第291話 赤い目
ヤロイバロフは、地上からミカの戦いを見ていた。
王太子らは、近衛騎士たちに保護されている。
情報が錯綜しているが、どうやら陛下が不味いことになっているという認識が広がったようだ。
宰相は事情をよく理解してはいないが、王太子は国王の異変に気づき止めようとしていたのだ、ということで一芝居打っていた。
最終的にどんなシナリオにするつもりか知らないが、今は事態の収拾が最優先。
ヤロイバロフも、とりあえず口を出す気はなかった。
オズエンドルワも先程王城から出てきて、第五騎士団に合流するために第二街区に向かった。
ミカが城門を封鎖したため、ヤロイバロフはオズエンドルワが城壁を飛び越えるのを手伝ってやった。
ヤロイバロフが両手で勢い良く押し上げ、タイミングを合わせてオズエンドルワもジャンプする。
それだけで軽々と城壁を超えてみせるオズエンドルワを、近衛騎士たちが唖然とした顔で見ていた。
ヤロイバロフは王城の上を見上げた。
王城の真上には、なぜか不気味な巨大な顔。
その巨大な顔にしつこいくらいに突撃を喰らわせるミカ。
「いいぞ。 その調子だ。」
あんながむしゃらな戦い方。
久しぶりに胸が熱くなる思いだった。
「あーいうのは、子供の特権かねえ。」
久しく、一心不乱に挑んでいくようなことがなかった。
そういう相手がいなくなってしまったというのも大きいが、昔のようなひたむきさを失ってしまったのは確かだろう。
「頑張れよ、坊主。」
ヤロイバロフがそう呟いた時、巨大な顔が膨らんだ。
いや、膨らんだのではなく、散り散りに霧散しているのだ。
「よっしゃ。 さすが坊主だ。」
ヤロイバロフは思わずガッツポーズを取る。
だが、消えて行く黒い物の間から、何かが落ちて来るのが見えた。
「おっと、こりゃやべえか。」
もしかしたら、無理し過ぎたのかもしれない。
ミカが真っ逆さまに落ちていた。
ヤロイバロフは王城に向かって走り出す。
「よっ! ほっ、と!」
地を蹴り、バルコニーからバルコニーへと器用に飛び移る。
瞬く間に王城の最上階に上がり、更にその上へ。
そうして、ミカの落ちて来る真下で待ち構える。
ヤロイバロフはミカに向かってジャンプした。…………が、届かない。
ヤロイバロフの身体が落下し始めてから、その腕の中にミカが落ちて来た。
衝撃が最小限になるように、ミカの身体を受け止める。
着地する時も、なるべく衝撃を吸収するように着地した。
「ふぅ……。」
「……ぅぐっ……くぅ……っ!」
ミカはヤロイバロフのの腕の中で、全身を強張らせ、呻いていた。
苦悶の表情を浮かべるミカを見て、ヤロイバロフは顔をしかめる。
「……こいつは、ちとやべえな。」
あまり良い状態ではない。
回復薬はあるが、そんなものでは用を成さないだろう。
『謁見の間へ……。』
「ああ、そうだな。」
どこからともなく聞こえてきた声に、ヤロイバロフは頷く。
一切、疑問に思うことなく。
ヤロイバロフはミカを抱えたまま、バルコニーに飛び降りる。
バルコニーを飛び移りながら、謁見の間に空けられた大穴を目指した。
謁見の間は、ひどい有様だった。
生き残った人たちは避難が完了したのか、そこには死体やその残骸しかない。
近衛騎士たちさえもいなかった。
いや、一人だけ男が立っていた。
身なりの良い、水色の髪をした優男は、壁の大穴から入って来たヤロイバロフを見て頷く。
正確には、見てではないだろう。
なぜなら、その男はずっと目を瞑っているからだ。
フィーがビカビカと明滅を繰り返すが、ヤロイバロフはまったく気にしない。
フィーを無視したまま、ヤロイバロフはミカを抱えたまま歩いて行き、水色の髪の男の前へ。
初めて見る男だった。
それなのに、ヤロイバロフは男の前に立つと、ミカをその場に丁寧に置いた。
「ありがとう。 後は任せたまえ。」
「済まねえ。 頼んだ。」
「そうだな…………城門が塞がっていては、何かと不便だろう。 撤去を手伝ってあげるといい。 街もヒルディンランデルがはしゃぎ過ぎたせいで、大変なことになっている。 貴方なら、手伝えることもあるだろう。」
「ああ、分かった。」
それだけのやり取りで、ヤロイバロフは大穴に向かって歩き出す。
穴から飛び下りると、ミカの作った”鉄壁”の撤去に向かった。
