第272話 真実の欠片1
軍務大臣に渡していた通信機を使い、チレンスタから連絡が入った。
なぜ?
もしかして、チレンスタって軍を動かせる偉い人だった?
そんな馬鹿な。
よく分からないことになっているが、ミカはとりあえず王国軍の駐屯地に向かった。
王国軍の駐屯地は防護壁とサーベンジールの中間あたりにある。
領主軍の駐屯地も中間あたりにあるが、やや防護壁に近い。
サーベンジールから防護壁に向かう道の、北側のサーベンジール寄りが王国軍駐屯地、南側の防護壁寄りが領主軍駐屯地だ。
二つの駐屯地は、五キロメートルほど離れている。
ミカは王国軍駐屯地の前に下り立つと、入り口に立つ歩哨に声をかけ、案内してもらう。
案内されたのは、新設されたばかりの通信指令室。
作戦室の隣に設置され、防護壁の状況を作戦室に伝えて、破壊された防護壁の修復の順番などをミカに指示する場所だ。
ミカが通信指令室に入ると、三人ほどの兵士が敬礼してくる。
「御使い様。 こちらをお使いください。」
「ありがとうございます。 何か、用件は聞いてます?」
「いえ、伺っておりません。」
ミカは机の上に置かれた通信機を手に取り、耳にあてる。
すると、すぐに聞き慣れた声が聞こえてきた。
『あ、あー……、ミ、ミカ君かい……?』
「お久しぶりです、チレンスタさん。 まさか、チレンスタさんから連絡が来るとは思いませんでした。」
チレンスタの声に、緊張がある。
慣れない通信機に緊張しているのか。
もしかしたら、すぐ傍に軍務大臣でもいるのか?
『その……ミカ君は今、国境の方にいると聞いたのだが……。』
あ、やべ。
(そういえば、チレンスタには長距離通信の方法で、手旗信号や旗信号を提案してたんだった。)
もっと手っ取り早い方法があったにも関わらず、隠していたことになってしまう。
まあ、厳密にはチレンスタの話があったから、通信機の研究を開始したのだが。
チレンスタからは、どうしても隠していたように見えてしまうだろう。
「すみません、チレンスタさん。 通信機は……。」
『何がだい? ミカ君が謝るようなことはないだろう?』
こんなすごい物を、軽々と口にできる訳がないとチレンスタは言ってくれた。
『しかし、そうなるとこれは……。 丁度良かったと言うべきか、困ったと言うべきか。』
「何がですか?」
王都を離れているのを「困った」というのは分かるが、丁度いい?
『実はね、”解呪師”に指名依頼なんだ。』
「……指名依頼?」
まあ、指名依頼くらいは来るだろうけど、それをわざわざ軍の通信を使ってまで伝えてくるというのはどういうことだ?
『本当なら、きちんと説明するべきなのだろうが、ちょっとここでは……その……。』
「傍に誰かいると、話せない?」
『あ、ああ……。 そうなんだ。』
チレンスタがどうやって通信機を借りたのか分からないが、さすがに一人にはさせてくれないだろう。
「チレンスタさんは、どうやって通信機を貸してもらったんですか?」
『え? ああ……情報屋ギルドに、ミカ君と連絡を取りたいと言ったんだ。 そうしたら、少し時間がかかると言われて。』
「情報屋ギルドに、依頼の内容を話しましたか?」
『大まかなところは……。 どうしても連絡を取る必要があると分かってもらうために、依頼者のことを少し……。』
依頼者を漏らしたのか!?
そこまでして、ミカに連絡を取る必要があった?
そして、情報屋ギルドもそれを認めた。
(レブランテスには通信機のことを一応教えておいたから、こういう判断になったんだろうなあ。)
冒険者ギルドに依頼が入り、情報屋ギルドに相談。
情報屋ギルドは夜会の伝手を使って、誰か国の重鎮にお伺いを立てたのかもしれない。
軍務大臣が夜会と繋がりを持っていた可能性もあるが、凡その流れはそんなところか。
(……俺が防護壁の増強をしていることは、軍務大臣は知っている。 それでも連絡するべきと考えたのか?)
