩いているのは、僕かもしれませんね。」
堂々と国王や貴族たちを脅していた。
貴族の中には、完全に屋敷が焼けてしまった人もいる。
だが、丸っきり無傷の屋敷も多いのだ。
ならば、王都に滞在する間は間借りでも何でもしろ、というミカの主張だった。
当然ながら、これには多くの貴族たちが反発した。
だが、貴族たちにはそれぞれの領地がある。
第一街区の屋敷は、あくまで王都に滞在する間のためだけにあるのだ。
第二街区、第三街区の復興がある程度目途が立つまでは、貴族など後回しだと言い放った。
現在、ミカの家に厳重な警備が敷かれているのは、民が押し寄せることを懸念してではない。
貴族からの刺客を懸念してなのだ。
このため、第五騎士団の中隊が常時警戒する事態になっていた。
クランザードの居室には、宰相のデドデリクと財務大臣がいた。
「ご苦労様です、御使い様。」
恭しくデドデリクと財務大臣が頭を下げる。
クランザードは、少々くたびれた表情だ。
「いつも済まない。 御使い様。」
クランザードに勧められ、ソファーに座る。
ミカはにっこりと微笑み、早速商談に入った。
「さて、如何ほど用立てましょうか。」
ミカがそう言うと、クランザードが財務大臣に視線を向ける。
財務大臣がこほんと、軽く咳払いした。
「今月は、二百七十本ほど頼みたい。」
それを聞き、ミカは少し驚く。
いつもは百六十本から百九十本くらいだからだ。
「随分と多いですね。 何かありましたか。」
「いえ、復興のペースを加速するために、雇用人員を増やすことが決定しました。 来月からは、これくらいが基本になるかと。」
「なるほど。 それは良い考えかと。」
ミカは宰相の用意した二枚の契約書を確認する。
同じ内容の契約書が二枚。
一枚はミカが持ち、一枚はクランザードが持つ。
財務大臣が近衛騎士に合図を送ると、部屋の外に待機していた二人の官吏が入室してきた。
この人たちは【鑑定】持ちの、財務省の官吏だ。
ミカは持参した魔法具の袋から純金の延べ棒を取り出し、手渡した。
官吏はそれが純金の延べ棒であることを確認し、頷く。
そうして、もう一人の官吏も確認し、財務省の管理する魔法具の袋に仕舞う。
一本十二キログラムの延べ棒。
百六十本なら一.九二トン。
二百七十本なら三.二四トンにもなる。
これが、ミカの貸金業の中身だ。
通貨で貸すのではなく、現物で貸し付ける。
国はこれに三割ほどの混ぜ物を加えて金貨を作り、復興の原資にしているという訳だ。
言うまでもないが、この延べ棒はミカが自分の魔力で作った物だ。
つまり、ミカには費用が一切かからない。
勿論、そんなことを馬鹿正直に教える訳がないが。
ちょっと手間がかかるなあ、と思うくらいで莫大な量の金を作りだしていた。
それすら、”意”を扱えるようになり、随分と楽になったけれど。
ミカはこの延べ棒を、純金の正規の取引価格の半値で国に売却する。
金鉱から採掘するコストとしては、まあこのくらいが適正だ。
国からすれば、市場に大きく影響を与えずに、大量の金を手っ取り早く手に入れられるというメリットがある。
そして、年利は三%。
年利四十%、五十%が普通に横行しているこの国で、「お前馬鹿か?」と言われるくらいには良心的な設定だ。
そりゃ、借りるよね。
この国には、まだ国債という考え自体がない。
そして、ミカも国債のことをあえて教えず、クランザード個人に貸し付けている。
レーヴタイン侯爵、ユスディン辺境伯も同様である。
そして、保証人は王家やそれぞれの貴族家。
本人が亡くなっても、家が立て替えろ、ということだ。
すでにクランザードはミカに四百億ラーツを超える借金をしている。
ユスディン辺境伯も二百二十億ラーツ。
レーヴタイン侯爵は七十億ラーツだ。
組織を掌握するのに、重要な物は三つ。
