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【書籍版第2巻発売中!】 神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~ 【第五回アース・スターノベル大賞入選】  作者: リウト銃士
第2章 魔法学院幼年部の冒険者

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第28話 疑似体験旅行1 冒険者プラン




 リッシュ村から1時間以上荷馬車に揺られ、ようやくコトンテッセに到着した。

 コトンテッセに着きはしたが、ホレイシオは町の外周をぐるりと回りこむ。

 リッシュ村方面ではなく、ヤウナスン方面から町に入るそうだ。


「町の中は通って行けないんですか?」

「いや、通れるよ。 ただ、人も馬車も慌ただしい時間だからね。 こっちから行った方が早いだろう。 安全だしね。」


 町を南北に通り抜けるなら、町の中を突っ切る方が早いだろう。

 だが、リッシュ村のある南側からヤウナスンのある西側へ行くのなら、町の中も外も距離的にはほとんど変わらないらしい。


 そうして今いるのは、町のヤウナスン方面の入り口のような場所で、広場のようになっている。

 広場というよりは、駅前によくあるロータリーの方が近いか?

 そこから見える景色は、リッシュ村とはまったく違う小奇麗な町。

 コトンテッセはリンペール男爵領の中では最も発展した町で、領主の住む所謂「領都」といわれる町だ。

 木造の建物ばかりのリッシュ村と違い、コトンテッセには壁などにコンクリートを使ったと思われる建築物もちらほら見える。

 だいたい木造が8割、コンクリートが使われている建物が2割といったところか。


「綺麗な町ですね。」

「まあね、町の入り口だし。」


 ミカが荷馬車から景色を眺めながら言うと、ニネティアナが軽く返事をする。

 この言い方だと、町の入り口以外は綺麗ではないと言っているように感じる。

 確かに建物と建物の間にある狭い路地や、その奥に見える様子からすると、目に入りやすいところだけを取り繕った感は否めない。

 ゴミなどが散乱し、あまり雰囲気がいいとは言えなかった。


 朝のコトンテッセは人が溢れ、たくさんの人が道を行き来している。

 今この広場にいる人だけで、リッシュ村の人口を超えていそうだ。

 

 ホレイシオはロータリーのようになっている広場の端の方に荷馬車を止める。

 馬車は他にも何台か止まっていて、豪華な馬車もあれば、ミカたちと同様の荷馬車のようなものも見える。


「さあ着いたぞ。」


 ホレイシオが御者台から下りると、ミカを持ち上げて地面に下す。

 ニネティアナは荷台の後ろから下りると、ミカの雑嚢を渡してくる。


「私が送れるのはここまでだ。 ミカ君。」

「ありがとうございました、ホレイシオさん。」


 ミカは丁寧にお礼を言って頭を下げる。


「魔法学院のことは私にも分からんが、しっかりと頑張ってきなさい。 家族のことは心配しないでいい。 村のみんなで力になるし、何かあればミカ君にも知らせよう。」

「お願いします。」


 それからホレイシオはニネティアナに視線を向ける。


「……あまり、やり過ぎんようにな。」

「心配ないって。 あたしが付いてんだからさ。」

「相手は子供なんだからな。」

「分かってるわよ、もう。 どれだけ信用ないのよ。」


 サーベンジールまでの道中のことだろう。

 いくらここで止めても、この先はミカとニネティアナの二人だけだ。

 口約束で「冒険者っぽいのはやめる。」と言わせたところで、ホレイシオと別れた後のことは分からない。

 ホレイシオとしては、あまり無茶なことはするな、と忠告するのが精一杯なのだろう。


「さあミカ君。 楽しい旅に出発よ。」


 ニネティアナはミカの手を引っ張り、荷馬車から離れようとする。

 ミカは引っ張られながらも振り返って、ホレイシオに手を振った。

 ホレイシオも手を振り返し、気をつけてなー、と声をかける。


「さ、まずは基本的なことからいきましょうね。」


 そう言ってニネティアナは、歩きながら店らしき看板を指さす。


「あれが何の店か分かる?」


 ニネティアナが指さす先には、盾に鎧が描かれた看板があった。


「防具屋ですか?」

「せいかーい。 ちなみにほとんどの町で、隣に武器屋もあるわ。」


 ニネティアナが隣の店を指さすと、そこには剣と槍で×(バツ)印を作った看板があった。

 へぇー、とミカが感心していると――――。


「ミカ君は、武器とか買う時にこういう店で買っちゃだめよぉ?」

「は?」


 教えておいて何言ってんだ、この人は?