今は、国家の存亡がかかっていると言えるのに?
(これは、おそらく王太子あたりにも話が通ってるんじゃないか?)
王太子や軍務大臣が勝手に判断して断って、後でそれをミカが知ったら……。
依頼を受ける受けないはともかく、伝えるだけは伝えないと、ヘソを曲げると考えたか?
(本当はこんなこと知らせたくないのに、と苦々しく思っていそうだな。)
それでも、ミカの機嫌を損ねる方が損だと判断したのかもしれない。
目の前に脅威が迫っているからこそ、今は協力的である姿勢を見せようということか。
ミカは少し考え、チレンスタに尋ねる。
「その依頼者って、一体誰なんです?」
チレンスタが息を飲む音が聞こえた。
それから少しの間を置いて、チレンスタが重く低い声で呟いた。
『アム・タスト通商連合の評議会だ。』
■■■■■■
アム・タスト通商連合。
大陸の南にある、沿岸部に細長く並ぶ国の連合だ。
元々は五つの小規模の国家だったが、大陸を二分する大国に対抗するために連合を組んだ。
それぞれの国には王家があるが、政治を取り仕切っているのは評議会だ。
各国の代表を数人選出し、王からの信任を受ける。
そうした者たちの合議によって、連合のかじ取りをしていた。
評議会の構成メンバーは、基本的には大規模な商会の会長。
若しくは、その会長の息のかかった者。
ということらしい。
「久しぶりだなあ。」
ミカは、そんなアム・タスト通商連合の首都であるシャクサーラを見下ろし、呟く。
行ったことはないが、前にもこうして見下ろしたことがある。
お魚食べたい、とか考えたことを憶えている。
今回ミカに依頼を出してきたのは、アム・タスト通商連合の評議会。
だが、厳密には違うらしい。
評議会は名前を貸した、という形のようだ。
評議会が重要な案件だと認め、評議会名義で冒険者ギルドに依頼を出した、という訳だ。
通商連合にも冒険者ギルドはあるが、エックトレーム王国にある冒険者ギルドとは別組織だ。
ただ、関りは深いようで、情報交換などはされるし冒険者もどちらかの国でギルドカードを作れば、簡単に連携が取れるようになっている。
冒険者ギルドのカードで、銀行や賞金稼ぎギルドと連携が取れるように、すぐに手続きが済む。
わざわざ国を跨いで依頼が出されることは珍しいが、まったく無い訳ではない。
以前も七公国連邦の冒険者ギルドから、連続失踪事件の依頼が出ていたのを見たことがある。
七公国連邦の冒険者ギルドも、一応は別の組織らしい。
まあ、王国と連合、連邦は友好国で、経済的にもかなり依存した形になっているようだ。
冒険者ギルドや情報屋ギルドの例で言うと、完全に独立しているのは、グローノワ帝国のギルドくらいだという。
しかし、前に暗殺者ギルドのユースバルトが『七公国連邦の支部』という言い方をしていたが、暗殺者ギルドは国を跨いでも同じ組織なのだろうか?