人事、会計、情報だ。
教会が従い、民や兵からも絶大な人気を持つ”神々の遣わし者”であるミカは、人は押さえたと言える。
夜会、特に情報屋ギルドと蜜月関係にあるため、情報も押さえている。
そうして、この借金。
王国において特に強い権力を持つ三人が、実はミカに絡め取られているのである。
所謂、キ〇タマ握られた、というやつだ。
あとは物資、特に現物を押さえれば完璧だが、こちらは市井への影響が大き過ぎる。
復興に大きく関わる部分なので、ここは触らないことにした。
勿論、王家やそれぞれの貴族家が持つ資産なら、この程度いつでも返せる。
だが、右から左と簡単に動かせるほどは小さくない。
現金化するには、苦労する資産だってある。
破格に低く設定した金利のおかげで、心理的抵抗も少ない。
何より、いつも二つ返事で簡単に貸してくれるのだ。
下手に資産を切り売りして金をかき集めるよりも、ちょっと摘まんで、それで済むならそっちの方がいいだろう。
ミカはこのお金を、あえて毎月必要な額だけ貸し付ける形を取っていた。
『お前らは、俺に借金してんだぞ?』
にこにこと笑顔でいるが、言外に圧迫しているのだ。
ミカの機嫌を損ねたら、「もう貸しません」とか「そろそろ、ご返済の話を決めましょうか」と匂わせればいい。
ちなみに、これがあるから国外持ち出し禁止とされている軍用の魔法具の袋を、調査団に貸し出させたのだ。
クランザードへの融資が終わると、次はレーヴタイン侯爵、ユスディン辺境伯の分。
こちらは、この場で現金でやり取りする。
ミカが純金の延べ棒を渡し、金貨で支払われる。
あくまで金額分の金貨に必要な材料として延べ棒を渡すだけだ。
そうでないと、国だけが得することになっちゃうからね。
今月はレーヴタイン侯爵が五億ラーツ、ユスディン辺境伯が十二億ラーツらしい。
王城に送られてきた契約書にサインし、それぞれの領主の下にミカが契約書とお金を届け、今月の商売は終了だ。
「それでは、また来週。 即位式で。」
「ああ……。」
ミカがソファーを立ち、にこやかに挨拶をすると、クランザードが疲れた顔をする。
本当、大変な時に王様になっちゃったよね。
ご愁傷様。
そうして、ミカはバルコニーに向かいそのまま飛び立った。
エックトレーム王国、第百八代国王クランザード・エクトラムゼ。
隣国グローノワ帝国との戦争の最中に、前王ケルニールスが崩御。
王都も壊滅的な被害を受けた中での即位だった。
…………とされている。
様々なことを丸っと隠蔽し、国の混乱はあくまで突然の前王の崩御、王都への帝国からの攻撃によるものとされた。
一部貴族とは若干の衝突もあったが、国民からは前王ケルニールスを凌ぐ人気を集めた。
混乱期には民の不満も膨らんだが、その支援は惜しみないものであり、何より王城や第一街区よりも第二第三街区の復興を優先したことが功を奏した。
豊富な資金を投じて、復興を大規模な公共事業とすることで、市場にはお金が溢れた。
王都全体の復興には時間を要したが、膨大な雇用を創出したことで経済を下支え、むしろ王国全体の景気は良くなった。
王国の歴史に賢王とされる人物は何人もいるが、その筆頭に挙げられるようになる。
王城に空けられた穴は十年もそのままにされ、むしろクランザードの賢明さをよく表すエピソードとして、後世に語り継がれた。
■■■■■■
ミカは王城の上空に来ると、ワイエッジスの上空まで移動した。
これも『アークゥの知識』にあった、空間操作の一つだ。
特殊な空間を創ったり、空間を移動したりというのは、先史文明時代に研究したらしい。
アークゥと対峙した時に、キスティルたちを連れて来たのも、この力の応用だ。
かなりの”意”を必要とするが、ミカも最近できるようになった。