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視界が、白と黒を繰り返す。
ゆっくりと目を開けると、眩い光が明滅していた。
「フィー……。」
高く、遠い、荘厳な天井がぼんやりと目に映る。
「眩しいよ、フィー。」
そう呟きながら、ミカは身体を起こした。
周囲を見回し、ここが謁見の間であることに気づく。
「気がついたかね。」
不意に声をかけられ、そちらに振り向く。
目を閉じた水色の髪の男が、少し離れた場所に立っていた。
「まさか、君がヒルディンランデルを倒せるとは思わなかった。 予想外だが、嬉しい誤算ではあるな。」
微かに、キィーン……と耳鳴りがする。
ミカは頭を一つ振り、意識をはっきりとさせた。
身体を軽く動かしながら、ゆっくりと立ち上がる。
少しばかり強張った身体を解す。
「えーと……、どうなってるんだ?」
ミカは謁見の間をきょろきょろと見回した。
美しく、荘厳な謁見の間。
塵一つ無いような、まるでこの広い謁見の間自体がキラキラと輝いているようだ。
というか、本当に光を反射しているのだった。
「フィー、眩しいよ。 止めろよ、それ。」
ミカがそう言っても、フィーは明滅を止めない。
第二次反抗期か?
「フィーというのか。 ”叡智の輝き”の一種のようだが、随分と懐いているようだね。 珍しい。」
「まあ、何だかんだ相棒みたいな感じかな。 こら、いい加減にしろよ、お前は。」
ミカはフィーに手を伸ばしながら、明滅を止めないフィーに注意する。
少しばかり耳鳴りが気になり、耳の上あたりを軽く叩く。
「昔は見かけることもあったのだがね。 最近ではほとんど見ることがない。 大昔にあった信仰では、素晴らしい閃きをもたらす神の遣いなんて信じられていたんだよ。 それで、叡智の輝きなんて呼ばれていた。」
「あははは。 お前も神の遣いだったのかよ。」
フィーの思わぬ逸話を知り、笑ってしまった。
水色の髪の男が腕を組み、考え込む。
「数が減ってしまった理由は何でだろうか。 ”力”と”意”の自然結合の一形態ではあるのだが、昔ほどは発生しなくなったようだ。 自然界に漂う”力”や”意”の性質が変わったのかもしれないな。 どちらか、或いは両方か。」
何やら、小難しいことを考えているようだ。
「自然結合、ですか?」
「ん……? ああ、済まないね。 私が勝手に、現象に対して名称を付けているだけなんだ。 昔、様々な現象などを研究していたことがあってね。」
水色の髪の男は、柔らかく微笑む。
どうやら、どこかの研究職だったらしい。
「あ、そうだ。 どうなったか分かりますか?」
ミカが水色の髪の男に尋ねると、男は頷く。
主語も何もなくとも、ミカの意を正しく汲んで。
「君の頑張りで、ヒルディンランデルは消滅したよ。 消滅、というよりは、結合が解かれたという方がより正しい表現ではあるがね。」
「そうか! そうかっ!」
ミカは力いっぱい、ガッツポーズを取った。
腕に力を籠めたら、何か筋肉痛みたいな痛みがあった。
男は微笑みながら、そんなミカを見守る。
相変わらずフィーはビカビカと明滅し、ミカは耳鳴りを感じていた。
「煩いね、君。 ”不可視経路”で繋がっているようだからそのまま連れて来たけど、消されたいのか?」
「あ、すみません。 本当に。」
男の声が少しばかり剣呑さを帯び、ミカは咄嗟に謝った。
耳鳴りが少し強くなるが、フィーを庇って手で隠そうとする。
まあ、ビカビカ光りまくってるから、隠しようがないのだけど。
だが、ミカのその行動が意外だったのか、男は軽く眉を上げた。
「……まあ、いい。 さて、それでは何か聞きたいことがあれば、今のうちに聞いておこう。 私からの餞別…………いや、報酬代わりのようなものか。 ”呪われし子”についてでも何で答えるよ。」
「え!? いいんですか!?」
ミカは驚く。
「あいつら、分からないことばかりで嫌になるんですよね。 教えてもらえると有難いです。」
「そうだね。 中々理解するのは難しいだろう。 遠慮なく何でも聞くがいい。」
「うわぁーっ、本当に!」
ミカは手を叩き、無邪気に喜んだ。
思った以上に腕が痛み、ちょっと驚く。
ていうか、ビクッとなるくらい全身が痛かったぞ?
