第269話 黒電話の開通
土の1の月、5の週の風の日。
見渡す限り、誰もいない丘陵地帯。
「どりゃあっ!」
ザクッ!
ミカは力いっぱい、地面に黒い杭を突き刺した。
そうして杭をガシガシと踏みつける。
その杭は一メートルほどの長さがあるが、深々と地面に突き刺さり、すっぽり埋もれた。
ミカは、まるで黒電話の受話器のような物を魔法具の袋から取り出す。
口の部分に付けてあるカバーを外し、話しかける。
「あーあー、聞こえますかー?」
受話器を耳にあて、呼びかける。
少しの間を置き、返事が返ってきた。
『ええ、聞こえてるわ。 ……今はどのあたり?』
声の主は、王都の第三街区に在住のアーデルリーゼさん。
「ようやくレーヴタイン領を越えるところですよ。」
『もうそんな所まで行ったの?』
「もうって言っても、もう四日目ですよ? アンテナの敷設って、本当面倒くさい……。」
『むしろ、四日でそんな所まで敷設できる方がどうかしてるわ。 そろそろアンテナの数も少ないんじゃない?』
アーデルリーゼに言われ、ミカは魔法具の袋に手を入れた。
「残りは…………十本もないですね。 これを埋めたら戻ります。」
『分かったわ。 残りのアンテナも上がってきたから、これで足りるはずよ。』
「分かりました。 夕方までには戻ります。」
『ええ、気をつけてね。』
そんな会話をして、受話器を魔法具の袋に仕舞う。
ほぼタイムラグもなしに会話ができている。
音もクリアだ。
「いやあ、まさかこんなに早く通信機が作れるなんてね。」
そんなことを呟き、ミカは次の敷設ポイントを目指し、飛んで行った。
長距離通信はできる。
ミカの打ち出した方針は、アーデルリーゼたち研究チームにより、すぐに実証された。
ただし、その原理はいまいち分かっていない。
魔力経路とでも呼ぶべき何かによって、魔力の伝達が行われていることを確認した研究チームは、原理の解明と並行して実用化に向けての研究に取り掛かった。
まずは単純なモールス信号のような情報伝達を考えていたが、実はそっちの方が面倒だった。
音は大気の振動。
衝撃波の説明をした時に、音の基本的な知識は教えていた。
そのため、音声を風の力を持つ物質にそのまま入力、伝達して、再び風の力で出力することができたのだ。
モールス信号を伝達する場合、伝えたい内容を文章に起こし、トン・ツーに変換して、と余計な工程が発生する。
電気信号に変換したりといった工程さえ必要なく、音をそのまま伝えた方が手っ取り早いという、元の世界では考えられないような現象が起きた訳だ。
情報の伝達についても、風の力を持つ素材を使うことで、大気中を伝達させることはできた。
ただ、その場合はあまり距離を伸ばすことができなかった。
地の力を持つ素材を使えば、地中を伝わって情報のやり取りが可能。
今のところは、これがもっとも実用的ということで、とりあえずの方向性として地中での伝達で開発を進めてもらった。
ミカが地面に埋め込んでいた杭は、”銅系希少金属”製のアンテナだ。
このアンテナを使えば、半径一キロメートルほどをカバーできる。
まあ、余裕を見て八百~九百メートルごとにアンテナを地中に埋める。
王都からリッシュ村まで、最短距離でも五百キロメートルを優に超える。
六百キロメートルに近いのではないだろうか。
なるべく最短を通すため、街道を避けてアンテナを敷設する。
人目を避けられるし、人為的に何かされるリスクも減るため、この方針でとにかくアンテナを打ち込みまくった。
六百キロメートルを、八百メートルごとにアンテナを埋めていくと、単純計算で七百五十本のアンテナが必要になる。
ということで、アンテナを作らせまくり、敷設しまくっているという訳だ。
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土の2の月、1の週の陽の日。
「という事で、はいこれ。」
ようやくリッシュ村にまでアンテナを敷設し、早速黒電話の受話器をキスティルに渡す。
ちなみに、村の全体をカバーするように四カ所にアンテナを埋めた。
当然無許可である。
つーか、七百本以上も埋めてきたけど、一度も許可なんかもらってねえし。
「……?」
「何ですかこれは、ミカ様?」
キスティルが受話器を受け取りながら、首を傾げる。
黒い、光沢のある受話器に、二人が微妙な表情になる。
うん、本当に黒電話の受話器にしか見えないね、この艶も含めて。
「通信機といいます。 これを使えば遠い場所にいる人とも話ができるという優れものです。」
「遠い場所にいる人と……。」