組織によって、その辺りはいろいろあるようだ。
ミカはシャクサーラの街から少し離れた場所に下り、街道から街の中に入った。
シャクサーラはかなり人の出入りが多いようで、検問などは行われていない。
活気があり、ただし人々の身なりは差が激しい。
貧富の差が激しく、煌びやかな街並みの裏では、ヤバ気な連中が目を光らせる。
そんな、混沌とした街のようだ。
ミカはきょろきょろと周りを見回しながら、大通りを歩く。
まずは、ある評議員の一人に会いに行くように言われた。
この評議員はかなりの有力者で、評議会の最大会派の重鎮らしい。
ミカは言われた評議員の事務所を探して、とことこと歩く。
何と言うか、この街の混雑具合は、サーベンジールを思い出すな。
王都とサーベンジールとヤウナスンを足したような街だった。
そうして、立派な建物の前に立つ。
五階建ての、まるでホテルのような建物だった。
中に入り、受付のお姉さんにギルドカードを見せつつ用件を伝える。
「承っております。 少々お待ちください。」
お姉さんはすぐ横のドアに入ると、すぐに戻って来た。
手には一通の封筒を持ち、ミカに差し出す。
「こちらをどうぞ。」
「何ですか、これ。」
ミカは封筒を受け取りながら尋ねる。
「申し訳ございません。 中については伺っておりません。 ”解呪師”様がお見えになられたら、こちらをお渡しするようにとだけ。」
なるほど。
ミカが封筒を開けると、中には手紙らしき物が一枚。
手紙には『ワーターエラム氏を尋ねるように』と書かれていた。
この手紙を滞在先の宿の人に見せれば、案内されるように手配しているらしい。
手紙には、ワーターエラム氏の滞在先の宿屋も記されていた。
どうやら、このワーターエラムという人が本当の依頼者のようだ。
今回、エックトレーム王国の冒険者ギルドに依頼が来た。
そしてその依頼は、アム・タスト通商連合の冒険者ギルドの、ギルド長が仲介したという形が取られているらしい。
通商連合のギルド長から、王国のギルド長へ。
非常に重要な依頼であるため、そうした特別な対応が取られたそうだ。
また、重要であるが故に、通商連合の評議会まで依頼者として名前を貸した。
本当の依頼者は別にいるが、評議会としても重視している、と明確に示すために。
何もかも異例な対応だが、依頼の報酬もまた異例だった。
王国の通貨で、一億ラーツを報酬として提示してきたのだと言う。
エックトレーム王国の冒険者ギルドや情報屋ギルドも、一体何が起きているのかと首を傾げ、とにかくミカにコンタクトを取らなくてはと、非常手段を用いて連絡をしてきたというのが今回の仕儀だ。
馬車も用意してくれていたため、大人しく馬車に乗り込む。
いろいろ異例づくめで、頭の中を「?」が飛び交う。
そうして馬車に揺られること三十分。
シャクサーラの街の外れにある宿に着いた。
街の外れではあるが、場末感はない。
大きな通りからも近く、落ち着いた雰囲気の宿だった。
ミカは御者にお礼を言って、帰らせる。
そうして宿のロビーで手紙とギルドカードを見せた。
物腰の柔らかい、まるでホテルマンのような人に案内されて、最上階である五階に上がる。
宿の人が、一番奥の部屋のドアをノックした。
「ワーターエラム様。 お客様がお見えです。」
少し待つとガチャリとドアが開かれ、顔を出したのは四十代半ばの浅黒い男。
男は宿の人を見て、思いっきりミカの上を素通りして左右を見てから、視線を下げた。
ちょっとだけイラッとした。
「貴方が、”解呪師”と呼ばれる……?」
「ええ、そうですが。」
ミカがややぶっきらぼうに答える。
浅黒い男は微妙な表情をするが、すぐに取り繕い、宿の人を帰した。
そうして一歩下がり、ミカを部屋の中へ招き入れる。
「先生。 ”解呪師”さんがお見えになりました。」
広々とした部屋の中には、数人の男たちがいた。
如何にも冒険者っぽい男が四人。
中央にある大きなテーブルでは、何やら書き物をしている男が二人いた。
手前の男は、ミカに背中を向けているので顔は分からない。
もう一人は顔を上げてミカを見ると、あからさまに怪訝そうな顔になった。
「なんじゃ、そのちんまいのは。 まだ小僧じゃないか。」
「ランバルエル先生。 そんなことを言ったら失礼ですよ。」
この失礼な爺はランバルエルと言うらしい。
良かった。
こいつがワーターエラムとやらだったら、即行で帰ってるとこだわ。
「御使いだの”神々の遣わし者”だのといろいろ言われておるようだが、どこが御使いなんだ?」
「ランバルエル先生。」
浅黒い男が窘めるが、ランバルエルは不躾な視線をミカに向け、じろじろと見て来る。
(顔を出すだけは出したし、もう帰っちゃおうかなあ。)
行けと言われた場所には行きました。
居たのが失礼な爺だったので、帰ってきました。
