第296話 御使いの声
王城、謁見の間。
ミカは大きく空けられた穴から、街の様子を見ていた。
至る所で火災が発生し、王都の空は煙っている。
泣きじゃくり、しがみつくリムリーシェたちを引き剥がしながら、ミカは何とか服を着ることに成功した。
だが、少々問題があり、実はパンツ一丁にローブを羽織るだけという、変態ルックである。
前を閉めているのでぱっと見は分からないだろうが、警察に職務質問喰らったら、確実に「ちょっと署まで来てくれる?」と言われるような恰好だ。
ミカは街の状態を見て、顔をしかめる。
「このままじゃ不味いな……。」
きりっとした顔で呟くが、ローブの下はパンツ一丁である。
「もう一回やってみるか。 ”吸収翼”。」
ミカは空を見上げ、【降雨】の【神の奇跡】を発現する。
ミカが魔力を注ぎ込むと、雨雲がどんどん作られていき、王都全体に雨を降らせた。
「すごーい。 さすがミカ君!」
ミカが最高難度の【神の奇跡】を発現すると、横で見ていたリムリーシェが無邪気に喜ぶ。
ミカはそんなリムリーシェを見下ろし、ぽんぽんと頭を撫でた。
ミカの身体に起こった問題が、これだ。
ほとんど変わらない身長だったはずのリムリーシェを見下ろしている。
そう、身長が伸びているのだ。
それも、がっつりと。
多分、三十センチメートルくらいは伸びていそうだった。
なにせ、クレイリアもネリスフィーネも、キスティルさえも見下ろす視点の高さなのだ。
百七十台の半ばから後半くらいはありそうだった。
四人の女の子たちの願いにより創られた身体。
それはつまり……。
「……僕がチビだったこと、気にしてた人。 いるでしょ。」
ミカがじと目でそう言うと、全員がさっと目を逸らした。
誰か一人くらい気にしている子がいるのかと思ったら、皆かよ!
「お、大きくなって、格好良くなったよ、ミカ君っ!」
「そ、そうそう、素敵ですミカ様!」
皆が口々に、フォローし合う。
全員が結託していた。
(こりゃ、全員が『どうせ創るなら』とか考えてそうだな。)
あと五センチメートルは欲しい!
十センチメートルくらいあったらなあ。
と、それぞれが願望を注ぎ込んだようだ。
その結果が、おそらくこの三十センチメートル。
急激に身体が大きくなったため、服が着れなくなってしまった。
何とかパンツだけは穿いたが、それだってかなり窮屈だ。
足を長めに創ってくれたのは有り難いけどさ。
元々大きめに作られていたおかげで、ローブだけはまともに着れたので何とか身体を隠せる。
まあ、ローブから飛び出た生足が怪しさ満点だけどな!