強く叩き過ぎたか?
(まあ、いっか。)
ミカはすぐに頭を切り替えた。
(”呪われし子”って、調べようにも手掛かりは三千五百年も前の羊皮紙片だろ? どうにもならないって!)
こういうのは、知ってる人に教えてもらうのが一番だ。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってね。
その時、先程から続く耳鳴りが、ふと気になった。
そして、微かな魔力の揺らぎにも気づいた。
魔力が動いてる?
(…………【神の奇跡】のような、引っ張る感じじゃない。 これは……?)
干渉――――!?
ミカは咄嗟に、全身に魔力を纏い、飛び退く。
その瞬間、それまで認識できなかった全身の痛みに気づく。
「ぐっ……!?」
飛び退いた勢いで、ミカは床を転がった。
痛みに身体が強張り、思うように動けない。
何とか震える身体に力を入れて立ち上がるが、その場で膝をついてしまった。
魔力の過剰使用による反動。
頭痛は多少和らいでいたが、反動はまだ続いていた。
「ぐあ……!」
呻くミカを見て、男は溜息をつきながら首を振る。
「急にそんな無理をするから。 大人しく、その魔力を解きなさい。 認識をいじってあげれば楽になるよ。」
「…………ふざ……けんな……っ!」
何で俺は、こんな怪しい奴と普通に話してたんだ!?
これも、認識をいじるってことなのか?
しかも、嫌になることにまだ『認識をいじる』とかいう呪縛は解け切っていない。
謁見の間が綺麗なのだ。
ケルニールスに殺された人たちがいない。
壁に空けられているはずの大穴が無い。
ミカはちらりとフィーを見た。
フィーが明滅していた理由が分かった。
「……こいつ、”呪われし子”なんだな。」
そうフィーに問いかけると、フィーが一瞬だけ光を強めて、明滅を止めた。
フィーはずっと、警告し続けてくれていたのだ。
「悪りぃ。 どうやら、いいように操られていたみたいだ。」
ミカがそう言うと、男は首を振る。
「心外だな。 少し話をし易くしていただけさ。 私に君を害する意思はない。」
「ふざけたこと抜かすなっ……。」
「本当さ。 君を殺すだけならいくらでもできた。 今もそれは変わらない。」
男の余裕が癪に障る。
だが、男の言う事はもっともだ。
ミカはこの男の前で、気を失っていたのだ。
殺るだけが目的なら、それは容易に達成できた。
「…………どうせ、何かやらせたいことがあるんだろう?」
そうでなければ、接触してくる意味がない。
ミカが睨みつけながら確認すると、男は頷く。
「私を、解呪して欲しい。 それだけさ。」
「解呪だと……?」
「ああ、そうだ。」
そう言って男は肩を竦める。
「馬鹿どもが勝手に【解呪】を消して回ったおかげで、私は死ぬことができなくなった。」
「…………死ぬのが嫌だから消したんだろうが。」
ミカは猜疑の目で、男を注意深く見る。
反動で、まだ思うように動けないが、こっそり【身体強化】を発現した。
まあ、陽炎でバレてしまうのだが。
だが、男はそんなミカを気にせず、話を続ける。
「確かに、死は恐ろしいものだろう。 だが、永遠の命など手に入れても、結局は飽きる。 そうは思わないか。」
その言葉に、ミカは納得できる部分があった。
いつまでも生に執着する者はいるだろう。
だが、すべての者がそうなるかと考えた時、中には死を望む者がいても不思議はないと思う。
人生において、
「やるだけやった。 もういいじゃないか。」
と思っても、死ぬことができない。