ミカがそんなことを考えていると、浅黒い男が手前の男に声をかける。
「先生。 ワーターエラム先生。 ”解呪師”さんがお見えになりましたよ! 先生!」
どうやら手前の男がワーターエラム氏らしい。
書き物に夢中になり、ミカが来たことにすら気づいていないようだ。
「ん? どうした、セステンドフ。 そんな大声を出して。」
「どうしたじゃないですよ、先生。 ”解呪師”さんが来てくれたんです。」
「お? おお!? 本当か!」
そう言って、ワーターエラムが振り返る。
ワーターエラムはミカを見て一瞬固まった。
目を瞬かせ、口をぽかんと開く。
「…………君が……あ、いやいや、貴方が”解呪師”……?」
「そうですけど。」
ワーターエラムは少し悩むように顔を曇らせるが、すぐに表情を引き締めた。
「……うん。 【解呪】が残っていただけでも僥倖だ。 ありがとう、貴方が依頼を受けてくれて嬉しく思う。」
それを聞き、ミカは手を突き出し、手のひらをワーターエラムに向ける。
「すみませんが、まだお引き受けできません。 受注していないです。」
「え!?」
「それじゃあ、小僧はこんな所まで何しに来たというんだ!?」
ミカがまだ依頼を受けていないと言うと、ワーターエラムは驚き、ランバルエルが文句を言う。
「まだ依頼の説明を受けていませんので。 『どうしても話を聞きに行ってほしい』とギルドに頼まれたので来ました。」
「どういう事だ? ギルドで説明を受けたんじゃないのか?」
ワーターエラムが聞き返して来るが、ミカは黙る。
通信機のことを説明する訳にはいかないし、シャクサーラに近かったから話だけとりあえず聞きに来たという状況も説明できない。
普通は、そんな状況になるはずがないからだ。
王都から離れていたが、依頼があったことだけは知った、というあり得ない状況を悟らせないために、ミカは何も説明しない。
ミカが黙っていると、ワーターエラムが考え込む。
「そう、か……。 しかし、反って都合がいいかもしれないな。」
そう呟いたワーターエラムがミカを真っ直ぐに見る。
「良ければ、一から説明をさせてもらいたいがいいかな? ただ依頼内容を聞くよりも、経緯を知った方が納得もし易いだろう。」
「ええ。 よく分かりませんが、情報提供は多いに越したことはありませんので。」
ミカがそう答えると、ワーターエラムが頷く。
部屋の一画にあるソファーを勧められ、そちらに移動した。
そうして、ミカとワーターエラムは向かい合ってソファーに腰掛けた。
部屋の中の冒険者たちは護衛とのことで残ったが、ランバルエルとセステンドフの二人は部屋を出た。
というのも……。
「翼があるという話だったが?」
そうワーターエラムに言われ、見せることになった。
ところが、ミカの翼を見たランバルエルが大興奮。
「おおっ!? 何じゃこれはっ!?」
「透けとるぞ!」
「触れんだとっ!? どうなっておるっ!」
と大騒ぎ。
話にならないということで、ランバルエルが退場になった。
セステンドフという男は、お目付け役だ。
「……し、失礼した。」
「いえ……。」
何だか、依頼の話になる前に、どっと疲れた。
気を取り直して、ワーターエラムが果実酒の水割りで喉を潤す。
そうして、軽く咳払いをしてから話を切り出した。
「まず、いくつか謝らねばならんことがある。」
「謝る?」
あの、さっきから失礼な爺のことか?
できれば、ワーターエラムからではなく、本人に謝って欲しいところだが……。
「もし、貴方が敬虔な光神教の信者だった場合、不愉快な話になるだろう。」
「不愉快……?」
不愉快な目には、もう遭ってるんだけどな。
あの爺のせいで。
「また、これから話す内容は多くの推測を含む。 根拠となる証拠はあったのだが、通商連合に来るまでに失ってしまった。 そのため、証拠を見せることもできない。」
「…………なるほど。」
証拠が無ければただの憶測だ。
予め、そのことを伝えておこうという姿勢は評価できる。
一方的な、決めつけのような形で依頼してしまうことを、申し訳なく思っていることが伝わってきた。
ワーターエラムは、もう一度水割りを口に含める。
「私は、グローノワ帝国の教会で枢機卿を務めていた。」
「グローノワ帝国の、枢機卿?」
一瞬でミカの心が波立つ。
それに反応するように、冒険者たちがぴくりと動いた。
「枢機卿と言っても、金で買ったものだ。 私は、自分では神学者を気取っている。」
「神学者?」
「そうだ、光神教の歴史を研究していた。 枢機卿という肩書も、枢機卿でないと調査できないことがあるために、金で買った。 許可証代わり、ということだな。」
枢機卿の肩書を金で買ったというのも大胆な話だが、単純な私利私欲とは違うようだ。
……いや、これも私利私欲か?