「僕が身長を気にしてた時、『気にしてないよ』とか言ってたのに……。」
そんな、愚痴とも恨み節ともつかない言葉が漏れる。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「クレイリア。」
ミカがクレイリアを呼ぶと、気まずそうにしていたクレイリアがミカを見た。
「悪いけど、皆を頼む。 屋敷まで送るから、一旦皆を屋敷で保護してもらえないか。」
「勿論です。 …………とは言っても、屋敷が無事だと良いのですけど。」
クレイリアが、少し表情を曇らせる。
その問題があった。
レーヴタイン家の別邸が被害を受けていないとは限らない。
ミカはラペリングロープを二本、魔法具の袋から取り出すと、クレイリアとリムリーシェに渡した。
「ちょっと僕は報告しなくちゃいけないんで。 すぐ戻ってくるけど、それまでにロープで身体を結んでおいて。 飛んで運ぶから。」
ヤロイバロフやオズエンドルワは、ただ掴まらせて運んだが、普通の人にそんなことはしない。
クレイリアとリムリーシェは、学院の授業でロープの結び方も習っている。
しっかりと身体を固定し、楽に解くことのできるロープの結び方を知っている。
「あ、リムリーシェ。 ちょっと腕出して。」
それから、ミカは魔法具の袋から盛り盛りの腕輪を取り出すと、リムリーシェの腕に付けてやった。
リムリーシェはきょとんとした顔で、されるがままになっていた。
「これを付けていれば、【身体強化】で十倍にしても耐えられる。」
「…………へ?」
いきなりの話に、リムリーシェはついて来れないようだ。
だが、ミカは構わず説明を続ける。
「耐久力が上がるから、【身体強化】を引き上げても耐えられるようになるんだ。 僕は、これで四十倍まで上げていた。」
「よん……っ!?」
横で聞いていたクレイリアが、絶句した。
キスティルやネリスフィーネには、何のことか分からないのか、顔を見合わせた。
ミカはリムリーシェの目を真っ直ぐに見て、その真意を伝える。
「皆を守れ、リムリーシェ。」
ミカの真剣な声に、リムリーシェの身体がビクッと震える。
「リムリーシェなら、使いこなせる。 ……まあ、そうは言っても、いきなり四十倍はさすがに無理だ。 だから、まずは二十倍を目指せ。 それだけで、君に敵う人なんてもういないよ。」
リムリーシェは驚いたような顔で、付けられた腕輪をしげしげと眺める。
【身体強化】十倍だ四十倍だなんて、普通は夢物語だ。
耐久力の問題をクリアしたって、そんなことすれば、あっという間に魔力枯渇を起こしてぶっ倒れる。
ミカのような魔力を吸収するという反則技を持たないなら、あとはもうリムリーシェのような莫大な魔力持ち以外には無理だろう。
「皆を守ってくれ、リムリーシェ。 僕の代わりに。」
「ミカ君の、代わりに……。」
繰り返して呟くリムリーシェに、ミカは頷く。
リムリーシェは口を引き結び、しっかりと頷き返した。
「分かった!」
強い覚悟を感じさせる目で頷くリムリーシェを見て、ミカは胸に温かいものを感じた。
この子は、本当に強くなった。
皆に隠れて、膝を抱えて泣いていたリムリーシェは、今誰よりも強くなった。
ミカにとって大切な人たちを、リムリーシェなら守れると信じられるほどに。
ミカは腰に佩いた聖剣ナマクラ様を外すと、リムリーシェに渡す。
「これは、絶対に折れない短剣だ。 斬れない代わりに、絶対に折れない。 すべてを叩き伏せる聖剣だ。」
「聖剣……。」
「これはやらないぞ? 貸すだけだ。 僕の相棒なんだから。」
そうして、ミカはリムリーシェに護衛を任せた。
改めてロープで身体を固定するように指示をして、ミカは王城の穴から外に出た。
王城の庭は、かなりの混乱にあった。
だが、そんな近衛騎士たちは一旦無視。
ミカとしては、ヤロイバロフかオズエンドルワ、王太子あたりに”呪われし子”を倒したことを伝えておきたかった。
どうやら、国王が死んだということは伝わっているようだった。
王太子は、王城の入り口の前で、近衛騎士たちと何やら話し合っていた。
「殿下。」
ミカが飛んで来ると、クランザードが驚いた顔になった。
「其方っ……ミカ、あ、いや。 御使い様、か……? しかし、随分と姿が……。」
その言い回しに、ミカは眉を寄せる。
成長した姿に戸惑っているのか?