それは、この世界という牢獄に繋がれ続けることを意味する。
ミカは男を睨んだまま、吐き捨てるように言う。
「……だったら、今すぐ解呪してやるよ!」
だが、そんなミカに、男は鼻を鳴らす。
「そのザマで何を言っている。 自惚れも大概にしておけ。」
「何だとっ!?」
「私はしばらく君を見ていた。 とてもではないが、力不足だ。」
男は、ゆっくりとミカの前に歩いてくる。
「ヒルディンランデルを解呪することも無理だと思っていたのだ。 そこは、素直に褒めてやろう。 まさか、成長という要因で結果を引っ繰り返してみせるとは。」
男がミカの目の前でしゃがみ込み、その目を開く。
その目を見て、ミカは息を飲んだ。
男の目は、魔獣のように、爛々と赤く輝いていた。
「…………お、お前っ……!?」
「分類としての魔物、魔獣の定義は知っているよ。 赤い目を定義に加えるのは少々的外れだが、確かに多くの場合、一致することも多い。 だが、赤い目を持たない魔物や魔獣もいるし、赤い目を持つ人や動物もいる。」
そう言って男は目を閉じ、立ち上がる。
「予想外に、君はヒルディンランデルを解呪してみせた。 明らかに力不足だった君が、だ。」
男は口の端を上げ、ミカを見下ろす。
「これは、尻を叩けば、もっと力を振り絞れるのではないか。 そう思い、姿を見せた。」
ミカは歯を喰いしばりながら、男の話を聞いた。
正直、今襲われれば、抵抗は難しいだろう。
ただでさえ得体が知れないのに、赤い目まで持つ”呪われし子”。
どう対応すればいいのか、迷う。
男の言葉には、引っ掛かる部分がある。
「あの、闇の顔はヒルディンランデルだったのか……? 王に憑いていた。」
「ああ、そうだ。 グローノワ帝国で教皇帝などと称し、扇動していた”呪われし子”だ。」
「…………お前も、その一味だろう。」
ミカがそう言うと、男は頷く。
「如何にも。 私は協力していた。 ヒルディンランデルが『神になる方法が分かった』などと言うのでね。 まあ、私は手伝ってやったに過ぎないが。」
「神に? アホかよ。」
ミカがそう言うと、男は苦笑した。
「まったくの同意見だが、随分とばっさり言うのだな。」
男は肩を震わせ、忍び笑う。
「ヒルディンランデルは、”意”を多く集めれば『神に至れる』と考えていたようだ。 そんなことでは、神になどなれないと前に教えたのだが……。」
「…………教えただと?」
「ああ。 前に教えたことがある。 だから、ヒルディンランデルはもっと別の要因に気づいたのかと思い、協力してやったのだが……。」
見事に、期待は裏切られたらしい。
ミカは反動で痛む身体を何とか動かそうとするが、倒れ込まないようにするのが精一杯だった。
本当に、今この男が攻撃してきたら、抵抗することは難しい。
魔法を使ったところで、どこまで有効か……。
「何で、お前はそんなことを知っているんだ?」
「そんなことで神に至れるなら、私がとっくに神になっているからだよ。」
男が、事も無げに答える。
「私もあまり、ヒルディンランデルのことを笑えないのだがね。 ”意”を集めれば神に至れるというのは、私も考えたことのある仮説だ。」
そこで、肩を竦める。
「私はそれを試し、その時のことをヒルディンランデルに教えてやったことがある。 だから、まさかまったく同じ失敗に突き進むとは思わないだろう? ……本当に、愚かな男だ。」
何か、違う改良を加えて挑戦するのかと思ったら、結果的にはまったく同じような方法だったということか?
