第285話 指名手配
ケルニールスが復権し、王太子が捕らえられた。
単純に考えれば、悪いのは不当に王権を奪った王太子である。
だが、王太子も私欲に走って強硬手段に出た訳ではない。
それが分かるだけに、どうすればいいのか迷いが生じてしまう。
とにかく、今は一刻でも早く王都に戻る必要がある。
オズエンドルワが、ミカの背中に掴まりながら尋ねた。
「ヤロイバロフは、ワイエッジスに向かったのだったな。」
「ええ、そのはずです。 …………タイミングが悪かったです。」
王都を出る時は、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
そのため、ミカがワイエッジスに行けない代わりをヤロイバロフに頼んでしまった。
ヤロイバロフが居てくれれば、誰よりも心強い味方だったのだが。
そんな話をしながら、ミカたちは急いで王都に戻るのだった。
ミカは王都の第三街区を見下ろし、安堵の息を漏らす。
「……街に、異常はなさそうですね。」
「ああ。 どうやら変事は王城だけに留まっているようだ。」
そろそろ夕刻が近づいてきた。
朝から王城に呼び出され、前線に急行し、”呪われし子”を倒し、戦場を飛び回って防護壁を修復して、王都に戻った。
だが、非常に残念な現実。
まだ一日は終わっていなかった。
(過労でぶっ倒れるわ、こんなの……。)
そんな泣き言を言ってる場合ではないのは分かっているが、愚痴ぐらいは許して欲しい。
溜息をつきながらミカは第三街区の外れに着地した。
オズエンドルワも少々疲労が溜まっているのか、首を回す。
「まずは、情報屋ギルドに接触しましょう。」
ミカがそう言うと、オズエンドルワが頷く。
ギルドの窓口がいないか、ミカが第三街区を見回していると、一人のお爺さんが杖をつきながら近づいてきた。
「ぬちょぬちょの館。」
ミカの前でぼそりと呟くと、お爺さんはそのまま通り過ぎる。
「……………………は?」
ミカは呆気に取られ、思わず振り返った。
お爺さんは変わらぬ足取りで、裏路地に消えていった。
(…………何か、変なのが聞こえた。 俺の耳がおかしくなったのか?)
初めて会ったお爺さんに、いきなり変なこと言われた。
セクハラか?
あまりのあり得なさに、ミカは思わず耳の穴を穿る。
ミカがそうして耳を穿っていると、オズエンドルワが顔をしかめた。
「もしかして、今のご老人が情報屋ギルドの窓口か?」
「へ…………え!?」
穿っていたミカの手が止まる。
あ、そういうことなの?
「って、それだけで分かるかよ! 何だよ、その…………うにょうにょ……の館って!」
外で言うには、あまりにも憚られる名称。
ミカは思わず小声になり、言葉を濁す。
オズエンドルワが溜息をついた。
「大体の場所は分かる。 8区側の、外れのはずだ。」
え、オズエンドルワ知ってるの!?
「行ったことあるんですか!?」
思わずそう聞いてしまったミカだが、拳骨が降ってきた。
痛ひ……。
「とりあえず、空から行こう。 そこで説明する。」
オズエンドルワの提案に、とりあえず従う。
どうやら、オズエンドルワも場所をはっきりと分かっている訳ではないようだ。
8区側にある、第三街区に新しくできた娼館。
無許可で営業している娼館がある、という情報は掴んでいるのだが、まだはっきりとした場所などの詳細は分かっていないという。
「娼館を営業するのに、許可がいるんですか?」
風営法とかってあるの?
「当たり前だ。 モグリで営業してる連中が、税金を払うとでも?」
「ああ、そっちね。」
こういう行為はだめ、とかを規定している訳ではなく、たんに儲けてるんだから税金払えって話のようだ。
ミカとオズエンドルワは目的の場所に着き、地上に下りる。
「…………どうやって探しましょうか。 なんとかの館。」
「また、情報屋ギルドが接触してくるのでは?」
そんな話をしながら、とりあえず裏路地に入る。
そうして、情報屋ギルドの窓口を探した。
「……ミカ君。」
裏路地を適当に歩いていると、オズエンドルワがミカの肩を叩く。
オズエンドルワが顎で示した方を見ると、道端に座り込んだ男がミカをじっと見ていた。
ミカと目が合うと、男が視線で示す。
男の向こう。
少し行った場所にある、ドア。
何かの建物の裏口のようだ。
「あそこのようだな。」
「ええ。」
ミカが魔法具の袋から金貨を取り出すと、何気ない風を装いながら男が首を振った。
どうやら、チップは必要ないようだ。
お金のやり取りを見られると、都合が悪いのか?