まあ、とりあえずいいや、と突っ込むことはやめておく。
「陛下は崩御されました。 ”呪われし子”も倒しました。」
「お、おおっ……! そうか。」
だが、クランザードの表情はやや微妙だった。
こじれてしまったとはいえ、国王は父なのだ。
その死に、思うところがあるのだろう。
「そ、そうだ。 御使い様、こちらはどうにかならないか?」
そう言って、クランザードが王城の入り口を指さす。
だが、入り口を見ても何もない。
ごく普通に、ミカたちが突入した時の入り口のままだ。
「……どうかしたんですか?」
「入れんのだ。」
「入れない?」
何でも、入ろうとすると途端に身体の力が抜けて、動けなくなってしまうのだという。
突入を試みた近衛騎士たちがばたばたと倒れ、何とか這って戻ってくる始末。
謁見の間に人が来ないなあ、と思っていたが、こういう事情だったようだ。
「…………何かされてるのか?」
ミカがそう呟くと、急に一人で頷き始める。
「分かった。 とりあえず僕にも見えるようにしてくれ。」
そう言うと、ミカの身体がピカッと光る。
「「「くっ!?」」」
「「「眩しい!?」」」
突然光り出したミカに、クランザードと近衛騎士たちは顔を背ける。
そして、光が収まると、入り口には黒い靄が漂っていた。
「何だ、それは!?」
「呪いですね。」
多分、アークゥが邪魔されないように細工していったのだろう。
呪いは、かけた者が死んでも無くならない。
アークゥが居なくなったからといって、消えてくれたりはしないのだ。
ミカは手を黒い靄の中に突っ込み、”自動解呪”で解呪した。
「これで大丈夫です。 ああ、そうだ。 ヤロイバロフさんを知りませんか? 斧槍を持った、人相の悪い大男です。 色黒の。」
ミカがそう聞くと、クランザードが顔を引き攣らせた。
王太子の救出に行くという話だったが、救出後の行動が分からない。
「門に現れた鉄の壁の撤去をしていたようだが……。」
「そうですか。」
ミカが王城の門を回ろうかと考えていると、クランザードがミカに尋ねる。
「御使い様は、これからどうされるおつもりで?」
なんか、クランザードの口調が気持ち悪いな。
そう思いつつ、今はそんなことを気にしている場合でもない。
「王都の混乱を何とかするつもりです。 殿下は、一刻も早く中枢の掌握を。 国が機能しないと、被害が拡大するばかりです。」
「ああ、分かっている。 そのつもりだ。」
ミカの言葉に、クランザードが頷く。
ミカはヤロイバロフを探しに、王城をぐるっと回る。
そうして、西側の門でヤロイバロフを見つけた。
ヤロイバロフと話をしていると、ちょっと様子がおかしかった。
なぜ鉄壁の撤去をしていたのか、理由が分からないという。
「…………何で、俺はこんなことやってんだ?」
「まあ、用は済んだので、撤去してもらえると有難いですけどね。」
とりあえず、ヤロイバロフの謎の行動は置いておいて。
「これから僕は、レーヴタイン侯爵の別邸にキスティルたちを預けて、それから王都の混乱を何とかしに行くつもりです。」
「分かった。 俺もチビどもが心配だしな。 一旦戻る。」
なぜキスティルたちが王城にいるのか不思議がられたが、細かい報告は後ということで、今は目先のことに動くことにした。
そうして、謁見の間に戻る。
謁見の間に着くと、近衛騎士たちがすでに到着していた。
クレイリアが、近衛騎士たちに何か説明しているようだ。
「ごめん、お待たせ。」
「ミカ、もう良いのですか?」
「「御使い様!」」
ミカが声をかけると、近衛騎士たちが一斉に敬礼した。
「急いでるから、連れて行くよ。」
「え、ええ……。」
ミカがリムリーシェからラペリングロープを受け取ると、近衛騎士たちが変な顔になった。
ロープで繋がった女の子を見て、不思議に思ったのだろう。
「じゃあ、行くよ。」