(そりゃ、前に教えたことがあるなら、違う方法を試すと思うわな。)
ヒルディンランデルが、教わったことを忘れたのか、ただの馬鹿なのか。
この男のことを信用していなかった、という可能性もあるか?
男はミカを見下ろしたまま微笑む。
「まだロクに動けんだろう? 他に聞きたいことがあれば教えよう。」
「…………信用できるかよ。」
ミカがそう言うと、男は笑う。
「まあ、信用するしないは君の自由だ。 だが、先程も言ったように、これは餞別みたいなものだ。 きっと、君のこれからに必要になる知識だろう。 報酬としてでも受け取っておくといい。 私を解呪してしまったら、君は何も受け取れないだろう?」
「”呪われし子”が居なくなってくれれば、それが一番の報酬だ。」
男は頷く。
「この大陸の…………少なくとも”神の子”などと自称していた連中はもういない。 残念ながら、この大陸に限った話だがね。」
それを聞き、ミカは絶句した。
「…………他にも、いるのか……?」
「当たり前だろう? ”力”は世界に満ちている。 君が独力で身につけたことを、他の人は身につけられないとでも?」
魔法を使える者が世界中に居ても、確かに不思議はない。
むしろ、そうしてミカより先に身につけた者の末路が”呪われし子”なのだ。
ミカは反動とは別で、頭が痛くなった。
「ああ、先に教えておくと、【神の奇跡】自体は他の大陸にも渡っている。 とは言っても、そこまで前のことではない。 大陸間の貿易などが行われるようになったのは割と最近のことだから、他の大陸を探しても【解呪】はない。 あれば、とっくに私が受けている。」
確かに、大昔から【神の奇跡】が別の大陸に伝わっているなら、残っている可能性がある。
だが、この男の目的が解呪されることなのであれば、それを見逃すはずがない。
「君にとって救いになるか分からんが、それでも我々のような存在は、他の大陸では数自体が少ない。 というより、ほとんどいない。」
「そう、なのか? 何でだ?」
「いくつか理由はあるが、そもそも魔力に適性のある者が少ない。 ”言”を使える者、その素質のある者が、この大陸は飛び抜けて多いのだよ。」
そう言えば、年々魔力のある人は減っているのだったか?
だが、それでもこの大陸にはなぜか魔力に適性のある者が多いそうだ。
ただ魔力を扱い、魔法を使っても、普通は”呪われし子”になどならないという。
コツに気づいた者が意識的に広めでもしない限り、自然になるようなものではないらしい。
「お前らが広めたんじゃねえか……! おかげで、こっちは片足突っ込むことになったんだ。」
「カレイルハーベンが、久しぶりの候補を面白がっていたな。 彼に目を付けられたのが、君の不運の始まりと言う訳だ。」
「…………カレイル……ハーベン? それが、ヒブジーザの中身か?」
ミカがそう言うと、男は頷いた。
「およそ三千五百年前、ヒルディンランデルの作った呪いによって”呪われし子”となった者だ。 最近ではイークリースや”火”などと名乗っていたが。」
ヒルディンランデルの呪い?
ミカが怪訝そうな顔になると、男は腰に手をあて、息をつく。
「当然ながら、君にはまだまだ知識が足りない。 君が知っておくべきことは多い。」
そう言うと男は口の端を上げ、その目を開く。
爛々と赤く輝く目が、ミカを見下ろした。
「どうせ、まだ身体が動かないのだろう? 君が信じようと信じまいと構わないが、まずは知っておきなさい。 勿論、私もすべてを知るという訳ではないし、もしかしたら間違っていることもあるかもしれない。 だが、それでも君は知るべきだ。」
男の、その諭すような口調に、軽くイラッとする。
ミカは、男を睨むように見上げ、ふらつく身体で立ち上がるのだった。