いまいち分かっていないネリスフィーネが呟く。
「王都にいる僕と、リッシュ村にいるキスティルやネリスフィーネと話ができるってこと。」
「え?」
「んんー……?」
二人は、説明を聞いても分かりませんでした。
まったく新しい概念を目にした人って、こんな感じなんだね。
ミカは受話器を置くための、黒電話型のスタンドをテーブルに置いた。
当然ながら、この形状に意味はない。
「これに、こうして置いて……。 着信、あー……まあ僕が呼んだ時に音がするんで。 そうしたら、こうして受話器を持ち上げるの。」
黒電話型のスタンドの上に、受話器を置き、それを持ち上げる。
「ここから音が聞こえるから耳にあてて、こっちはしゃべった内容が相手に伝わるから、口の傍に。」
受話器の説明を実演しながら行う。
そうして、スタンドに戻す。
「やってみて。」
二人はおっかなびっくりに、ミカのやったことを真似するように試す。
それを確認し、玄関に向かう。
「じゃあ、一旦離れるから。 黒電話から音がしたら受話器を外して。」
「わ、分かりました。」
ネリスフィーネが緊張した面持ちで頷く。
ミカは外に出ると、村を囲う南の壁まで移動する。
元々あった木柵のすぐ向こうに、ミカの作った巨大な石が置いてある。
ミカは石の上に上がると、腰掛けた。
足をぶらんぶらんさせながら、受話器の口に付けてあるカバーを外す。
これがミカの方の通話スイッチみたいなものだ。
受話器を耳にあてて少し待つと、声が聞こえてきた。
『……本当に音が鳴ったわ。』
キスティルの声の向こうに、「結構うるさいですね」というネリスフィーネの声も聞こえた。
「もしもし、聞こえるー?」
『えっ!? ミカ君!?』
キスティルの声が遠くなった。
多分、受話器を耳から離し、周りを見回しているのではないだろうか。
なんか、二人の反応を想像すると面白いな。
ミカは受話器を耳にあてながら、一人にやにやする。
この感じ、久しく忘れていた感覚だ。
この受話器型通信機。
直通専用である。
まだ番号で特定の相手にかけるといった方法はできていない。
完全に一対一に対応した作りになっている。
ただし、アンテナは他の通信機にも使える。
最大で何回線まで通話可能か、限界は調べていないが、特に混線もなく通話ができる。
こうしてしばらく二人との通話を楽しみつつ、使い方を教えてあげる。
そして、定時連絡を今後行うことにした。
毎日、夜に連絡して、リッシュ村に異常がないかを教えてもらうのだ。
魔法具の袋は音を遮断してしまう。
そのため、常に持ち歩かなくてはならないが、これを解決するために魔法具の袋のベルトに受話器ホルダーを付けた。
ローブも完成したことで、これでミカのメインの装備が揃った。
これまでは魔法具の袋に仕舞っていた”銅系希少金属”製の短剣も腰に佩き、常に抜けるようにしている。
腰回りに、がちゃがちゃといろいろくっついているのが気になるが、そのうち慣れるだろう。
慣れなければ…………その時にまた考えよう。
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土の2の月、1の週の月の日。
「――――という優れものがあるんですけど。 要りませんか?」
サーベンジールの領主の館にいきなりやって来て、侯爵に取り次げと要求する御使い。
さすがに二度の戦いで活躍してみせたミカを知らないような領主軍の騎士はいない。
領主軍本部で会議中だということで、すぐに本部に案内された。
いきなり会議中に呼び出されたレーヴタイン侯爵は、ハイデンと騎士団長のマグヌスを伴って小会議室にやってきた。
その侯爵に、開口一番に言い放つ。
「前線と、会話するように連絡を取れたら便利じゃないですか?」
「…………いきなり、何を……?」
突然やって来て、まったく訳の分からないことを言い出すミカに、侯爵が怪訝そうな顔になる。
ミカは受話器を一セット、テーブルに置いた。
「防護壁の警備の兵と、領主軍本部で話ができるという優れものがあるんですけど。 要りませんか?」
説明をされても、やはりまったく理解できない三人。
面倒なんで、外に連れ出して実演してみせた。
「……つまり、そのツウシンキというのを使うと、ツウシンキ同士で話ができるということか。」
「そういうことです。」
ハイデンが眉を寄せながら、何とか理解する。
「ただし、このままでは前線までは繋がりません。 それを繋げる工事を行う必要があります。」
「距離に限界があるということか?」
「そうです。 距離を伸ばすのに、数日必要です。」