そう言ってミカは、ゆっくりとキスティルたちを吊り上げる。
そのまま雨の降る第一街区を飛び、レーヴタイン侯爵家の別邸の上空へ。
やはりと言うか何と言うか、ヒルディンランデルのレーザーで、屋敷の一部が壊され燃えていた。
ミカは一旦庭に下りて、クレイリアたちには玄関に行くように言う。
そうして、自分は屋敷の損壊した部分に。
何とか消火しようとしていた、レーヴタイン侯爵家の騎士たちを下がらせる。
「まあ、不幸中の幸いというか。 端の方だったから、まだマシか。」
上空から見ただけでも、屋敷のど真ん中を焼き払われたりした建物がいくつもあった。
それと比べれば、まだ全然マシだろう。
建物の端、一部屋分ほどの幅で一階二階が消失。
庭に大きくレーザーの通った跡。
敷地を囲う壁の一部が消失。
これで、マシだというのだから、嫌になる。
ミカはまだ燃えている建物に、魔力を送り込んだ。
以前に織物工場を消火した時の要領で、燃えている部分を凍らせた。
庭の芝や草花などは燻っているようだが、雨が降っているのでこちらは時間の問題だろう。
「クレイリア。 建物の火は消しておいた。」
「ありがとうございます。 ミカ。」
クレイリアはミカにタオルを差し出すが、首を振る。
この後また、すぐ外に出るのだ。
「それじゃ、皆をお願いね。」
「はい。」
クレイリアは真っ直ぐにミカを見ると、恭しく頭を下げた。
「ご無事で。 ミカ。」
「ミカくん、気をつけてね。」
キスティルもクレイリアの横に並び、少しつらそうな顔で言う。
きっと、本当は引き留めたいのだろう。
それでも、何も言わずに送り出してくれる。
「必ず戻るよ。 心配は…………、しちゃうよね。 やっぱり。」
心配するな、という方が無理だろう。
「でも、絶対に戻ってくるから。」
「うん……。」
ミカは後ろ髪引かれる思いで、飛び立つ。
そうして、第二街区を目指した。
南東の大通り。
ミカがいつも服を買っていた店に行ってみる。
店は被害を免れていたが、店主はいないようだ。
「すまん、緊急事態なんで。」
そう言い訳をしながら、ミカは自分のサイズに合う下着や服を選ぶ。
さすがに変態ルックのままでは、気が気ではない。
試着室に入り、勝手に着込む。
元の世界のように、値札のタグとか無いのは有り難い。
地味に面倒なんだよなあ、あれ外すのって。
以前、大量に服を買った時に外し忘れたというか、見落としてしまったことがあった。
少々恥ずかしい思いをしたことを思い出しながら、袖を通した。
身体が濡れているので、若干着るのに苦労する。
それでも、何とか着ることができた。
「これで良し。」
びしっと着込み、着心地を確認する。
ミカは金貨三枚を取り出すと、カウンターの下の引き出しに入れる。
気づいてくれるかどうか分からないが、勝手に持って行く詫びも含めて、多く置いていく。
同じように靴も手に入れ、これで準備万端。
「よっし、気合入って来た!」
下がスースーすると、どうにも気が引き締まらないんだよな。
ミカは両頬をパンパンと叩き、雨の中に飛び出す。
そうして、再び王城の真上へ。
炎で赤々と染まる王都を、ぐるっと見回す。
雨によって延焼はある程度食い止めているが、それでも元々の被害が大きい。
合成魔獣襲撃の時とは比べ物にならない程だ。
「どうにかして、これを一気に消せないかな?」
ミカは消火の三要素、『可燃物の除去』『酸素を無くす』『熱を奪う』を考える。
とにかくネックとなるのは、範囲が広すぎることだ。
王都全体を、一気に何とかするのは難しいかもしれないが、なるべく広範囲で消火したい。
「フィー。 何か方法はないか?」
そう声をかけるが、返事はない。
今、フィーはミカの身体に宿っている。
そして、この身体を動かしているのも、実はフィーだった。