「町の入り口近くに店を構えてる武器や防具の店はね、基本的にあまりいい物は置いてないわ。 相場よりもだいぶ高かったり、質がいまいちだったりね。 絶対に買うなって訳じゃないけど、少しでも安くて質のいいのが欲しかったら、鍛冶屋が集まったところで探しなさい。 こういうところで買うのは、戦うことを生業にしない人たちよ。」


 なるほど。

 町の人や商人が護身用に、といったところか。


「まあ、町にもよるんだけどね。 基本的にはそう思っておくといいわ。 町に一軒しかないなら仕方ないけど。 でもね、場合によっては鍛冶屋と直接取り引きするのもアリよ。 このあたりはおいおい慣れていきなさい。 とにかく、目の前にあるからって飛びついちゃだめ。」


 歩きながら、ニネティアナは冒険者としての心得を説明していく。


「あそこの看板は何か分かる?」


 少し先にある、ビン詰めの飴のような絵と草っぽい絵が描かれた看板を指さす。


「道具屋ですか?」

「そう。 道具屋も同じ。 店によって品揃え、値段もバラバラ。 きちんと物の相場を憶えて、その上で購入するの。 ただまあ、ちょっとした例外もあるけどね。」


 そう言ってニネティアナは、少し先の路地を指さす。


「コトンテッセには、あの路地を入ったところに冒険者ギルドがあるわ。」

「冒険者ギルド! あるんですか!?」


 なんと、コトンテッセには冒険者ギルドがあるらしい。


「領都だもの。 ギルドくらいあるわよ。」


 路地の入口に差し掛かると、そこは見るからに治安が悪そうな雰囲気が漂っていた。

 広場には人が溢れているのに路地には人気がなく、ごみが散乱し、道の端には壊れた樽や割れた瓶も転がっている。

 それを見た瞬間、ミカの高揚していた気分が一気に冷えた。


「あそこが冒険者ギルド。 コトンテッセでは酒場に併設してるわ。」


 指さす方向を見ると、二つの看板が吊り下げられていた。

 上は酒と思われる瓶と骨付き肉の料理が描かれた看板。

 下は横を向いたフルフェイスの兜と、地に突き刺した剣のような絵の看板。


「上が酒場、下が冒険者ギルドの看板よ。」


 ニネティアナが説明するが、ミカの気持ちは沈んでいた。

 憧れていた冒険者の実態を、まざまざと見せつけられた気分だった。


「コトンテッセのギルドじゃこんなもんよ? たいして大きい町じゃないからね。 人が少ないから依頼も少ない。 だから冒険者も少ない。 こんな町で燻ってるような冒険者(れんちゅう)じゃ、質もお察し。」


 ニネティアナは、落ち込んだ様子のミカの頭を撫でる。


「さっき言った例外はね、ギルドの近くにある武器屋とかなら質は悪くないってこと。 まあ、ちょっと高かったりはするんだけど。 コトンテッセ(ここ)にはないけど、町によってはそういう店を使うのも選択肢としてはアリよ。」


 ニネティアナの説明では、ギルドの傍にある店なら質は問題ないが、安い店と比べるとちょっと高いらしい。

 それは例えるなら、コンビニのようなものかもしれない。

 高いと言っても別に暴利というわけではなく、安い店と比べると高いというだけのようだ。

 元の世界でも、ディスカウントショップのように安い店はあるが、近くのコンビニで済ませるということは往々にしてあった。

 そう考えればギルド近くの店というのは、普段の買い物には適しているかもしれない。

 考え込んでしまったミカの手を引っ張り、ニネティアナは歩き出す。


「さあ、そろそろ乗り合い馬車に行きましょ。」


 ミカは先程のギルドのこと冷静に考えながら、ニネティアナの横を歩く。


(……目を逸らしてもしょうがない。 あれが現実ってことだ。 えらい荒んだ感じだったけど、知らないままでいるよりは遥かにマシだ。)