男は緩慢な動きで立ち上がると、そのままミカたちとは反対方向に歩いて行ってしまう。
ミカとオズエンドルワは頷き合い、そのドアに向かった。
カチャ……。
ミカたちが近づくと、ドアが僅かに開いた。
隙間から、こちらを見ている目に気づく。
だが、外に出てくることはなく、そのまま中の人は下がったようだ。
ミカが建物に入ると、薄暗い通路に一人の男が立っていた。
陰気な印象の男が、オズエンドルワを見て顔をしかめる。
「…………見なかったことにする。」
ドアを後ろ手に閉め、溜息まじりにオズエンドルワが言う。
「部下から報告が上がってきたら潰すぞ。」
今日知ったことには目を瞑るが、庇ってやるつもりはない。
そこがオズエンドルワのできる譲歩ラインらしい。
男は何も言わずに奥に進み、階段を上がっていく。
階段や通路は薄暗く、まだ夕刻にもならないというのに、明かりを灯していた
「ああ~ん、もっとぉ~。」
「うはははっ、こうか! こうかっ!」
階段を上がっていると、まだ明るいうちだというのに、お楽しみ中の声が聞こえてきた。
少々気まずい雰囲気の中、黙って男について行く。
更に階を上がる。
「あふぅ!? すみませんっ! 偉そうですみません! 痛いっ! もっとぉ!」
「まったく、薄汚い豚の分際でっ! そんなにお仕置きされたいのかい? この欲しがりめっ!」
パシンパシンと何かを引っ叩く音と、気色悪い男の嬌声が聞こえてきた。
「まったく、お前みたいな豚が大隊長なんて聞いて呆れるわねっ! 部下も可哀想にっ! いや、一番可哀想なのは、お前みたいな変態を躾けなきゃならない上司かい?」
「もっと! もっと罵ってくだっ、うひぃ~~~~~~~~~っ!」
一際大きく何かが叩かれると、男が裏返った声を上げた。
ミカは居た堪れなくなり、俯く。
大隊長?
大隊長の上って…………。
ちらりとオズエンドルワを見上げると、手を額にあてて項垂れていた。
もしかして、声で誰か分かっちゃった?
「あの……。」
「何も言わないでくれ………頼むから。」
はい……。
心中、お察しします。
ミカたちは黙って男について行く。
早くこの気まずい空間から逃げ出したかった。
最上階に着くと、使用中の部屋は無いようだ。
とりあえず声は聞こえない。
男が一番奥の部屋をノックして入る。
続いてミカが恐るおそる部屋を覗くと、部屋にはベッドとテーブルがあり、テーブルには軍務大臣のツダーゼンとレブランテスがいた。
部屋は広く、思ったよりも清潔だった。
もしかしたらVIP用の部屋か?
「待ってたぜ、”解呪師”。 大変なことになった。」
ミカの顔を見たレブランテスが声をかけてくる。
「おい! もうちょっと何とかならなかったのかよ!」
こんな場所を潜伏場所にすんじゃねーよ!