自分の知的好奇心を満たすために買ったのだから。
「貴方は、光神教の歴史が隠蔽と改竄で歪められてきたと言ったら、信じるかね?」
「隠蔽と、改竄……。」
ワーターエラムに聞かれ、ミカは少し悩む。
まあ、かなり長い歴史があるようなので、隠蔽されたり改竄されたりは普通にあると思うが。
「多少はあるのではないでしょうか。 そうしたことは、人が介する以上避けられないと思います。」
という無難な返答をしておく。
ミカの返答を聞き、ワーターエラムは少しホッとしたようだった。
あんまり熱心な信者だと、こういうのも受け入れてくれないのかね。
「では、在位期間百年近い教皇というのは? 信じられるかね?」
「百年ですか? さすがにそれは、何かの間違いでは?」
ミカがそう答えると、ワーターエラムは頷く。
「そう、貴方の言う通り、これは間違いだった。 実際はその百年の間に、他に十二人もの教皇がいたんだ。」
「そうでしょうねえ。 さすがに十二人というのはびっくりしますけど。」
「そうだな。 私もこれを知った時は信じられなかった。 しかし、そうした例が他にもあって、私はそう言うのを調べていたんだ。」
「なるほど。」
この自称神学者は、そうした曖昧になっていたものを趣味で調べていた、ということだろうか。
まあ、それで枢機卿まで買っちゃうのはどうなの?と思わなくもないが。
「光神教の歴史は、凡そ三千五百年前まで遡れる。 おそらく、光神教が興ったのはこれよりもう少し前だと思うが、今のところは三千五百年前だ。」
「それは聞いたことがあります。」
「では、その頃のことはどうやって調べると思うかね?」
「どうやって?」
そんな昔のことを知るには、基本は発掘された出土品などから推測するしかないのではないだろうか。
「発掘された物から、推測する?」
「そうだな。 それも有力な証拠の一つだ。 その頃の壺に収められた羊皮紙片などが残っていることがあるんだ。 その羊皮紙片から読み解く。」
「そんな昔の羊皮紙が残っているんですか?」
「物によって、としか言えないがね。 運が良ければ、かなり状態の良い物も発掘されることがある。」
「へぇー……。」
地道な、地道過ぎる作業だ。
ぶっちゃけ、ミカならすぐに飽きてしまうだろう。
考古学者とかって、まじ忍耐力ないとできないよね。
「最初に言った推測とは、そういう意味だ。 当時の羊皮紙片では、状態の良い物など少ないし、そもそも今の言葉とは違う言葉で書かれている。 断片から読み解き、足りない部分は想像で補う。 そうしないと読み解くことができないからだ。」
「それは、ある程度は仕方のないことだと思います。 さすがにそんな大昔の情報を正確に読み解くのは難しいでしょう。」
「その通りだ。 だが、なるべくそうした憶測の部分は無くしていき、証拠をかき集めてきた。 三十年以上をかけて。」
「三十年も……。」
途方もない期間だ。
本当に好きでなければ、そこまで続けることなどできないだろう。
「先程のランバルエルなどは、私よりももっと長い。 四十年くらいだろう。 他にも、五十年以上こうした研究を続けてきた人もいた。 先日、さすがに高齢で亡くなったが、その人の研究の成果も私たちは引き取った。」
「五十年もですか。」
ミカは素直に感心してしまう。
これも、『在野の知』と言ってもいいのではないだろうか。
光神教の歴史の真実にスポットをあてる。
やばい、ちょっとわくわくしてきた。
だが、ミカの気分が上がってきたのとは対照的に、ワーターエラムは表情を引き締める。
「その研究から、ある事実が見えてきた。」
「ある、事実……?」
「そうだ。 それが教会の、隠蔽と改竄の歴史だ。」
ミカの上がっていた気分に、いきなり冷や水がぶっかけられる。
最初に言っていた隠蔽と改竄とは、そういうことか。
「教会が、何を隠しているんですか?」
「いろいろ隠してきているために、それらを読み解かなくては、いきなりは信じてもらえないだろう。 少々長くなる。 構わないかね?」
「お願いします。」
ミカが真剣な表情で頷くと、ワーターエラムも頷いた。
「まず、三千五百年前。 つまりは我々の祖先たちだが、何者かと戦っていたのだ。」
「戦っていた? 戦争ですか?」
「ある意味、戦争と言えるかもしれん。 今の、国家間の戦争とは違うと思うが、それはイムプレカーティオーと呼ばれる勢力だ。」
「いむぷ……? 何ですか?」
「イムプレカーティオー。 ”呪い子”や”呪われし子”、といったニュアンスになると思う。 このイムプレカーティオーという言葉自体は”呪い”を意味する言葉なのだがね。」
「呪い……。」
そんな昔から呪いってあったのか?