 憧れと現実に差があるのは当たり前だ。

 むしろ、憧れで凝り固まる前に知ることができたのは幸運と言うべきだろう。

 もしニネティアナが「冒険者っぽく」と提案してくれなかったら、ただ乗り合い馬車に向かっていただけかもしれない。


 広場をぐるりと回りこむと、馬車が描かれた看板が見えた。

 その看板は木で建てられたボロ小屋に付けられている。


「ここが乗り合い馬車の停留所ね。 中に入ってみる?」


 ミカは見るからにボロボロの小屋を見上げ、気は進まないが入ってみることにした。

 建付けの悪い扉を開いて中を覗くと、中はそこそこの広さがあり奥行きが15メートル、幅が8メートルくらいで板張りになっている。

 中には10人ほどの人がいた。

 夫婦らしき中年の男女。

 二人の子供を連れた老夫婦。

 ガラの悪そうな3人組の中年男たち。

 そして、冒険者らしき一人の若い男。

 この冒険者風の男は、まだ20歳にもなってなさそうだ。


 ミカが中に入るのを躊躇っていると、ニネティアナが先に入って行く。

 壁際の開いているスペースに適当に座ると、ミカを手招きする。

 ミカが隣に座ると、小声で話しかけてくる。


「ここからは一応小声でね。 余計なトラブルに巻き込まれないためのマナーってところかな。」


 ミカは神妙な顔で頷く。

 電車内でのマナーに近いが、雰囲気は最悪だ。

 奥に陣取ったガラの悪そうな3人組の男たちはボソボソと何かを話しているが、聞き取ることはできない。

 ただ、時折周りをチラチラ見ており、どうにも悪だくみをしているようにしか見えなかった。

 冒険者らしき若い男は、金属の胸当てに革の手甲を身に着け、剣を抱えているからそう見えるだけで、実際はどうか分からない。

 ただ、目を瞑ってじっとしている。

 中年の男女や老夫婦、連れの子供たちも俯いて黙っており、何とも重苦しい雰囲気が漂う。

 ニネティアナは気にする風もなく、目を閉じて壁に寄りかかって座っている。

 ミカはどうにもこの雰囲気に耐えられず、一旦外に出ようか迷う。


「……あんまりジロジロ見ないの。」


 ニネティアナが片目だけ開けて、周りに聞こえないように小声で囁く。


「……なんか落ち着かなくて。」

「すぐに慣れるわ。 どうせ3日間こうなんだから。」


 そうだった。

 雰囲気の重さに耐えかねて外に出たところで、逃げられない現実があった。

 慣れない限り、苦痛に感じるのは自分だけだ。

 ならば、少しでもこの雰囲気に慣れておくべきだろう。


「それに、馬車に乗ってしまえば気にならなくなるわ。」


 そんなものだろうか?

 むしろ、馬車の方が狭いのだから、もっと息苦しいのではないだろうか?

 そんなことを考えていると、突然ボロ小屋の扉が開いた。


「お待たせしました。 ヤウナスン行きの馬車が到着します。」


 小太りの中年の男が入ってくると、全員に聞こえるように伝える。

 ニネティアナはさっさと立ち上がると、ミカを連れて外に出る。

 広場の中にはいくつも馬車があって、どれが乗り合い馬車か分からない。

 だが、ホレイシオの荷馬車とよく似た馬車が、こちらに向かってきているのに気づいた。

 幌の付いた荷台を引く、二頭立ての馬車だ。

 ニネティアナがお金を支払い、小太りの男から木札をもらう。


「これを持ってて。 なくさないようにね。」


 それは古びた、ミカの両手くらいの大きさの木札だった。

 ニネティアナの説明では、これは切符のような物でヤウナスンに着いたら返すらしい。

 これがないと下りる時にまたお金を払わないといけないらしく、盗まれることがあるということだった。


「まあ、無賃で乗るような奴は途中で下りるんだけどね。 とにかく、気をつけて持っておいて。」


 ミカはなくさないように、木札を持ってきた雑嚢の中に入れる。


「荷物は何があろうと絶対に手から離さないこと。 馬車の中では抱えてなさい。」


 やはり盗難があるようだ。

 ミカは置き引きやスリを想像したが、力ずくで奪って馬車から飛び降りるような手口も当たり前だという。

 奪える、と相手に思わせることがNGらしい。


「…………自信ありません。」

「でしょうね。 まあ、頑張ってみなさいな。」


 ニネティアナは気軽に言う。

 これから丸一日、一切気を緩めずに警戒しろなんて、いくら何でも無理だ。


 ミカがこの先の旅路を思い溜息をつくと、ふと目に入った。

 ニネティアナの腰にごついナイフのような物が2本、互い違いに着いている。

 村を出た時には確かなかったはずなので、ホレイシオの荷馬車で移動している時に着けたのだろう。

 ミカの視線がナイフに釘付けになっていると、ニネティアナがミカの頭をポンポンと叩く。

 見上げると、左手の手甲の前腕部にも五寸釘のようなぶっ太い針が数本、ケースごとベルトで固定されていた。


(なんだあれ? ていうか、完全武装やんけ。 え、まじで?)