ミカは思わず文句を言うが、追跡の目を掻い潜るには、今はここが最適だと判断したようだ。
まだお上にも知られていない、ということらしい。
(……大隊長とやらには知られてたけどな。)
そして、騎士団長にも知られました。
まあ、内緒にしてくれるみたいだけど。
オズエンドルワは部屋の中に入ると、軍務大臣の前に真っ直ぐ向かった。
そうして、怒りに満ちた目でツダーゼンを見下ろす。
「釈明があるなら聞こう。」
そう、冷えた声を投げつける。
軍務大臣は、王国軍のすべての騎士や兵士を欺いていたことになる。
王太子は不当に王権を奪取し、軍を動かした。
本来、それを止める役目は軍務大臣が負っているのだ。
その責務を投げ捨て、王太子に与したことは一人の騎士として許せることではないのだろう。
ツダーゼンは、オズエンドルワの視線を正面から受け止めた。
「釈明することなどない。 王国と、王国に暮らす民、それらを守る将兵のことを考え、最善を尽くした。」
その答えを聞き、オズエンドルワはテーブルをバンッと叩いた。
「陛下を貶め、何が最善かっ!」
「その陛下のために、何人の兵が無駄死にしたと思っているっ!」
ツダーゼンは勢いよく立ち上がると、オズエンドルワと睨み合った。
ツダーゼンの言い分には、ミカも納得する部分はある。
グローノワ帝国との開戦では、いきなり三万もの兵を死なせることになった。
ツダーゼンは、【神の怒り】の使用を陛下に願い出ていたのだろう。
だが、尽く却下された。
勿論、王国が【神の怒り】を使ったとしても、初手の【神の怒り】は防げなかった。
しかし、少なくとも一方的に押し込まれる展開にはならなかった可能性が高い。
結果、王国軍と領主軍は崩壊し、レーヴタイン侯爵領内が戦場になった。
ミカの介入により帝国軍を押し返したが、そんなのは偶々だ。
もしもミカという存在がいなかった場合、今頃レーヴタイン侯爵領は、王国はどうなっていただろうか。
ミカはオズエンドルワの横に立ち、手を引いた。
「誰が、どう責任を取るのか。 それは後にしましょう。 今は何が起こっているのか、その確認が先です。」
その上で、どうするのかを考えなくてはならない。
ミカがそう言うと、オズエンドルワは悔しそうに目を閉じ、下がった。
オズエンドルワは、ミカの座った席の後ろに控え、まるでミカの護衛のように振る舞う。
本来なら席に着くか、軍務大臣のツダーゼンの後ろに控えるべきなのだろうけど、それはしたくないのだろう。
そうして、ミカ、レブランテス、ツダーゼンの三人がテーブルに着いた。
ミカがレブランテスを見る。
「僕とオズエンドルワさんは、本当に触りの話しか聞いていないんです。 とりあえず、王太子が摂政に就く手続きに不正な手段があった。 そして今日、陛下が王権を奪い返した。 それは間違いない?」
「ああ、そういうことらしい。 とは言っても、俺たち情報屋ギルドも、この話は今日聞かされるまで把握してなかった。 完全に寝耳に水だよ。」
もしも事前に聞いていたら、ミカの耳に入っていてもおかしくはない。
むしろ、そんな重要な情報は知らせて然るべきだろう。
お互いの信頼関係のためにも。
しかし、そうなると情報源はツダーゼンしかないということになってしまう。
できれば、別の角度からの情報も欲しいところだが。
「ギルドも今、必死に情報を集めているところだ。 ……中々難航しているようだが。」
「まあ、そうだろうね。」
王城の中だけの変事なのだ。
そんなことをぺらぺらとしゃべる口の軽い奴は、そもそも王城務めなど務まらない。
とにかく、雲の上の方だけでがちゃがちゃやって、落ち着いたと思ったら引っ繰り返された。
普通であれば、そんなのは上で勝手にやってろ、というだけの話なのだが。
「今問題なのは…………何だ? 陛下と王太子、どっちがより王国のためになるか、か?」
「ミカ君……。」
よりメリットのある方を上に据えようとするミカの言い草に、オズエンドルワは渋い顔になる。
オズエンドルワの立場では、そんなメリット、デメリットの話ではないのだろう。
「王権を陛下に返す。 それで問題なければ、それが一番なのは確かですね。 …………個人的には、大変問題があるけど。」
ミカがそう言うと、レブランテスが片眉を上げる。
「何が問題なんだ?」
「…………嫌われてるじゃん、僕。」
「「「あぁー……。」」」
全員が納得した。
王太子が摂政となり、ミカの処分が正式に無しになった。
しかし、王太子の摂政就任が無効ならば、摂政が決定したことのすべてが無効だろう。
その中には当然、ミカの『処分無し』も含まれる。
「何だかんだ穏便に済ませようとしていたらしい宰相も遠ざけられたら、確実に実刑でしょ。」
「それは間違いないだろう。」
陛下を近くで見ていたツダーゼンが、ミカの予想に太鼓判を押す。
まあ、実刑つーか、斬首らしいけど。
「そうなると、どうなるんだ? というか、どうするんだ? 大人しく実刑を喰らうのか?」
レブランテスのその問いに、ミカがきらきらといい笑顔で応える。
その笑顔を見て、レブランテスがげんなりとした。
「それじゃあ、下剋上が王太子から”解呪師”に変わるだけじゃねえか。」
「下剋上ではないでしょ。 僕は王様なんてまっぴらだし。 火の粉は払うけど、その後のことは知らん。 やりたい人がやれば?」
「…………王太子よりも性質悪りぃぞ、こいつ。」
必要なら王を害すのも厭わない。
しかし、後のことは勝手にしろというミカに、レブランテスが呆れた。
コンコン。
その時、ドアがノックされ、陰気な男が入って来た。
陰気な男に続いて部屋に入って来た男の姿に、ミカは驚きの声を上げる。
「ヤロイバロフさん!? 何で!?」
しかし、ヤロイバロフに続いて入って来た人に、ミカは更に驚くことになる。
「私もいるわよん。」
「ロズリンデさんっ!?」
何だなんだ?