”高エネルギー思念体”となったミカでは、この身体に宿ることができなかった。
もしかしたら練習していけば方法があったのかもしれないが、すぐには無理だ。
だが、それを解決してくれたのがフィーだ。
元々、フィーは物に宿ることができた。
人にも宿ることもできた。
キスティルの身体に度々宿ることで、人の身体を動かすことには慣れていたのだ。
そのフィーが、創られたミカの身体に宿った。
そうして、ミカを引っ張ったのだ。
この身体にミカが固定されているのも、つまりはフィーのおかげだった。
ミカとフィーは、何かで繋がっている。
これを、アークゥは”不可視経路”と名付けていた。
ミカは”不可視経路”を、単に魔力を吸うだけのものと考えていたが、どうやら違ったようだ。
そのことに気づいたのも、実を言うとフィー。
アークゥの言葉を、よく憶えていた。
アークゥは、本体と分離された一人格。
本体とは”不可視経路”で繋がっていた。
アークゥが呪いを自ら視覚化させた時、一緒に本体も視覚化された。
そうした行動や言葉の端々から、単なる魔力のやり取りだけでなく、もっと重要なものだと気づいたのだ。
アークゥが本体を操作したのか、本体がアークゥを操作していたのかは分からないが、相当に重要な繋がりがあることに気づいた。
それを利用し、”高エネルギー思念体”となったミカにフィーが干渉した。
今は更に繋がりを強めるため、フィーと”高エネルギー思念体”であるミカが部分的に融合した状態らしい。
これによりフィーというOSが、ミカというアプリケーションの意志を、身体に伝える。
ということを行っているらしい。
ミカという人格と部分的にでも融合したおかげで、フィーもよりしっかりとした人格を獲得した。
ミカの記憶を参照し、その影響を受けながら、フィーという人格を作り上げたのだ。
現在、ミカという”高エネルギー思念体”を構成するものの七割ほどが、この身体に宿っている。
では、残りの三割はどこにあるのか。
実は、この三割は外部からの接続という形をとってるらしい。
多すぎる魔力によってミカの身体が崩壊した。
もしかしたら、同じことがこの身体でも起きるかもしれない。
そのことを懸念したフィーが、念のために一部を外部接続にしたらしい。
アークゥと同じように、”不可視経路”を使って。
一つの身体に、ミカとフィーの二つの人格。
元々運命共同体のようなものだったフィーと、身体も共有することになった。
だが、フィーは基本的には引っ込んでいる。
ミカの方を前面に出し、自分は引っ込んでいるつもりのようだ。
フィーは、元々が光の塊のような存在だ。
あまり積極的に表に出る気はないらしい。
そして、ミカと意志の疎通がし易くなったことを、なぜか喜んでいる。
喜ぶような状況下か?
まあ、いいけど。
ミカはフィーに話しかける時、普通にしゃべっているが、実はそんなことをする必要はない。
考えていれば伝わるのだ。
だが、これまでの癖で、つい口に出してしまう。
ミカは消火するのに何か良い方法はないか、と周囲を見回す。
だが、そう都合良くは思い浮かばない。
「…………”力”……”意”。」
今は見えないが、この場には”意”が溢れている。
”高エネルギー思念体”だった時は普通に見えていた”力”や”意”だが、今は見えない。
それでも、ここには”意”が溢れているはずだ。
王都に住む、人々の嘆き、恐怖、悲しみ、苦しみが……。
「…………”力”も”意”も、純粋な力……。」
このエネルギーを利用して、”呪われし子”たちは何かをしていた。
「”意”を集める……。」
”呪われし子”たちにできたのなら……。
「僕にも、できる!」
ミカは手のひらに、黒い繭を思い浮かべる。
”意”を集めるという”黒い繭”
どうやってるのかなんて知らん。
だが、実際にやっていたのだ。
ならば、できる!