 必要がなければ、こんなものを身に着けたりしないだろう。

 村ではこんなのを着けているところを見たことがない。

 つまり、今は身に着けなければならない理由があるということだ。


(ニネティアナがこれだけ警戒するって。 どんだけこの世界は危険なんだよ!)


 森や洞窟に行くわけではない。

 町から町へ、街道を行く馬車の旅だ。

 それなのに、ここまで警戒する必要がある。

 それだけ危険なのだ。

 その原因が、魔獣なのか人なのかは分からないが……。


 ミカがドン引きしていると、乗り合い馬車がボロ小屋の前にやって来た。

 先程見た荷馬車がそうだったようだ。

 ニネティアナは荷台にミカを一番に乗せると、自分もすぐに乗り込む。

 そうして一番奥にミカを座らせて、自分もその隣に座った。

 乗り合い馬車の中は完全に空っぽだった。

 椅子もなければ荷物を置くような場所もない。

 何の変哲もない、ただの荷馬車である。


 次々と荷台に人が乗り込んで来る。

 ボロ小屋で見かけなかった人も数人いて、最終的には14人ほどが乗り込んだ。

 乗客は左右に分かれ、それぞれ7人ずつが並んで、向かい合って座る。

 最後に乗り込んできたのは、ボロ小屋にもいたガラの悪い3人組だった。

 二人がミカの側、一人が向かい側に座る。

 冒険者風の若い男も向かい側で、ガラの悪い男の隣に座っていた。


 スペ-ス的にはまだ余裕があるのだが、なんとなく息苦しさを感じる乗り合い馬車の中でじっとしていると、ほどなくして馬車が動き出した。

 荷台には幌がかけられているが、前後は開いてる。

 朝の冷たい風が荷台の中を抜けていき、少しだけ息苦しさが和らいだ気がした。

 ぼー……と前方を見つめ、乗り合い馬車がコトンテッセを出て行くのを眺める。

 その時、ニネティアナに言われたことを思いだして雑嚢をぎゅっと抱える。


(……警戒すんの、すっかり忘れてたわ。)


 馬車内の配置的に、ミカの荷物が狙われる可能性は低いと思う。

 そもそも、こんな子供の雑嚢を盗ったところで大した実入りは期待できないだろう。

 だが、それは警戒を解いていい理由にはならない。

 冒険者なら、そんなことで警戒を解かないと思うからだ。


(きっと俺を最初に乗せたのも、考えがあってなんだろうな。)


 今のミカは、知らない人と隣り合っていない。

 たまたまこの配置になったわけではない。

 そうなるよう、ニネティアナが動いていたのだ。

 ミカがニネティアナを見ると、ニネティアナは片目だけ開けてミカを見る。


「……乗る位置に、何かルールとかってありますか。」


 ミカが小声で聞くと、ニネティアナは目を閉じて少し考え込む。


「ルールというか、好みかな。 冒険者だと一番後ろを好む人が多いってくらい。 若しくは一番前ね。 何でか分かる?」

「何かあった時、外に出やすいから?」

「半分正解。 外に出るだけなら、どこからでも出られるからね。」


 そう言って、ニネティアナは幌を指で(つつ)く。

 こんな布一枚、確かにナイフや剣があるなら障害にもならないだろう。


「……視界が確保されてるから?」

「そう。 正確には、目で見て状況が確認できるから。 その上で外に出られるからね。 幌を破って外に飛び出して、そこが襲撃者のど真ん中だったら?」

「……引き返したくなりますね。」


 ちょっと通りますよ、で通してくれる相手なら、そもそも襲撃なんかしていないだろう。


「まあ、こんなのは好みの問題だから。 そこまで気にすることはないわ。」


 ニネティアナがミカの頭を撫でる。

 ちゃんと考えられて偉い、と言ったところか。

 ただ、好みの問題というならば、今後ミカが一人で乗り合い馬車に乗る時には注意が必要かもしれない。

 拘って一番後ろや一番前に乗ろうとする冒険者もいるだろう。

 狙っていた場所がかち合ってしまった場合、譲らないとトラブルになるかもしれない。


(通勤電車の席取りみたいだな。)