(……というより、むしろ今よりも呪いとか多そうだな。)
不可思議な現象は、すべて神か悪魔の仕業とか考えてもおかしくない。
「この”呪われし子”は、”言”という力を振るっていた。」
「ウォカー……ブルム?」
聞いたことあるぞ!
確か、ヒブジーザが小さな爆発やミカの魔法を、ウォカーブルムという言い方をしていなかったか?
ミカの胸が、怒りに騒めく。
目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をするミカを、ワーターエラムが訝し気に見る。
「……どうかしたか?」
「ふぅー……。 いえ……何でもないです。」
まさか、三千五百年前の戦いの話に、こんな繋がりが出てくると思わなかった。
「その、ウォカーブルムというのはどういう意味なんですか? 力を振るっていたと言っていましたが。」
「どうやら、言葉を発することで何か大きな力を行使していたようだ。」
それだけでは、ミカの魔法とまったく同じようにしか思えない。
もっと、具体的なことは分からないのか?
「【神の奇跡】とは違うのですか? あれも言葉を発して力を行使しますよね?」
「我々も最初は、”言”と【神の奇跡】は同じものだと思っていた。 いや、今でも同じものとする考えが一般的だが、おそらく違うものだ。 【神の奇跡】のような呪文を必要とせず、それどころか当初は【神の奇跡】は無かったんだ。」
「【神の奇跡】が……、無かった?」
えーと、ちょっと待て。
やはり、【神の奇跡】は誰かが作ったものだったのか?
「大昔、その……”呪われし子”という勢力と戦っていた。 ”呪われし子”は”言”を使うが、まだ【神の奇跡】は無かった? …………ということは、一方的にやられていた?」
「そうだ。 一応はそれなりに対抗していたようだが、人々は怯えて暮らしていたようだ。」
もしもその”呪われし子”が魔法を使い、人々が【神の奇跡】を持たなければ、ロクな抵抗もできずに一方的に殺されるだけだ。
【神の奇跡】があったって、一対一では分が悪い。
余程上手く戦わない限り、十対一でも負けかもしれない。
(だけど…………そう言えば。)
ミカは、授業で習った【神の奇跡】の歴史を思い出した。
「【神の奇跡】は、ヒルディンランデルが神々から授かったという話ではなかったでしたか? そう、確か三千五百年前の話だ。」
そんな風に習った憶えがある。
「ああ。 確かにこの頃、人々は【神の奇跡】を得る。 だが、それはヒルディンランデルではない。」
「そうなんですか?」
ヒルディンランデルって、【神の奇跡】を最初に授かって、それで聖人になってるんじゃないの?
んで、教皇帝とかがそれにあやかって、勝手に名乗ってる。
「むしろ、ヒルディンランデルは”呪われし子”だ。 ”言”を使う側であり、人々の敵対者だった。」
「はあぁーーーーーーーーっ!?」
ミカは驚き過ぎて、思わず大声を出してしまった。
驚愕の事実に、ミカは目を見開き、しばらく固まってしまうのだった。