マグヌスの質問に、ミカは頷く。
本当は一日で済むが、まあ少し盛っておこう。
ミカの提案に、侯爵は腕を組んで考える。
まるで怒っているような険しい顔だが、これはただ考えているだけの表情だろう。
「…………何が望みだ?」
そうして、そんなことを聞いてくる。
「そんなとんでもない魔法具を用意したくらいだ。 何かあるのだろう?」
だが、ミカは首を振る。
「別に、何もありませんよ。 今はね。」
「…………今は?」
ミカはレーヴタイン侯爵を冷たい目で見上げる。
「侯爵のことは嫌いだし、正直今でも恨んでるよ。 …………心当たりはあるだろう?」
「ああ……。」
ミカは、今でもクレイリアとの婚約を強引に決めたことを許していない。
そのために、キスティルとネリスフィーネと婚約破棄の偽装をする羽目になった。
許せるか、あんなこと。
「それでも、今更クレイリアとの婚約を無かったことにはできない。 侯爵家の都合じゃない。 僕が友達として、クレイリアを悲しませたくないからだ。」
いくら侯爵が強引に進めた婚約であっても、それが破棄されればクレイリアは悲しむ。
とても傷つくだろう。
「…………いろいろ思うところはあるが、それでも侯爵領が落ちれば被害は甚大だ。 数百万のサーベンジールの民。 近隣領もお終いだ。」
「ああ、そうだな。」
その重責があるからこそ、あの機会を使ってミカを取り込もうとしたのも分かる。
レーヴタイン侯爵家に、組み込もうとしたのも分かるのだ。
だが、それでもミカは侯爵を許す気になれなかった。
「今、侯爵にしてもらいたいことなんかない。」
そう言うと、ミカはそっと息をつく。
「だから、これは貸しだ。 そのうち返してもらう。 どんな形でかは知らないけどね。」
「ミカ君……。」
ハイデンが、心配そうな顔でミカと侯爵を交互に見る。
ミカは、手に持った受話器で侯爵を指す。
「それでも良ければ使えるようにしてやるよ。 ……どうする?」
ミカが睨むように問いかけると、侯爵が頷く。
「分かった。 それで構わん。」
その返答を聞き、ミカは溜息をつく。
「…………近いうちに、使えるようにする。」
そう言って、ミカは侯爵に背を向けた。
そうして、数歩の助走をつけて空に飛び立った。
ミカは防護壁付近から、サーベンジールに向けてアンテナの敷設を開始した。
「いらいらするっ……!」
アンテナを地面に刺しながら、ミカは思わず零す。
精神安定の腕輪が効いているのに、それでも胸がざわついてしまう。
ミカは、自分の感情を持て余していた。
それでも、敷設しながら少しずつ気持ちを静める。
サーベンジールまで、あと数本のアンテナで届くというところで一旦中断。
わざと数日の時間をかけて、開通させる予定だ。
何より、営業先がもう一つ二つあるので、そちらに話を通してから開通させよう。
「はぁー……、もっと気楽に生きたいな、っと。」
そんなことを呟きながら、ミカは王都に向かって飛び立った。
王都では王太子と、王太子の仲介で軍務大臣のツダーゼンという人を紹介してもらい、通信機を売り込む。
国境の防護壁から、レーヴタイン侯爵領に駐屯している王国軍の駐屯地へ。
そして、王国軍の駐屯地から、王都にいる軍務大臣との直通だ。
二人にも、『貸し』ということで受注した。
まあ、踏み倒そうとしたら通信機が使えなくなるだけだ。
王国軍の駐屯基地内のアンテナを、一本引っこ抜けば使えなくなる。
どういう仕組みで動いているのか分からないのだから、それだけでなぜ動かなくなったのか見当もつかないだろう。
とにかく、被害を少しでも減らすために、やれることをやっておく。
グローノワ帝国の皇帝が、『聖戦』などと謳い、精力的に国中を走り回っている話はミカの耳にも届いていた。
帝国にまでこのアンテナ網を通せば、ほぼリアルタイムでの情報入手も可能だろう。
だが、さすがにそれは面倒過ぎる。
ミカがもしお金が欲しければ、アンテナを大量生産して売りつけるのも手だろう。
敷設は自分たちでやらせ、ミカは通信機とアンテナの販売で儲ける。
しかし、残念ながらミカはお金に興味がない。
すでにミカは二百億ラーツほどのお金を手に入れている。
散々材料費で散財しても、まだそれだけのお金があるのだ。
もはや、ミカの欲しいものは自由だけであった。
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土の2の月、2の週の水の日。
王都にある大聖堂の前。
王都襲撃の爪痕は大きく、未だに教会や国による炊き出しに依存している人が多数いた。