 ミカは空いている時以外はなるべく席を譲ることにしていた。

 乗り合い馬車でも、同じような気持ちでいる方がいいかもしれない。







 3時間ほど馬車に揺られ、昼の休憩になった。

 今いるのは街道の途中に設けられた、道の駅のようなところだ。

 どうやら乗り合い馬車を運営している人が、こうした休憩所を用意しているらしい。

 馬を休ませ、場合によっては交代させたりする。

 乗客もここでは一旦下りて、持ってきた昼食を食べたりしている。

 大きい休憩所なら店が出てたりするらしいが、コトンテッセとヤウナスン間の休憩所にそんなものはなかった。

 客が少なすぎて、商売が成り立たないのだろう。


「…………お尻が痛い……。」


 固い床板の上にずっと体育座りでいたため、もはやお尻が限界だった。

 馬車がガタガタと揺れる振動も、ダメージを増大させることに大きく貢献していた。

 おかげでミカのお尻のライフはとっくにゼロになっている。


 ニネティアナが、馬車に乗れば雰囲気なんか気にならないと言っていた意味が分かった。

 そんなことを気にしていられるほど余裕がないのだ。


「乗り合い馬車を使うとこれが嫌なのよねぇ。 楽でいいけど。」


 涙目のミカとは違い、ニネティアナはけろっとしている。

 それでも何らかの蓄積はあるのか、軽く身体を解している。


「……もう、乗るの嫌なんですけど。」

「なら歩く? あたしは別にいいわよ。」

「………………。」


 ニネティアナがあっさり了承する。

 ミカとしては単に愚痴を言ってみただけなのだが、まさか受け入れられるとは思わなかった。


「歩いて行ける距離なんですか?」

「あたしはね。」

「………………………………。」


 この言い方から察すると、おそらくミカには無理だとニネティアナは思っているのだろう。

 駄々を捏ねても仕方ないので、ミカは諦めて回復に努めることにした。

 雑嚢の中から持参した昼食の包みを取り出し、立ったまま食べることにする。

 とてもじゃないが座る気にはなれなかった。

 ニネティアナも自分の雑嚢から昼食を取り出す。

 ミカはいつもの固いパンだけだが、ニネティアナは干し肉も持ってきていた。


「はい、ミカ君にもあげる。」


 干し肉を一切れ、ミカに渡す。


「いいんですか?」

「いいわよ。 冬の食料のあまりだし。」


 ニネティアナはミカに合わせてか、立ったまま干し肉を齧りだした。


(干し肉かー。 何気に初めてかも。)


 ノイスハイム家の冬の食料は豆とパンがほとんどだ。

 あとはドライフルーツや乾燥させた野菜が使われる。

 冬になる前は豚肉の燻製もあったが、冬の間はほとんどなかった。

 それでも今年の冬は多少の余裕があり、食料が尽きるようなことはなかったが、質が上がったわけではない。

 「余裕」という部分は、すべて質ではなく量に振り分けられた。


 ミカは貰った干し肉を口に入れる。

 だが、まったく噛み切れない。


(かった)! なんだこれ!? 本当に肉か?)


 ニネティアナは大して苦労せずに食べているようだが、よく見ると首筋が浮いて、忙しなく動いている。

 表情は変わらないが、かなりの力が入っているようだ。


(無理したら歯が折れそうだ……。)


 ミカは水袋の水を少し口に含み、少しずつ解していく。

 強い塩気が滲み出て、肉の風味が口の中に広がる。


(具材としてスープに入れれば、結構うまいかもしれないけど。 これ、本当に齧って食べる物なのか?)


 そもそもの食べ方が間違っているのではないだろうか。

 まあ、これも冒険者流と思って受け入れることにする。


 そうして昼食が終わり、再び地獄の時間が訪れた。

 馬車に乗る順番は自由で、さっきまでとは違う位置に座る人もいた。

 ミカたちは同じ位置になるように最初に乗り込み、最後尾にはまたガラの悪い3人組が乗った。

 冒険者風の若い男がその隣にいるのも変わらない。


 3時間ほど馬車に揺られたところで、また休憩所に着く。

 そこで少し休み、さらに3時間ほど馬車に揺られた。

 そうして合計9時間も馬車に揺られ、ミカのお尻の皮が剥ける頃、ようやく乗り合い馬車はオールコサ子爵領の領都ヤウナスンに到着するのだった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] どんだけこの世界は危険なんだよって地球も同程度に危険な場所がゴマンとあることくらい47年生きてりゃ知ってるでしょ とても社会に出たことあるようには思えないわ中学生が転生したことにした方…
[良い点] とても面白いです! [気になる点] おしりが痛いのは回復魔法で治せばいいんじゃないのかな?
[気になる点] ガラの悪い奴等が出口を陣取ってるのは強盗するのに逃がさないように、って思っちゃった
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