何事だ?
ロズリンデは、驚くミカの前にしたり顔で歩いてきた。
「…………ご出勤ですか?」
思わず聞いてしまったミカの顔面に、ロズリンデの左の拳がめり込む。
ロズリンデが拳を振り抜くと、ミカがもんどり打って椅子ごと吹っ飛んだ。
ドンガラッガッシャ~~~ン、とけたたましい音が部屋の中に響く。
「いくらミカ君でも、言って良い事と悪い事があるわよ……?」
怒りのオーラを纏うロズリンデが、床に這いつくばったミカの前に立つ。
おかしい、拳が見えなかった。
【癒し】をかけ、鼻血を拭いたミカが床に正座し、ミカの座っていた椅子にロズリンデが座った。
ヤロイバロフやロズリンデの他にも、情報屋ギルドの使いの人というのが来ているらしく、レブランテスが部屋を出て行った。
今部屋に残っているのは、ミカ、オズエンドルワ、ツダーゼンと、ヤロイバロフ、ロズリンデの五人だ。
「まったく、折角お姉さんが心配して来てあげたってのに。」
「はい……すみませんでした。」
深々と頭を下げるミカを、憐みの籠った目で男三人が見る。
「あの、いろいろとよく分からないことになっているので、できればそちらの説明をしていただけると助かるのですが……。」
すっかり恐縮したミカに、ヤロイバロフが苦笑する。
そうして、ヤロイバロフから説明してくれた。
「坊主の頼みじゃしょうがねえ、って何とか都合をつけて、ひとっ走り行って来ようかと思ったんだけどよ。 約束した騎士が来なかったんだよ。」
何でも王城からの使いが来た時、ヤロイバロフは宿屋を不在にしていたらしい。
昼過ぎに宿屋に戻ると、ミカの手紙を持った騎士が待っていたという。
手紙を読み、準備がいつ頃整うのか確認し、その時間に第一街壁の西の門に行く約束をして使いの者を帰らせた。
救援物資を入れた魔法具の袋を第一街壁まで届けてもらい、そこから引き受けることにしたそうだ。
しかし、いざ西の門に行っていくら待っても、魔法具の袋を届けにくる騎士が来なかったらしい。
気長に待つか、と待機している時に、ヤロイバロフを探していた情報屋ギルドの人に声をかけられた。
その時にはもう王城では騒ぎが起こっており、ツダーゼンから話を聞いた情報屋ギルドがいろいろ奔走していたという。
「ヤロイバロフさんが王都に残っててくれたのは助かりました。 もうワイエッジスに向かってしまったかと思ってました。」
ここでヤロイバロフの協力を得られるのは大きい。
王城の不手際による幸運ではあるが、居るのと居ないのとでは戦力が段違いである。
ミカは次にロズリンデを見る。
ロズリンデに関しては本当に意味が分からない。
何で娼館に居るんだ?
「その姉ちゃんは、坊主に用があるって騒いでたんだよ。 娼館の前で。 ただでさえ殺気立ってる時だってのに、命知らずもいいとこだぜ。」
そう、ヤロイバロフが呆れたように言った。
それを聞き、ミカはジト目でロズリンデを見上げる。
「何だかもう、ツッコミどころ満載で意味が分からないんですけど……。」
何でロズリンデがこの娼館を知ってるんだ?
第五騎士団だって把握しきれていないのに。
しかも、俺に会いに来たって?
何で娼館に居ることを知ってるんだよ。
さっき来たばかりだぞ?