これを使えば、ワイエッジスだろうと、サーベンジールであろうと一瞬である。
まあ、今のところは飛んで行っている、という振りをしているので、一応まだ誰にもバレていない。
毎月、必要な金額を書き込んだ契約書を、王城に送ってもらう。
王城でクランザードやデドデリク、財務大臣の前でミカがサインし、金塊と引き換えに用意してもらった現金を預かる。
ミカのサインした契約書に領主もサインし、現金を渡す。
ミカはこの現金輸送をサービスで請け負っている。
「信用できないなら、数日かけて自分たちで運べば?」
というだけだ。
今更、ちょろまかす意味もないし。
領主たちは一日でも早く届けてもらう方が有難いし、何より襲われる心配がほぼ無い。
ということで、それぞれの領主たちに契約書の一枚を渡し、現金も渡す。
レーヴタイン侯爵とは少々微妙な空気になるが、ミカはあえて本人とやり取りをしている。
これも商売のためだ、というのもあるが、何よりは魔力汚染のことだ。
ミカがレーヴタイン侯爵をいつまでも許せない理由が、もしかしたら魔力の影響かもしれないと気づいたからだ。
そのため、お互いにぎこちない笑顔を作りながら、毎回やり取りをしている。
「クレイリアは元気かね。」
お金のやり取りが終わり、官吏が下がるとそんなことを侯爵から聞かれた。
「先日、即位式のことを話したくらいで。 僕もあまり会えませんが…………元気そうにはしていました。」
「そうか。」
ミカは仮設住宅にほぼ引き籠り、クレイリアは宮廷魔法院に勤めている。
今年の土の2の月に魔法学院を無事に修了し、成績優秀なクレイリアは宮廷魔法院に行くことになったのだ。
本人は進路について、レーヴタイン侯爵領軍と随分迷ったようだが。
戻るだけならいつでも戻れる、とまずは宮廷魔法院に行くことにした。
ちなみに、ステッランも宮廷魔法院入りを果たした。
他にもレーヴタイン組から、二人ほど宮廷魔法院に行っている。
「……それでは、また来週に。」
「ああ、ではまた。」
ミカは少々居心地が悪いため、早々に切り上げた。
なるべく普通に接するようにしているが、やはり疲れる。
ミカは屋敷のエントランスでソインラージュと少し立ち話をし、それから外に出た。
「…………将来有望だね。」
誰にも聞かれないように、ぽつりと呟いた。
クレイリアの母、ソインラージュは若い。
めっちゃ若い。
全然年を取らない。
そして、クレイリアはそんなソインラージュ似の美人である。
侯爵の遺伝子が悪さをしない限り、クレイリアの将来は安泰だろう。
そんなことを考えながら、ミカは上空に上がり、それから王都に移動した。
ルバルワルス・レーヴタイン。
ヘイルホード地方の雄であり、エックトレーム王国の盾として生涯を生きた。
貴族として、また武人としてあるべき姿を常に実践し、グローノワ帝国との国境防衛にあたる。
六十年振りのグローノワ帝国との戦争という難局にあって、地方領主たちをよくまとめ、王国軍とも優れた連携を発揮。
自ら先頭に立って剣を振るう姿は、騎士や兵士から大いに支持を得た。
領民のみならず、王国の民たちから「ルバルワルスでなければ、ヘイルホードはもたなかった」と言われるほど、人々から尊敬された。
ハイデン、イクセル、ウルバノ。
レーヴタイン侯爵家の三兄弟は、ルバルワルス亡き後に少々苦労することになる。
常に父ルバルワルスと比較され「三人合わせてルバルワルス一人分」などと言われた。
それでも無難に領地を守り、手狭になったサーベンジールの拡張計画を策定、着工したのは彼らである。
この新市街計画により、サーベンジールは更に発展したのだった。
もっとも、その発展を支えたのは、人の通行量が飛躍的に増した影響が大きいのだが。
ダブランドル平原を越え、その先への侵攻という影響が……。