「来いっ!」
ミカの手のひらに作られた黒い繭に、”意”が集まる。
見えはしない。
それでも、急速に集まっていることが分かった。
感じることができた。
「暴れんじゃねえ……っ!」
集まる”意”に比例して黒い繭が大きくなろうとした。
だが、ミカはそれを無理矢理に押さえつける。
ミカは”意”を集めながら考える。
この膨大な量の”意”をどうやって使うか。
「……声。」
ヒルディンランデルを倒した時、声が聞こえた。
おそらく、あれはアークゥの声だ。
(声なら、離れていても届く……?)
ミカは逡巡した。
詳しい理屈は知らない。
それでも、この方法ならもしかしたら一気に火を消せるかもしれない。
「思いつきで何とかするのは、僕の十八番だしね。」
ミカは口の端を上げ、不敵に笑う。
力技でも何でも、何とかしてしまうのがこの世界のミカのスタイルだ。
イメージするのは、音の波。
王都全体に響く、一定の音。
それも、減衰させない、低周波の音だ。
どの音域が正解か分からないので、一定の音域で試して、少しずつズラしていく。
最初は少し高めの音。
そこから少しずつ低い音に音域をズラす。
ウンンンンンンンンンンンンンンンッ!
王都中に響く、不気味な音。
ミカは全神経を集中して、少しずつ音域を試す。
そして、ある音域で赤く染まっていた王都の色が少しだけ揺らいだ。
「この辺りか……?」
ミカは音圧を上げ、更に少しずつ音域を上げたり下げたりして探る。
ウンンンンンンンンンンンンンンンッッッ!!!
王都に、不気味な音が響き渡る。
そうして試していくうちに、みるみる火勢が落ちていく音域を見つけた。
「ここだっ!」
ミカはその音域で固定し、周囲を見回す。
さっきまで赤く染まっていた王都が、雨と煙で灰色に染まっていた。
音による消火。
随分と昔だが、ネットで見かけた面白ネタだ。
最初に聞いた時は「そんな馬鹿な」と思ったが、案外しっかりとした理屈のある物理現象だった。
ごく簡単に言ってしまえば、空気を振動させて燃焼を妨げて鎮火する、というものだ。
確か、低周波の定常波が影響を与えるとか何とか…………だったと思う。
さすがに昔サラッと読んだだけの話なので、詳しい理屈までは憶えていない。
それでも、読んだ時は理に適ってると思った。
ならば、再現できるはずだ。
そう思い、再現してみました。
ミカは音を鳴らしたままで、王都の空をぐるっと駆けた。
そうして見て回り、大まかには消火はできていることを確認し、音を切る。
「ふぅーー……、何とかなったか。」
すぐにやめると、再び炎が上がる場所もあるかもしれない。
そうなる前に、少しだけ説明しておこう。
ミカは再び集中し、今度は声を届ける。
王都にいる、すべての人に呼びかける。
「王都の皆さん、先程の音は炎を消すための音です。」
男は、昨年の魔獣の襲撃で自宅を失っていた。
仮設の住宅から、最近になってようやく家族と、借家に移ってきたところだった。
新たな生活が始まったばかりだったのだ。
そんな矢先に、今度は王都中で火災が発生した。
仕事場から急いで戻り、家族の無事に安堵したのも束の間、隣家からの炎が迫っていた。
雨の中、男は縋りつく二人の娘を抱き締めながら、自宅に迫りくる炎に立ち尽くした。
街中が燃え、無力感のあまり、男は絶望してしまったのだ。
そんな時、不気味な音が響き渡った。
何とも形容しようのない、唸るような音。
その音に周囲の人たちも耳を塞ぎ、怯えていた。
だが、不思議なことが起こったのだ。
隣家の迫っていた炎が、瞬く間に消えた。
その信じられない光景に、男はただ茫然としてしまった。
『王都の皆さん、先程の音は炎を消すための音です。』
突然聞こえてきた声に、周囲がざわつく。
その声は、大きい訳ではない。
それなのに、辺りにいる人、すべてに聞こえているようだ。
『きっと、皆さんは今、苦しい思いをされていると思います。 つらい思いをされていると思います。』
「……御使い様?」
男に縋りついていた娘が、呟いた。
この声は、御使い様の声なのか?