第二街区の住居を破壊され、第三街区への引っ越しを余儀なくされた人も多いと聞く。
第三街区でも、自分の住居を手に入れられた人はまだマシだろう。
今も仮設の住宅で暮らしている人さえいるのだから。
国が行う市街の復旧作業は、主に公共インフラなどの整備だ。
邪魔な瓦礫をどかして道路を通れるようにし、壊れた橋や下水道などの復旧。
個人の住宅まで直してくれる訳ではない。
そのため、ミカは教会の炊き出しの場所に時々顔を出して、人々を励ましていた。
「大変だと思いますけど、頑張りましょうね。」
「あぁ……御使い様。」
列に並んでいる人たちに声をかける。
光り輝くミカの姿を見て、祈ったり拝んだり、涙ぐんだりと人々の反応は様々だ。
この人たちは、これからどうなるのだろうか。
そう思うと、少しだけ心が痛む。
というか、ちょっと目も痛い。
フィーがミカの身体に憑依して、光を纏わせているからだ。
こんな演出いらんやろ。
そんなことを考えていると、キフロドが大聖堂からやって来た。
「ミカ。 寒い中、ご苦労じゃの。」
「キフロド様。 もう起きて大丈夫なんですか?」
キフロドは寒さが堪えたのか、風邪を引いてしまった。
まあ、もう高齢だしね。
気をつけないと、寝たきりになっちゃう。
「ああ、もう大丈夫じゃ。 心配かけたの。」
そう言って、朗らかに笑う、
この調子なら、本当に良くなったのだろう。
「済まんが、ちょっと来てくれ。 話……と言うか、ちょっと用がある。」
「……?」
ミカはキフロドの後に付いて、大聖堂に入った。
通された部屋には、ブラホスラフ教皇が居た。
「”神々の遣わし者”。 お呼び立てして申し訳ありません。」
「いえ、大丈夫です。 どうかしましたか?」
ミカがそう聞くと、ブラホスラフは首を振った。
「そうではないのです。 ただ、不安になってしまって……。」
「……不安?」
ブラホスラフはミカの前に跪き、祈りの仕草をする。
「情けない話ですが、不安で圧し潰されてしまいそうで。 それで、”神々の遣わし者”のお姿に祈ることで、神々を感じようと……。」
「あ、あぁー……。」
まあ、この際ミカと神々に関連があるかは置いておいて。
教皇という重責に、ブラホスラフが参ってしまいそうだったのだろう。
立場上、愚痴を零すことも難しい。
教皇とは人々の悩みや迷いを聴く立場であり、人々を教え導く立場だ。
そんな教皇が不安を漏らせば、その影響は計り知れない。
ただミカに祈るだけなら問題ないが、思いを吐露することはできない。
そのため、他に人のいない場所で会いたかったのだろう。
キフロドは、そんなブラホスラフにとって数少ない教えを請える人だ。
キフロドに相談したら、このくらいなら、と場を作ったようだ。
ミカが一心に祈りを捧げるブラホスラフからキフロドに視線を移すと、キフロドが頷く。
そのままにしていろ、ということだろう。
「…………グローノワの教皇が聖戦などと言いだし、迷い子たちを扇動しております。 私は、何かとても恐ろしいことが起きるのではないかと……。」
ブラホスラフの言葉に、ミカも黙って頷く。
王都が合成魔獣に襲われるという、未曽有の災厄があったばかりである。
更なる苦難が降りかかるのではないかと、不安を抱いてしまうのだろう。
「思い悩んでも、仕方ないの……。」
キフロドがそんなブラホスラフに声をかける。
「我々は、神ではない。 救えぬ者がいるのは当たり前じゃ。 間違うことも、後悔することも当たり前なんじゃ。 それは、お前さんが祈ってるミカとて同じじゃよ。」
「僕は間違えませんけどね。」
ミカがそう言うと、キフロドがクワッと表情を険しくした。
はい、さーせん……。
「人の身である以上、儂らはただ、自分のできることを精一杯するだけじゃ。 それ以上を望んでも、それは人の手に余る。 ……無情のように思えるかもしれんが、この世界は本来無情なんじゃ。 『情とはただ二つのみ、それは神の愛と神への愛である』。 人は、ただそれを真似ておるだけに過ぎん。」
そんな教えがあるのか?
人の情は、情ではなく、ただ神様の真似をしているだけ?
ミカが微妙な顔をしていると、キフロドが苦笑する。
「水の神、第九章にある”神々の遣わし者”の言葉じゃ。」
どうやら、神様の教えではなく、御使いのセリフだったらしい。
まあ、それならまだ納得かな。
天使の中には、ただ神を賛美するだけのお仕事とかあるし。
「できることをしていきましょう。 できるだけ。」
「…………はい。」
ミカの言葉に、ブラホスラフは重く頷いた。