ミカがジト目で見続けると、ロズリンデが頬を赤らめ、くねくねと身を捩る。
「もう、そんな野獣のような目で見たりしてぇ。 いくらこんな場所で、お姉さんが魅力的だからって……。」
「くそどうでもいいから。 とりあえず、用件だけ言って。」
一つひとつを確認してたら、いつまで経っても話が進まねえ。
できるだけ重要なことに的を絞ろう。
だが、そんなミカの態度が気に食わないのか、ロズリンデがヘソを曲げた。
「ふーん、そういうこと言っちゃうんだぁ。 いいもーん、お姉さん帰るからー。」
そう言って、ロズリンデが立ち上がる。
あー、くそ、本当に面倒くせえなロズリンデ。
だが、現状ロズリンデの行動は謎すぎる。
このまま帰していいのかも判断がつかない。
「……わざわざこんな所まで来て、そのまま帰るんですか?」
「ええ、そうよ。 折角お姉さんが情報を持って来てあげたのにさー。 ミカ君が冷たいんだもん。 失礼なこと言うしぃー。」
どうやら、初っ端のミカの失言が尾を引いているらしい。
「ごめんなさい。」
素直に謝るミカを、ロズリンデがちらりと見る。
「……反省してる?」
「反省してます。」
「許して欲しい?」
「許してください。 お願いします。」
ミカが深々と頭を下げると、ロズリンデが途端に上機嫌になった。
「もう、しょうがないなあ。 ミカ君にそこまでお願いされたら、お姉さんもこれ以上は怒れないかなあ。」
ロズリンデが、鼻歌まじりで椅子に座り直す。
ミカは、ちょっと痺れた足を摩って立ち上がった。
そんなミカを見ながら、ロズリンデが低く重い声で呟く。
「おそらく、すぐにミカ君に指名手配がかかるわ。」
「……………………は?」
「何?」
「どういうことだ?」
全員が、ぽかんとした顔でロズリンデを見た。
ロズリンデは、これまで見たこともないような真剣な表情でミカを見る。
「まだ、はっきりと命じてる段階ではないけど、そのための準備に入ったと見るべきね。 すぐに騎士団、情報屋ギルド、冒険者ギルド、賞金稼ぎギルドなどに通達が行くと思うわ。 勿論、教会にもね。」
突然の話に、頭がついて行かない。
指名手配?
「待った待った、姉ちゃん何者だ? 急に、一体何を……。」
ヤロイバロフが聞いても、ロズリンデはミカから視線を動かさない。
「すぐに動きなさい。 ここもすぐにバレるわ。 私が密告るからね。」
「ロズリンデさん……。」
ロズリンデは、自分がどこかに密告することを、わざわざ知らせに来た?
一体、何を考えているのかさっぱり分からなかった。
ヤロイバロフが、ロズリンデを捕えるかどうかミカに視線で尋ねる。
だが、ミカは首を振った。
「……僕に、指名手配がかかるんですね。」
「ええ、そうよ。 今にも発効するかもしれないわ。」
ミカの確認に、ロズリンデは真剣な表情のまま頷く。
これは、いつものおふざけではない。
そのことが、ひしひしと伝わってきた。
「騎士団だけじゃないのよ? これだけの組織に、一斉に指名手配をかけることができる。 そんなこと、誰ができると思う?」
ロズリンデにそう聞かれ、ミカは逡巡する。
ミカが考えていると、ツダーゼンが何かに気づいたようだ。
「君は……、もしかして耳か?」
ロズリンデはそれでもミカから視線を逸らさず、ただ軽く口の端を上げた。
それを見て、ツダーゼンが頷く。
「分かった。 すぐに他に移ろう。」
「おいおい、ここは今のところ安全なんだろ? その姉ちゃんが密告る気なら、ここで止めれば済む話じゃねえか。」
だが、ツダーゼンは首を振った。
「おそらく、この娼館自体が組織にバレているのだろう。 どちらにしろ時間の問題ってことだ。」
それを聞き、ヤロイバロフが顔をしかめる。
「組織って、一体何なんだ? それに、指名手配をかけたのが誰かって、一体なんのことだ?」
ヤロイバロフが、少し強めの口調になる。
しかし、ロズリンデはそれ以上は一切話さない。
ただ、真剣な目でミカを見つめる。
ミカは、そんなロズリンデに頷いた。
「分かりました。 ありがとうございます、ロズリンデさん。」
ミカが移動に同意したことで、ヤロイバロフもそれ以上は追及しようとはしなかった。
ミカは事情に見当がついたらしいツダーゼンを見る。
「僕に指名手配をかけたのって、誰なんですか?」
そう尋ねられ、ツダーゼンが重い溜息をつく。
「騎士団、複数のギルドに教会まで。 一斉にそんなことができるのは、考えられるのは国王陛下だけだ。 おそらく、彼女の属している組織というのは”名も無い組織”。 国王陛下直属の、情報組織だろう。」
ツダーゼンの言葉に、ミカは驚いた顔でロズリンデを見る。
ロズリンデは黙って、ただ目を閉じるだけだった。