『沢山の方が、この災厄に打ちひしがれているでしょう。 …………それは、僕も同じです。』
御使い様の声は、一人ひとりに語りかけるようだった。
『どうして、こんなひどいことが起こるのか……。 それは、僕が教えてほしいくらいだ。』
重く、胸に溜まったものを吐き出すような吐息が聞こえた。
『…………それでも、負けないでください。』
御使い様の声に、少しだけ力が籠る。
『もうだめだ。 もう立てない。 そう思っている人も、きっと沢山いると思います。』
ああ、その通りだ。
もう、疲れた……。
もう、ご立派な説教なんか沢山だ……。
そう思い、男は項垂れる。
『いいんです。 無理に立たなくてもいい。 休んだっていいんです。 でも……。』
だが、男の予想とは違い、御使い様は休んでいいと言った。
『また、前を向いてほしい。 きっと、貴方に手を差し伸べてくれる人がいます。 その手を掴んで、立ち上がってください。 貴方から手を差し伸べられるのを待っている人が、きっといます。』
妻が隣に来て、男の腕を掴んだ。
娘が、ぎゅっとしがみつくのを感じた。
ずきりと、胸が痛んだ。
自分が諦めてしまったら、娘たちはどうなるのか。
妻はどうなるのか。
『僕も、沢山の人に助けてもらいました。 その人たちがいたから、その人たちがいるから、僕は立ち上がれる。 何度だって立ち上がる。』
御使い様の言葉に、はっきりとした強い意志を感じられた。
それは強い口調ではないのに、とても揺るぎ無いものを感じた。
ミカは王都にいる人、一人ひとりに語りかける。
大切な人を失った人もいるだろう。
家族を失った人もいるだろう。
家を失った人もいるだろう。
もうだめだと、諦めてしまった人もいると思う。
それでも、もう一度奮い立って欲しい。
頑張って欲しい。
そう思い、懸命に訴えかけた。
「……また音が響きますが、それは炎を抑えるためです。 どうか皆さん、近くで困っている人がいたら、手を差し伸べてあげてください。 皆、一人ではこの苦しみは越えられません。 隣にいる人に手を貸してあげてください。」
そうして、ミカは一息置く。
「お願いします。」
ミカは魔法を切ると、大きく息を吐き出した。
「どうも、こういうのは苦手だな。」
ぽりぽりと頭を掻く。
「…………そう言うんなら、次はフィーやってよ。 やろうと思えばできるんじゃないの?」
フィーからの反論に、苦笑する。
「分かったよ。 ああ、また”意”を集めて……。」
そう言った時、どんどん何かが集まってくるのを感じた。
もしかして、これって。
「”意”が、集まって来てる……?」
王都に暮らす人たちの、ミカに向けた”意”がどんどん取り込まれるのを感じた。
これが、指向性があるってことか。
「何もしてないのに、自然と感じるなんて…………。 どうなってるんだ?」
”高エネルギー思念体”となったことで、どうやら体質に変化があるらしい。
魔力とは違う感覚が流れ込んでくる。
「…………これが、”意”の力……。皆の意志のエネルギーか。」
ミカはぺろりと唇を舐めると、ニッと笑う。
「これは、ちょっとサービスしちゃおうかな。」
ミカはそう呟くと、肩を震わせた。
ミカの心を読んだフィーが突っ込みを入れたからだ。
「きっと、皆元気でるよ。 …………多分?」
そう言って、ミカはフィーに協力させる。
この日、一年と四カ月ぶりに王都の空が光った。
光の日の再来に、多くの人が元気づけられ、奮い立ったという。
また、この日は唸るような音が、二時間ほど続いたと伝えられる。




